プロローグ
ヒトはいつから『人』になったのだろう。
地面を四本足で這い回っていた生き物が、やがて二本の脚で立つようになった。
手と呼ばれる前足で道具を扱うようになったその動物は群れをつくり、他の生物を凌駕する勢いで数を増していく。そうして、いつしか『言葉』というものを操るようになったそれらにより明確な意思伝達が可能となり、他の動物が作る『群れ』とは比較にならないほどの規模の集団生活を営むようになる。
あまりに巨大化した塊を統率するには、ただの『長』では力不足だった。
それはヒトを超越した何モノかでなければならず、その為の存在として、彼らは『神』を作り上げた。
神はヒトの中心となるものであり、ヒトを庇護する存在であり、ヒトを罰する存在であった。
神の名の下に更にヒトは集い、ただ神の存在を謳うだけでは足りなくなってくる。崇める対象を明確にする為に神殿を作り、やがて神の代理人、あるいはヒトの願いを神に伝える仲介者として、『神官』が現れる。
神官は神に代わってヒトを束ね、支配し、ヒトもそれを唯々諾々と受け入れた。
そして、神官が統べることでより安定した『群れ』は、やがて『村』となり、『国』となる。
国に属したヒトは神官から、いや、神から与えられた役割を果たすことで『民』となった。
民は神の存在を信じ、神に見守られている限り自分達は平穏であることを信じた。国はヒトの為に作られたものであったはずが、いつしか、国の為に民が動くようになった。
唯一つの確たるものを軸として国は固まり、神殿が――同じヒトである神官が自分達を支配していることにもヒトは慣れ、世は安寧の時を迎える。民は羊のように従順で、流れる月日にただ身を任せるだけだった。
しかし、ヒトの心は移ろいゆくもの。
やがて、神は何もしてくれはしないことに気付き始める者が出てくる。一方的に支配されることに疑問を持ち、変化を求める者が現れる。
初めは、海に投げ込まれた小石のようなもの。
だが、それはいずれ大きな波となる。国全てを呑み込むほどに。
――ヒトの心の変容。それが世の変動の兆なのだ。