第22話 二度目のプロポーズ
その日の夕方、僕は都内のカフェに居た。妻が亡くなってからは出版社以外どこにも出掛けてなかった。出版社には無精髭のまま行ってしまったが、従姉の泰子に「今日はまともな格好で行きなさい。ちゃんとネクタイを締めて背広を着て。」と言われたので久しぶりに髭を剃った。ただ、この場所に来て下さいとだけの連絡であった。サイン会を開くとかそういう話なのだろうと思いながら、出版社の人を待った。
私は出版社の人と待ち合わせ、約束をしたという場所へ連れて行って貰った。カフェに着くと、見慣れた後姿があった。「待ち合わせの間も鉄道の雑誌を読んでいるなんて、相変わらずね。」私はそう思いながら、一歩ずつ彼に近づいて行った。
「どうも。ちょっと人と約束していまして、お待たせしました。」と出版社の人が私に声を掛け、振り返るとそこには女性が一緒に居た。
「こちらが、松島裕紀先生です。」出版社の人はそう紹介した。
「裕紀さん、私のこと覚えていますか?」
「はい?」僕はまさか…と思った。彼女がこんなに変わるはずがない、そう思ったからだ。
「私ですよ。遥香です。小説、読みましたよ。」
「ええ。本当に遥香さんですか?」
「はい。だから、こうしてあなたに会いに来たのです。」
「先生、あとは思い出話に浸ってください。あと明日新宿の紀伊国屋でサイン会ですので、忘れないで下さいよ。では。」
そう言って、彼は出て行ってしまった。
「久しぶりですね。あなたとこうして歩くのは。」
「ええ。」
「大変だったんですね。」
「はい。」
「私はあれから、母の病気の介護をしていました。母が亡くなったのは、一年前です。」
「そうでしたか。」
「今でも鉄道がお好きなんですね。」
「ええ。妻ともよく列車で旅行に出掛けたものでした。」
「私もたまにふらっと旅行へ出掛けます。鉄道の旅って良いものですね。」
「ええ。」
「それにしても、全く変わっていませんね。」
「そう思いますか?」
「ええ。」
「あなたは随分変わられましたね。」
「そうかもしれませんね。」
僕はあまりにも綺麗になった彼女をもう一度見てただ、驚いていた。「こんな女性なら世の中の男性は放って置かないだろう。」僕はこんな質問を彼女にしてみた。
「ご結婚はされたのですか?」
「いえ。何度もお見合いをしたのですが、私は結婚など興味が無いと言って、お断りしていました。」
「そうなんですか。」
それから少し間が開いた。彼女は何かを考えるような素振りをした後、僕にこう言った。
「あの、小説の最後の問いに答えても良いでしょうか?」
「はい。」
「もちろんです。」
「私はバツイチで、妻をまともに愛せなかったような人間です。そんな私でも良いのですか?」
「あなたとこの先、十年後も二十年後も、お婆ちゃんになるまでずっと一緒に居たいです。」
彼女の思いは、高校の時よりも熱く、確かなものだった。
こうして、その半年後、僕は十年の時を越え、川崎遥香と結婚したのである。




