八話
せっかく字を覚えたのだから
シジュウ様にそう言われ日記という物を書くことになった
立派な作りの帳面に毎日
一行でも一言でもいいから
その日の出来事を書き残す
お前の子や孫に見せるつもりで書いておくといい
シジュウ様にはそう言われたが
日記を書き始めてからの二月を振り返ってみると
『叔父さんが街に、あのお金で小さな店を出した』
『叔母さんは毎日遊び歩いているらしい、シャンが言うには《嘘つきおばさん》と呼ばれているそうだ』
『髪が伸びるたびシジュウ様に切られてしまう』
『寝床に花を咲かせてしまった、シジュウ様にこれでお前も女になったと言うことですと言われた』
あとは遊びに行っただとか
何を食べただとか
そんな事ばかり
一度シジュウ様にこれで良いのかとお聞きしたが、それでいいと言われるばかり
そんな紙の無駄を続ける中で
それこそ子や孫が出来たら読んでほしい日がある
先月訪れた誕生日と
それと先日の旅行
なぜこの日は「特別な日」としか書いてないのかと聞かれて私が答えるのだ
それは書ききれ無いからと
一つ目の特別な日
赤の2月、と言ってもお屋敷の中の暦だが
その日は私の誕生日で
ああ、また一つ無事に歳をとれたなと思いながら朝を迎えた
朝のお勤めと名付けた花壇の水やりやイヌとカラス達とのちょっとした朝のお喋り
もちろんシジュウ様のように本当に喋れるわけではないけど
早めに着替えを済ませ食堂に向かう
まだシジュウ様は朝食の下ごしらえに取り掛かったばかり
「まだもう少しかかります、我慢ができないのなら隣で何か摘んで待っていなさい」
シジュウ様は振り向きもせずに台所で4本の腕を自在に動かす
“いえ、お願いが有って”
「下着のことなら諦めなさい」
先日、花を咲かせて以来
私は尻を隠しているだけのなんとも頼りない下着を着用する事になってしまった
“いえ、その事とはまた別の”
もちろん私は今までのモノに戻していただきたいのだが、今はそれではなく
“豆を茹でていただけませんか”
シジュウ様は手を止める事なく
「今朝は卵料理と蕎麦の実のパンネのつもりです」
“卵には刻んだ芋と肉の燻製を入れて下さい、パンネはとびきり甘いソースをつけて下さい”
それは構いませんが何故豆を茹でろと?とシジュウ様はなんの豆が有ったかと言いながら豆を取り出し鍋に湯を張る
“14粒茹でて下さい”
シジュウ様はなんの意味がと首を捻る
“一年を無事過ごし、来年の今日、14を迎えられるように願掛けです”
シジュウ様の手がとまり
私の言葉に驚いていた
「つまりお前は今日13になったと言う事ですか?」
そう言ってシジュウ様は炊事の手を止め私を凝視した
「では今日は子供の日と言う事ではないですか」
シジュウ様は随分気落ちしたような口ぶりになってしまった
朝食を取りながら聞いたシジュウ様のお話では、森の子供達は毎年生まれた日を《子供の日》と呼び、親と祝う習わしがあるそうだ
“私はもう働いているので子供ではありませんよ?”
シジュウ様は私の言葉を聞くと、そうかもしれませんねと呟き
「大森林ではお前の種族は16まで子供なのです」
そう仰り、窓の外を見つめられた
16まで働けないなんて
森で暮らす人は体が弱いのだろうか
シジュウ様は私に、朝食を済ませたら主人様にお茶をお持ちするようにと言いつけられ席を立たれた
なぜか元気のない様子に見える
朝食の後片付けを済ませ主人様にお茶をお持ちする
主人様は本を広げられ、カップには湯気が立っていた
お茶をお持ちしました
そうお声をかけると主人様は顔を上げる
「先程からシジュウ供が役に立たん、何かあったのか?」
主人様が私を呼び出した理由はシジュウ様の事を聞くためで
私が先程の事を主人様にお話すると主人様はふむと頷く
「アレも人のふりなどしているからそうなる、しかしスズ、お前も悪い」
何故か主人様にお叱りを受けてしまった
私が生まれた日
それがなんだと言うのだろう?
「大森林ではな、子の歳を数えるのは親の勤めなのだ。シジュウは久方ぶりに母親役を楽しんでいたところ、子供代わりのお前に誕生日を知らされていない事に気を落としているのさ」
いけない事をしたのでしょうか?
主人様にお伺いする
主人様は笑われ
「知らぬのなら悪くはない、だが知ったのならお前がしてやれる事があるのではないか?」
いったい何を
“どうすればいいのでしょう?”
「祝ってもらえ、子供の日を。それもお前の勤めだよ」
方法は任せるよ
主人様は笑われ
じゃあ茶をくれないかと仰られる
私は主人様の手元にあるお茶を新しいものに代えた
思案顔だったのだろうか
主人様はチラリと私をみて
甘えればいい
得意だろう?
お茶を取り替える私にその様に囁かれた
任せたぞ
主人様は私にその様にお声をかけられ
私ははいとお答えした
そうだ
先程主人様は久しぶりのと仰っていらっしゃった
シジュウ様にはお子がいらっしゃるのだろうか
“主人様”
「何か?」
“シジュウ様にはお子がいらっしゃるのでしょうか?”
