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超能無職  作者: まーくん
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2.『202号室住人、伊東秀明』

 彼女は愛しの彼の玄関の前で高鳴る鼓動を抑えていた。彼女の名前は頭山春花とうやまはるか。今年大学に入ったばかりの十八歳の女の子である。

 彼女は意を決して腕を伸ばすと、取り付けてある呼び鈴を鳴らした。部屋の中で人の動く気配が伝わってくる。それに合わせて彼女の心臓は早鐘を鳴らすのだった。

 ガチャリとドアが開く。中から一人の男性が現れる。スラリとした体型の高身長の青年で、年齢は自分より少し上かなと春花は思っていた。整った顔立ちをしていてまるで王子様だ。赤味掛かった茶髪は伸び放題だったが、それでも似合ってしまう。Tシャツにハーフパンツと言うラフな格好でさえも様になっていた。

 彼とは大学に進学したばかりの頃に知り合った。まだ一人暮らしにも慣れていなくて、強引な勧誘員に困っていた時に助けてもらったのをきっかけに親しくなったのだった。それ以来、彼女の中で彼は白馬の王子様だった。

「……なに?」

 眠たげな眼差しを向けながら尋ねて来る彼に、彼女はハッとした。どうやら彼に見惚れていたようだ。彼の視線を浴びながら、彼女はドギマギしながら慌てて答えた。

「あ、あの、私、頭山春花です!」

「……知ってるけど」

 今更なことを言われて彼は多少困った顔を見せた。彼は綺麗に発色する茶髪をかき上げると先を促してきた。

「何か用事があって来たんじゃないの?」

「あ、ハイ、そうでした!」

 春花は喜色満面に手を打ち鳴らした。

「ご紹介したい人が居るんです。先生、どうぞ!」

 言って、春花の横に控えていてもらった人物に前に出てきてもらう。

 それは立っているだけでただならぬオーラを放つ中年の女性だった。万人から見ても彼女の偉大さが伝わるに違いないと春花は思った。

「彼女は超心霊力学の高名な研究家で、天空寺時子先生です。大学の超能力セミナーの特別顧問をなさっているのをきっかけに知り合って、彼女の個人講習会にも参加するようになったんです。彼女に悩みを相談すれば、どんな悩みもたちどころに解決しちゃうんですよ!」

「……で?」

 要領を得ないのか彼は聞き返してきた。

「ですから私、イトーさんのこと先生に相談したんです」

 春花の言葉に彼は怪訝な表情を見せた。それは仕方のないことだった。初めは信じられないかも知れない。でも彼女の力を知れば彼女を信じざるを得なくなるはずだ。

 彼に悩みがあるのではないかと気付いたのは、先生に教えてもらった超心霊力学の基礎のおかげだと春花は思っていた。心を落ち着けて相手と魂の波長を合わせること。それが相手を理解する基本だ。そしてその人物をじっくりと観察すれば相手が何を思っているか分かるはずだ。

 春花は彼と心を重ねるように、彼の事をじっくりと観察した。朝起きてから夜寝るまでの行動パターンを曜日ごとに纏めて、分単位の表に纏めた。すると、先生の仰るように彼の悩みも自然と見えて来たのだ。

 彼はきっと自分と年齢はさほど変わらないと思う。にも拘わらず、学校に行ったり仕事に行く様子がまったくない。度々出かけているようであるから引きこもりと言うことはおそらくないだろうが。彼は世間で言うところの、ニートなのではないかと分かった。

 しかし、彼女に分かったのはそこまでだった。彼女にはどうして彼がニートになったのか、どうしてニートを続けているのかは分からない。いくら魂の波長を合わせようとしても彼の思っていることが伝わってこなかった。それが春花の超心霊力の限界だった。

 このことを天空寺先生に相談したところ、先生は彼に会って魂の会話をしてくださると仰ってくださったのだった。彼の背後には何か黒く禍々しいものが見えると。彼に直接会って悩みを解決しようと言ってくださったのだった。

「先生、こちらがイトーさんです。どうぞ、よろしくお願いします」

 春花がぺこりとお辞儀すると、先生はゆっくりと頷くと彼に向って手をかざした。何かを読み取るように目を閉じて彼女は低く唸った。

「これは……なんと言う……辛い想いをされて来ましたねえ……」

 先生は涙をこらえるように声を滲ませていた。きっと彼の魂の波長を読み取って、彼の苦しみを体感されているに違いなかった。春花は胸を締め付けるような想いに苛まれた。

 すると突然、語り掛ける先生に対して、彼は怒鳴り声を上げた。

「いい迷惑だ! 帰ってくれ!」

 追い払うように手を振る彼に、先生は負けじとオーラを送り続け語り掛け続けた。

「……あなたは過去に囚われ続けています。どうすることもできず、ただ泣き叫んで……」

「へえ……アンタには何か見えるって言うのか?」

 感心したように彼が興味を示した。

「教えてくれよ。何が見えるって言うんだ?」

 彼は空中に手をかざし、何かを掴み取るような仕草をした。

 先生は目を見開くと真っ直ぐ彼を見返した。現在、過去、未来、すべてを見通すような強い眼差しで、彼の悩み一身に受け止めるように両手を広げた。

「ええ、見えます。アナタの暗く淀んだ魂のオーラが、アナタの全身を覆っているのが!」

 その言葉を聞いた瞬間、彼の表情が鬼のような形相に歪んだ。まるで悪魔にでも憑りつかれたかのように発狂し、先生をそのまま殺してしまいそうな声でがなり立てた。

「帰れッ! 捻り潰されたくなきゃ二度と俺の周りをうろつくなッ!」

 かざしていた手を拳に変えてドアを殴りつけると、彼は勢いよくドアを閉めてしまった。鍵もかけられて完全に遮断されてしまった。彼の気配が部屋の奥へと去っていく。

「せ、先生……」

 不安になって春花は天空寺に声をかけた。彼女は悲し気な目をして首を振った。

「彼の闇はそれほどに深いのです。これ以上無理に踏み入っては彼の心が壊れてしまいます……。焦らずに気長に彼の魂を解きほぐしていきましょう」

 春花の不安を慰めるように、天空寺は優しく微笑んだ。その心遣いが、彼の問題の深刻さをより一層際立たせていた。

 彼は一体どんな悩みを持っているのだろう。彼の過去にどんなことがあったのか。やはり彼には自分が付いていてあげなければダメなのだ。彼の身近に居て彼を救えるのは自分しかいない。頭山春花は決意を新たにして、愛しの彼の後姿を思い浮かべていた。

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