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9、触れ合う指、見つめあう瞳

 針のむしろとはこういうことを言うのだろうと、ヒデカツは内心うめいた。


 目覚めてから数時間たっても、少女は荷台の隅でうずくまり、時折「ありえない」などとつぶやくだけ。もちろん、話しかけても会話は成立しない。

 困惑というよりはパニック、自らのおかれている状況に脳が追いついていないようだった。


「……だから、悪かったって言ってるだろう。君が生きてるか確かめる必要があったんだ」


「……そんなのありえない……私に触って生きてるなんて……」


「聞いてねえし……そんなに触れたのが嫌だったのか……?」


 何度話しかけても会話が成立せず、ヒデカツは頭の後ろをかく。


 せっかく人助けをしたというのに、こんな風に責められるとは思ってもみなかった。

 だが、ここで諦めてはそれこそ骨折り損のくたびれ儲けだ。


「ともかく少しはオレの話を聞いてくれ。なんでもいいから情報が欲しいんだ。君が来た街までの距離とか、この世界の詳しい情報とか――」


「……本当に、私に触ったんですか?」


「あ、ああ。それについては何度も謝ってるだろ……?」


 それから少しして、同じ質問をしてきた少女にヒデカツは同じ答えを返す。


「……手袋越しとかじゃなくて、本当に素手で私の肌に触ったんですか?」


「そうじゃないと脈は確かめられないだろ?」


「本当ですか? なにかの間違いじゃなくて?」


 しつこく聞く少女に戸惑いながらもヒデカツは「確かに」と頷く。冷ややかな肌は忘れようにも忘れらないものだ。


 ここまでくればヒデカツにも彼女の考えていることが段々と飲み込めてくる。彼女は怒ってるのではなく、困惑しているのだ。


「そんなことありえない……でも、もし本当なら……本当にそうだとしたら……」


「……あー、そんなに信じられないなら、もっかい触ってみようか?」


 彼女の心境を察して、ヒデカツが冗談交じりにそう提案する。


「…………わかりました」


 十秒以上迷ったあと、意外にも少女は右手の手袋を外してみせる。

 指先は震え、掌に汗をかいているが、それ以上に確りとした意思で彼女は肌をさらしていた。


「本当にいいのか? えと、別に無理には……」


 まさか少女が頷くとは思っていなかったヒデカツが躊躇うようにそう確認する。

 そんなヒデカツを無視して 生まれたての子鹿のような足取りで少女は距離を詰めていった。


「…………何が起きても私の責任じゃないですからね。とむらいはしますが」


「お、おう……」


 ヒデカツとて彼女に触った瞬間、何かに適応したことは覚えている。


 だが、既に克服してしまった以上は気にする必要はない。女神から与えられた加護をヒデカツは信じていた。


「……っ」


「嫌ならやめた方がいいんじゃないか? わざわざ証明しなくたって、オレは話が聞ければ……」


「いえ、いきます……」


 顔色を見てのヒデカツの言葉を、少女は退ける。唇を噛み締めているところからしてかなりの決意が見て取れた。


 それならば、遠慮は必要ない。むしろ、ここまできて断るほうがなにかよくないことになるとヒデカツの直感はささやいていた。


「――っ!!」


「どうだ? これで分かったと思うけど……」


 おずおず差し出された右手をヒデカツは握る。掌が合わさり、指と指が交差した瞬間、少女の身体がビクリと震えた。


「……本当に」


 それから数秒間、少女はヒデカツの感触を確かめるように何度か指を動かし、かすかな力で握り返す。

 相変わらず氷のように冷たいが、少女の反応はいじらしいほどに血が通っていた。


「……あー、大丈夫か? 止ってるけど」


「顔色も悪くなってないし、皮膚も干からびない……確かに吸収ドレインしてるのに……」


 手を解くことなく、少女はぼそぼそとなにかを呟く。

 なにか不穏な内容であるということはヒデカツにもわかったが、それ以上のことはあえて考えないようにしていた。


「寒気は感じないですか? 背筋に不吉な感じとか……」


「いや、ないな。っても、ここ最近、まともに何かを感じれてないんだけど……」


「二十秒経っても本当になにも変化がない……本当に……」


 少女の声は段々と濡れていく。

 こういった声はヒデカツにとって、できるかぎり聞きたくないものだった。


「あの……その……一体、どうしたんだ……? オレ、なにかしたか……?」


「っぅぅぅ、やっと、やっと見つけた……!」


「お、おう、えーと、なにを……?」


 少女は両手でヒデカツの手を胸にかき抱くと、そのまま顔を伏せる。

 手の甲に伝わる柔らかな感触に思わず声を上げそうなったヒデカツだったが、どうにか喉元で堪えた。


 聞こえてくる泣き声は微かなものではなく確かなものへと変っている。今、彼女の邪魔をしてはいけないことはなけなしの理性でも理解できた。


「そうだ、目、目を見てもらわないと、それも確かめないと……」


「さ、さきにどういうことか説明して欲しいんだが……」


 困惑するヒデカツをよそに、少女は右手をそのままにして、左手で眼帯を外す。


「わた、私の目……私の目を見てください……お願いします……どうか、お願いします……」


「あ、ああ、そのえっと、それはいいんだけど……」


 理由は分からなくとも少女の真剣みはヒデカツにも分かる。彼女はこの行為に自分のすべてを賭けているようだった。


「――私の瞳を見てください」


「おう……」


 眼帯の下にあったのは金色の瞳。そこから放たれる輝きにヒデカツは一瞬で引き込まれた。


 無垢な光に浮かぶのは期待と恐怖。その二つの色彩が、ヒデカツには言葉を失うほどに魅力的に思えた。


 魅入られたというべきだろうか。もし少女が自分の美しさに惹かれないものを探していたなら、この時点でヒデカツは失格だったろう。

 しかし、ヒデカツは失格ではない。彼女が探しているのは彼女に美を感じない人間ではなく、彼女に触れても命を落さない人間だったのだから。


「あ、ああ……! 死んでない……! 本当に死んでない!! ああ、ようやく見つけた! 私の運命(マスター)!」


「……あ、おう、死んでないぞ、うん」


 自身にすがり付き、泣き崩れた少女の肩に、ヒデカツは静かに手を置く。


 何が原因でこんなことになったかはヒデカツにはさっぱりわからなかったが、今はただ自分以外の誰かを感じられることがありがたかった。



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