「お前だろう?」
“いえ、その、主人様が先程久しぶりと仰っていましたので”
「ああ、ワンワンだよ。私の友達だ」
ワンワンが子供の頃シジュウに面倒をみさせていたんだ
今のお前の様に
そのうち会わせよう
主人様に早くお行きと言われ、私は部屋を出たので話はそこで終わってしまった
以前、シジュウ様もワンワンと仰っていらっしゃった
主人様は犬を飼われているのだろうか
そのうち会えると言われたが
部屋を出て数歩も歩かず、空部屋を掃除するシジュウ様を見つけた
とりあえず犬の事は忘れシジュウ様にお声をかける
“シジュウ様、先程お話くださった子供の日と言うものを私にもしてくださいませんでしょうか”
シジュウ様はホコリを落とす手を止めずに 、最初からそう言いなさいと言われ
部屋で硬字の書取りをして待っていなさいと言いながら空部屋を出ていかれた
昼になり、書取りが終わってもシジュウ様はいらっしゃらない
昼食は御一緒したが、夜のために軽めにしておいましたと言われ、朝食と大して代わり映えのしないもので
その後も忙しいからと部屋で数術をしているように言い使った
お茶の時間も主人様と御一緒するように言われ
主人様からはシジュウは張り切っているぞと耳打ちされた
日が暮れる頃、シジュウ様からお呼びがかかり食堂へ向かう
食堂に入るとそこにはシジュウ様達が並び、私を迎え入れ
程なく主人様までいらっしゃり
《上座》と呼ばれ普段私が座る事を禁じられている席に腰を下された
「我が僕スズ、おめでとう」
主人様のお言葉を頂く
「大森林の子となったお前の願を主人として聞こう、何が望みだ」
突然の事に戸惑う私に、シジュウ様が声をかけて下さる
誕生の祝いを下されると仰っています
何か欲しいものを言いなさいと
少し考えたが特に望む物もなく
「ここで働かせて頂けるだけで充分です、他に望みは有りません」
そうお応えした
主人様はそうかいと笑われ
では一層尽くしてくれよと言われ席を立たれる
「シジュウ、スズを私の僕として存分に育ててくれ」
シジュウ様にそう声をかけ、食堂を後にされた
シジュウ様達は深々とこうべを垂れ、主人様のお言葉に必ずと御返答された
「今夜は忘れられない夜になるでしょう」
振り返るシジュウ様達
着席を許され、席に腰を下ろすとシジュウ様達が手に手に御馳走を持ち現れる
「さあ、食べきれぬとは言わせません」
それはそれは素晴らしい晩餐
とびっきり手をかけた菓子や料理が並び目を楽しませ
それを口に運べば舌がとろけてしまいそうで
普段食べていた物は御馳走だと思っていたが、どうやら私は思い違いをしていたようだ
シジュウ様の1人がポケットの中の楽団という物を使い音楽を奏で
それに聞き惚れる隙も与えぬとばかりに料理が続く
陽がとっぷりと暮れ
お屋敷の中と庭だけが煌々と照らせれる頃には、もう豆の一粒も入らぬ程に食べ
動けぬ程になっていた
シジュウ様は私のその姿を見ると満足そうに頷き、今日はゆっくり休むといい、私からの誕生の祝いの品は明日の朝渡しましょうと仰られた
何を頂けるのかと聞いたが
秘密ですの一点張り
ふと思い
実は魔法を覚えたいと打ち明ける
シジュウ様はそれを主人様に言えばいいものをと笑われ
そのうち一つ二つ教えますと仰って下さった
重くなった腹を抱え寝台で横になる
シジュウ様のお話では子供の日を私はあと3回残している
これ程の楽しみを
これを楽しみにしていればそれだけで一年を過ごせてしまう
それに朝になれば誕生祝いという物をいただけると言う
シジュウ様の事だ
私の年の数だけ宝石を下さるとかだろうか
いや、きっと私が思いつくような物では無いだろう
重くなる瞼
その裏に母さんを描き声をかける
おやすみなさい母さんと
おやすみ
瞼の裏の母さんがシジュウ様の声で私に語りかけてくる
朝を楽しみしていなさい
瞼の裏の母さんは、いつの間にかシジュウ様に変わり
私は夢の中に落ちた
夢の中の母さんはシジュウ様に変わったり母さんに戻ったり大忙しだった
「コレが銀輪です」
朝食の後、車寄に連れられ、見せられたものは前後に光り輝く車輪を並べた物だった
銀輪と呼ばれたものは、花びらから色を抜き出した様な鮮やさで、細い棒を組み合わせ、前後には黒く縁取られた銀色の車輪
正面から見ると一つ目をしていた
「この様にして使うものです」
シジュウ様が銀輪とやらに跨り
鐙に脚を乗せ
それをクルクルと動かすと、銀輪とやらは目を光らせながらサーっと音を立て走り始めた
シジュウ様は森の中では一家に一台は有る物だと仰られる
シジュウ様に指導を受け、跨って見ると案外簡単なもので
慣れてくれば、コレに跨がれば何処までも行けるのでは無いかと思えるものだった
銀輪で走るのが楽しく
屋敷の中を駆け回る
イヌ達と追いかけっこをしたり
お庭の池を繋ぐ小川にかかった橋を勢いだけで渡ったり
シジュウ様に昼食だと言われるまで時間を忘れて駆け回る
食事の後、屋敷の外を銀輪で走りたいとシジュウ様にお願いしたところ、拍子抜けするくらい簡単にお許しが頂けた
銀輪を見た街の人達の反応はマチマチだった
1番に見せたシャンは「チョット乗らせろ」と言って跨ったがフラフラするばかりで銀輪を走らせることは出来なかった
シャンのおじさんは「仕組みは分かるが」と言って首を捻っていた
おじさんの知っている材料では人が乗れるものはとても作れないらしい
フウは私が銀輪に跨るのを見て顔を赤くし
私はハッとなり足元を隠した
乗り降りには気をつけなくては
リンは後ろに乗せて走るととても喜んでくれた
フウのおばさんは「それは何かの役に立つのかねえ」と首を捻っていた
大店の店主は銀輪を見ると目を丸くし
それを一台何とかならないかとしつこく聞いてきた
シジュウ様に伺って下さいと言っておいたが手に入れることは出来ないだろう
そして銀輪は私の宝物となり
就寝前に汚れを落とし磨き上げてから寝るのが日課となった
そしてもう一つの特別な日
その日は森の中のお金について教えて頂いていた
“金貨も銀貨も無いのですか⁈”
「金も銀有りますがそれを通貨として使うことはありません」
シジュウ様は何度も言いますがコレが大森林の通貨と紙幣ですと言いながら並べられた綺麗な模様の紙と硬貨を指される
“コレは銀貨では無いのですか?”
私が輝く硬貨を指すとシジュウ様はそれは白銅ですと言われ
銀貨などより余程美しく輝くそれが銅と言うのもおかしな事だと首を捻った
「ふむ、ではスズ、皆が金貨を持っていたら?」
“皆お金持ちになれます”
シジュウ様は首を横に振り
皆が金貨を持つと誰も金貨で物を売ってはくれなくなります
そして大森林には、赤子から死の床にある老人まで全員に金貨を配っても余りある程の金が有ります
その様に仰り懐からいつか見た真金の塊を一つ取り出した
「コレを大森林ではどうやって作るか教えましょう」
シジュウ様は水差しを指差す
「蛮族は練金と呼びそれを成し遂げることを夢見て賢人とか呼ばれる愚か者が無駄な努力をしているそうですが、我々は遥かな昔から金をそこから取り出しています」
“水から金を⁈”
私は目を剥く
「正しくは海水ですが、そこに海がある限り金は無尽蔵に湧いてくるものです」
“森の中の海は金の水なのですか⁈”
「いえ、海は繋がっています。ですからお前が見ていた海は大森林まで続いています。お前の見ていた海と同じ物です」
シジュウ様は海水から塩が取れるのは知っていますね、それと似た様なことですと仰られたが
「直ぐには理解できない様でしょう、しかし大森林において金とは鉄と同じで採取に少し手のかかる金属でしかないのです」
さてそれより紙幣の価値を理解させねば
シジュウ様はその様に仰り
私に薄い本を差し出す
私はそれを受け取り目を疑う
“この絵を描かれたのはシジュウ様なのですか⁈”
そこにはまるで風景や建物をそのままそこから切り抜いた様な絵が並んでいた
「それは絵ではなく光画と言われる物です、それより」
シジュウ様は暦を指差し
季節が赤い内に社会勉強のために旅行に出ますと仰る
シジュウ様のお話では私を含めた森の全ての民は決められた数だけ休みを与えられ
その休みの間はお給金も出ると仰られた
心置き無く休める様にとの配慮だそうだ
私はその休みを10日使え
一年経つごとにその休みをいただけ
しかも来年は11日再来年は12日と三十年目まで増える
シジュウ様に一月以上おやすみする方もいると言う事ですかと聞くと、そうする者も居ますとさらりと仰られた
余程森の中は人手が余っているのだろう
「その休みのうちの半分を使い保養地で過ごします、無論私が同行します。その冊子は保養地の紹介冊子です」
シジュウ様に言われ、光画と言われた絵がたくさん載った冊子を眺める
難しい字は読み飛ばすが、それでもおおよその内容は分かる
輝く海
あふれる自然
数え切れない楽しみ方の大浴場
味わい尽くせない山海の幸
保養所は皆さんのお越しをお待ちしております
保養地ご利用の際は是非《輝》のご利用をお待ちしております
こんな楽しそうなところで何を学ぶのだろう
「出発は次の休みの翌日になります、問題ありませんね」
その日は特にシャン達との約束もなく
“はい”
「支度は私が済ませます、それ以外は鞄を一つ用意します、持って行きたいものがあればそれに詰めておきなさい」
旅ならば菓子や水だろうか
「保養所の利用費は主人様の払いになりますがこれは大森林の法の定めなのでお前は気にすることはありません」
木賃などは主人様が出して下さる
優しいお方だ
「お前はそこで欲しいと思った物の値とお前の日々の稼ぎを考え、その価値があるかを自分で考え手に入れ、身を以て経験しなさい」
“はい、それで場所は何処なのでしょうか?”
