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8、運命との出会い

 目の前には、怪物が死んでいる。

 真っ二つにされた体長五メートルのワニは間違いなく絶命していた。


「この剣のおかげ……だよな?」


 剣の刃渡りからいっても、ワニの表皮の堅固さからいっても、こんなことはありえない。

 モリガンの言葉通りなら、この剣には何か曰くがあるはずだ。


「…………聞きたいときに答えてくれないんじゃ無駄そのものだな」


 ヒデカツは血を拭って、そううめく。

 どういうことなのか問質そうにも、女神の声は聞こえない。ルールで決められていた十五分はとうの昔に過ぎていた。


「まあいいか。問題はないみたいだし」


 いぶかしみながら、ヒデカツは剣を鞘に収める。


 剣を抜いた瞬間、頭の中で声はしたものの、今は聞こえてこない。

 この剣にどんな秘密があるかは気になるが、危機を乗り切れたなら当面の問題はない。


 剣を持ったままヒデカツは荷台へと戻る。少女の無事を確認しなければ、せっかくの勝利も意味をなくしてしまう。


「……随分着込んでるな。それに……これ、安眠マスクじゃないよな?」


 砂漠だというのに少女は長袖のローブの下にシャツを着て、厚手の手袋までしていた。


 さらに奇妙なのはフードに隠されていた少女の顔だ。金属製の眼帯が彼女の両目を覆い隠していた。


『――生命力の著しい減少を確認。生命力の無限供給を開始、適応完了』


「……どういうこった?」


 脈拍を確かめようとして素肌に触れた瞬間、ヒデカツの脳内で再び声が響く。

 聞こえてきた文言は毒や電撃とは違い、ヒデカツには聞きなれないものだった。


 気にせず、左手首に触れてみるときちんと心音はある。

 この少女は確かに生きている。


「気絶してるのか? それとも寝てるだけとか……」


 疑問を口に出してみても、具体的な対応策は浮かんでこない。

 精々思いついたのは毛布をかけて、日陰で眠らせておくことくらいだ。


「どうしようもないなら……少し寝るか」


 荷台の中で座り込むと、ヒデカツは目をつむる。この場所に来るまでは三日間不眠不休だった。少し休むのも悪くない。


 ただ意識を失っているだけならば、いずれは目覚める。ならば、それまでの間を有効活用するまでだ。


 ◇            ◇            ◇


 眠っている間、ヒデカツは夢を見なかった。


 眠るという機能にはもう精神的な気休め程度の意味はなくなってしまったらしく、心地よさや欲求を満たすことでの快感は一切感じられなかった。


 ただ少しだけでも眠ることができたという事実が、ヒデカツにはうれしかった。


「……夜か、結構寝てたな」


 地球のそれと同じくこの世界の砂漠も温度の変化が激しい。

 昼は暑く、夜は寒い。この寒暖差だけで普通の人間ならば身体に異常をきたしていただろう。


「まだ気絶してるのか……生きてはいるみたいなんだがな……」


 ヒデカツが眠っていたのは四時間程度だったが、あいかわらず死んだように少女は眠り続けていた。


「……もしかして仮死状態ってやつなのか?」


 脈拍はしっかりしているし呼吸も正常だが、眠っているのでなければヒデカツにはそれくらしか思いつかなかった。


「……役立たずの駄女神め。だから、無駄使いするなって言ったんだ」


 少女について女神からの助言を求めようにも、最短でも明日の昼間までは不可能だ。少なくとも今晩はヒデカツ一人で乗り切らなければならない。


「……服ひんむいてみるか……? いや、でも、さすがにそいつは……」


 こうなった以上はこの着込んだ服の下を確かめるしかないのだが、ヒデカツの倫理観が抵抗を始める。


 いくら医療行為のようなものとはいえ、意識のない少女の服を脱がせるのはいささか以上に有罪に思えた。


「いや、ここは異世界だし、オレは死人だし、あれだセーフだろ、多分」


 だが、これ以上ほかに彼女の状態を確かめる手段は思いつかない。そう考えればもっともらしい言い訳を見繕うことはできた。


「……いくぞ」


「う、ううん……」


「っおわお!」


 どうにか割り切って、ヒデカツがローブに手を掛けたその時、意識のない少女がにわかに身をよじった。


