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3、英雄選抜会

 ヒデカツは現れた女性に声を掛けることはしなかった。いや、正確にはできなかったというべきだろう。

 パニックを起こした女性は会話をするどころか、いま自分がどこにいるかさえ目に入っていない。これでは、説明どころではない。


『ベル君、遅刻ですよ。早く候補者を落ち着かせない』


「それはわかってるんだけど、全然話を聞いてくれなくて。僕が姿を戻したのがまずいのかな?」


『人間の感性はよくわかりませんね。あの王冠を被った姿をしていればよかったんじゃないですか?』


「そうなのかなぁ。あの姿、窮屈なんだけどねぇ」


『ですが、受けがいいのは確かです。あの姿をしてる時は人間たちは混乱しないでしょう?』


 だというのに、今にと卒倒しそうな女性を放置して委員長とハエ男は世間話をしている。

 自分たちで連れてきたというのに、彼らは彼女の様子に関心さえないようだった。

 

「いや!! いや!! 私を帰して!!」


『高熱源を感知』


 女性が両手を掲げると、ヒデカツの脳内に奇妙な声が響いた。


 途端、周囲の空気が女性の両手の手のひらに収束していく。風が圧縮されて光を放っていた。


 どうやっているかはわからないが、彼女は攻撃するつもりのようだ。


『……とにかく人間の姿でいるなら人間の姿でいる、本来の姿でいるなら本来の姿でいる。どちらかにしなさいといつもいっているでしょう』


「ごめんごめん。もうしかたがないから僕は脱落でいいよ。次があるしね」


『ではそういうことで。あとで反省するように』


 明らかに敵意を向けられながら、委員長はハエ男は彼女を見ようともしない。女性候補者の行為に警戒するどころか、興味すらないようだった。


『”貴方は失格です”』


「――え?」


 発射の直前、委員長が気だるげに声を発すると女性の姿が一瞬でかき消える。まるで最初からそこにいなかったように。


「……これをよく覚えておきなさいな。あなたもああなる可能性はあるんだから。まあ、私を裏切らない限りは大丈夫だけどね」


『そういうことです。では、改めて』


 パニックを起こしているヒデカツを置いてけぼりに、女神と委員長は話を続ける。人一人消滅する程度、彼らにとってはどうでもいいことでしかなかった。


 ハエ男はいつの間にか姿を消して、広い体育館には一人と二柱だけが残されていた。


『君がすべきことは、生き残ることです。百人の候補者のうち最後の一人になる。それが君が目指すべき唯一の目的です』


 呆然としていたヒデカツは委員長の言葉を半分も理解できない。


 それでも、とんでもないことに巻き込まれてしまったということだけは辛うじてわかっていた。


『この英雄選抜会は、文字通り我々が選んだ死者の中から『英雄』を選び出すための儀式です。君を含めた100人はその候補者として選ばれたのです』


「……なるほど」


 委員長の言葉を聞きながら、ヒデカツはどうにか状況を咀嚼(そしゃく)する。

 いまだに混乱してはいるが、パニックを起こせばどうなるかだけはハッキリしている。いきなり消されるなんて、なにがあってもごめんだ。


『死の間際にある君達の魂を回収し、再び肉体を与えたのはそのためです。もちろん、選抜会に備えて、各担当者からの加護チートが付与されているはずです。まさか、付与しわすれてませんよね?』


「当たり前でしょ? 喧嘩なら買うわよ?」


 一応の確認に、女神はにらみ返す。


 彼女にしてみれば、出かけるときに服を着ているか聞かれているようなものだった。


『もちろん、英雄となったあかつきには候補者諸君にも賞品があります』


「……はあ、なるほど」


 まだ混乱しているヒデカツを気遣うように、委員長は声を掛けてくる。

 彼にとってもこの役目は楽しいものらしく触手の一部が愉快げにうねっていた。


『君たちに与えられるのは究極の自由です。英雄として選ばれたものは、ありとあらゆる願いを叶えることができます』


 委員長の言葉にヒデカツは息を呑む。


 あらゆる願いがかなうということは過去を変えることもできるという事だ。

 もし本当にそうならば、そこまで考えたところでヒデカツは自分を抑えた。


 うまい話には必ず裏があるものだ。


『ふたたび一人の人間としてかつての世界で運命をやり直すなり、物質世界を支配するなり、我々の仲間入りを目指すなり、何をするのも自由です。ただし――』


 感情を押し殺したまま、ヒデカツはその先を待つ。期待してしまえばそれだけ落胆が大きくなることは分かっていた。


『候補者の中で英雄として選ばれるのはただ一人です。ほかのすべての候補者が脱落するか、我々に全会一致で英雄に相応しいと認められるものがでるまで選抜会は続きます。この意味は理解できますね?』