「今回向かうのは大森林の黄の方に有る《島》と呼ばれる地の一角です」
“随分と遠くなのでしょうか?”
「昼前に此処を立てば日暮れ前には着くでしょう」
“シジュウ様の魔法で空を飛んで向かうのでしょうか”
「それは当日の楽しみにしておきます、4泊5日の保養でも有るのですから色々と楽しみにするといい」
シジュウ様がついて来て下さるのだからさほど心配はいらないだろう
たとえ逸れても魔法の腕輪でいつでもお互いを探す事が出来るし
不安が無いではないが
1人ではないのだ
シジュウ様を疑うことはいけない事だ
だから楽しみにしよう
それに
2人きりなら甘えられるじゃないか
シャン達には、数日、主人様の別荘で過ごすのでその間屋敷を空けると言っておいた
保養所と言っても分かるまいとシジュウ様が仰っていたからだ
シャンには土産を楽しみにしてるぜと言われ
フウには本当に帰ってくるのかと何度も聞かれ
リンはその間だけで良いからお屋敷で働かせろとシジュウ様に食いついていた
旅立ちの朝、腹持ちの良さそうな菓子と水筒を用意しているとシジュウ様がいらっしゃり旅の服を置いていかれた
着てみると、軽く動きやすいのは良いのだが
なんとも肌をさらす作りで
襟元や腕が丸見えだった
シジュウ様にその事をうったえると
お前が日頃着ている時代遅れで田舎者の格好では主人様の名が傷付きますと言われ
しかしこれで外を歩いてはとうったえると
この屋敷から一歩も出ずに保養地に向かうから問題ないと言われ、押し切られてしまった
旅の間、私の衣服はシジュウ様が全てご用意されているので不安になって来る
私物を入れろと渡された鞄に日記と少しの日用品、それに水筒と菓子を入れシジュウ様の元へ向かう
朝食を済ませ
主人様に旅立ち前のご挨拶をし
楽しんでおいでとお言葉を頂く
旅の無事を祈るまじないだと言われ、私の手のひらを両の手で包んで頂いた
主人様への挨拶を済ませ旅の荷物を置いた談話室へ向かうと、3人のシジュウ様がお待ちでその中の1人は見慣れぬ格好をしていらっしゃった
「旅には私が同行します」
見慣れぬ格好のシジュウ様が仰り
「荷物は先に保養地へ送っておきました」
見慣れた格好のシジュウ様が仰る
「コレを」
もう1人の見慣れた格好のシジュウ様から綺麗な薄くて長細い物を頂く
「財布です、中にはお前の稼いだ紙幣と硬貨を入れておきました、途中で足りなくなったら言いなさい、お前の稼ぎが残っている限り渡しましょう」
心得ましたと答え懐にしまおうとすると
「それもやめなさい、財布はコレに」
見慣れた格好のシジュウ様が小さなカバンを私にかけて下さり、その中へ財布を入れてくれた
「先に言っておきます、お前はまだ大森林の恩恵を十分に受けていません、ですのでこれから大森林の中で時々言葉が分からない事があるでしょう、その時は私に言いなさい」
わかりましたと答えると
シジュウ様達と連れ立ち、普段は気にもしなくなった小部屋へ向かった
森と繋がっていると言うあの部屋だ
シジュウ様達は部屋の戸を開けると見慣れぬ格好のシジュウ様が何かの札の様なものを手にした
「では行きましょう」
「気をつけて行って来なさい」
前後からシジュウ様のお声がけがあり
その両方に、はいと答えると見慣れぬ格好のシジュウ様が私の手を引き小部屋の中に入った
入ったはずだ
小部屋の中に
なのにここは?
ひろく天井も高く
大きく開放感が有り
まばらに人がいる
ここは一体
「ようこそ《島》1番の保養地へ」
突然声をかけられ、振り返り悲鳴をあげた
服を着た獣人が私を見下ろしているのだ
握ったままのシジュウ様の腕にしがみつき助けを乞う
が、シジュウ様はよく見ておきなさいと仰り獣人に向かう
「気を悪くしないで欲しい、コレはまだ日が浅いのだ」
シジュウ様が獣人に詫びる
「ああそうなんですか、いやいや良いですよ。歓迎します、新たな友人」
獣人は牙を剥く
笑ったのだろうか
“シジュウ様、これは一体⁈”
怯えと戸惑い
「大森林では主人様へ尽くすもの全てを平等に扱います、獣人であろうと悪魔であろうと」
恐ろしいところに来てしまった
「安心しなさい、ここでは姿でヒトを計るものはいません、お前も今の女も皆主人様に尽くす者です」
女⁈
さっきの獣人が⁈
シジュウ様は日が沈む頃までにはなれますよと笑い
私の手を引く
行った先では何の種族かわからない小男が何かありましたか?と心配そうに私に声をかけて来た
コレは早く慣れなければ
小男の案内でシジュウ様と2人、たくさんの椅子がある大きな駅馬車の様なものへ連れられた
馬車の様だが馬はなく
銀輪の親玉の様なものに繋がれていた
席に座っているものの半分は人間ではない様で
家族連れだろか
それがヒトの姿であれば微笑ましく見えたであろう何かが私たちに会釈をして来た
席が半ばほど埋まった頃、先ほどの小男がそれでは出発しますと言い、駅馬車を降りると繋がれた銀輪の親玉に腰掛けた
あの体で引けるのだろうかと見ていると大きな音がして突然荷馬車が震え
そして駅馬車は銀輪に引かれ進みだした
シジュウ様が仰るにはアレは動輪という物で銀輪とは比べ物にならないらしい
進み出してすぐ先頭の席に座っていた女が立ち上がる
エルフの女性だ
「本日は当保養地をご利用いただき誠にありがとうございます、当車は途中《監獄》《冷獄》それぞれでの休憩を挟み《輝》《煌き》《温もり》の順で停車致します、料金は降車の際にお願い致します」
エルフの女はペコリと頭を下げると席に戻る
“シジュウ様、エルフが働いています!”
