時渡りの術
私はユーシャ公爵家の魔導師ティンマー、ついにものすごい術式の開発に成功した。名を『時渡りの術』という。この術式を用いれば、名の通り過去であろうと未来であろうと行くことができる。
昨夜のことだった。時渡りの術の完成に向けて、最後の難しい調整をしていた時に後ろで物音が聞こえた。私が驚いて振り向くと、そこ私が立っていたもんだからまた驚いた。
しかし私はすぐに状況を理解した。分身の術式を使った覚えはなかったから、おそらく術式を完成させた少し未来の私が会いに来たのだろう。
「ようこそ、未来の私。どうやら術式は完成したようだね」
私の問いかけに、
「その通りだ。少し助言をしようと思ってね」
『私』は答えた。
『私』がしてくれた二つ三つの助言と手伝いのおかげで、夜が明ける頃には術式は完成していた。
「さて、はじめての実験をしてみようじゃないか」
だしぬけに『私』が言う。『私』が私の杖を振るうと、またたく間に術式が編み上がり、魔法陣が紫の燐光を発し始めた。
「いつに行ったものかね」
「昨夜にしよう。私も私からした昨夜に行ったのだから」
「なるほど。しかし君はどうなる。未来に帰らなくていいのか?」
「この時間はすでに私にとっての今なのだよ。君も私の立場になればわかるさ」
『私』はなにか悟ったように言う。
私の周囲では無数の魔法陣が何層にも展開し、回転していた。
「では、また会おう」
『私』の言葉と同時に、私の視界は眩い白で満たされた。
視界が戻った時。そこは変わらぬ私の研究室だった。足の踏み場が殆ど無い。部屋の向こうでは昨夜の私が最後の調整をしているようだった。
足元で薬草箱を軽く蹴ってしまった。
その物音に気づいたらしい昨夜の私が振り向いて私を見る。
数瞬あって。
「ようこそ、未来の私。どうやら術式は完成したようだね」