「……っ」


 商品の価値に実感はないが、この説明で具体的に何をさせられるかはおおよそ見当がついた。


 やはり、ろくなことではない。神話においてそうであったように、実際の神も理不尽ばかり押し付けるらしい。


「――殺し合えってことですか?」


『端的な理解ではありますが、それはあくまで方法の一つでしかありません。どのような手段で『英雄』を目指すか、はそれぞれの担当者と相談のうえで決定してください』


 しかし、この否定で何か安心できるわけではない。


 ほかの候補者を蹴落とすことはあくまで方法の一つでしかない。

 方法の一つでしかないにしても、わかっているかぎり一番明確で、安易な方法ではある。


 ならば、必ず殺し合いになる。ヒデカツはほかの候補者が善人だと思えるほど楽観主義者ではなかった。


「もちろん拒否権はないってわけですね……」


『ええ、ここにいるという時点で君に選択の余地はありません。担当者がどんな候補者を選ぶかは自由ですが、同意を示さなかったものがここに呼ばれることはありませんから』


 半ば諦めたようなヒデカツの質問を、委員長は容赦なく切り捨てる。親切に見えても結局助けてくれるわけではない。


『分かっていると思いますが、候補者の運命に担当者が直接の関与することは許されません。どんな権限を持つ上位存在であれ、この選抜会に参加するすべてのものにはこの規則を遵守してもらいます。いいですね?』


 全身に鳥肌が立つほどの威圧感を発して、委員長は女神にそう警告する。

 その姿にさすがに空気を読むことにしたらしく、女神は口を尖らせて「わかってるわよ」とだけ答えた。


 あくまで競い合うのは集められた候補者だ。これを破ることはどんな神にも許されない。


「……ちよつと聞いてもいいですか?」


『どうぞ。遠慮なく聞いてください』


「どうしてこんなことをするんですか? もし本当に神様だって言うんなら、こんなことをしなくてもほかにいくらでも娯楽はあると思うんですが」


 ヒデカツのもっともな疑問に、委員長は「なんだそんなことですか」と言って触手で頭をかいた。


『君のいうとおり、我々にはできないことはありません。神と呼ばれるのに相応しいとも自負していますよ。気に入っているのは、上位存在という呼び名ですが』


「じゃあ、どうして――」


『だからこそですよ。我々同士が争えば永遠に決着が着かないか、最初から結果が分かりきっているかの二つに一つです。これは理解できますね?』


「それは……そうでしょうが……」


『この選抜会は元はといえば我々上位存在の間での代理戦争なのです。最初はただの権限争いだったのですが、これがなかなか面白いと評判でしてね。せっかくだから、恒例の行事にして楽しむことにしたのですよ』


「…………ただの駒ってわけですか」


 うすうす分かっていたことではあったが、だからといって腹が立たないわけではない。


 突然連れ去られて、殺し合いに参加させられる。それも目的はただの暇つぶしときた。理不尽というならこれ以上の理不尽はない。


『では、開始時刻となりましたので会場への転移を始めます。担当者から直接助言できるのは二十四時間につき15分間だけですので注意してください』


「ま、待ってください! まだ聞きたいことが――」


『私も名残惜しいですが、ほかの担当者が先ほどからわめいてますからね。細かいことはあとでそれぞれの担当者に確認してください。もちろん、最初の一日を生き延びることができれば、ですが』


「っ、また!?」


 不穏な言葉の意味を確かめる間もなく、ヒデカツは再び闇に落ちていた。


 最後に視界を過ぎったのは楽しげにこちらに微笑む女神の顔だった。



 

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