私が小声でお伺いするとシジュウ様は困った顔をされ
区別はしても差別はやめなさい
それが大森林の掟ですと耳打ちされた
エルフとは酒を飲み歌を歌って1日を過ごす輩
酒が無くなるとその時だけ狩をして村人に獲物と酒の交換を持ちかける
そんな毎日を千年も二千年もダラダラと死ぬまで過ごす
そのはず
それとも今目の前に居るエルフだけが特別なのだろうか?
半時ほど揺られただろうか
駅馬車は《監獄》と呼ばれる建物の前で止まった
「お疲れ様でした、こちらでは一時ほどの停車となります。観光やお食事などお楽しみください」
先ほどのエルフがそんなことを言い
私とシジュウ様以外の乗客はガヤガヤと降りる
私は疲れてもいないので《監獄》と呼ばれる立派な建物を窓越しに眺め
シジュウ様はチラチラと私を見ていらっしゃった
「新しい友人、《監獄》見物をして見ませんか?」
エルフの女が私に話しかけて来た
「まだ此処が魔界だった頃の記録が楽しめますよ、それに《監獄》名物最後の晩餐定食はオススメです」
エルフの女は笑顔で
「実は私の御先祖も《監獄》で裏返った1人なんですよ」
何のことだか分からないが
シジュウ様がそれでは行って見ましょうと仰られたので行ってみることにした
駅馬車を降りてみると、先に出た人?達が並んで何かをやっている
「折角です、お前も記念に」
シジュウ様に連れられ
私たちもその列に加わった
先に並んだ人?達を見ていると
役人の様な格好をしたゴブリンと鎖で繋がれた罪人のトロールの間に順番に立っていた
“あれは何をしているのですか?”
シジュウ様は記念画ですよと言われ
それは何なのだろうと思う内に私たちの番が来た
トロールは私を見るとガーと声を立て
突然の事に私は怯え、シジュウ様にしがみつく
それを見たトロールとゴブリンは急に困りだし大丈夫大丈夫と言いながら笑顔になり、近くにある箱を指差し、ほら笑ってと言う
何のことかと思いながら箱を見て見るとゴブリンがハイ金、銀、銅!と唱えた
じゃあ後でとトロールに言われ
私はシジュウ様に隠れる様にその場を離れた
建物の中に入ると駅馬車とは別のエルフが皆に話を聞かせていた
「そして捕らえられた大陸の者はココ《監獄》に送られ、日々魔族の洗礼を受けました、そして多くの者は大陸を捨て魔族へと裏返り、それを拒んだ者達は《冷獄》へと送られ最後を迎えたのです、ココだけの話ですが私の御先祖は《監獄》で一度洗礼を受けただけで裏返ったと聞いています」
何故か見学者は最後の言葉を聞くと声を出して笑っていた
「そして大陸は大森林によって姿を消し、当時の魔界は国を閉じ、後に大森林と日輪の誓いを結び今に至るのです」
見学者からのまばらな拍手を受けエルフの話は終わり、皆は隣の部屋に向かった
私もそれに続く
途中チラリと眺めた絵には、不思議な格好をした男に膝を屈するゴブリンやエルフなどが描かれていた
「魔王です、主人様に日輪の誓いを行い、この《島》の族長として大森林に加わることを許された男です」
“昔語に出てくる首狩りの魔王でしょうか?”
「少し違いますが、そうです」
隣の部屋は食堂になっていて
皆、茶や食事を注文していた
私とシジュウ様が空いている席に腰を下ろすとエルフがやって来てご注文はと笑顔で声をかけて来た
シジュウ様がコレには最後の晩餐、私にはとびきり新鮮な水をと注文され、エルフは笑顔でありがとうございますと言いながら下がって行った
食事が用意されるまでの間、シジュウ様が先程の絵についてお話しして下さった
昔、大陸と呼ばれる人間の国がエルフやゴブリン、オークなどを狩りたて、それらを尖兵とした二十万の軍勢で、まだ魔界と呼ばれていたこの地に船で渡り戦を仕掛けたそうだ
それを察した魔王は三千の魔人とその従僕達、合わせて二万足らずでこれを迎え撃ち、三月に及ぶ戦でコレを散々に撃ち破り、捕らえた大陸人の首をはね、エルフやゴブリンなどにはこのまま魔界で暮らすか大陸へ戻るかを選ばせたそうだ
そこまで話を聞いた所で魚料理が運ばれて来た
味は初めてのものだがとても美味しかった
これの何が最後の晩餐なのかと問うとシジュウ様は
「大陸に帰ると答えた者にコレを与え、その後《冷獄》へ送り力を全て奪い殺してしまったのです」
“国へ帰すというのは嘘だったのですか?”
「力を奪い国へ帰すつもりだったそうですが不幸にも上手くいかなかったそうです」
可哀想だなと思いながら
私は他の事が気になっていた
“シジュウ様のご注文がまだ来てません”
「とびきり新鮮な水とは私はゴーレムですと言う隠語です」
シジュウ様は気にせず食べなさいと仰るが私は納得が出来ず
私に出されていた水をシジュウ様に差し出した
“ご迷惑でしょうか”
シジュウのは不思議そうなお顔をされ水を眺め
「いえ、お前は時に私を驚かせます」
シジュウ様は笑われると
しかしコレはお前が飲みなさいとグラスを戻された
昼食が終わり駅馬車に戻ると、駅馬車の前に人集りが出来ていて
何だろうとのぞいてみる
そこには思いがけない物が並んでいた
“シジュウ様!コレは!”
