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5、名前を告げて

 

『――なさい! 起きな――!!』


「……今日は休みだよ、姉さん」


 目覚まし時計代わりの声にヒデカツはそう答える。覚えている限り、今日は休みのはずだ。


『私にはあなたの姉になった覚えはないわ! い、いえ、役割は似てるかもしれないけど……いきなり色々飛び越しすぎよ!』


「あぁ……くそっ、そう都合よく夢なわけないよな……」


 やり場のない怒りを噛み締めながら、ヒデカツは地面に手をついて身体を起こす。

 返ってくる感触は期待した柔らかいベットのそれではなく、ザラザラとした砂のそれだった。


『ようやく起きたわね。火傷は再生したみたいだけど全然起きないから心配したのよ』


「……あんたのおかげでどうにか生きてるよ」


 悪態をつきたいのを我慢しながら、ヒデカツは声に答える。頭の中で響いているのは、あの女神の声だ。


『フフン! 私の加護は伊達じゃないってことよ。でも、あなたの判断もよかったわよ。直撃だったら危なかったんだから』


「見りゃわかるよ」


 あの爆発がどれほどの脅威だったかは目の前の景色が物語っていた。

 砂漠に穿たれたクレーターは広さも深さも、数百メートルはある。クレーター以外の場所も砂が無残に焼け焦げ、ガラス化していた。

 まるで核爆発、直撃していればどうなったかなど考えなくてもわかる。


「オーロラ……? こんな砂漠で?」


『なかなかに綺麗でしょ? 星の寿命が近いなんて信じられなくらいには』


 ふと、空を見上げるとそこにはオーロラが掛かっている。

 美しいのは確かだが、それを素直に賞賛できるほど余裕は今のヒデカツにはなかった。


『でも、感心している暇はないわ。私が助言できるのは二十四時間に一回、それもたったの十五分だけだからね。あなたが起きないからもう五分も使っちゃったわ』


「……神様ってわりには随分不便なんだな」


『これがルールなのよ。私達が直接に干渉するとゲームにならないし』


「……ゲームね。気楽なもんで」


 ゲームという言葉に思わず噛み付きそうにもなるが、どうにか堪える。


「オレに何も説明してくれないのもそのルールのせいなのか? ほかの連中は随分、加護を使いこなしてたみたいだが」


『別にルールのせいじゃないわ。ほかの連中は本当は最初に会ったときに説明したりしてるやつが多いんだけど、私は時間が推しちゃってね。あなたが悪いのよ?』


「オレのせい?」


『ええ、だって貴方で遊ぶのが……いえ、会話するのが楽しすぎたんですもの』


 女神の無責任な返答に、わめき散らしたくなる衝動を堪えながらヒデカツは「わかった」とだけ答える。


 怒っても状況は改善しない。そんな暇があるなら、これからどうするべきかを考えるべきだ。


『それに、貴方に与えた加護は説明してもしなくても大した違いはないわ。勝手に発動するし、考える必要もない。それに、言うでしょ? 習うより慣れろって』


「それとこれとは話が違うだろうが……」


『違わないわよ。私に教わるより、あなた自身が学ぶほうが絶対この先のためになる。私を信用しなさい』


 一方的に信じろという女神の言葉には、不思議な説得力がある。


 実際、何の説明を受けていなくてもこうして生き残れている以上、文句を言ってもラチがあかないのも事実だ。


『ともかく、時間がないから先に私から必要な事を伝えておくわね。ここから一番近い人口密集地までは歩いて五日、東の方向に進めば辿り着くわ。貴方から見て、右側のほうね。行くかどうかはあなたに任せるわ』


