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超能無職  作者: まーくん
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3.『203号室住人、頭山春花』

 不機嫌に玄関のドアを開けると、そこには彼とそう歳の違わない女が立っていた。温和で如何にも平和主義者と標榜しているかのような出で立ちの人間。田舎から出てきてまだ垢抜けない所が残っている。そんな女だった。

 彼女は好意的な感情を垂れ流しながら、じっとこちらを眺め続けている。まさかこの為に呼び出したわけではないだろうが、反面この女ならばあり得るかも知れないと秀明は考えていた。

 以前、隣の部屋――つまり彼女の部屋の前で、うるさく怒鳴り散らす何かの勧誘員が居た。あまりにも迷惑だったので脅しつけて追い返したことがあった。それがきっかけで彼女と顔見知りになってしまい、親しくもないのにやたら関わってくるようになってしまった。

 悪意ある人間ではない。が、善人かどうかは別問題だ。

「……なに?」

 不機嫌な眼差しを隠しもせずに先を促す。と、彼女は目に見えてわたわたと慌てて答えて来た。

「あ、あの、私、頭山春花です!」

「……知ってるけど」

 この少女、事あるごとに自己紹介してくる。何故なのか良く分からない。癖なのか、自己アピールが好きなのか。もしかしたらいずれアイドルになるか、政治家でも目指しているのかも知れない。などと現実味のない妄想をしながら、彼は多少イライラしながら髪の中に指を突っ込んだ。苛立ちをかき消すように頭を掻きむしる。

「何か用事があって来たんじゃないの?」

 なかなか進まない会話に辟易しながらも、彼はさらに先を促した。

「あ、ハイ、そうでした!」

 彼女は喜色満面手を打ち鳴らし、何やら妙案を思いついたと言う様子で声を上げた。

「ご紹介したい人が居るんです。先生、どうぞ!」

 彼女のその言葉に、嫌な予感が加速する。その言葉に促されるように、彼女の脇、廊下の奥の方から怖気リの気配が近寄ってくる。反吐が出るような悪臭を放ちながら、にゅっと中年の女が顔を出してくる。

 見た目はどこにでもいるような取るに足らない平凡な女だった。黒いウェーブヘアに濃い化粧、身なりは派手に見えるが取り立てて特別な存在には思えない。秀明の正直な感想を述べればタダのクソババアだった。

「彼女は超心霊力学の高名な研究家で、天空寺時子先生です。大学の超能力セミナーの特別顧問をなさっているのをきっかけに知り合って、彼女の個人講習会にも参加するようになったんです。彼女に悩みを相談すれば、どんな悩みもたちどころに解決しちゃうんですよ!」

 話を聞くだけで頭痛がしてくる。あからさまに胡散臭いこの女の略歴もそうだが、それを素直に信じる脳内お花畑の女子大学生に対してもだった。

 こういう平和ボケした人間の厄介な所は、たまにこう言った悪意ある人間を引き寄せるところだった。悪人とはつまるところ善人を喰らって生きる者たちのことだ。だから彼らは善人が大好きなのだ。

 女子大生の意図とはなんなのだろう。おそらく親切心から来る善意なのだろう。素晴らしい人間が居るから紹介したいとバカ面下げてノコノコ連れて来たのだろう。

 では、この天空寺とか名乗る女の目的はなんだろうか。当然、新たな獲物を喰らうためだ。吐き出され続けるおぞましい感情。暗く淀んだそれを静かな表情で垂れ流し続ける女は、深い極まりない存在だった。

 これは今まで誰にも語ったことのない能力だった。過去に研究機関でモルモットになった時も隠していた特技。こんな能力、人に知られれば気持ち悪がられるに決まっている。ある意味人を簡単に捻り殺せる能力を持っている以上に人を恐怖させるだろう。

 秀明には、相手の感情を感じ取ることができた。常人以上に鋭敏に。どんなにその感情を隠していたとしても見えてしまう。自分でもどういう理屈か分からないが、どんなに相手が誤魔化そうとしても、隠された感情を嗅ぎ分けられた。まるで五感すべてで認識するかのように、相手の感情を知ることができた。

「……で?」

 敵意を隠すこともなく吐き捨てる。この女は敵だ。体面を気にする必要もない。

 しかし、答えて来たの大学生の女の方だった。能天気な様子で気の抜けた声を上げる。

「ですから私、イトーさんのこと先生に相談したんです」

 思わず険しい表情をしてしまった。仮にもお隣さんと言うことで必要最小限の体裁は保って来たつもりだった。彼女がいつかトラブルを運んできそうな気配は感じつつも、距離を取りながら付き合ってきた。今までの自分の努力はなんだったのだろうと、怒りとも虚しさとも分からない想いに秀明は頭を抱えたい気分になっていた。