「先程の光画です」
看守と囚人に挟まれ笑顔を見せる人達をそのまま切り抜いたそれがズラリと並んでいたのだ
物珍しく眺めていると私とシジュウ様が描かれている光画とやらを見つけたのだが、そこにいる私はへっぴりごしでシジュウ様を掴み、ひきつった顔をし、シジュウ様は困ったようなお顔をされていた
「コレをひとつ」
シジュウ様は光画とやらを指差し
それを受け取ると紙幣を1枚支払われた
「先程の礼です」
シジュウ様は受け取った光画を私に差し出す
「次からはもう少しマシな顔で写りなさい」
私は《冷獄》へ向かう駅馬車の中、飽きずに光画を眺めていた
コレはずっとずっと大切にしよう
母の形見と一緒に
《冷獄》に着くと私は他の客達に続き駅馬車を降りた
シジュウ様曰くここで面白い経験ができるらしい
《冷獄》と呼ばれる建物は《監獄》よりもずっと小さかった
中には故郷に帰る事ができなかった人達への鎮魂が今でも行われ、花が手向けられている
私も前の人に続き花を供え、安らかな眠りを祈った
そして少し広い部屋に連れられると、見たこともない種族の大男が口上を述べていた
「さてこちらでは皆さんに、その昔《冷獄》で行われていた事のほんの一部を経験していただきます、それでは良いですか?金銀銅!」
大男は掛け声と共に壁から突き出た棒を倒す
違和感を直ぐに感じた
他の客達も騒めく
言葉が分からないのだ
他の客達の喋る言葉が聞き取れないし分からない
一体何が起こったのか
シジュウ様に声をかけたがシジュウ様の御返事が聞き取れないし分からない
何度もシジュウ様の御名前を呼ぶと、ようやく、聞こえていますと言う言葉を聞き取る事ができた
程なくして大男が棒を戻すと違和感は無くなり皆の声が戻る
「どうです?わかりあう力、種族を繋ぐ言葉を奪われる経験は」
とても恐ろしい経験だ
互いの言葉を奪われるとがこれ程とは
「一度に多くの力を奪われた人達はバタバタと倒れ皆死んでしまったそうです」
きっとそれは、死ぬ程恐ろしい思いだったのだろう
大男がそれではお隣の売店もどうぞご利用下さいと笑うと口元に牙が見えた
売店に移るとそこには色とりどりの菓子や光画で出来た絵葉書、その他に何に使うかよく分からない物がたくさん売られていた
主人様に何がご用意した方が良いかと店内をウロウロしていたがシジュウ様に、主人様は土産物より土産話を喜ばれますと諭され、桜色の菓子をひとつ自分で食べるために買うだけにした
支払いは白銅貨5枚
1日の給金の十分の一だ
シジュウ様は私の買い物を見て満足そうに頷かれた
私が金貨20枚の菓子ですねと告げるとシジュウ様はコレで駄銭の価値が分かりましたねと笑われた
また駅馬車に戻り、日が傾く時間になった頃、私達は目的地の《輝》にたどり着いた
そこは噂に聞く王城の様に高く大きく
無数に窓があり
入り口などは一面の大きなガラスで
戸までガラスで出来ていた
駅馬車のエルフに礼を言い
シジュウ様や他の《輝》を利用する客達と共に降りた
「新しい友人、どうぞ楽しんでください」
別れ際にエルフの女は私にそう声をかけ手を振ってくれた
シジュウ様に連れられて入った《輝》の中は昼の様に明るく、大勢の人で溢れている
人と言っても私が人に見えるのはその内の半分くらいなのだが
シジュウ様に連れられ受付へ向かう
そこには真っ黒な髪と目をした女達が受付をしていた
肌の色も私とは随分違う
「アレが魔族の中で魔人と呼ばれる一族です」
“魔法を使うのでしょうか?”
「戦になればそんなものより余程恐ろしいコトを平然としますよ」
シジュウ様は何故か笑いながらそんなコトを仰った
シジュウ様は受付の女に予約している者だ、荷物も送っていると仰られ
受付に御名前をと聞かれると
《館のスズ》と伝えられた
「お待ちしておりましたお荷物もお預かりしております、遠いところお疲れ様でした」
魔人の女達が笑顔で私に語りかけ
こちらへどうぞと席と茶を勧め
おかけになってこちらに御名前をと1枚の紙を差し出してきた
シジュウ様が頷かれたのでその紙に名を書き魔人の女に渡す
「ヨウコソスズサマ」
驚いた事に魔人の女は私の村の言葉を使い、話しかけてきた
森の中に入り暫くして自分が知らぬ言葉を聞き取り、理解している事に気は付いていた
シジュウ様が仰っていた森の恩恵
それなのだろうと
しかし今の魔人の言葉は間違いなく私達の使う言葉で
それを魔人が話したのだ
「宿の者ならそれぞれの種族の挨拶くらいは覚えているものです」
シジュウ様が私に耳打ちして教えて下さった
それではこちらへ
宿の下男と呼ぶには似つかわしくない格好の男が私達の荷物を持ち、部屋へと案内する
腕が6本であるコトを除けば人と見た目は変わらない
「こちらのお部屋になります、何かあればいつでもお呼び下さい」
大きな籠の様なもので階段を使わずに建物の上階へ上がったことも驚いたが案内された部屋にも驚いた
御聖堂の様に下足を脱ぎ
上がった先は左程広くはないが寝所と居間に分かれていた
大きな窓からは海に沈む美しい夕日が見える
男が荷物を置き部屋を出る
部屋の中を見渡しおかしな事に気がつく
寝台がひとつしか無い
少し大きめだが2人で使うのだろうか
それとも1人は居間で寝るのだろうか
シジュウ様は居間の寝椅子に腰掛け窓の外を眺めていらっしゃる
「お前も楽にすると良い、夕食まではまだ時があります」
シジュウ様が茶でも入れましょうと仰り、テーブルの上を指さした
お屋敷にも有る魔法の水差し
中には沸いたお湯が入っているのだろう
何故湯が沸き、いつまでも冷めないのか教えて頂いたことも有るのだが、私には難しく、よく分からない事だった
用意されていた茶葉とポットを使い茶を用意し、屋敷から持ち出した菓子を広げた
「そこに部屋着が有ります、着替えると良い」
シジュウ様がクローゼットを指し、そこを開けると一組の部屋着が置かれていた
“一人分しかありません”
「ここは1人部屋ですから」
私の言葉にシジュウ様は何を言うでもなく答えた
客はお前1人、ここでは私はお前の荷物の様なものだと
シジュウ様の件で一悶着
シジュウ様は私の抗議を聞き入れて下さり、宿の者から御自分の部屋着を受け取って下さった
シジュウ様は、全く沈む夕日をゆっくり眺めていたかったのにとグチを言われながらも部屋着に袖を通して下された
“私は海に沈む夕日はキライです”
嫌なコトを思い出すからと呟き
シジュウ様はココから見える夕日だけでも好きになると良いと仰られた
茶が冷めた頃、シジュウ様が立ちあがり、ここへ来たならば食事と温泉を楽しまなければと私の手を引き食堂へと向かった
籠に乗り、着いた先は食堂と言うより祭りの様で
宿の者に案内され席に着くと、宿の者がシジュウ様に食前酒はいかがでしょうと声を掛けられたので、シジュウ様の《私には》と仰っる声を、お酒を一つくださいと私が遮った
