第5話 祖母の願い
実際、付き合うようになると周りからの反応が大きかった。
共学に変わってから作られるようになった学年新聞では鉄研にビッグカップル誕生という大きな見出しが出るほどだった。部長の心を開いた天使は新入部員だったとまで書かれていた。部活でもみんなの対応は変わっていた。週に二度、ミーティングを開こうと思って彼女と共に部活へ行くと、
陵に、「今日はいい天気だし、デートに行ってらっしゃい。」と帰されてしまうのである。
他にもスクールバスの社長さんや担任教師まで、皆が僕と遥香はお似合いだと言っていた。土日はデートらしいデートとは言えないが、やっぱり僕の気持ちとして趣味を解って欲しい気持ちがあって、今までのように色々な鉄道に一緒に乗りに行った。
そうして、待ちに待った夏休みがやって来た。
うちの部活では、大阪へ旅行に行くことになった。しかも、予定の半分は二人で過ごしても良いとの注意書きまで書いてあった。どれだけカップルにたいして良い待遇な部活なんだと思いきや、実は今回はそれぞれ彼女持参という企画だったとか。僕は初めて副部長の彼女、竹内由美と対面することになった。陵の彼女は、一つ下の後輩で、非常にしっかりしていて、面白い子だとか。
大阪へ行く日の前日、急な訃報が飛び込んだ。僕の祖母が急に倒れ病院に運ばれたものの助からずにその日の夕方に亡くなったのであった。僕はその祖母とは特に思い出は無かったからどうでも良かった。なぜなら、祖母は一番最後に生まれた孫の僕を全く可愛がろうとはしなかったのだ。
大事な約束があるのに…と無理やり葬式に連れて行かせた親を憎んだ。
通夜は約束の日の晩だった。僕は忙しさのあまりすっかり陵や彼女に連絡するのを忘れていた。通夜の最中電話が鳴った。
「おい裕紀。どうして来ないんだよ?」
「ごめん。今取り込み中なんだ。」
「遥香を一人にするのか?」
「分かってるよ。あと一時間したら掛け直すから。」
僕はなぜこんな他人の葬式に出席しているのかと自問自答した。通夜が終わり、彼女に電話を掛けた。
「ごめん。実は急に祖母が亡くなって、ちょうど通夜が終わったところなんだ。」
「そうなんだ。」
「悪いね。こんなにタイミングが悪い死に方をするなんて、祖母も酷い人だ。」
「仕方ないよ。人間の寿命ってものがあるんだから。」
「そうなんだけどね。せっかく楽しみにしていたのにね。」
「そういえば、お祖母様とは思い出とかあったの?」
「全く無いよ。この祖母は孫の僕を全く可愛がりもしなかった。実は小学生の時に会ってからこうやって遺体と対面するまで全く会ってなかったんだ。しかも、小学生の時に会ったと言っても会話一つすらしないような人だったから、正直なぜこの人の葬式に出なきゃいけないのだろうって思った訳。」
「でも、お祖母様はきっと喜んでいるはずよ。ずっと話して居なかったあなたが、こうして葬式に来てくれている。もしかしたら、お祖母様は最後にあなたに会いたいって思っていたのかもしれないよ。」
「そうなのかな…。とりあえず、途中からでも参加するから、みんなで楽しんでいてよ。」
その日の夜、僕は両親に相談して告別式を欠席しても良いということになった。その代わり、遺品整理を手伝うという約束だった。
「翌日の朝の新幹線で行けばみんなに間に合う。」僕の心は葬式の後とは思えないほど軽快だった。その道中に、通夜が終わって祖母の部屋の掃除をちょっとしていた時に見つけた祖母から僕に宛てた一通の手紙を読んでいた。何とか彼らが乗った列車が到着する時間に間に合ったが、その手紙を読んでからの表情のまま。そして、初めて副部長の彼女、由美とも対面し、僕は遥香の隣に座った。彼女は隣に座ってから僕の表情を窺っていた。
「大丈夫なの?泣きたくなったらいつでも言ってよね。」
「誰が泣くかよ。」少し強がった。こんな公共の場所で泣くなんてみっともないと思ったからだ。
「顔に泣きたいってはっきりと書いてあるぞ。」
正直図星だった。僕は無言のまま、「これを読んでみて。」と言いながら、遥香に祖母が書いたと思われる一通の手紙を手渡した。
―裕紀君へ
この手紙を裕紀くんが読む頃には、お祖母ちゃんはこの世に居ないかもしれないけど、勘弁してね。今まで、お祖母ちゃんは全くお祖母ちゃんらしいことをしてやれなかった。今となっては後悔ばかり。本当にごめんなさい。毎年、裕紀君の家から届く年賀状に裕紀君の写真が貼ってあるので毎年楽しみにしていました。これを読む頃にはガールフレンドも出来ているのかな?もしかしたら、結婚しているのかなって考えながら書いています。
もし好きな女の子が出来たら、お祖母ちゃんにも教えてね。お祖母ちゃんは今まで裕紀君に何も出来なかった分、天国から見守ってあげるから。あと、お祖母ちゃんよりも長生きして子供、孫を大切に。 ― よし子
彼女は声を出しながら読むので、余計に涙が堪え切れなかった。読み終わった後に、彼女はこう言った。
「この旅行から帰ったら私もお祖母様の墓前に手を合わさせて貰っても良いかしら?」
「もちろんだとも。そのつもりで見せたのだから。」
「でも、ちゃんとあなたのことを影で見守ってくれる良いお祖母様だったじゃない。」
「そうだね。」車窓を眺めながら僕は、遠く離れた東京に向かって手を合わせた。そして、彼女はこう言った。
「あなた昨日、タイミングが悪い死に方って言っていたかもしれないけど、私は逆だと思う。こうして、私という彼女が出来たからお祖母様が見守る番になったんだと思う。私たちは少なくともお祖母様に見守られているのよ。」
結局その日、僕は何だか鉄をする気にも観光する気にもなれず、みんなの足を引っ張ってしまった。