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2 近江富士明

本小説世界の時代背景について、及び友人、羽黒蛇氏のこと


 前作「金の玉」について、以前書き上げたとき、登場人物の優勝回数に無理があるのでは、とのご感想をいただいたことがある。

 その感想を述べられた相手は、私が大学時代に所属していた相撲同好会を、在学中に創設した、私の友人、羽黒蛇六郎兵衛氏である。

 同好会では、大学の相撲部の稽古が終わったあと、その土俵を使わせていただいていた。同好会は、稽古は参加自由。私も当時、大学近くの八百屋でアルバイトをしていたので、稽古に参加したのは、週に一度程度であったかと思う。

稽古の参加者が五人程度以上いて、その中に羽黒蛇氏が含まれていた場合は、「場所」が開かれる。参加者の総当たりで、総取組数が十五に近くなるように調整する。星取は、羽黒蛇氏が付け、記録の管理も彼が行う。その成績により、番付が決まる。

羽黒蛇氏は、相当回数の優勝を重ねた。横綱である。

作者は、優勝決定戦に二度出場したことがあるのだが、二度とも羽黒蛇氏に敗れ、結局、一度も優勝できなかった。ただ、優勝決定戦二度出場という実積を評価いただき、羽黒蛇氏より、大関にご推挙いただいたので、謹んでお受けした。

なお、私の同好会での四股名は・・・書かない。


本小説の羽黒蛇。言うまでもなく、氏がモデルである。アイドリアンの世界では、ライブ会場等で知り合い、彼を師と慕う何人もの後輩がいる。

主に執筆していたのは、数年前までだったと思うが、AKB48に関する、アクセス数が極めて多く、業界人も見にきていたというブログのメインライターを務めていたこともある。

かつてチームBに所属されていた平嶋夏海さんにも、ファンとしての「ナッキーさん」は、ちゃんと認識していただいていたようである。

なお、彼がアイドルに関する文章を書くときのペンネームは、「ナッキー」である。


 彼は、今もまめにライブ参加の活動を続けている。AKB が、メジャーになったあと、彼の活動対象の主体は、ローカルアイドルになっているのかな、と感じる。

 作者も昨年から今年にかけて、彼のご案内で、東京に出張があった際等に、

 秋葉原で、「さくらシンデレラ」のライブに3回。

 有り難い仏教の教えをオリジナルの唄に乗せて説かれる、アイドル菩薩、光誉裕華先生のライブに2回参加している。


では、話を戻し、友人、羽黒蛇氏の作中人物の優勝回数に無理がある、という指摘に対して。

この小説では実在する横綱として貴乃花まで出てくる。この小説は、今より未来の話とするという逃げかたがありそうだが、羽黒蛇の愛するアイドルがAKB チームBを脱退するというエピソードがあり、この小説の舞台となっている年代はいつなのか、ほぼ特定されてしまう。

照富士26、玉武蔵23、羽黒蛇15という優勝回数をどうあてはめるか。

貴乃花(優勝回数22)は、二場所連続全勝、優勝7回という実績を残して横綱になった。が横綱昇進後間もなく故障が発生し、その優勝回数は、一桁にとどまった。曙(11)、武蔵丸(12)も横綱にはなったが、ともに優勝回数は、5回程度にとどまり、その時代は照富士が第一人者となる(ただし、照富士を、貴乃花と同年配以下とすると、息子たちとの年齢差が少なすぎる。十歳代半ばで父親にならなければならなくなる。

照富士の主たる活躍期間は、千代の富士(31)時代の末期から世紀の変わり目あたりまで、というのが妥当かと思う)。

そして、朝青龍(25)、白鵬(40)の時代の代わりに、玉武蔵、羽黒蛇の時代があった。これが、本小説世界の時代背景である、とさせていただく。


 金の玉のニュースを聞いたとき、近江富士明は、大きな衝撃を受けた。高校時代、甲子園に三度出場し、ドラフト1位で指名されながら、彼が角界に進んだのは、この男を倒したい、と思ったからだった。

 初場所、幕下力士として。春場所、十両力士として。夏場所、幕内力士として。三度対戦して三度敗退。だがもう、彼と対戦することはできない。彼に勝利するという、近江富士の角界における最大の目標は失われてしまった。

 彼は、金の玉との三度の対決を、心に思い浮かべた。あのときの、土俵の上での感覚。それは、他の力士との対戦には無いものだった。おのれの心と体が常ならぬ世界に入り込んだあの感覚。それもまたもう二度と体験することはできないのだ。

