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2、邪神の方が親切

 

 暗闇の自由落下は、数秒間続いた。


 行き先は地獄だろうか。こうして落ちている以上、天国というのまずないだろう。

 そんなことをヒデカツが考えていると、なんの前触れもなく、光が射す。


 とうとう地獄にたどり着いたのかと思い、ヒデカツはせめてもの抵抗に思い切りあの美女を罵ることにした。


「ちくしょう! よくも地獄に――ってゆ、床!? くそ、まずいっ!」


 だが、ヒデカツの視界に迫ってくるのは血の池や針の山ではなく、板張りの床だった。


『――自由落下に適応。身体強度上昇』


「――っぅ!? あれ……?」

 

 そうして激突。

 けれど、覚悟していた衝撃や痛みはない。床と衝突した瞬間、それまで存在していたはずの速度はどこかに消え失せていた。


「ここは……体育館か?」


 鼻先に感じるのは、冷たい床だ。

 清潔な床に張り巡らせれた白いテープには見覚えがある。

 身体を起こして周囲を見回すと、バスケットボールの入った籠や体操用のマットが目に入った。


 ここは体育館だ。置かれた物品はわざとらしいまでにそう主張していた。


「ここは……?」


「へえ、これを見ても取り乱さないのね。偉い偉い、よほど魂が図太くできてるみたい。さすが私の選んだ候補者(ダーリン)ね」


「あんた……」


 満を侍してといった様子で現れた相手を、ヒデカツはにらみつける。


 突然何もない空間から姿を現したのは、ヒデカツを落下させたあの美女だった。


「これは一体どういうこと――」


「ふふ、おしゃべりは後にしましょう。よーく聞いてないと大事なことを聞き流すから」


「だから、一体何の話し――」


『――イアイア!! ングゥナフ!!』


 美女がいたずらっぽい笑みを浮かべたかと思うと、身体の奥底まで震わすような低い音が周囲に響き渡った。


『精神汚染を感知。耐性を獲得』


「っ……今のは一体……」


『あ、いかんな、また故郷の言葉が出てしまったか』


 音が発せられたのは正面のステージから。そこにいたのはヒデカツが今までに見た全ての中で最もおぞましいものだった。


 巨大なたこのような顔に無数の触手、背中にあるのは悪魔の翼。見ているだけで吐き気を催すような醜悪な怪物が、マイクを片手にそこに立っていた。


「…………っ」


 怪物の姿を直接目にした瞬間、ヒデカツの全身が硬直した。

 恐怖と嫌悪感に歯の根が震える。できることならこの場にうずくまって全てから目を逸らしてしまいたかった。


「まったく委員長のドジは相変わらずねぇ……」


『遅刻ギリギリですよ。君はいつもそうだ』


「ルールに縛られないのが私のいいところよ。それより、威嚇するのやめてくれないかしら? 自覚はないかもしれないけど、人間にはきついのよ、それ」


『自覚はあります。今回はあれだけ時間を報せておいたのに、遅れてくるものが二人もいたのですから』


 怪物の怒りにも、涼しい顔をして女神は言い返す。

 ヒデカツにとっては恐怖そのものでも、彼女には古い友人でしかないようだった。


『……まあいいでしょう。君に怒ってもしかたがありませんし、戦っても勝てませんからね』


「そういうこと。じゃあ、さっさと初めて頂戴。ほかの連中を待たせておくのは愉快だけど、私も早く始めたいし」


 怪物が怒りを静めると、ほんの数秒でヒデカツは正常に呼吸できるようになった。


「……冗談じゃないぞ」


「鉄面皮がようやく崩れたわね。この程度はこれからは日常茶飯事になるんだから、早めに慣れておきなさいな」


「さっきからそればっかりだな……いい加減、どういうことか説明を――」


『――では、改めて、第200回全上位存在対抗英雄選抜会の開会式を始めさせていただきます』


 今度こそヒデカツが問質そうとしたその時、またも怪物の声がヒデカツの脳内に響いた。先ほどのような恐怖はないものの、強烈な威厳は健在だ。


『私はこの選抜会の運営委員会、委員長の……地球人の言葉でなんといっただろうか……あーそうだった、クトゥルフと申します』


「――な」


 クトゥルフ、ヒデカツはその名前を知っていた。


 ある作家の生み出した創作神話において、もっとも有名な一柱。地球の海底に眠る邪神の名がクトゥルフだった。


「ここルルイエとかじゃないよな……」


「あら、詳しいのね。安心していいわよ、海に沈んだりはしない――とは言い切れないわね」


『そこ私語は脳内に止めるように!』 


 委員長からの注意に女神は軽い調子で「はーい」と答える。


 対して、ヒデカツは黙っていることを余儀よぎなくされる。あれだけの恐怖を味わったあとでは、逆らう気にはならなかった。


『では、改めて候補者諸君といっても、一人しかいませんが、に今選抜会の説明をさせていただきましょう。脳に直接情報を焼き付けてもいいですが……人格を損なうわけにはいきませんからね。いっそ脳だけ取り出して改造してみましょうか?』


「……っ」


『そう怖がらないでください。冗談ですよ、邪神ジョークというやつです』


「でも、本当にそういう生き物飼ってるじゃない、貴方」


『彼らはペットではなく、友人です。それに候補者を傷付けるわけないでしょう。この場所だって候補者達を落ち着かせるために作ったわけですからね。落ち着くでしょう?』


 恐怖に顔をゆがめたヒデカツを見て、邪神は笑みを浮かべてなだめようとする。

 しかし、触手の生えた蛸面が微笑んでも威嚇いかくしているようにしか見えなかった。


『ともかく説明を始めさせていただきます。この選抜会は、我々上位存在にとっては百年に一度の祭典であり、その起源は原初の先達達のいさかいに――』


「その話要らない。ちゃっちゃと飛ばしてルール説明して。聞き飽きてるのよ、そこらへん」


『しかし、候補者達にこの大会の意義をきちんと理解させるにはこうして最初から説明するのが一番いいと……』


「それはあとで私がやるわよ。巻いて巻いて」


『……分かりました。では、選抜会の歴史と意義についての説明は省きます』


 女神のごり押しに、委員長はひどく心外そうにプログラムを変える。どこかしゅんとしているのはヒデカツの見間違えではないだろう。


「そういえば、動揺していませんね? 普通、私の姿を見たものはもっと取り乱して、暴れるものですが……」


「……まあ、ちょっと麻痺してるので」


『そうですか。彼女が君を選んだ理由が少し分かった気がします」


 ヒデカツの返答に、委員長は感心したように触手をくねらせる。


「しかし、地球人には困ったものです。彼らが創作物に私を使うたびに、どんどん風評被害が……」


「――話がそれてるわよ。ささっと、ヒデカツがしないといけない事を説明してあげて」


 女神がしびれを切らしたのは、委員長が地球でのイメージについて語り始めたその時だった。


『ああ、そうでした。その説明をしなくてはいけませんね……いやぁ、五十億歳を越えてからどうも話が長くなるようになってしまって……』


 恥ずかしそうに頭を掻くと委員長はようやく本題へと入る。


『彼女から説明を受ける暇はなかったでしょうから、単刀直入に。君がすべきことは、生き残――』


 会場に闖入者ちんにゅうしゃが現われたのはその時だった。


「離して!! 私に近づかないで!! このバケモノ!!」


「あーあー、落ち着いて。君はまだ混乱しているんだ」


 会場に響いたのは、金切り声。パニックに陥った女性と人間大のハエがどこからか姿を現していた。


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