七話
「市には物が溢れておりました」
「金銀が飛び交う様はまさに昔語りのようで」
「口にするものはどれも特上で」
「母のことを話すと薬を分けていただいて」
「ええ、母の千日続いた咳は翌日にはピタリと」
「コレが帰りに食べると良いと言われて渡された物の最後の一つです」
「夜も昼と変わらぬ明るさで」
「はあ、多分ご案内出来るとは思いますが」
「それはどうでしょう、森の中は魔法で歪められていて、入ったとしてもそこに辿り着くのは万に一回といわれています」
代官は森で迷い、魔法使いの収める国へ辿り着いた男の話を思い出していた
何年かに一度この様な話は出るものだが
今回の男はそれがまぼろしではないと言う証拠を持ち帰っていた
この世のものとは思えぬ菓子だ
森の中で薬をもらう話はよく聞く
それを飲み、たちどころに回復した話も
男の話では
森の者達は見た目も私達と大差なく
言葉の通じる者もいたと言う
争い事が得意には見えず
最初は自分を見て逃げ惑うものばかりだった
連れられて行った砦のような石造りの建物も中は役人ばかり
獲物を深追いするうちに迷い、ここに辿り着いてしまったと話すと、役人は安心して良い、あなたを元の場所に返してあげましょうと言い、少し休むように言ってパンとスープを出してくれた
母の事が心配なのですぐに戻りたいと伝えると役人は同情し、咳に効く薬だと言って白い粒をくれ、獲物の代わりに食べると良いと言って菓子をくれた
日は暮れ、空は暗いのに、街は明るく
建物の中は昼のようだった
夜目が効くからと獣人を先頭に役人と森に戻り、道に着く、ここを振り向かずに10歩進め、それではさようならと言われ、振り向かずに10歩進むと森外れの道に出ていた
振り向いてもそこはいつも見る森で
幾日かのちにその辺りに戻り、あの道を探して見たが何処にも見あたらなかった
薬は母に
菓子は2人で食べたが森の奥に行った証にひとつだけ取っておいた
そしてコレがその菓子か
とても食べ物とは思えぬ色で
つつくとコチコチと石のような音がした
男の話では口に含むととろけ出し
口の中がおかしくなってしまうほど甘く
体の奥から力が湧いてくるようだと言っていた
コレは天啓かも知れない
御禁制である暗い森の奥への立ち入り
歴代の王朝
歴代の支配者が皆禁じた暗い森への立ち入り
彼の地を収め税を取り立てるのだ
栄えた商地を力で従わせるなどは王国でなくとも何度も行われて来た事だ
相手が幾ばくかのまやかしを使えたとしても
獣人を使役していたとしても
剣を携えた兵達にかなうものではない
そもそも森に住むエルフですらわたしに税を納めるのだ
魔法を使うからと言って税を納めぬ言われは無い
魔法で我らを苦しめたと言っても千年も二千年も前の話
今の我らなら魔法使いも容易く蹴散らせるだろう
こんな僻地の代官に命じられた時は己を呪ったが
どうやら運が巡って来たらしい
暇を持て余しているろくでなしの田舎騎士どもとヤクザ者の兵士達を向かわせねば
なに、下手に森に精通しているからまやかしなどに誑かされるのだ
数を頼りに、右を左に、川を渡ると言われれば渡らぬで進めば隠し村に辿り着くものさ
役場と言うのは忙しい時は本当に忙しい
最初は「またか」と言った感じだった
この《村》は外界に近く
また大森林としての歴史も浅い
大森林の中で2番目に新しい土地だ
まだ大森林となってから二千年ちょっと
エルフのじい様などは嫌になる程その時のことを聞かせてくる
ああ、なんだったっけ?
そうそう、とにかく歴史が浅く外との距離も近い
その点は唯一ここより日の浅い
黄の海の先にある《島》が羨ましい
《島》は四方を海に囲まれ
魔界だか魔王領だかと呼ばれていた頃から接していたのは大森林だけなのだから
とにかく「外の者が来た」と聞かされた時はアレから10日もたっちゃいないじゃないかとぼやきたくなった
確かウサギを追いかけていたらここに迷い込んだんだっけな?