 しかし、このトラブルは若干予想の斜め上を行っていた。彼女のストーカーまがいのニオイは感じていたが、まさかこんな魔物を呼び込んでくるとは。

「先生、こちらがイトーさんです。どうぞ、よろしくお願いします」

 大学生の女はぺこりとお辞儀してその魔物を押し付けて来る。その先生と呼ばれた女は、訳知り顔な様子で近づいてきて手をかざしていた。波動でも送ってきているつもりなのか無駄にプルプルと手を震わせている。

「これは……なんと言う……辛い想いをされて来ましたねえ……」

(ナメてんのかこのクソババア……)

 眉間がピクつくのが分かった。バカにされているようですごく不愉快だ。何も分かりもしないのに、同情するように声音を使い分けているところがさらに鼻につく。

「いい迷惑だ! 帰ってくれ!」

 思ったままを口にする。まったくもっていい迷惑だった。こんなオカルト詐欺師のババアの茶番に付き合わされるなど。まるで何かの皮肉のようだった。

 追い払うように手を振る彼に、それでも女はめげなかった。透視でもしているつもりなのか、深刻そうな顔をしながら戯言を吐き続ける。

「……あなたは過去に囚われ続けています。どうすることもできず、ただ泣き叫んで……」

 ウンザリする。自分の人生の端っこでこうやって飯を食っている人間が居る。こんなのただの氷山の一角だ。これと同じような人間が世の中にはまだまだたくさんいる。これを一人ずつプチプチと消していけたらどんなに爽快だろうか。そんな妄想に苛立ちを覚える。

「へえ……アンタには何か見えるって言うのか?」

 別に興味があったわけではない。ただ投げやりに尋ねる。

「教えてくれよ。何が見えるって言うんだ?」

 そう言って空中に手を振って何かを掴み取るように手をかざす。霧のように世界を満たす粒子の世界に、そのかざした手と同じ形をした巨人の腕をイメージして描く。その巨大な手が、中年の女の頭を鷲掴みにする。

 妄想ではない。願えば叶うのだ。少し力を籠めれば、この女の頭など果汁をまき散らす果物のようにはじけ飛ぶ。気に入らない人間をプチプチと潰していくのも、彼が本気になれば叶ってしまうかもしれない。

 高名な超心霊学の先生とやらは、そんな様子にもまったく気付いた素振りすらなく、相変わらず茶番を続けていた。大仰に手を広げて見せて、相変わらずもっともらしい内容のない抽象的なことばかり言い続けていた。

「ええ、見えます。アナタの暗く淀んだ魂のオーラが、アナタの全身を覆っているのが!」

(ああ、このクソババア……マジぶっ殺してえ……)

 イライラも最高潮だった。まるで人を小馬鹿にしている。本物の超能力者に対して笑えない冗談だった。眼輪筋が痙攣して奥歯がギリギリと軋んだ音を立てそうだ。

 このまま握りつぶす誘惑を振り払って、彼は怒りを玄関のドアにぶつけた。巨人の手も綺麗さっぱり消し去って、代わりに玄関のドアに拳を叩きつける。

「帰れッ! 捻り潰されたくなきゃ二度と俺の周りをうろつくなッ!」

 最悪な気分でドアを勢いよく閉める。鍵も閉めてトラブルから身を遠ざける。

 しかし、それで根本的に解決するわけではない。おそらく警告も聞き入れないだろう。厄介な問題を抱えたなと言う想いに駆られながら彼は部屋の奥に戻っていった。

 落ち込むようにがっくりと肩を落とし座り込む。気分を持ち直すのにしばらく掛かりそうなダルさだった。

 何か気分直しになるようなものは無いかと考えていると、彼はふと自分のスマホに着信があるのに気付いた。手に取って確認する。

『ハーイ、ヒデアキ。起きてる?』

 スマホに入れているSNSアプリに文章が踊っている。

『今日の夜暇なの。一緒に食事でもどうかしら?』

 それは美女からのデートのお誘いだった。普段ならばあまり誘いに乗ったりはしないのだが。

『オーケー、今日は特別に付き合ってやるよ』

 そう文章を書きこんで送信する。憂さ晴らしでもしなければやってられない。

 返事はすぐに来た。

『OK、いいお店探しておくわ。また後で連絡するから準備しておいてちょうだいね』

 キスマークが飛んでくる。それを確認すると、秀明はスマホの画面を閉じた。

 何はともあれ。

 とりあえず、玄関先でまだ何やらウロチョロしてる女二人に早く帰れと、秀明は恨みがましくため息を吐いた。

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