第6話 言葉の忘れ物
その日の晩、陵とこんな話をしていた。
「明日はまともに行動してくれないと困るよ。」
「悪いな。どうも今日は気分が優れなくて。」
「明日は、二人で出掛けて来いよ。もっと、彼氏らしいこともしてやったらどうだ。」
「うん。お前も、せっかく彼女を連れて来たんだから鉄ばっかりはやめとけよ。」
しばらくすると、由美が部屋にやって来た。
「散歩しようよ。」
「ああ。じゃあ部長、ちょっと出て来るから。」
「部長も遥香先輩とのんびりして下さいね。」
陵が部屋を出た後、僕は遥香を部屋に呼んだ。彼女もちょうど来るつもりだった。
「何だか、人が死ぬっていうのは心が痛むな。」
「そうね。私も父親を早くに亡くしているの。うちの父は、毎朝五時に出て、帰ってくるのはいつも十二時過ぎだった。家族なのにほとんど接する機会もなく、父は過労が祟って、数年前に亡くなったの。」
「そうだったんだ。」
「それから、今は母が一生懸命働いて、私の教育費を出してくれてる。」
「良いお母さんだね。そういえば、高校卒業したらどうしたいの?」
「んーまだ、何も決めてない。」
「夢とかあるの?」
「夢かぁ…」
しばらく彼女は考えながら間を置いた後、こう言った。
「私、昔から歌手になりたいって思ってるの。」
「え?マジで?意外だな〜。」
「うん。たまに暇を見ては歌詞とか楽譜を書いたりしてるんだ。」
「そうなんだ。今度歌を聞かせてね。」
「もちろん。」
夢のある話を聞いていると「何だかいい感じのところ、お邪魔だったかな?」と言いながら、陵たちが帰ってきた。しばらくして、その日の晩は疲れてしまい陵と僕はすぐに寝てしまった。
隣の部屋の遥香と由美は、こんな会話をしていたそうだ。
「どうして、遥香先輩は裕紀部長にたいしていつも優しいんですか?告白もあなたからしたって聞きましたが…。」
「彼の性格はうちの父そっくりなの。どこか頑固で、恥ずかしがり屋、それに何だかほっとけないところ。あと何よりも鉄道が好きっていうところも。」
「そうなんですかー。でも、本当にお似合いですよ。」
「ありがとう。由美ちゃんは副部長とどうやって会ったの?」
「私は副部長と知り合ったのは電車の中です。私が痴漢に合っていた所、近くに居た彼が助けてくれたんです。まさか助けてくれた人が同じ学校の先輩だったなんて思いもしませんでしたよ。」
「そうなんだ。そういえば彼とキスしたことある?」
「ええ、恋人同士なら一回ぐらいあるでしょう。どうだったんですか?ファーストキスは?」
「いや、まだなの。」
「本当ですか?とっくにもう済ませているのかと思いましたよ。」
「そう、実は私が凄く不思議に思っていることは、彼は一度も私に好きって言ったことが無いのよ。」
「確かに不思議ですね。言うタイミングを無かったんじゃないですか?遥香さんから告白告白したから。それとも照れちゃって言えないとか?」
「そうかもね。でも、彼の気持ちも聞きたいわ。」
「そうですね。ここまで一緒に居てまさか嫌いってことは無いですよ。」
「そうだと良いけど。」
…私は少し不安だった。若干押し付けている感じがしたせいでもある。時計が二十四時を過ぎ、私は十七歳になった。
翌日、僕は遥香を連れ、海沿いの須磨海岸の近くの海沿いの撮影地へ行った。飽きることなく来る列車たちを撮り終わった後、砂浜へ行った。
「そういえば僕、今まで君に言い忘れたことがあった。」
「どうしたの?」
「今更だけど、遥香のこと、好きだよ。好きで、好きで溜まらないんだ。」
「本当に今更ね。私も待っていたのよ。そうやってあなたの気持ちを言ってくれるのを。」
「もし、何とも思ってないって言ったらどうしてた?」
「そりゃ、当然あなたを殺していますよ。これだけあなたの為に色々しているのに…って。」
「じゃあ殺されていたかもしれないのか…。」
「それは冗談。それでも良かったの。私って結構一方的だし、あなたに他に好きな人が出来たら諦めるわよ。そういう運命だったんだって。でも、私はあなたが単なる照れ屋さんだって信じてた。」
「そっか。」
「ねぇ、そんなに好きならキスぐらいしてくれたって良いじゃない?」
「へえ?」
「恥ずかしいの?」
「そりゃ、恥ずかしいに決まっているじゃない。」
「実は、今日は私の誕生日なの。」
「えっ?そうだったの?」
「だから私にプレゼント頂戴?」遥香はまるで子供のようにプレゼントを欲しがった。
「急に言われてもね。何が良いの?」
「この場で出来ること。」
彼女はふと急に僕を抱きしめ、キスを始めた。これがファーストキスだった。今までこういうシチュエーションは全く想像出来なかった。こんな日がとうとう来てしまったのかと僕は驚いたが、彼女の唇の温もりに溺れそうになった。この数十秒間の後、彼女はこう言った。
「ありがとう。何ならもう一回良いよ?」
「まったくー。プレゼントは一回だけなんだぞ。誕生日おめでとう。」
こうして、僕らは二人だけの時間を浜辺で楽しんだ。砂でケーキを作ったりして。
一度部屋に戻ると、副部長が居た。僕が荷物をまとめているので話し掛けてきた。
「もう帰っちゃうのか?」
「やっぱり日を改めて俺は来たいからもう帰るよ。」
「何か無理して来させたような感じになっちゃって済まなかったな。」
「でも、楽しめたし良かったよ。あとは皆で楽しく仲良くやってね。」
「気をつけて帰れよ。」
「おう。陵、ちゃんと遥香のことを頼んだぞ。」
「分かってる。じゃあな。」
その夜、僕は彼らを置いて一足先に東京へ帰り、こうして、僕の遠出は終わった。