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6、チートという名の加護

 モリガンの言葉通り、ヒデカツが自身に与えられた完全に理解するまでは、三日も掛からなかった。


 気温にして五十度を越えるであろう灼熱の大地となにかを殺すことに特化した悪意に満ちた怪物たち。そういった悪辣な環境は、皮肉にもヒデカツが加護を理解するのに大きな助けとなった。


 女神がヒデカツに与えた加護の名は、”環境適応の加護”。

 この加護はあらゆる状況に適応するために身体を作り変えるもので、汎用性だけで見れば数ある加護の中でもトップクラスのものだ。


 これまでにも自由落下に適応するために全身の強度引き上げ、脇腹に穴が空けば即座に傷を回復できるように体組織を作り変えてきた。

 今やヒデカツは十種類以上の毒への耐性と乾燥や飢えをものともしない新しい肉体を手に入れていた。


 時折、脳内で響く声もまたその一環。危機の連続である戦場に適応した結果、第六感は明確な形で正確な情報を提供するように改良されていた。


『前方に脅威を感知』


「――またあの魚か」


 拡張された第六感に従って、ヒデカツは足を止める。時刻は昼間、ぎらつく太陽に照らされた地面にはなにもないように見える。


「……邪魔だし退かしとくか」


 ポケットから取り出した石をヒデカツは前方へと放る。


 石が砂に落ちた途端、なにもなかった地面から巨大な口のようなものが現れる。

 立ち並ぶ鋭い牙は虎バサミのように閉じたかと思うと、丸ごと飲み込むようにして砂の中へ消えていった。


 地面に擬態していたのは砂の中を泳ぐ巨大な魚。あり地獄のように潜伏して獲物を待ち受けていたのだ。


「……はぁ」


 そんな化け物に驚きを感じなくなった自分に溜息をつくと、ヒデカツは再び歩き出す。


「……熱くもないし、腹も減らないし、喉も渇かない。便利なのか、不便なのか」


 自分の異常性を口に出すと、余計に気が滅入った。


 環境適応の加護は身体を作り変えるものの、精神には作用しない。

 いくら肉体的には平気とはいえ、三日も飲まず食わずというのはかなり堪えていた。


「どうせくれるならもっと楽に勝ち残れるのをくれりゃいいのに……」


『あら、随分とひどい物言いね。こんなに拡張性のある加護もそうないのよ? ほかにもっと悪趣味な加護はいくらでもあるし』


 思わず漏らした愚痴に脳内で反論が飛んでくる。不用意な事を言えば、これだとうめきたくなるが、今度はどうにか堪えた。


 一日一度の十五分だけの助言を、モリガンは二度も雑談に費やしている。ヒデカツからの質問には気分次第で答えこそするものの、自分から助言することはなかった。


「……そもそも悪趣味で言うなら、異世界を、それも砂漠を会場にするほうが悪趣味だろ」


『それも含めての選抜会よ。この環境で死ぬ程度なら"英雄"にはなれないわ』


「じゃあ、地球の砂漠でもいいんじゃないか? わざわざ異世界にしなくたって」


『私たちにとって地球はいいモデルケースなのよ。歴史も多様性も合格。多少の停滞はあってもいい発展のしかたをしているから、選抜会をやって干渉したくないの』


 ヒデカツの他愛ない疑問に、モルガンは待ってましたと言わんばかりの態度でそう答える。


 ようは、実験場なのだ。

 実験が上手くいき、問題がないならば外部からの干渉はできるだけ避けなければならない。実験結果に志向性を加えてしまえば実験の意義そのものを失うことになるからだ。


 逆に言えば、すでに失敗してしまった実験場セカイはどうなってもいいということになる。この世界はそういう失敗の一つなのだろう。


「……そういえば、どうしてチートなんて名前なんだ? ほかにいくらでも呼び方はあるだろう、なんでわざわざ反則なんて……」


『ああ、そのことね。答えは簡単よ、自分で手に入れてない力なんて反則のようなものでしょう?』


 端的な答えに言葉を失う。

 理不尽に選抜会に参加させられた候補者全員にとってはあんまりな話ではあるが、答えそのものは道理が通っていた。


『でも、負い目や引け目を感じる必要はないわ。貴方達の神話でも、英雄というのは神の加護を受けているものよ。反則チートをしているからって偉大になれないってことはない。まあ、その逆も然りだけどね』


 モリガンの言葉にはどこか気遣うような響きがある。彼女は決してヒデカツを軽視していない、上位存在には珍しく人間に入れ込んでさえいた。


「……なにをすれば英雄になれるか、はあんたらが決めるんだよな?」 


『ええ、委員長が言ったとおり、今回の大会に参加している上位存在全員で決めるわ。まあ、なかなかこっちの方法で勝つ候補者は出ないんだけどね。前に出たのは……二万年前だったかしら?』


「……なんか基準みたいなのはないのか? ただ英雄になれといわれてもピンとこないぞ」


 言葉を交わしながらもヒデカツは足を止めることはしない。目の前にあるのは見上げるような巨大な砂丘、身体能力を強化されていなければ昇りきれなかっただろう。


『基準かぁ……そうね、ほかの連中のことはわからないけど私が英雄を選ぶ基準だけは教えておいてあげてもいいわね……でも……まだ早いような気もするし……うーん……』


「……ないよりはマシだ。教えてくれ」


 なぜか渋るモリガンにヒデカツはそう促す。一応の味方である彼女の選考基準を知っていれば、ほかの上位存在の基準を推測するための試金石にはなる。


『…………私を愛してくれる勇士よ。私の基準はそれだけ』


「…………は?」


 まったく予想外の発言に、ヒデカツは砂丘を滑り落ちそうになる。

 しかも、声を聞く限りモリガンは乙女のように恥らっている。普段の態度とのギャップもあいまって、ヒデカツは出会いがしらに突然殴られたような気分だった。


『……なにか文句でもあるのかしら?』


「い、いや、別に文句はない。ちょっとビックリしただけだ」


 明らかに機嫌の悪くなった女神にヒデカツは慌てて言い訳をする。基準が分かった以上は、不用意に機嫌を損ねるわけにはいかない。


『なんでビックリするのよ……私だって女なんだし……それくらい――』


「――あれは」


 だが、砂丘を越えた瞬間、何かを考えている余裕は跡形もなく吹き飛んだ。

 頂上から見下ろした砂漠、果てなく続く不毛の大地になにかが倒れていた。


「……人か?」


 目凝らすと、その正体が分かる。横たわったその影は、確かに人間だった。

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