第21話 想いを詰めた小説
陵の彼女(今は嫁になった)由美は出版社に勤めていたので、僕は由美に渡して誰か出版社の人に見て貰うように頼んだ。
それからさらに二週間ぐらいして、出版社から問い合わせがあった。
「この手のストーリーは、今までに読んだことがないパターンで非常に興味深い内容でした。ちょうど、十年前ぐらいでしたね。歌手の川崎遥香さんとあなたの遠距離交際が発覚したのは。」
「そうでしたね。今となっては自分のことのようには感じませんね。」
「これを見る限りだと松島さんも大変だったんですね。これはきっと沢山の読者が居るはずですよ。是非とも、私の出版社で扱わせて頂いても宜しいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。そういえば、一つお伺いしても宜しいでしょうか?」
「はい。何でしょう?」
「彼女は今でも歌手として活躍されているんでしょうか?」
「川崎遥香さんねー。確かあの騒動があった後、一枚か二枚シングルを出してそれが凄く評判が良かったんですが、その後一年ぐらい経って引退されたと思います。」
「そうですか。」
「私どもを含め、たくさんの記者がその後の行方を追ったんですが、掴めないんですよ。」
「今そのCD聞かせて貰っても宜しいでしょうか?」
「ええ。会社の同僚で彼女のファンだった人が居るので、その人から借りてきますよ。」
「ありがとうございます。」僕は久しぶりに彼女の曲を聴いた。聴いているうちに、やっぱり涙がこぼれ始めた。
「この曲は、彼女を置いて行った松島さんへの思いを歌った曲だったんですね。」
「多分そうだと思います。彼女が私宛てに書いた手紙によると、曲を作るなら全て僕の面影を感じる曲を作ると言っていました。」
「本当に松島さんは愛されていたんですね。」
「ええ。あともう一言、この小説の最後に加えさせて頂いても良いでしょうか?」
「もちろんですとも。」
僕はその日、原稿を一旦持ち帰り、彼女へのメッセージを最後に付け加えた。
後日、この小説が発刊された。
…私は本屋さんに居た。一時期は彼の為に料理をしたけれど、スターになってみると料理なんてする暇がなかった。私は料理をもう一度一から習おうと料理ブックを探していた。歌手をやっていた頃の友人に、「歌手を引退して輝きを失ったら、今度はお嫁さんになるんだから料理の勉強をしなきゃ駄目よ。もう良い歳なんだから。」と言われてしまったぐらい。
ふと、入口の新書コーナーに置いてあるにも関わらず、もう最後の一冊となっていたこの本が目に止まった。タイトルを見て、思った。
「もしかして…」、興味本位で買って、家に帰ってからひたすら読み続けた。
これは確かに彼の小説だった。著者の氏名も松島裕紀。私との思い出がたくさん書かれている。間違いない。
私は本文を読み終え、最後にあたかも付け加えられた数行の文を読み、決心をして希望をかけて出版社へ問い合わせた。