「……人間がいるのか、ここ」


『地球ほどじゃないけどこの世界にも知的生命体は存在しているわ。会ってみたいの? それとも、私がいるっていうのに人寂しいのかしら?』


「……別にそういうわけじゃない。ただ気になっただけだ」


『ならいいんだけどね。人里につけばこの世界のことも分かるだろうし、この砂漠なら加護の把握もしやすいでしょう』


「……わかった」


 どこかへそを曲げたような助言をヒデカツは受け入れた。


 人寂しいかは別にしても、この世界の人間と接触するのは重要だ。情報を得られれば、その分有利になる。


「そういえばここはどこなんだ? 地球じゃないよな……」


『正解、理解が早いのは好きよ。確か現地人の呼び名では”ロスパラディア”だったかしら。かつて楽園だった場所、とかそんな意味だったと思うわ』


 女神と言葉を交わしながらヒデカツは東の方向に向かって歩き出す。


「異世界……ってことでいいのか?」


『そう認識して問題はないわ。といっても、剣と魔法の楽しい世界ってわけじゃないけど』


「最初からそれは期待してない。そもそもこんなふざけた殺し合いに参加させられてるんだからな」


『あら、悲観してるのかしら? 死んでいたところを生き返らせれてあげたんだからお礼の一言くらいあってもいいと思うのだけど……』


 余計なお世話だ、とは口にせずヒデカツは歩き続ける。


 砂漠の砂は一歩進むたびに足に絡みつくが、胸の奥に感じる重さに比べれば大したものではなかった。


「……どうしてオレを選んだんだ? 言っとくがたいしたた取り柄はないぞ」


『ふふ、やっぱり気になるわよね。どうしようかしら、こういうのを明かすのはもっと感動的な場面にしようと思ってたんだけど……』


「ならいい」


『むぅ……つれないわね……少しは合わせてくれてもいいんじゃないの?』


 感情的な質問を早々に打ち切って、思考を事務的なものへと切り替える。今は感傷に浸っている場合ではない。


「これからオレはどうすればいいんだ? ただ生き残るだけでいいのか? それとも――」


 言外に最悪の選択肢を確認する。

 ヒデカツは普通の世界で真っ当に生きてきた人間だ。殺し合いに対しても人並みの抵抗感を持っている。


『――ああ、それね。行動方針については貴方の好きにすればいいわ。ほかの候補者を皆殺しにするもよし、英雄に選ばれるように努力するのもよし。最終的に貴方が残りさえすれば私は文句はないわ』


「……本当にそんなんでいいのか?」


 身構えていたよりもかなり大雑把な答えにヒデカツは尋ね返す。


 正直なところ、拍子抜けだ。

 この女神ならば、「あら? 当然、皆殺しよ。殺さない理由がないじゃない」くらいはまでは言いかねないとヒデカツは思っていた。


『『英雄』となるべきなのは私じゃなくて貴方だからね。貴方のやり方で、貴方の納得するようにやりなさい』


「そうか……」


 どこか慈しみさえ感じさせる声に思わずたじろぎそうになる。


 美しさと気紛れさだけが女神の特徴ではない。大地母神としての母性すらも彼女は持ち合わせていた。


「そういえば……アンタに名前とかないのか?」


『あら、聞かないから知ってると思ったのだけど……』


「生憎とささっと検索するわけにもいかないからな。名乗ってもらわないで名前なんてわかるかよ」


『名乗ってなかったかしら? 私としたことがうっかりしてたわ……』


 ヒデカツに名前を問われて、女神はめずらしく自分の迂闊うかつさを嘆く。


『でも……どの名前がいいかしら……私の名前、色々あるから……しかも、その中で貴方が発音できるものとなると……』


「……ヘラとかイシュタルじゃないのか?」


『あんな性悪や浮気性なやつらと一緒にしないで! 流石に怒るわよ!』


 知っている女神の名前を口にした瞬間、ヒデカツは頭の中で怒鳴られる羽目になった。


 ヘラといえばギリシャ神話の最高神であるゼウスの妻であり、イシュタルはメソポタミア神話における愛と美の女神。どちらも美しさで知られている。

 褒め言葉のつもりだったのに怒られるというのは、ヒデカツにしてみれば心外だった。


『……怒ったおかげで思い出したわ。地球で呼ばれてる中で、お気に入りの名前をね』


 怒りながらも女神はヒデカツの脳裏に自らの姿を投影する。赤い鎧から灰色のローブに着替えているが、呼吸を忘れるような美しさはそのままだった。


 赤い瞳がヒデカツを見据えて、イタズラっぽく笑う。先ほどまでとはうってかわって、彼女は上機嫌だった。


『”モリガン”よ。”破壊と破滅、勝利を司るもの”、それが私の名前。魂に永遠にきざみなさい、私の候補者ダーリン


 ひどく楽しそうにヒデカツに手を差し伸べて、女神は名乗りを上げる。美しい顔には、みずみずしい笑みが浮かんでいた。



次の更新は明日の20時です

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