困ってたからごはんのほかに風邪薬とポケットに入っていたおやつをあげたんだよね
しかし今回は通報者の様子がおかしい
何時もなら「なに言ってるかわかんないからとにかく来てくれ」と言われるところなのに、大変だ大変だと繰り返す
どうしました?
とにかく落ち着いて話してと
トカゲのおじさんに水でも浴びる?と声をかけ、落ち着いて話すようにと声をかけた
「何を言ってるかわかんねぇ外の者が馬に乗って刃物振り回してるんだ!」
それを早く言えよ!
叫ぶように窓口を飛び出した
誰か騎馬隊!いや!騎馬隊じゃダメだ!防人を呼んで来て!
銀輪を飛ばし《村》外れに着くと
汚い鎧を着て槍を振り回す一団が目に飛び込んできた
毎度のことだが今回は特にひどい
アレと私が二千何百年前まで同じ仲間だったと思うと悲しくなってしまう
先に着いていた騎馬隊も、とにかくあいつらと話してくれ、同族だろう?と言ってぐいぐいと私を前に押し出す
なんなんだよ!
あんた達も仕事しろよ!
馬小屋に立って落し物受け付けたり
見回りだといって揚げ菓子食ったり
《村》の平和のためとか言って誰彼かまわず職質してるだけじゃないか!
大体馬に乗ってないのになんで騎馬隊⁉︎
元同族が槍で威嚇し
野次馬のツノ付きの若い女が悲鳴を上げる
あんたらのその隆々たる筋骨ならあんなのぺちゃんこじゃ無いの⁈
そんな泣きたい気持ちのなか、私は蛮族、じゃなかった
外の同族に声をかけた
「どうか落ち着いてください!私達はあなた方に危害を加えるつもりはありません!」
鎧を着た臭そうな男がギロリとこちらを睨み叫ぶ
「女!ここはどこか!」
「ここは魔法使いの国です、あなた方が魔法使いと呼ぶ方の納める国です」
蛮、じゃなくて外の同族達は「おお」と声を上げ「1番乗りか!」などと言って騒ぎ出した
「道に迷われたのでしょう?あなた方の所へ帰る道を教えましょう、だから落ち着いてください、お腹が空いていませんか?お菓子や美味しいごはんを食べて落ち着きませんか?」
臭そうな男はそれはいいと下品に笑い
私は騎馬隊の隊長にエサの手配をと耳打ちする
「おい女!こちらへ来い!」
臭そうな男が泣きたくなるようなことを叫んだ
私は必死に引きつった笑顔を作り、ミジンコの様な足取りで近づく
「用意してもらおうか、ただし菓子と飯ではなく酒と金銀だ!」
臭い男は私の腕を取り役場のいつまで立っても代えてもらえないハサミより切れ味の悪そうなナイフを突きつけられた
私が上げる悲鳴を聞いて2人の男性が飛び出す
「僕が代わりになろう、だからその娘を放してやってくれ」
「俺を質にとってくれ!ちょうど酒も持っているんだ!男同士話し合おうじゃないか!」
飛び出してきた小人の2人は口々に自分が代わるから私を離せと言ってくれる
ああ、やはりゴブリンやドワーフは紳士で勇敢だ
決めた!私が嫁に行くなら小人の所だ!
「この小鬼共が!やるのか!」
臭いのは大森林の恩恵を受けた私達とは違い、彼らの言葉が分からない
なんて事!
騎馬隊は腰の警棒に手をかけジリジリとこちらににじり寄る
どうしよう
捕物に巻き込まれ流れ弾にでも当たったら、お嫁に行く前にお婆ちゃんのところに行く事になっちゃう!
蛮族と同じ血をひく身を呪う準備を始めようかとしていると、辺り一面に高い笛の音が響き、動輪が現れその幌の中から防人達が現れた
鉄兜に騎馬隊とは比べ物にならない警棒を携え
覚醒機を使い蛮族に声をかける
「ミナサンハヨクナイコトヲシテイマス、ハヤクソノヒトヲカイホウシナサイ、ワタシタチハアナタガタヲシリゾケルチカラガアリマス」
蛮族は覚醒機を通した声を笑い
「鎧も纏わず、その小さな兜と頼りなさげな棍棒で挑んでみるか?」
などと意味不明な事を口走る
気がつけば防人は殺棒の準備まで始めていた
あんなの映写でしか見た事ないのに!
