第13話 彼女との再会
それから、何もなくひたすら勉強の坦々とした毎日を過ごし、センター試験の日を迎え、第一志望の試験の日を迎え、合格発表の日を迎えたのである。
結果は見事に惨敗。僕は親に合わせる顔が無かった。家に帰ろうかと思った時、見知らぬ番号から僕の携帯電話に電話が掛かってきた。
「もしもし。」
「…。」
「もしもしー。誰?」
「私。」
「え?もしかして、遥香か?」
「うん。元気にしてた?」
「まぁね。」
「今、東京に来ているの。会えない?」
「会えるけど…。」
「じゃあ新宿駅の八番線の中野側で。」
「分かった。」
久しぶりに遥香と会える。自分の進路のことなんてすっかり忘れて約束の場所へ向かった。そこで彼女は待っていた。
「ごめん。待った?」そう言った瞬間、遥香は僕に抱きついた。
「裕紀、会いたかった。」
「僕も。」
大都会の冬の黄昏時は、寒かったがこうして二人で居るとそんなことも忘れた。久しぶりにこの一年をどう過ごしていたのか二人で話した。彼女はもうすぐファーストシングルを発売するらしい。しかも、それが最初に僕に聴かせてくれたあの曲。
彼女は僕の進路について心配していたようだ。
「高校卒業したらどうするの?もうあと一か月でしょ?」
「ああ。そうだね。」
「受験したの?」
「まあ…。」
「どうだったの?」
「今日、結果見に行って来たんだ。全部ダメだった。」
「本当に?これからどうするの?」
「どうしようって感じだよね。家に帰るのも怖いよ。」
「じゃあ私の部屋に泊まる?」
「いや、それも悪いよ。」
「遠慮しないの。私が美味しい料理を作ってあげる。」
「いや、いいよ。君も疲れているだろ?」
「久しぶりに会ったんだから、私だって彼女らしいことしたいわ。次またいつ会えるのかも分からないし。」
「じゃあご飯だけでも。」
久しぶりに遥香の家へ行った。時々、彼女のお母さんとはスーパーや駅でばったり会っていたのだが、今日は何故か不在だった。
「お母さんは?」
「今日はちょっと友達と泊まりで出掛けてくるみたいで居ないの。だからその代わりに私が家に帰って来たの。」
「そうだったんだ。」
「だから、泊まっても良いのよ。」
「そういう訳にはいかないよ。」
「分かった。いやらしいこと考えてるんでしょ?」
「そんなんじゃないよ。」
「隠さなくても良いのに。」
彼女は積極的だった。この日、彼女は僕の好きな和風ハンバーグを作ってくれた。
「さっぱりしていて、とても美味しかったよ。」
「お口に合って良かった。練習したのよ。」
「そうなんだ。」
「でも普通のハンバーグよりも和風ハンバーグの方が断然簡単よ。ソースを作らなくても良いんだもの。大根を卸して味ぽんを掛けるだけで良いしね。」
「そうだね。」僕はただ頷くばかりである。
「そういえば、あの電車ありがとうね。」
「あっもう開けちゃったの?」
「だって、辛くなったら開けてねって言ったじゃない。車体にI love youってハートマークつきで描いてあったじゃない?」
「うん。」
「何か嬉しくて、お母さんに写メで送っちゃったもの。」
「でも、一年ぐらいじゃ開けないって思っていたからさ。」
「一年は十分長いわよ。」
「あともう一つ入ってなかった?」そう、僕は彼女へネックレスを送ったのだ。
「今つけてるよ。」
「本当だ。」
「気がつかなかったの?」
「うん。でも、何か凄く久しぶりにあったのに全然雰囲気とか変わってないもの。身につけているものなんて、全く気がつかないよ。」
僕は嬉しかった。
彼女はこのままが一番彼女らしい。変わってしまうと自分とは完全にかけ離れ遠い存在だと思ってしまうからだ。そして、出来ることならこのまま一緒に居たい。神戸になんて帰らないで欲しい、そう思った。
その晩、彼女の好意に甘えて結局泊めさせて貰った。確かに女の子一人こんな家で居るのは危険だと思ったし、彼女となるべく多くの時間を共有したかったからである。親にもその旨を伝えると、しっかり留守番しろよって言ってくれた。
その日の晩はなかなか寝ることが出来なかった。同じ部屋の中に彼女が居るのだ。今までのように二人で一緒に居るのと違う。完全な密室なのだ。遥香も同じことを思いドキドキしていた。でも、僕は受験が終わって一気に溜まった疲労感のせいで寝てしまった。完全に僕が寝たのを見計らって、彼女は僕の傍に寄ってこう言ったそうだ。
「これからも応援してね。私も頑張るから、裕紀も頑張って。自分を信じればきっと、良い進路に行けるはずだから。」
そう言って、僕の知らないうちに遥香は三度目のキスをしたのだ。
朝になり、僕は近くで寝ている遥香を起こさないように、書き置きして出て行った。
―家に一度帰るけど、しばらく旅に出るかもしれないから連絡はしないでね。と言っても、君はこの一年も連絡くれなかったから、そんなことはないと思うけど。これからデビューだろ?みんなに好かれる良い歌手になれよ。―裕紀
「これで良いだろう。」そう言って、遥香の家を後にした。




