第10話 最高の誕生日
また時は過ぎて、二月になった。時の流れは本当に早いものだ。実は僕の誕生日は二月五日。それをすっかり忘れていたのだ。
その日の朝、久し振りに遥香から電話が掛かって来た。
「裕紀、今日会えない?」
「良いよ。君こそ大丈夫なのか?」
「私は平気。今日土曜日で休みでしょ?」
彼女と駅前で会った後、初めて彼女の家に連れて行って貰った。彼女のお母さんと会ったのも初めてだった。
「初めまして。いつもうちの遥香がお世話になっております。」
お母さんはとても親切な人そうだった。彼女が前に言ったように、顔つきからいうと具合が悪そうだった。
「こちらこそ初めまして。以前、お母様の具合が悪いと聞いていたのですが、その後の調子はどうですか?」
「ええ、お陰様で。」
「お母さん、無理しちゃダメよ。」
「無理なんかしてないわよ。娘の彼来たんだから、嬉しいじゃない。」
彼女のお母さんに挨拶した後、遥香は彼女の部屋に招いた。
「ちょっとお茶持ってくるから。」そう言って彼女は部屋を立ち去った。
部屋を見渡して僕は驚いた。
「何だ、これは…。」
部屋の出窓には、小さい鉄道模型のレイアウト。
そして、壁に貼られた首都圏近郊路線図と京阪神近郊路線図。
カーテンレールには無数のつり革。
本棚を見ると、鉄道ファン、鉄道ダイヤ情報、Rail Magazine、RM Modelsなど各誌が綺麗に並べてある。
机の上には、どうやら彼女が撮ったと見られる列車の写真が…。僕は言葉を失った。
そうしているうちに彼女が部屋に戻ってきた。
「お待たせ。」
「この部屋、どうしたの?」
「え?この部屋?私の部屋だけど。」
「いや、それは知ってる。そうじゃなくて、どうしてこんな凄い部屋なの?」
「仕方ないから種明かしをしてあげよう。実は…、私も鉄子でした。」
「え?」
「裕紀の説明、たまに間違っていたぞ。私知っていたのよー。」
「ウソー?」
「実は私の父は鉄道員だったの。それで、私の父は鉄道が大好きでこうしていっぱいコレクションをしていたの。私は父と接する時間が無くて、本当に父が亡くなってから父がどういう人だったのか?というのを知りたくなって、父の部屋を見ていたの。そしたら、こうやって色々な雑誌があったり路線図が貼ってあったりして。父の机の上には毎日書いていた日記があった。毎日娘と会話も出来ないのは寂しいとか書いてあったけど、もし時間が許すなら、一緒に列車で出掛けたかったって書いてあった。父は私にも鉄道を好きになって欲しかったんだって思ってそれ以来、私は一生懸命鉄道の勉強をしたの。」
「そうだったんだ。じゃあ文化祭の時のあの征服は?」
「あれは、お父さんの同僚だった人の娘がグリーンアテンダントで、その人に借りたの。」
「それも凄いな。」
「それよりも、今日は裕紀の誕生日でしょ?」
「え?今日だっけ?」
「二月五日。205系の日。覚えるのも簡単よ。」
「そっかー。すっかり忘れてたよ。というかどうやって知ったの?」
「泰子さんがこっそり教えてくれたのよ。はい、これ誕生日プレゼント。」
「そうなんだ。ありがとう。」
「今プレゼント開けてみて。」
開けてビックリした。何と手編みのセーターだったのだ。
「これは、手編み?」
「うん。ちょっと下手だけど。」彼女は顔を赤らめながら言った。
「ありがとう。大事に着るよ。」
さらに、彼女は僕を見てこう言った。
「そういえば、随分髪の毛伸びてきたね。最後いつ切った?」
「うーん、十月だったかな?」
「今、切ってあげようか?」
「怖いな〜。変な風にされそう…。」
「いや、そんなことはしないわよ。もちろん、格好良くしてあげる。」
「本当?」
僕は遥香の好意に甘えて、散髪して貰った。切って貰ってる最中は何だか恥ずかしくて、何も話せなかった。
「はい、出来上がり。」
「これで完成?」
「うん。」彼女はそう言うと正面に座って、「これでいい男になった。」と満足そうに言った。
それから晩御飯もご馳走になった。遥香が作ってくれた春巻きは韮やスクランブルエッグなど非常にシンプルだったが、凄く美味かった。帰りも送ってくれた。
「今日はありがとう。髪もさっぱりしたし、美味しい春巻きも食べれたし。」
「そう?満足して頂けて良かった。」
「もうすぐ、行っちゃうんだろ?」
「うん。」
「準備出来たのか?」
「まだ。」
「じゃあ、ちゃんと準備しなきゃダメだぞ。」
「うん。」
「じゃあまたね。」
「バイバイ。」
こうやって見送られるのは、悲しかった。何日か経てば自分が見送る番になるからだ。いつ、また会えるか分からない人を見送るのは辛い。