1、死の向こう側に待つもの
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「――最期の瞬間のこと、覚えているかしら?」
白くせまい部屋の中に、草薙英勝は美女と二人きりだった。
質問した女性は灰色の髪をしていた。着ているのは赤色の鎧だ。背中から生えた黒い翼はこのせまい部屋では邪魔でしかたがないようだった。
「あれ? 聞こえてる? 問題ないわよね?」
英勝は静かにうなずく。
答えが遅れたのは何か問題があるわけではなく、ただ彼女の美しさに呼吸を忘れていたからだ。
彼の覚えている最期の瞬間は、あまりにもあっけないものだった。
落ちてきたガレキで体の半分が潰れていたから痛みを感じる暇はなかったし、ほかの人間の事を考える余裕もなかった。正直なところ、どうしてこうなったのか、見当もつかない。
「他には何か覚えてる? 見たものとか、思ったこととか」
英勝自身思い出すのにさほど苦労があったわけではないが、いざ言葉に出そうとしてみるとまだ現実味がなかった。
「炎ね。人間は好きよね、そも貴方達の文明はそこから始まったのだから当然といえば当然なのだけど」
返答を先回りして潰された。
ひどい火事だったのだろう。呆然としていても、もう助からないということはわかっていた。
そうして、英勝は瓦礫の下で意識を失い、次の瞬間にはここにいた。
視線を下に降ろすと、そこには潰れたはずの下半身が健在で、火傷もない。
英勝の肉体は幽霊のように半透明になっていた。
英勝は心のなかでつぶやいた。
「それより自分がどうしてこんなところにいるのか知りたい、ですって? 分かっている事を聞くのは賢いとは言えないわね」
今、自分がいるのは死後の世界だ、と英勝は考えている。この場所についてや、自分の身体について理解しようとすればするほど、その確信は強くなった。
「意外と冷静ね。少しポイント高いわよ。まだ頭が追いついていないというのもあるんでしょうけど。まあ、今は魂だけなんだけどね、あなた」
自分の言葉に笑いながら、声の主は宙に浮かせた紙になにかを書き込んでいた。
好きな色から性的趣向にいたるまで、美女は英勝という人格そのものを手元の書類に記入していた。
「そういえば、もう下半身が潰れてたのをわかってたくせにまだ諦めてなかったわよね? 勇敢というか無鉄砲だけど、どうして?」
女性がわざとらしく腕を組みかえると豊満な胸が形を変える。思考と視線が、一瞬釘付けになった。
ちらりと見えた書類には、性的趣向の欄に「巨乳」としっかり書かれていた。
すぐさま雑念を追い出して、あそこで死ぬのは嫌だった、と英勝は頭の中で答える。
思考で直接返答しているせいか。彼女に対しては一切の嘘がつけなかった。
英勝は彼女の行動を、面接のようなものだと考えている。エンマ大王が死者を尋問するように、自分も天国に行くのか、地獄に行くのか、天秤にかけられているのだと。
「へえ……貴方、そんなことに命を掛けたのね……約束一つにそこまでするなんて、馬鹿なの?」
美女は筆記をやめ、ペンを置くと、熱っぽい視線を英勝に送る。
どんな男でも見惚れるような流し目に、英勝は腕を組み仏頂面でこう答えた。
「当たり前のことをいちいち聞くなって? いいわ、本当に気に入ってきた」
彼女が何ものであるにせよ、上から目線で良く知りもしない相手に根掘り葉掘り聞かれるのは不愉快だ。
相手がどれだけ美人で、機嫌一つで天国行きか地獄行きか決められるとしても、理不尽を許容できるほど英勝は器用ではない。
「反骨心に、義理堅さ。ふふ、ほかの女神なら馬鹿にするんでしょうけど、私は違うわ」
言外に、自分は女神だと宣言しているようなものだったが反論の余地はない。彼女はそれほどに美しい。
「正解、私は女神よ。勘がいいのは良いことね、これからも役に立つわ」
輝くような笑みを浮かべながら、美女は書類を手に取る。
面接は大方完了したらしくほとんどの項目には必須事項のほかに、可愛らしい文字でコメントが書き込まれていた。
チラリと見えた範囲では、「これ好き!」だとか「興奮してきた」とか、「要矯正」などなど頭の痛くなるような内容だった。
「じゃあ、最後の質問をしましょうか。生き返るチャンスがあるって言ったらどうする?」
期待させるだけ期待させておいてなにもないというのは何度も経験していた。
十八歳の人間は、他人の好意を無条件に信じられるような子供ではないし、人生が悲惨すぎて、何もかもを諦めた大人になるには早すぎる。
けれど、もし本当に生き返るチャンスがあるなら、英勝はイエスと答えた。
「それでいいの! その『イエス』が欲しかったのよ! これだけいい駒を捕まえて逃すなんてありえないもの!」
英勝の答えを聞き終えると、美女は突然、書類片手にその場で快哉を叫んだ。
「私がどれだけ望んでも決定権があるのはあなただし、本当『イエス』って言ってくれてよかった! ああ、まどろっこしい! いっそ鎧も服も脱いでしまいましょうか!」
女性は英勝を見つめながら、腕を組んで艶かしくみもだえる。
鎧の下でうねる肢体、硬い金属越しであってもその豊満さと柔らかさはいやというほどわかった。
特に、特徴的なのは胸部だ。あらゆる男が理性を失う双丘が強調されて、英勝は視線をそらすことができなかった。
予想していたよりも大きい。そう思ったあとで、英勝は目を伏せる。この思考も読まれているのなら、これ以上は恥ずかしいではすまなくなる。
「――おっと、もう時間ギリギリだった。エントリーの手続きは私がしておくからあなたには先に会場に行っててもらいましょう」
一方的にそう言い放ったあと、背後に突然現れた扉に女神は手を掛ける。
わずかに開いた扉の向こうには満天の星空が広がっていた。
「ま、待て、会場って一体――って声が出る!?」
問い詰めようとしたその時、英勝は自分が言葉を発していることに気付いた。
「オレの身体……? 一体どうなって――」
思わず伸ばした手の甲は半透明ではない。
火事で焼かれ瓦礫に押し潰された下半身と焼け焦げた衣服も完璧に復元されていた。
「じゃあ、また後で。これから末永くよろしく、私のクサナギヒデカツ」
何が起きたか理解するより早く、英勝の全身に重力が圧し掛かる。
足元に広がっていたのは、底のない暗い穴。英勝が何か良からぬことに巻き込まれたのだと気付いたのは、落下の始まるその瞬間だった。
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