どうか映写のヒロインの様に殺棒の弾が私を避けて通りますように!
「女!歩け!」
蛮族が私の腕を強く引き犬のように引きずられる
「おい、脅かしてやれ」
蛮族が手下に指示を出し
私の中で汚い男二号と名付けた男が防人の足元に弓を飛ばし高笑いを上げ
蛮族達は皆つられるように笑い出した
「ケイコクシマス、ヒトジチをカイホウシブキヲステナサイ、コレガサイゴデス」
防人達はもう色々諦めたようで
その諦めた中に私の事が入ってない事を祈ろうかと真剣に考えていると
大きな声で「目をつぶれ!」と誰かが叫んだ
防人や騎馬隊は一斉に伏せ
私は言われるがまま眼を閉じた
どうか直ぐに楽になりますように
お婆ちゃんに会えますように
次生まれ変わったら役場に勤めませんように
そんな事をブツブツと
いや割と大きな声かも
その次の瞬間
閉じた瞼からでもわかる強烈な光が直ぐそこで炸裂した
男達の声が響き蛮族達の悲鳴が続く
「こっちへ!」
不意に手を引かれかけ出す
眼を開くが涙が出るばかりで何も見えない
「よく頑張ったよく頑張った」
優しい男の人の声を聞き、泣き出してしまう
目が見えるようになってきた頃には蛮族は取り押さえられ尋問を受けていた
蛮族の半分くらいは倒れたままピクリとも動かなくなっていたがザマアミロだ
「落ち着いたかい?」
そう言われてずっと手を握っている事に気がつき、急いで手を離す
私を助けてくれた王子様はキリリとした顔立ちで、如何にもお堅い仕事をしていますと言った感じで
つまり
「結婚してください」
願望が言葉に出てしまった
「ははは、ありがとう。だけどご期待には添えられないんだ」
王子様にはお姫様がいるそうで
本当になんだかなぁ
どこかにステキなゴブリン男子はいませんか?
私はろくに休むこともなく防人の通訳を手伝わされる
蛮族共は森に入り《村》を襲うつもりだったらしい
皆バラバラに進み、運良くか悪くか知らないけど
ここに辿り着いたらしい
なんか何百人くらいだかが《村》を目指しているらしい
仲間がくればお前らなんぞ一捻りだとか叫んでたけど
とにかく聞き取った内容を防人や騎馬隊に簡潔に伝えた
「《村》に攻め込むつもりだったそうです、《ダイカン》て人の命令って言ってます、お前ら皆殺しだそうです」
疲れてたから少し適当になったけど
まあこんなもんでしょう
私の話を聞いた防人が、誰か偉そうな人と遠話しで話し
「村長が家来と森の外まで打って出るそうだ」
なんかそんな事を話し合っていた
まああんまり関係ない
全然ない
とりあえず疲れた
村長のあだ名が破壊の鉄球な事とかどうでもいい
取り敢えず帰って辞表を書こう
お嫁に行くまで出さないけど
先日だったか億年前だったかにエルフが貢物として持ってきた丸い石をながめていた
長い年月、川の底で磨かれた逸品
実に楽しめる
そんなひと時の楽しみを1990110820110731が無言で邪魔をする
「そこに立つな、見えたし聴こえている、もう私が向かった、お前も暇なら付いて来ればいい」
1990110820110731が視界から消え丸い石をゆっくりと楽しみ直す
あの《村》は我が子のオモチャ
あそこで何か起こると我が子は腹を立てるに違いない
これは我が子に知られる前にとりなしておかねば
手早くすましておこう
機嫌取りもしなくてはな
外に行きたいと言っていたし
いい機会だろう
しかしついこの間も似たような事が有ったばかりだ
何かがどうしたとかで19901108201131に海辺の集落を焼かせていた
まあ今回は密かに私が出向き、外の族長と内密に話す
特に問題もなかろう
私は此処で石を楽しみ
私が外で族長と話し
私が我が子に遊び場を与える
全て終わった
それにしても楽しめる石だ