宿の者は笑顔でどれにいたしましょうとメニューを差し出すが、受け取った私はお酒の事などサッパリ分からず、適当に指差そうとすると
「地酒の氷結酒、銘柄は任せます」
サラリと注文をするシジュウ様は困り顔で私を見ると余計なコトをと呟かれた
シジュウ様はみぞれの様な食前酒に口をつけながらお話をしてくださる
この祭りをしている様な広い食堂とその壁一面に並ぶ屋台、その何処でどれだけ何を注文しても構わない
肉も魚も珍しい果物や菓子も
お酒でなければ飲物も
好きなだけ何回でも
私が全部食べて回っても良いのですか?と問うと、シジュウ様は笑いながらできるものならと仰られ
私は席を飛び立った
あれもこれもと手に余るほど持ち寄りテーブルに並べたが、それでも並ぶ屋台の半分も回れず
どれもがシジュウ様のお作り下さるものには一歩及ばないがとても美味しく
悔しいコトだがこのままでは他の屋台を回る前に満腹になってしまいますとシジュウ様に嘆くと、シジュウ様は向かいのテーブルをそっと指さす
そこに座る親子の皿には私の皿の上の半分もない量の料理が、私の倍程の種類で並んでいた
シジュウ様が全て一口ずつ頼めば良かったのですよと仰られたが後の祭りだ
シジュウ様は明日はそうするといって笑う
それはまるで酔っていらっしゃる様だった
なんとも言えない満足感と敗北感で腹をいっぱいにすると、シジュウ様に誘われ、場所を食堂から広間に移し、寝椅子に腰掛け宿の者に茶と菓子を振舞われながら次の回がもう直ぐ始まりますよと声をかけられた
何のことかとシジュウ様にお伺いしたが直ぐに分かりますと言われ、ご自分の分の菓子を渡して下さった
菓子は後で食べようと懐にしまっていたところ、見慣れぬ衣装を着た一団が広間に現れ歌と踊りを始めた
この地の民族舞踊ですとシジュウ様が耳元で囁かれ、聞き慣れぬ音楽と踊りが繰り広げられる
踊りがひと段落すると踊り子たちは広間の見物人を捕まえ一緒に踊れと連れ出す
見物人の不恰好な踊りに皆も私も声を出して笑う
踊り子は、まるでダメねと言いながら次から次へ見物人を踊らせ笑いを誘う
そのうち踊り子が近づくだけできゃあきゃあと明るい悲鳴が其処此処から上がる
私より上手く踊れる人が出て来るまでやめないぞと叫びながら踊り子が客を見渡し、私と目が合うとイジワルそうに笑いながら近づいて来る
これはいけない
何とか切り抜けなければ
満腹だから動けないと言い張ろうかなどと思う頃には踊り子が私の前に立ちはだかりニヤリと笑い手を伸ばしてて来た
これまでかと覚悟を決めた瞬間
踊り子は伸ばした腕を突然隣にそらしシジュウ様の腕をとった
油断してたでしょ?
踊り子は笑いながらシジュウ様を引き立てると、さあでは私に続いてと踊ってみせ、それではどうぞとシジュウ様を即す
客達から歓声が上がる
シジュウ様が踊り子と寸分違わぬ踊りを披露してみせたからだ
踊り子はこれは一体と言った顔で、シジュウ様が踊り子に何かを耳打ちされる、踊り子は笑いながらそれではどうぞと答える
シジュウ様は懐から子供の日に披露して下さったポケットの中の楽団を取り出し演奏を始める、それに合わせて踊り子達も舞い始めた
曲が終わると広間は拍手喝采となった
席に戻られたシジュウ様に、踊り子に何を言ったのですかとお伺いすると
連れを楽しませたいから踊ってくれと言ったのですと仰られ、どうです楽しめましたかと問われ、生涯忘れられませんとお答えした
出し物は踊りから保養地で見ることができる動物や景勝地の紹介に変わり幕を閉じた
部屋に戻る前に売店を覗きシャン達への土産の事を考えていると、シジュウ様に帰りの日でも間に合いますと諭され部屋に戻ることにした
部屋で茶を飲み時計を見る
まだ就寝の時間には随分と有る
時計の見方はシジュウ様に教えて頂いているが日の出から日の入りに合わせる生活から比べると随分忙しなく思える
「ひと息着いたら温泉を楽しみましょう」
シジュウ様は、そう仰りながら字がビッシリと書かれた大きな紙を広げて眺めていらっしゃる
入浴に慣れたかと言われれば慣れたのだが
好きかと問われればそれはまだだと答える
だからせっかくこんなに楽しいところに来たのに入浴かとグチを言いたいのを堪えていると、シジュウ様が立ちあがり部屋の隅に置かれた綺麗な作りの箱に手を伸ばされた
シジュウ様が箱に手を触れると箱から人の声が流れ始める
箱からの声に驚ろき、何方でしょう?シジュウ様の魔法でしょうかとお伺いするが、シジュウ様は訝しげな顔で私を見ながら《レジナルド》でしょうにと仰られ、私はその方は何方でしょうと返す、暫く黙られたのちに談話室と主人様のお部屋にコレと似たものがあるのは分かっていますかと聞かれ、少し考え、有ったかもしれませんとお答えした
シジュウ様はコレは私の落ち度ですねと仰り《レジナルド》とは箱の名前で、この箱は遠に居る講談師の話や楽団の演奏を聴く道具だと教えて下さった
シジュウ様はてっきり私が主人様に《レジナルド》をご説明頂いているものとばかり思っていたそうだ
こちらの声は届くのかと伺ったがそれは出来ないとの事だった
箱から聞こえる男の話を聞いていると
どこで何が有ったとかそんな話をずっとしていて
村の寄り合いと変わりませんねとシジュウ様にいうと、笑いながらシジュウ様が《レジナルド》の使い方を教えて下さった、
教わった通り沢山あるボタンのひとつをベコリと押し込こむ
すると男の声が消え、代わりに音楽が聞こえて来た
またその隣のボタンを押し込むと今度は男女の話し声に変わる
何だろうかと暫く聞いていると2人は逢引の途中のようでコレはいけないと思いまた隣のボタンを押し込む
今度はおばあさんの声になり、また暫く聞いていると如何やら昔語りを聞かせているようだった
その調子で全てのボタンを一通り試し1番気に入った音楽を楽しむことにした
箱から聞こえるだけ有って少しくぐもった音だが、そこから聞こえる笛の音や鐘の音など聴き飽きないもので
時を忘れ聴き入っていると、シジュウ様にそろそろ汗を流しましょうと言われ、切り上げられてしまった
シジュウ様に連れられ何とも惜しい気持ちで浴場に向かう
しかし思えばシジュウ様に裸を見られた事は幾度と無くあるが
シジュウ様の裸を見るのは初めてでは無いか
もう一組の腕は普段、背の中に仕舞われている事くらいしか知らないし、コレはいい機会だ
ゴーレムだと言うその体をこの目で確かめる機会だ
本物のシジュウ様は森の何処かにある主人様の本当の御屋敷にいらっしゃり、そこから私の目の前にいるシジュウ様の姿をしたゴーレムや、その他のゴーレムを操っていると言われたのだが
