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4、落下と雷と爆発と

 

 2回目の暗闇は1回目よりも長く続いた。


 今回は一人ではない。ヒデカツの周囲には複数の気配がある。

 目を凝らすと、老若男女、多種多様な人種が一緒に移動させられているのが辛うじて分かった。


 おそらくは委員長の言っていたほかの候補者だろう。つまり、これから殺し合いをする相手ということでもある。


 ”――こんなことで死んでたまるものか”


 闇の中で、ヒデカツはそう宣言する。

 人殺しをする覚悟はないが、むざむざ殺されるつもりもない。中途半端ではあるが、それがヒデカツなりの抗いだった。


 それから数秒後、無限に続くと思われた暗黒は唐突に晴れわたった。


「ああ、クソッ! これもまたかよ! 冗談じゃねえぞ!!」


 明るくなると同時に、はるか彼方に大地が現れる。

 不意に突き抜けたのは白い雲、候補者達が自分達が落下していると気付くまで数秒と掛からなかった。


「……っどうする! どうすれば……!」


 ぐんぐんと近付いてくる地上を前にして、ヒデカツは思考を巡らせる。状況は最悪だが、二度目なおかげかそこまでの恐怖はない。


「さっきは大丈夫だったんだ……今回も何とかなる……はず……」


 性に合わない楽観ではあったが、こうなったら信じる以外に道はない。


 候補者には”加護”が与えられているとクトゥルフは言っていた。詳しくは何も分からないが、このくらいはなんとかできるはずだ。


 最初の試練が降り注いだのは、その時だった。


『――脅威を感知。環境に適応するため、第六感の拡張、動体視力の強化完了』 


 ヒデカツの脳内に無感情な声が響き、周囲が薄暗くなる。

 状況の変化と強烈な不安に、ヒデカツは反射的に太陽を仰ぎ見た。


「……なんだよ、あれ」


 頭上にあったのは日の光を覆い隠す巨大な影。それが生き物の群だと理解したときには、彼らの攻撃は始まっていた。


「――グェ!?」


『左前方に脅威を感知』


 ぞわりと背筋を這う嫌な予感がしたかと思うと、ヒデカツの隣を落ちていた男が真っ二つに裂ける。

 血と内臓が空中にぶちまけられ、無数の影が喰らい着いていた。


 間髪いれず、ほかの候補者たちにも影は襲い掛かっていく。瞬く間に数人が鳥に弄ばれるねずみのように引き裂かれていった。


「……鳥!? いや、恐竜か!?」


 頭の中の声に従い、ヒデカツは飛翔物をかわしていく。その最中に真横を通りすぎた個体を間近で目にすることになった。


 目にも止らぬ速度で落ちてきているのは翼を持つトカゲだ。くちばしにあたる部分にはノコギリのような牙が立ち並び、光沢のある鱗は刃のように逆立っていた。


「くそっ……」


 ヒデカツは身体を動かして青色の力場エネルギーフィールドでトカゲを防いでいる候補者の下に回りこむ。


 これで急場は凌げたが、それもいつまでもつか分かったものではない。


「あれは……」


 空へと視線を戻すと、そこでは信じがたいことが起きていた。


 巨大な氷塊が空へと落ちていき、怪物ドラゴンに変身した候補者が口から吐く炎で迎え撃っている。

 その周囲では、無数の人影が当たり前のように空を飛んでいた。


 さらにその上では宙を裂くような赤色の閃光が雷雲の塊とぶつかり合っている。一つだったはずの太陽が二つになり、人の形へと変形しようとしていた。


「ここまで来ると笑えてくるな…………」


 驚天動地の見本市のような光景に、ヒデカツは恐怖でなく奇妙な高揚感を覚える。


 これからヒデカツはこんなバケモノたちと殺し合いをすることになる。

 それがわかっていながら、ヒデカツは目の前で行われる戦いにほんの一瞬我を失っていた。


『頭上に脅威を感――」


「――づぅっ!!」


 しまった、と思ったときにはすでに遅かった。

 見えない槍が脇腹を貫通する。初めて経験する痛みに短い悲鳴が漏れた。


『腹部にダメージを確認。止血、および痛みの抑制完了。再生を開始』


「く……そ……ふざけんな……」


 再び脳内に声が響くが、ヒデカツに構っている余裕はない。

