第4話 彼女の気持ち
それからしばらく、僕は彼女に会いたくも話したくもなくなった。彼女が一体何を考えているのか理解出来なかったからだ。もちろん、部活にも顔を出さない覚悟で
。
それからしばらく、遥香は自分が言ったことが悪いと思ったのか、何度も電話をくれた上、メールもくれた。でも、僕は電話に出る気もメールに答える気も無かった。そんな時、遥香は陵に相談したそうだ。
「実は、部長がなぜ恋愛をしないのか分かった代わりに、彼と話せなくなってしまったんですよ。どうしたら良いもんでしょうかね?」
「理由聞き出せたの?」
「ええ。でも、それ以来部長は会っても目を逸らすし、電話にも出ないし、メールにも返信をくれないし…。」
「そうか。参ったなー。文化祭のことについて話したいのに裕紀が居なければ何も始まらないし。」
「私、いけないことを言ったのかもしれません。」
「例えば?」
「彼が自分は無価値だなんて言うから、ついむきになってそんなの付き合ってみないとあなたの価値なんて分からないじゃない。もしかしたら、付き合う相手がどんな人でももっと価値のある男にしてくれるかもしれないじゃない?って。」
「別にそれぐらいなら大丈夫だと思うけど。」
「いえ、一番思い当たる節は私が変えられるかもしれないって言ったことだと思うんですよ。
その後、部長の顔色が暗くなったもの。」
「あーなるほど。それは、裕紀にとって嬉しい半面、一番負担になるフレーズだね。今、おそらく裕紀は君が自分についてどういう風に思っているのか考えているから会わなかったり、メールに答えなかったりしているんだと思うよ。裕紀とは長い付き合いだし、その気持ち分かるなー。」
「そうすると、私はこれからどのように接すれば…。」
「正直、遥香さんは部長のことどう思っているんだい?」
「え…いきなり言われても。」
「酷い言い方になるかもしれないけど、そういういい加減な気持ちが相手を傷つけることになるんだよ。相手が好きだからそういう気持ちになるもんじゃないの?」
「実際、そうなのかもしれません。いつも部長のことを考えちゃうんです。実は、これでも鉄道研究会に入って以来、鉄道のことについて勉強を始めたんです。最初は部長の説明に惹かれてただ旅行が出来るからという感覚で部活に入ったんですが、やっぱり部長を始めみんなが楽しんでいる様子を見るとつい私もやりたくなっちゃって。」
「じゃあ裕紀は君が鉄道の勉強をしているってことは知っているの?」
「知らないと思います。彼は知らないと思って一生懸命教えてくれるんです。そうやって丁寧に教えてくれるところも部長の良いところだと思います。」
「へえー。案外良いところあるじゃない。裕紀もそれを聞くと喜ぶだろう。ということは、やっぱり君は部長が好きなんだよね?」
「はい。」
「じゃあその気持ちを伝えれば、裕紀も答えてくれるよ。」
もちろん、その事実を知らない僕は一人で考えていた。遥香はどうしてそんなに自分に対して熱心なのだろうか?からかっているのだろうか?それとも本気なのだろうか?
僕は、そのことを本人に聞く勇気も無かった。有頂天になっていく自分が見えるからなのだろう。
ある日、文化祭の参加団体のリーダー召集に呼び出され、どうしても伝えなければならない連絡事項があったため、久し振りに部活に出た。
「おっ部長、久し振りに出てきましたね。みんな部長を待っていたんですよ。」
「最近、家で考えたいことがあったりして、そろそろ文化祭に向けてミーティイングを始めなきゃいけないのに自分が居なかったおかげで進まなかっただろう?」
「いや、そうでも無いよ。むしろ、これから部長にはもっと部活以外で楽しんでもらわなくては困るんですから。」
「どういうことだ?」
「今日、誰か一人居ないのに気づきませんか?」
「遥香か?」
「ピンポン。何か話したいことがあるから河原に居るらしいですよ。」
「河原に?突き落とされたりしない?」
「まぁ俺らはこれ以上干渉出来ないから。簡単に連絡事項だけ教えて行ってくれ。」
彼らの様子はどうもおかしかった。僕はまだ遥香と二人で話したいとは思ってなかったけれど、仕方なく行った。河原に着くと、何やら彼女は石で何かを作っていた。
「どうしたん?こんな所に呼び出して?」
「これ何て書いてあるか読める?」
「May I like you?」片言な英語でこう書いてあった。
「そう、それで答えは?」
「答えって?」
「だから、私は裕紀に聞いてるの。あなたを好きになって良いですか?って。」
いきなりだった。まさかのまさかで、遥香は本気だったのだ。情けないことに、僕はその場で失神してしまった。
僕の意識が戻った時には、もう家に着いていた。相変わらず、僕の部屋で父は写真を印刷している。
「おう裕紀、やっと起きたかー。今日もまた電車の写真撮ったぞ。ほら。」
父はいつもこの調子である。そして、こう言った。
「お前急に倒れたんだってな。陵君がおぶって確か遥香ちゃんっていう女の子が荷物を持って帰って来てくれたんだよ。後でお礼言っておけよ。」
「え?全然知らない。」
「それより、女の子がお前が石にぶつけて頭を打ってないか心配してたぞ?どこに行っていたんだ?」
「その記憶も微妙…川の方だったっけ。何でそんな所に行ったんだろう?」
「まぁ良い。ゆっくり休めよ。」
父が部屋を去った後、記憶を辿った。
確かに、遥香は僕に「好きになっても良いのか?」と聞いた。もしかしたら夢だったのかもしれない、でも現実に河原で倒れて家まで送ってくれたのは事実。
翌日、僕は思い切って遥香に聞いてみることにした。
「おはよう。」
「おはよう、昨日大丈夫だった?」
「まぁ。それはそうと、君は昨日May I like you?と並べた石を見せたよね?それは冗談でしょ?」
「本気だけど…。」
「それはどういう意味?」
「私は裕紀が好きっていう意味。もう倒れないでよ。」
「いや、二回目だから。へえそうなんだ…マジかよ?君はこういう男が好きなのかー。」
「そう、私はこういう男が好きなの。それで答えは?」
「好きになっても良いけど…中途半端が一番迷惑だな。」
「それは分かっている。副部長にも同じことを言われたから。私は部長が他の女の子の友達にも羨ましがられるようなもっと良い男にさせるから。そして、私自身も裕紀に好かれるような女性になるから。」
「もう勝手にしろよ!」
そうして、僕は遥香と付き合うようになったのだ。実際、彼女の強引な感じは憎めず、むしろ愛らしくて好きだった。