1.『流行り沸く人々を眺めるその後の超能力少年』
少年は青年になっていた。今年で成人を迎えていたが特にこれと言った変化も感じずに彼は日々を過ごしていた。
彼の名前は伊東秀明。いわゆるエスパーである。
青年は平日の昼間のアパートの一室で、一台のパソコンモニターの前に座っていた。それは社会を覗く窓。この向こう側で、人々は好き勝手に、思い思いに呟き合っている。
オカルト掲示板は数年前から現在まで、ブームの勢いによってその盛り上がりを保っていた。まだ衰える気配はない。超能力に背乗りして、心霊やスピリチュアル、未確認生物や宇宙人までもが、まるで市民権を得たように真実であると訴えていた。超能力があるならば他の不思議もあってもいいじゃないかと言う短絡的な発想に他ならない。
その中でもやはり、超能力のジャンルは群を抜いて勢いがあった。数多あるそのスレッドの中から、数年前に消えた超能力少年の行方を予想するスレを見つけ出し、秀明はクリックした。
開いてみるとどうやら先ほど立ち上がったスレらしく、現在進行形で進んでいた。
『あの超能力少年今頃何してるんだろうな。みんなで予想してみようぜ!』
ここでこのスレ見てるぜと心の中で突っ込みながら、彼はその先を読み進めていった。
『当時、テレビに出演する時はマスクを付けてボイスチェンジャー使ってたからよく分からなかったが、まあ大体中学生か高校生ぐらいに見えたよな。てことは今は二十歳そこそこってところか。普通に考えたら大学生か社会人だよな』
『まあそうだろうが、しかし表舞台で活躍してるのは聞かないよな。エスパーだってこと隠して生きてるのかな?』
『はあ? 政府が匿ってるに決まってるだろ』
『定期政府の陰謀説乙』
『まあ実は俺がエスパー少年なんだけどな』
『はいはい嘘乙。本物は俺だから』
『奇遇だな。私も実はエスパーでね』
『我も我も』
まあ俺が本物だけどな、と秀明も便乗して書き込んでおく。
『嘘つきどもは俺の超能力で焼かれ死ぬ呪いかけておいたから覚悟しとけよ』
『ごめんなさい……』
『意外と素直でカワイイなw』
『超能力で呪いって……超能力とは一体ウゴゴゴゴ……』
『そもそも超能力なんてあるわけないだろ。メルヘンや御伽話じゃあるまいし……。俺はただ司法がトチ狂っただけだと思うけどな。あいつら勉強しかしてないバカだから手品にコロっと騙されそうだしな』
『いやいや、未だに超能力の存在に懐疑的な人間が居るのは驚くな。そんなの公開されてる資料見るだけでも分かりそうなものなのに』
『ででででたー自称超能力専門家! こういうスレには必ずニ、三人沸くよな。ウザッ!』
『は? 悔しかったらちゃんとソース提示して否定してみろよ。ただイチャモン付けるだけだったらオカルト板に来るなよハゲ』
『やめて! 私のために争わないで!』
と書き込みしておく。
『ちなエスパー事件の概要纏めたサイトのURL張っておくから疑うなら目通しとけ。これどう見ても超能力の存在が無きゃあり得ないだろ』
実際にURLが張り付けてあったが、秀明はそれを踏むことはなかった。わざわざ見なくてもわかる。何故ならその事件の当事者なのだから。
『しかしこんな能力あるなら実際政府の裏の仕事とかしてても不思議じゃないよな。証拠残さずに邪魔な奴を暗殺とかさ』
『そうじゃなくても超能力さえあれば何やったって英雄扱いだろ。俺も超能力欲しいわ』
『俺と超能力セミナー行ってスプーン曲げようず』
『そんなショボいのいらんし胡散臭すぎるわ』
『結局すべて政府の陰謀でFA?』
『バカ言うな。この背景にはもっと大きな存在が関わってるんだよ。そもそもあの超能力少年がただの人間なわけがない。人間にあんな事できるわけがない。そう、奴はエイリアンだったんだよ!』
『な、なんだってーッ!?』
秀明はスレッドを閉じた。ため息を一つ吐き、ネットの海を彷徨う。
こう言った話は探せばいくらでも出て来る。つまり、便乗商法をしたい奴らが掃いて捨てるほど居るのだ。霊感、宗教、宇宙人。すべてがビジネスになる。能力開発講習会などと言って超能力を伝授すると偽って金をせしめる者は後を絶たない。
秀明が何かしたかと言うと、具体的に何をしたという訳ではない。ただこの世に超能力が実在すると見せただけでこうなってしまった。人々は未知の可能性に歓喜し、陶酔していく。彼にとっては目の前にある当たり前でも、人々にとっては無限に広がる希望となるのだ。
ともあれ、この流れはまだ続きそうだった。一時のブームであるとは思うが、まだこのコンテンツが稼ぎると見ればまだまだ続くだろう。それまでは当事者である秀明が生きにくい世の中であるのは間違いないだろう。
彼は悩んでいた。これからどう生きるのか。ニートを続けながら。
ふと、アパートの呼び鈴が鳴った。自宅の平穏を乱す音色だ。自宅警備員としては見過ごすわけにはいかない。彼は立ち上がり、玄関へと歩いて行った。玄関の向こう側には不穏な色が見えていた。