私が思うに、私の知るシジュウ様のゴーレムは他のゴーレムとは違って本当のシジュウ様を生き写しにしたのでは無いか
そう考えているのだ
裸になり、その体が人形の様であれば私の考えは間違っていたのだろうし
人のそれで有ればきっと私の思うところが正しい
私の知るシジュウ様達は人と何が違うのか分からぬ様な方達なのだから
きっと本当の御屋敷にいるシジュウ様もあの様なお姿に違いない
籠で建物の最上階まで上がると、そこが入り口になっており、それは男女に分かれていた
シジュウ様に手を引かれ女と書かれた方に入る、そこは広々とした脱衣所でたくさんの人や此処では人と呼ばなければ行けない方達が肌を晒していた
私はわざとゆっくりと服を脱ぎ、隣のシジュウ様を見る
シジュウ様は躊躇う様子もなく服を脱ぎ衣類をカゴに入れる
その肢体はやはりと言うか女性のそれであった
普段服の上から想像する通りで
スラリとした四肢と、それでいいのかと思う様なほっそりとした腰
お胸は女性としては残念と言うほかなく
まさに日頃私が想像していたお姿だった
私の視線に気がつかれたシジュウ様は私の胸を見返し勝ったとでも思いましたかと言う
私が滅相も無いと答えると、私には邪魔になるだけですと吐き捨てられたのが面白く、コレも全てシジュウ様に作って頂く日々の糧の御蔭ですと答えたが白々しいと言われてしまった
浴室は大浴場と呼ばれるだけの事はあり、お屋敷の浴室ですらおよびもつかない広さで、小池の様な広さの湯がいくつも並んでいた
肢体を隠す気もないシジュウ様と共に湯で体を清め浴槽に向かった
気に入ったのは寝湯と呼ばれるものと電気風呂と呼ばれるものの二つだ
特に電気風呂の刺すような痛みはクセになりそうだ
逆に正気を疑ったのが露天風呂
アレは二度とは御免だ
部屋に戻りレジナルドから流れる音楽を聴きながら冷水を飲む
シジュウ様にレジナルドをすっかり気に入った様ですねと笑われてしまう
行儀が悪いとは思ったが音楽を聴きながら寝椅子に横になる
寝台はシジュウ様に使っていただこうと思うし、寝椅子の寝心地もなかなか悪くはない
慣れない事の連続からだろうか
横になると途端に瞼が重くなる
「眠るなら寝台で眠りなさい、レジナルドも消します」
向かいの寝椅子でくつろぐシジュウ様にお叱りを受けてしまう
“寝台はシジュウ様がお使い下さい、私は此処で充分です”
「お前のための寝台なのですからお前が寝ないでどうします、それに私は眠らないと前にも言ったでしょうに」
シジュウ様はその様に仰ると私を起こし、寝台に移らせる
“森の中は極楽なのですね”
私は今日を思い出しながら呟く
「まだ序の口です」
寝台の淵に腰掛けたシジュウ様が笑われる
「さあお休みなさい、主人様の様にお前に夢を見せてやることは出来ませんが、今日はその必要も無いでしょう」
夢を見せる?
アレは主人様のお力なのか
ああそうだ
“日記を書くのを忘れていました”
「明日の朝にでも書けばいい」
“きっと書ききれません”
「書き残すだけが思い出ではありませんよ」
私もそう思います
そう答えることは出来たのだろうか
意識はそこで深い底へ落ちてしまった
保養地での日々は忘れられぬ事ばかり
夕食の反省を生かし、朝食での全種類制覇を成し遂げたばかりに、そのあと出かけた先でせっかくの名物が味わえなかったり
早起きして保養地に住まう動物を見に出たり
そこで案内人より先に鹿や熊や狐を見つけた時はシジュウ様に褒めて頂いた
動車に揺られて登った峠から辺りを一望し
宿で銀輪を借り、シジュウ様と二人、少し離れた滝を見物にも行った
宿の目の前にある海水浴場では皆正気を疑う格好をしていて、アレでは丸で裸ではないかと呆れたが、まさか私もシジュウ様にその《裸の様な格好》をさせられるとは思わなかった、何事も経験だとは言われたが
それを差し引いても海水浴場は楽しかった
ただ、私の泳ぎを見たシジュウ様から溺れているのかと言われた事は解せない
私は十年以上海辺で育ち、泳ぎも他の村人同様達者なのだ
夕食が毎日少しずつ違う物になっているのも楽しかった
宿の売店で皆に土産を選ぶ頃にはきちんと値を確かめる様になっていた
何しろ浜辺で珍しい飲み物を飲んだ際、白銅貨5枚を払たのだが、同じものが後で立ち寄った土産物屋で白銅貨3枚で売っていたのだ
では何が1番の思い出になったかと言われれば、やはりシジュウ様と二人、銀輪を借り、少し離れたところにある集落へ行った事だ
そこは森の中では田舎町の類いらしいが、建物はどれも立派で、フラリと立ち寄った店の料理も美味しかった
私はその集落にある奇妙な店に惹かれてしまった
店先には色とりどりの本が並び
店の中にはその何倍もの本が所狭しと並べられているのだ
シジュウ様に教えて頂いたが書店と言われるもので、誰でも金さえ払えば本を譲ってもらえる所だと言う
誰に何冊でも本を譲る事ができる店が田舎町にある事が信じられない
中に入ると、光画を惜しげなく使った本が山と積まれていて
いくつか手にとって見たが、どれも何故か貧弱な作りに思える
せっかくの本なのだからしっかりとした作りにすればいいのに
物珍しく眺めたりめくったりしているとシジュウ様が一冊の書物を選んでくださった
森の中で私くらいの歳の子がよく読んでいるものらしい
開いてみると美しく着飾った女の子達の光画が所狭しと並んでいる
なんと羨ましい
コレはいかほどでしょうかとシジュウ様にたずねたところ白銅貨5枚だと言われ耳を疑った
私が1日働けば10冊も買えるではないか
森の中で本とはそれ程までに価値の無いものなのか
早速その本を買い、宿に戻ると、わからぬ字などはシジュウ様に聞きながら読み進めた
服の着合わせ方や化粧の仕方
流行りの小物
なるほど、シジュウ様に私の服装を時代遅れの田舎者と言われてしまうわけだ
お屋敷を出てから鏡を見ると赤面する様な格好ばかりなのだが、コレが此処では普通なのだと改めて思い知らされる
この旅で私が着ている服は森の中ではこの季節の定番らしい
なるほど
コレはお屋敷に戻ったら、色々とシジュウ様に教えてもらう必要が有りそうだ
帰郷の朝、自分の土産を売店で決めあぐねる
《輝》と焼印が押された木剣にすべきか
《冷獄送り!》と大きく書かれたシャツにすべきか
悩む私がやはり木剣にすべきかと決めかけていると、シジュウ様がなんとも言えない顔で私の手を遮る
「私が選びます」
シジュウ様はそう仰り、何かを持ち、会計を済ませる
戻って来たシジュウ様が私の首元に手を回す
「乙女なのですからこれくらいが良いでしょう」
可愛い真珠の首飾り
“ありがとうございます、大切にします”
そうしてください
そう仰るシジュウ様は何故か少しお疲れの様に見えた
「マタアイマショウ」
そう言って見送る宿の人達に別れを告げ、動輪が引く客車に乗り込む頃には何とも言えない気持ちになっていた
