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10、あなたこそ運命の人、永遠の伴侶

「ああ! やっとやっと……!」


「お、おう……」


 美少女に正面から抱きしめられる。そんな誰もが羨む状況に置かれながら、ヒデカツはただただ困惑していた。


 泣いている女の子を励まそうにも、原因が分からない以上はどうしようもないし、なにも言わずに抱きしめ返す勇気もない。


 どうしてこうなったか何度か考えたものの答えは出ず、こうして抱き合っていることしかできなかった。


「……あー、その落ち着いたら少し話がしたいんだが」


「…………はい、わかりました、旦那様マスター


「あ、うん、どうも」


 少女がぼそりとつぶやいた単語をヒデカツはあえてスルーする。


 女神と関わることになって以来、ヒデカツは突っかかると面倒な事柄をあえて無視するようなっていた。


「それで聞きたいんだが、君はどこからこの砂漠に来たんだ? 近くに街とかあるのか?」


「は、はい、私はこの砂漠にアルディナの街から参りました。ですが……恐れながら近いとは言い難いです……申し訳ありません……」


 ヒデカツから離れると少女はかしこまりながらそう答える。三つ指を着いて額を地面に擦りつけかねないほどの姿勢の低さだった。


「えーと、何日くらいかかるかな? その、街までは」


「はい、ここからならば歩いて二日ほどかと……」


 伏せた姿勢のまま、少女が答える。ヒデカツとしては、安心していい答えだ。


 彼女に嘘をつく理由はない。

 女神から聞いていた情報がおおむね間違っていないとわかっただけで、助けた甲斐はあった。


「えーと、じゃあ、その街のある方角は東のほうでいいんだよな?」


「い、いえ、この時期のアルディナの街はここから南に進んだ場所にございます。旦那様マスター


「あの女神め……やっぱり適当じゃないか……」


「す、すいません! 私何か失礼を……!」


「……そういうわけじゃない。気にしないでくれ」


 涙交じりの声にヒデカツは内心、焦燥感を覚える。やはり、誰であれ泣いてる姿を見るのは大の苦手だった。


 方向が違うと知れたのは幸運だ。このまま東に進んでいればどこにも辿り着けないところだった。


「それじゃあ、次の質問なんだが、君は……あー……」


「はい、なんでしょうか、旦那様マスター


 次の質問に移ろうとしたところで、ヒデカツは少女の名前さえ聞いていなかった事を思い出す。


「君の名前を教えてくれないか? 一対一で君って呼ぶのはどうにも気分が良くないしな……」


「私の名前……ですか……?」


「ああ、それとその土下座もやめてくれ。どうにも話しにくくて……」


 ヒデカツは少女に頭を上げるように促して、もう一度荷台の中に視線を走らせる。


 やはり、物がない。砂漠を越えるつもりだったとしたら、あまりにも準備不足だ。

 これでは自殺行為だ。片道分の燃料すらない以上、特攻とも呼べない。


「私の名前は、ジークルーネ・フェル・グレイブ。アルゴンの森の墓守の一族、その末裔まつえいでございます」


「……草薙ヒデカツだ。改めてよろしく」


 少女の名前を心中でくりかえしてから、ヒデカツはもう一度右手を差し出す。


 名を名乗りあって、握手を交わす。久しぶりの人間らしい行為にヒデカツは自然と笑みを浮かべていた。


「あ、あの、私はどうすれば……」


「どうすればって……握手だよ、って握手はわかるよな?」


「そ、それはわかります。ですが、私と握手なんて……」


「まあ、嫌ならいいんだが」


「い、いえ、大丈夫です。むしろ、その、お願いします……」


 たかが握手でおおげさだなと思いながら、ヒデカツは差し出された手をしっかりと握る。

 

 彼女の手はやはり震えている。冷たく人間の手とは思えないが、今はそれが心地よかった。


「……あー、そろそろ離していいか? ジークルーネ……さん」


「あ、も、申し訳ありません……許可もないのにいつまでも触ってしまって……」


「そういうわけじゃないんだが……まあいいや……」


 握手を交わしていたのは三十秒近く。


 ヒデカツにとってはただの挨拶には過ぎなかったが、彼女にとっては生まれて初めての握手だった。

 指摘されなければ、三十秒どころか何時間経とうとも手を放しはしなかっただろう。


旦那様マスター、呼びづらいようでしたら、私のことはどうかルーネとお呼びください……それかグズでもゴミでもお好きなように……」


「じゃ、じゃあ、ルーネで」


 ルーネの態度に若干引きながらも、ヒデカツは一番マシな選択肢を選ぶ。

 ルーネの言動や反応にはどこか違和感がある。だまそうとしているわけではないのだろうが、どこか無理をしているのがヒデカツにはわかった。


 実際ルーネの対人関係の経験は皆無と言っていい。ようやく見つけた自分に触ることのできる人間にどう接したらいいのか、どうすれば機嫌を損ねずにいられるのかもわからない。

 そんなわからないことだらけ状況で彼女に思いつく唯一のコミュニケーションの方法がこうして過剰なまでに下手に出ることだった。


「そういえば、その旦那様マスターってのは何なんだ? こう助けてくれたのを感謝して、とかならやめてほしいんだが……」


旦那様マスター旦那様マスターです。私に触れても死なない予言の勇士、貴方様こそが私の伴侶はんりょとなられる御方なのです」


「ああ、なるほど、伴侶ね……伴侶あだっ!?」


 驚きのあまり立ち上ろうとした瞬間、ヒデカツは荷台のはりに頭をぶつける。実際には痛みはなかったが、反射的に叫び声をあげてしまった。


「ああ、なんてこと!! 大事ありませんか、旦那様マスター!! お怪我などは!?」


「い、いや、怪我はしてない。それより、どうしてオレが伴侶なんだ? 言っとくが、釣り橋効果ならあとで絶対後悔するぞ!」


 警戒心を露にしながら、ヒデカツはルーネにそう尋ねる。

 出会ったばかりの美少女に結婚を申し込まれる。状況としては多くの男性が憧れるものなのだろうが、実際に遭遇してみると喜びよりも驚きや疑いが先んじた。


「よ、予言があったのです! 私の生まれた日に!」


「予言って……未来のことを予知するみたいなあれのことでいいのか?」


「そうです、私の一族は生まれたときに天使様よりそれぞれの予言を授かるのです……もしや、ご存じないのですか……?」


「少なくともオレにはそういう予言はない、と思う……」


 言葉を濁したのは、女神から与えられた加護チートがあるからだ。こうしてさまざまな理不尽に関わった今では予言がないと断言することはできない。


「さすが旦那様マスター……! この俗世の理には囚われておられないのですね……!」


「そういうわけじゃないんだが、いやあるのか……?」


 ルーネのよいしょは当たらずとも遠からずといったところだ。

 

 異世界からきたヒデカツはある意味ではイレギュラーそのもの、与えられた加護含めてこの世界の常識の範疇はんちゅうには収まっていない。


「……それでその予言とオレにどういう関わりがあるんだ?」


「は、はい、いつか必ず私に触れても死なないものが現れる、その選ばれしお方こそが私の運命であると天使様はお告げになられたのです!」


「な、なるほど、それでオレがその選ばれしものってことになるのか」


「も、もちろんです! 旦那様は私に触れて、魔眼を見てもご無事でした! 死の兆候もなく、瞳に陰りもない! 間違いありません!」


 少女の言葉をヒデカツは否定できなかった。


 幸か不幸か、選ばれたものであるということだけは紛れもない事実だった。


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