三十四話(あ)
朝食を済ませ主人様にお茶をお持ちすると横になったワンワンがシジュウ様に気持ちよさそうに毛繕いをされている
私は主人様のお茶を新しいものにお取替えを済ませると偶然を装い尻尾を踏みつけた
ギャっと悲鳴をあげるワンワンにシジュウ様から取り上げた櫛を手に取り
私がいたしますよ兄様と言って毛繕いを始める
「乱暴者のお転婆め」
ワンワンはそう吐き捨て踏まれた尻尾をシジュウ様に笑われながら撫でられていた
“ところでワンワン、何かに私の名をつけてくれましたか?”
ワンワンはああそれかと言って寝返りを打つと
「綺麗な声で鳴く虫がいてな、それをスズ虫・・・イタ!」
私はワンワンの頭を櫛ではたき溜息をもらした
私がワンワンの故郷を訪れた時
サクラ山にサクラ通り
サクラ餅にサクラ海老
サクラ町にサクラ並木
サクラ大根にサクラでんぶ
サクラ町の隣にサクラ新町もありました、なのに私はスズ虫
そう言いながらペシペシとワンワンの頭をはたき
ワンワンはそれは全て嫁のサクラとは関係ないと言ってシジュウ様に助けを求める
シジュウ様は笑いながら私の手を止めワンワンの頭を撫でると少し待てと言い
別のシジュウ様が手に何かを持って現れた
「お前の手から渡してやりなさい」
シジュウ様はそう仰りワンワンにそれを渡すとワンワンは話は最後まで聞くものだと言いながら寝転がったまま私に紙の束を差し出し、見てみろと言ってきた
私はワンワンからそれを受け取り目を通し驚く
“コレは⁈”
「私のお下がりだがな、いつだったか何かの気まぐれで作った小さな牧場だがずっと放置していてな、腐らせていても仕方ないからお前のものにした」
シジュウ様は笑い、虫よりこちらを先に言えばこんな目に遭わずに済んだものをとワンワンの毛を撫で
ワンワンは牧場ひとつより国中の図鑑や学者まで呼び名を変えさせた虫の方がと愚痴を言う
“スズ牧場!牛に山羊に羊に豚!養蜂まで!”
私が歓喜の声を上げるとワンワンは、ほうそんなにいるのかと他人事の様に呟いた
「ふと訪れた草原がな、産んでくれた母と見た風景と重なってな、そこで母が狩って、兄達には秘密だと言って食わせてくれたウサギがうまくてな、もしまたこの世に母が産まれて来たならば親孝行をとその時のためにそこを牧場にしたのだが、いつの間にか数が増えすぎた。なに、お前がなにもせんでも牧場は勝手に商売で栄える、お前はたまにその風景でも眺めに行けばいい」
私がありがとうとワンワンに抱きつくと虫の方も喜んで欲しいんだがなと溜息をつかれる
「コレでお前が土地無しの僕になっても牧場が残るな」
ワンワンは私を引き剥がしシジュウ様の膝の上に顎を乗せる
“もう《館》は赤字ではありません!”
私が毛を引っ張るとワンワンは溜息をもらし、銅が取れなくなれば分からんぞと呟き
その時は鉄でも集めさせますと言い
せめて水にしておけとワンワンに笑われた
私はもう一度牧場の権利書を見た
スズ牧場
元の名は『我が母のための牧場』
“ねえワンワン、もうひとつお願いがあります”
ワンワンは面倒くさそうにこちらを向き私の言葉を聞くと好きにしろと笑った
私はシジュウ様から筆を借り権利書に書き足した
牧場の新しい名は『我が母のためのスズ牧場』とすると