「お、おい! 起きかけてるなら起きてくれ!」


「っ、くぅ、うん……」


 かすかに残念さを感じたことに罪悪感を覚えつつ、ヒデカツは少女を揺する。


「……っAnseoここは?」


 数秒後、少女は眼帯を抑えながらおもむろに身体を起こす。端正な唇から漏れたのはヒデカツにはまったく理解できない言葉だった。

 周囲をきょろきょろと見渡している様子からして自分の状況を理解できていないのは、ヒデカツにも分かった。


「ああ、しまった……オレは馬鹿か……」


 声を掛けようとしたところで、ヒデカツは自分の迂闊さに気付く。


 現地人を助けたのはいいが、言葉が通じない可能性を考えていなかった。

 今いるのは外国どころか異世界だというのにそんな当然の事を忘れていた自分に怒りを覚えもするが、徒労感のほうがヒデカツには堪えた。


『異なる言語体系による言語を感知。解析完了、言語野へのプログラミングにより適応完了』


「マジかよ……」


 しかし、彼に与えられた加護はすぐさま問題を解決した。


 脳の活性化による言語解析と既存の情報を駆使した言語の習得。脳はコミュニケーション不能なこの状況を克服するべき危機的環境と認識したのだ。


「……加護チートね、言いえて妙だな」


「チー、ト?」


「ああ、気にしないでくれ。こっちの――」


 本来ならば努力と才能で身につけるべき事を、反則で先取りしてしまったことに虚しさを覚えながら、ヒデカツは少女へと向き直る。


「――話だ」


 そうして、向き合った途端、ヒデカツは言葉を失った。目覚めた姿を改めて目の前にして、彼女に見惚れていたのだ。


 眼帯をしていてなお分かる端正な顔立ちは、美少女そのもの。細身ではあるが豊満な体つきは生地の厚いローブの下からでも自己主張している。


 だが、それらよりもなお美しいのが、長く伸ばされた黒い髪だ。透き通るような艶と見ているだけで分かるきめ細やかさは、彼女の全体の印象を見事に際立たせていた。

 喪服を思わせる黒い衣装でさえ、彼女が着ていると映画に出てくるようなドレスとなんら遜色なく思える。


 まるで、月の光がそのまま人間になったかのようだ。あの女神と比較しても見劣りしないほどに彼女は美しかった。


「と、とりあえず、生きててよかった。あまりにも身体が冷たいから最初は死んだかと……」


「――近づかないで!!」


 ヒデカツが少し距離をつめようとすると、少女は背後へ飛び退き、そう叫んだ。震える全身からは拒絶の意志が発せられていた。


「わ、わかった。少し下がるよ、これでいいか?」


 助けてやったのに、という言葉を飲み込んでヒデカツは一歩下がる。


 考えてみれば、彼女の反応はそうおかしなものではない。女の一人旅で見知らぬ男に警戒するのは当然のことだ。


「即刻立ち去りなさい! 死にたいのですか!!」


「待て待て、そうかっかしないでくれよ。せっかく助けたんだから、話くらいはさせてくれ」


 しかし、少女の反応にはそれだけでは説明できない必死さがあった。必要以上に怯えている。


「……これ以上は近づかない。なんだったらこの荷台の外にも出る。けど、君は大丈夫なのか? 目覚めたばっかりだし、身体も冷たくて……」


「私の身体、冷たい……でも、どうして知って……」


 ヒデカツの言葉に、少女が固まる。餌を探すコイのように、彼女は口をパクパクさせていた。


「わ、私に触ったのですか? まさか、ここまで運んだのも……」


「べ、別に変なことはしてないぞ。ただ脈を見たり、呼吸を確かめたりしただけで――」


 呆然としている少女にヒデカツはそう言い繕う。あのワニと戦ったときとは違う奇妙な緊張感を彼は感じていた。

 目の前の少女は怒っているようにも見える。なにか失礼なことを知らない間にしていたのかもしれない。


「私に……触った……? 本当に……?」


「いや、だから、触ったのは触ったんだが、その不可抗力というか……それより君、大丈――」


「――ありえない! どうして貴方、死んでないの!?」


 続く言い訳に帰ってきたのは悲鳴めいた疑問だ。


 少女は怒っているわけではない。ただ自分に触れて生きている人間がいることが信じられなかったのだ。



1月8日、タイトル変えました

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