 体内では傷をふさぐべく何かがうごめいてる。痛みが消えたおかげで、身体は問題なく動いた。


『右方向に脅威を感知』


「っ……!」


 声に従い身を翻すと、首筋を見えない槍が掠める。

 今度も狙いは正確。下手人てきの姿は見えないが、かわさなければ死んでいた。


 反撃しようにも自分の”加護”の詳細さえ分からない。ほかの候補者達は事前に聞かされているのかもしれないが、ヒデカツにはその時間がなかった。


「――っ頼むぞ、女神様!」


 脚から着地するように姿勢を整えて、ヒデカツが叫ぶ。


 正真正銘の神頼み。不本意だが、今はすがるしかない。


「がっ――あ!!」


 激突の瞬間、全身に衝撃が走る。

 無残に砕けて挽肉になるはずだったヒデカツは地面を二度跳ねて、柔らかい砂に頭から突っ込むことになった。


『急激な気温の上昇、水分の枯渇に適応』


「……ついでに、口の中に入った砂も何とかしてくれよ」


 頭の中の声にそう要求しながらヒデカツは身体を起こす。

 声は命の危機以外には対応してくれないらしく、口の中の砂はそのままだった。


「……適応ね。なんとなく分かったよ」


 起き上がりながら、ヒデカツは得られた情報から自分の加護を推測する。


 あの高さから落ちて無傷ということは、防御に特化したものはず。それも無意識に発動するようになっている。

 少ない情報からの強引な答えではあったものの、実際のところ致命的な間違いはなかった。


「ここは……砂漠か?」


 立ち上がり周囲を見渡すと、そこにあったのは地平線まで続く砂の海だ。

 照りつける日差しは厳しく、見える範囲には動物どころか植物さえも存在してない。

 目立つものといえば茶色の岩山だけだ。


 その一方で、ヒデカツは暑さと乾きを感じていない。自分が砂漠にいるという実感がないのは、そのためだ。


「ともかくここから移動しないとな……」


 頭上を見上げてもまだ危機は去っていない。

 トカゲ達は空中を旋回しながら落下途中の候補者に突撃を仕掛け、そのさらに上では太陽が三つに増えていた。


「……三十六計ってか」


 あてがあるわけではないが、一番危険なのはこの場所だ。逃げる以外に選択肢はない。


 予想に反して、砂に足を取られることはなくわずか数十秒走るだけで着地地点からは数百メートル遠ざかることができた。なんの異変も起きなければこのまま逃げ切れるだろう。


 そう思った瞬間、空が光った。


『頭上に脅威を感知。感電、および、熱への耐性を獲得』


「づっ!!」


 視界が白く塗りつぶされたかと思うと、ヒデカツは吹き飛ばされていた。


 軽い痺れと激痛にうめき声を上げる。雷に打たれたと理解できたのは、背中から地面に叩き付けられた後だった。


 加護による一撃。それもヒデカツを狙ったものではなく、ほかの候補者を狙った攻撃に巻き込まれたのだ。


「…………この……」


 すぐさま立ち上がり、ヒデカツは再び走り出す。


 周囲では、まだ落雷が続いている。このままここにいれば今度こそ黒焦げだ。


『――近辺に膨大な熱量を感知。肉体の熱耐性をさらに強化、呼吸器官を強化』


「な、なに!?」


 どうにか雷から逃れた途端、頭の中の声がこれまでで最大の警告を発した。


 全身に悪寒が走り、指先が震える。細胞の全てが逃げろと言っているようだった。


「畜生! 次から次になんだってんだ!!」


 膨大な熱量の意味するところを完全に理解できたわけではないが、それでもヒデカツは最善の判断をくだした。


 前方にあるのは先ほど見えた岩山、その背後に全速力で回りこむ。心もとない盾ではあるが、ないとあるでは大違いだ。


「――っ!!」


 岩山の陰に身を潜めた瞬間、巨大な爆発がヒデカツの後方で発生した。

 惑星の外からでも確認できるほどの熱量に、砂漠が溶けて大地が裂ける。猛烈な勢いの熱風が岩山を根元から巻き上げた。


 当然、ヒデカツの身体も宙を舞う。せめてもの抵抗に岩山にしがみ付いたのが、意識を失う前にヒデカツのした最後の行動だった。


本日21時ごろに続きを投稿します

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