 自分は、これ以上、角界にとどまる理由があるのだろうか。


 だが、自分が角界入門した際に語った約束。三年以内に横綱になる。その約束は世間に知れ渡っている。

 その約束を果たすには、再来年の初場所には横綱になっていなければならない。


 先の夏場所に、近江富士は、金の玉とともに新入幕力士となった。十一勝四敗。それが、近江富士が夏場所で残した成績だった。十三勝無敗。三賞を独占した金の玉以外に、ただひとり、近江富士は敢闘賞を受賞した。

 だが、今の自分は、一歳十一か月年長の兄、伯耆富士洋はもちろん、一歳七か月年少の弟、豊後富士照也にも及ばない。

 夏場所で、兄と弟が勝った、横綱玉武蔵と関脇荒岩に自分は勝つことが出来なかった。それが今の自分と、兄、弟との実力差である。


 中学を卒業した時の父、照富士の言葉を思い出す。

「もし、お前が相撲を始めたら、兄弟の中でお前が一番、強くなるのでないか、と思う」

「洋も照也も、儂を超えることはできないじゃろう。じゃが、お前は、儂には想像できん種類の強さをその身に秘めている気がする。儂はお前が化けるところを見たい、と思うちょる」


 だが、父は本当にそう思っていたのだろうか。兄、弟と違って、ただひとり野球の世界に身を投じた自分を、相撲の世界に呼び込むための甘言ではなかったのか。

 兄は強い。弟もまた強い。日頃、彼らとの三番稽古を重ねる明には、それがよく分かった。


 近江富士明は、113kgになった。昨年初場所の初土俵から一年半で、約30kgの増量である。幕内力士の中で最軽量であることに変わりはない。 

 近江富士の相撲の基調となっているもの、それはスピードである。立ち合い、相手の当たりを微妙にずらし、その圧力をまともには受けない。以降は、素早い動きで相手を翻弄する。組まれた場合は、がっぷりになることは避け、左四つ半身の姿勢からの右上手投げを炸裂させる。この相撲で、近江富士は、幕内力士になり、先の夏場所でも、初日に金の玉征士郎に敗れたあとは、白星を重ねた。

 だが、終盤になって当てられた荒岩、羽黒蛇、玉武蔵には、通用しなかった。

 公約の三年以内に横綱になるためには、もちろん、現役最強ランクの力士にも勝っていかなければならない。自分は、もっともっと強くならなければならない。それも急激に。スピードだけでは駄目だ。おのれの力士としての地力を、一段も二段もあげていかなければ駄目だ。過去の力士の中で、自分が目指すべき相撲を取った力士がいるだろうか。


 近江富士明は、見つけた。その力士の名は、千代の富士貢。立ち合い、120kg代の体で、相手にまともに当たる。相手に押し込まれることはない。いや、時に当たり勝ち、そのまま相手を一気に寄り切ることさえある。あの体で何故、そんなことが出来るのか。速く、鋭い立ち合い。その速さ、鋭さで、数10kg 上回る体重をもつ対戦相手であっても互角以上の立ち合いをする。近江富士明は、おのれの相撲の一大転換を図った。そして、近江富士は、自分の地力が、一段増したと、日々の稽古ではっきりと感じることが出来た。

 申し合い。これまでほとんど勝つことの無かった兄、伯耆富士に、時に勝てるようになり、今まで、はっきりと分の悪かった豊後富士に対しては、ほぼ互角の勝負が出来るようになっていた。


 いずれにしても、近江富士は思う。

金の玉という最大の目標は、喪われた。自分はもう、残されたもうひとつの目標を達成するしかないのだ。


 征士郎、明は思った。

 人生でたった一度だけ、会話を交わした男。

だが、あと一度。

 今年の初場所、幕下で初めて対戦し、行司の呼び上げで、土俵に上がって礼を交わしたとき、あいつは俺を見て、ほんの少しだけ微笑んだ。

 対戦することができるところまで、ちゃんと昇進していたね。

俺の勝手な解釈かもしれない。でもあの微笑みは、きっとそういう意味だったのだと思う。


 征士郎、だったら、何故もう一度、待ってくれなかった。

力士としてお前がたどり着いた領域に、この俺が達するまで。

その領域で、お前は何を見たのだ。

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