また此処に来たいものですと呟き、それを聞いたシジュウ様が次は別の所を考えているのですがそんなにここが気に入りましたかと笑われた
客車に揺られ飛行場へ向かう
宿の中で乗っていた籠は昇降器
駅馬車は客車
あの広場は飛行場
全てシジュウ様に教えて頂いた
場所から場所へ人を飛ばす様に移動させるから飛行場と呼ぶそうだ
何の魔法も使えぬ人でも、あそこに行けば別の飛行場まで飛ばして貰える
何故宿に直接飛ばないのかと聞くと、飛んだ先で人とぶつかっては大怪我になってしまいますから決められた場所へ決められた時間に飛ぶ事になっているのだとの事だった
動輪が飛行場に着き、案内人と運転手に礼を言って客車を降りる
飛行場では土産物を買い足し、昼食を済ませ、少し中を見物して歩いた
シジュウ様のお話では、この飛行場は森の中では小さい方だと言われたが、私には十分広く見える
到着広場からは一時ごとに人が現れ、出発広場ではひと時ごとに人が消えてゆく
光の粉に包まれて人が消えたり現れたりする様を飽きずに眺め、シジュウ様に私もあの様にここへ来たのですねと言うと、シジュウ様は帰りはよくその瞬間を見ておくと良いと言って下さった
「大森林新地《館》へお向かいのお客様、出発広場2番へお越し下さい」
飛行場の係の者がそう呼ばわり、私達は出発広場へ向かう
2番と書かれた一画へ行くと、来た時と同じ人だろうか、見分けはつかなかったが服を着た獣人が笑顔で迎えてくれた
獣人は土産を抱える私を見て、良い旅になりましたか?と聞き
私は帰るのが惜しくなってしまいましたと答えた
「それでは時間になります、お忘れ物はありませんね?ではまた会いましょう」
“いつかきっと”
獣人に言葉を返すと辺りが少し明るくなり気がつくとお屋敷の小部屋に立っていた
“ただいま戻りました”
小部屋の戸を開ける
「お帰りなさい」
開けた先には何時もの格好をしたシジュウ様
“素晴しい思い出になりました”
振り返り旅を共にしてくださったシジュウ様にお礼を言う
「年が明ける頃にまた何処かへ」
そう仰るとシジュウ様は私の肩を軽く叩き立ち去られる
今日明日はゆっくり旅の疲れを落とすと良いと仰る出迎えのシジュウ様はいつの間にか5人に増え
何だかそれがとても嬉しかった
主人様に帰宅のご挨拶と旅のお礼を済ませ、部屋に戻り部屋着に着替え少し休む
姿見に写る部屋着の自分
見慣れた姿の田舎者だ
せめてお屋敷の中ではあの本の中の少女達の様に着飾って
いつかそんな事が出来たら良いな
そんな事を考えるうちに寝てしまっていた
目がさめると日は傾き、時計を見ると間も無く夕食の時間であった
「おきましたか」
まるで私が目を覚ますのをまっていたようにシジュウ様がいらっしゃっる
「コレをお前に」
シジュウ様は寝ぼけまなこの私に服と本を差し出された
袖を通して見なさいと言われ、部屋着から着替える
薄手のブラウスに膝が隠れるくらいの丈のスカート、襟元にはリボン
“これは?”
「流行りの服です、一着くらい持っておきなさい」
姿見に写る私の姿は、旅先で買った本に載っていそうで
そしてシジュウ様より頂いた厚手の本には、びっちりと服や小物に至るまで、所狭しと光画が並んでいた
「私はお前の衣類についての責任が有ります、ですから月にひとつ、その本に載る物を買い与えます」
一つで足りなければお前が買うこともできますと仰られ
改めて本を開くと光画の隅に値段が書かれている
物によっては私の給金数日分の値だ
無駄遣いだけは気をつけなさいと仰られシジュウ様は立ち去られた
これを見て無駄遣いをするなと言うのも酷では無いか
1枚目から最後のページまでどこをめくっても欲しいものだらけだ
食事の後にでもシジュウ様に相談しよう
そしてそのことでシジュウ様を困らせてしまうのだが
明くる日は休みで
分かっていたことだが休みと旅行を合わせると7日も休んでいることになる
何だか悪いことをしている気分だ
そんな中、私の帰宅を聞きつけたシャン達が遊びに来た
「よう、土産受け取りに来たぞ」
ニヤニヤ笑うシャンの顔を見ていると少し落ち着く
フウも本当に嬉しそうで
帰って来たんだなあと改めて実感した
まず、皆んなに土産の菓子を振舞った
シャンは変わった味だななどと言いながら頬張るので、その菓子は一箱で金貨20枚よと言うと、吹き出しそうになり目を白黒させ、フウとリンは菓子に手を伸ばすのをやめ、固まってしまう
私はそれがおかしく笑ってしまい
笑い事じゃ無いぞとシャンに睨まれ
お前と違って私達にとって金貨ってのはな、それはそれは大層なものなんだぞと怒られてしまう
ごめんなさい、同じ物を皆んなに一箱ずつ用意したのだけれど迷惑かしらと謝ると、シャンは、それとコレとは別だと言って手をヒラヒラとさせておどけた
菓子の他にも有るのよと言って
シャンに木剣を
フウには木彫りのクマ
リンには狐のぬいぐるみをそれぞれに渡した
シャンは大工の娘らしく、仕上がりはイマイチだけどなかなかのもんだなと珍しそうに眺めていた
フウは余程熊が好きなのだろう、大切にするよと言って木彫りの熊を抱きしめていた
リンはぬいぐるみを貰ったのが嬉しいらしく振り回すようにはしゃいでいた
「んでおまえのそれは?」
シャンが私の首にかける真珠を指差す
“シジュウ様に買っていただいたの、主人様にも似合うと褒めていただいたわ”
昨日、帰宅のご挨拶をした際に、主人様によく似合っていると褒めていただき、とても嬉しかったのだ
ほかに服も褒めていただいたのだけれど、それはシャン達の前では少し気が引けてしまう格好なので今は何時もの格好
きっとまた褒めて下るわと呟くと、何故かフウがつまらなそうな顔をし、シャンがその肩を叩いた
つまりこれ1つで金貨一枚か?などと笑いながら皆で菓子をつまみ、別荘地はどんな所だったかと土産話に花を咲かせていると、茶の替えを持ったシジュウ様がフラリと言う感じでいらっしゃり、私からもお前達に土産ですと仰りながら《名産上糖》と書かれた袋を皆に1つづつ渡される
森の文字が読めぬ皆はありがとうございますと言いながら訝しげにそれを眺めていたので、私が中身は白い砂糖よと耳打ちするとシャンは上物じゃねえか!と驚いていた
次は年が明けた頃に雪山にでも行きましょう
幾度も《島》での休みの事を話す私を見てはシジュウ様はその度に笑いながらそう仰る
その時までにその日の事を日記に書けるくらい勉強をしなくては
《輝》の売店で買った光画用の額に飾られたあの日の光画を眺める
さて、ソロソロ昼食の時間だろうか
それにしても外が騒がしい
また誰かの陳情だろうか
シジュウ様はお忙しいのだろうか
取り敢えず私が見てこよう
どうせ主人様へのお目通りとかそんな事だろう