三十一話
魔法使いスズの聖堂諸国を踏み躙る旅は速やかに準備され
王国は煌びやかな千人の供回りを用意し
それらは魔法使いスズの乗る動く小部屋を取り巻き
我がレーレン領を抜け
ドゥクディモ領を進み聖堂諸国諸侯が震えて待つ大青の塔へとむかう
この順路は前もって広く知らされていた
それはもうやれるものならやってみろと
ゴーレム使いの高笑いが聞こえてくる様だ
私のシミンはヒバナが口を聞いてくれぬと言って嘆き
諦めて私の物になりなさいと言うと泣き出しそうな顔をした
そんな事では小さな銅山欲しさに王に潰されたソフティモの二の舞になりますよと言って笑うと
私のシミンは嫌そうな顔をした
魔法使いスズは、我がレーレン領、ドゥクディモ領でそれぞれ宿舎を賊に襲われたがそれらは全て返り討ちにあった
怒れる姫騎士とゴーレム使いの操るゴーレム達により挽肉よりも細かくされてしまった
可哀想に
魔法使いスズを守るのは王が差し出した千人の供回りなどではなく
怒りに炎を吹き上げる姫騎士と
ゴーレム使いが操る風の様に動く達磨のような体躯のゴーレム達
腕利きのエルフ達と獣人の姿は見えない
魔法使いスズの身の回りの世話はゴーレム使いがするらしく
道々私と茶を飲むスズの横にピタリと寄り添い辺りに目を光らせていた
刺客の類が役に立たぬことは百も承知
毒の類も魔法使いにはスパイスほどにも効かない
しかし私の武器はシミンで有り
スズの信頼厚きこの私自身だ
そんなシミンのもとに王からの早馬が馳せ、差し出された書状をみたシミンは目を剥き私をみて口をパクパクとさせた
そこにはきっとこう書かれているのだろう
ヒバナ侯シミン侯爵とレーレン侯レーレン侯爵嬢の婚礼を王家の名の下に寿ぐものであると
ようやくヒバナの怒りの原因を知った我が夫はその場に崩れ落ち白目を剥いて気を失った
魔法使いには王とともに白姫様への挨拶と言う形で迎賓館で御報告をさせて頂き
当然その際にヒバナの耳にもそれは聞こえていたわけで
もう初夜も済ませたと言うと
魔法使いスズはおめでとうと喜こんでいた
聖堂が三大拠点の一つ大青の塔
その見上げる威容も魔法使いスズはつまらなそうに見上げるばかりで
私が魔法使い様の国にはこれよりも立派な塔がお有りなのですか?と聞くと
ええまあとつまらないことを聞くのねと言わんばかりの反応で
本当に憎たらしい
ここが貴女の墓場になるとも知らずに
白姫様は大青の塔に入られると
辺り一面に飾られるレリーフをさっと見回し、昔母さんから聞かされたお伽話かしらと呟かれた
私はと言えば
いつの間にやら妻となってしまったレーレン嬢のお側に立ち
槍を片手に余りのやることのなさを嘆く
聖堂諸国諸侯も聖堂の使いもまるで諦めきった顔をし
早く今日が終わってくれと言わんばかりの顔で並び
その目は死罪を待つ咎他人の方がまだ生気に溢れていた
大青の塔が見えてからはヒバナ殿の御姿も見えず
辺りを警戒しているのだろうが
せめて一言でも声を掛け
申し開きをと嘆くばかり
そんな中、白姫様は控室へと消え
私達は聖堂諸国諸侯を置いて謁見の準備のため、一旦外にある小屋へと移った
大青の塔は王国軍一千が取り囲み
諸侯達はまるで人質の如く
私は此処までする必要があったのだろうかと首を傾げたその時
轟音が響き地が揺れ
急ぎ外に出てみると大青の塔が音を立てて崩れ落ちていた
「流石にぺちゃんこかしら?」
レーレン嬢は涼しげな顔でそう笑う
聖堂諸国諸侯のあの顔は魔法使いである白姫様を道連れに地の底へ向かうことの表れだったか
己の私情でまなこが曇っていた事が恨めしい
白姫様にもし万が一の事があったなら王国が滅ぶでは済むはずがない
真金様や魔法使い様は人間世界を滅ぼした上にまた滅ぼすだろう
「それでは死体見物でも致しましょう?」
呑気に私の手を引くレーレン嬢に連れられ
明日終わるかもしれないこの世界を見渡した
瓦礫は幾重にも積み重なり、聖堂諸国諸侯達は勿論白姫様の控え室など掘り起こすのに幾日かかろうか
私が供回りを呼びつけ今すぐ瓦礫をどけろと叫ぼうとしたその時
レーレン嬢が楽しげに笑い声をあげた
流石に魔法使い、一筋縄ではいかないと
私はレーレン嬢が指差す先をみて驚き
そして内心でホッとした
私達は家畜になるかもしれぬが滅ぼされることはなさそうだと
レーレン嬢の指差す先には一つの部屋があり
その部屋だけが何事もなかったかのように瓦礫の上に佇んでいた
「入らんのか?」
突然の声に驚き振り向くと私達の後ろには万能の忠犬様が立っていた
私はああハイと気の抜けた返事をし、瓦礫の上に佇む部屋の扉を叩き戸を開けた
そしてその中には何事もなかったような顔の白姫様が真金様の入れた茶を飲み菓子を摘んでおられた
ご無事で何より
私がそう言おうとしたその時、白姫様が言葉を発せられた
“今日の趣向は楽しめました”
白姫様は毒に刺客に呪いになどと言いながら指を折り
その中でも今日のは格別でしたねと仰ってレーレン嬢に声を掛け
レーレン嬢はこれは勿体無いと淑女らしく礼をして見せる
「蛮族レーレン、趣向の数々大変大義である、よってお前に褒美を使わす」
真金様の言葉にレーレン嬢は一騎打ちでもして頂けるのかしらと首を傾げる
真金様が軽く手を上げるとワンワン殿の後ろからヒバナ殿が現れ、私をチラリと見て舌打ちをされた
「何があっても狼狽えるなよ」
ヒバナ殿は私にそう仰るとワンワン殿の前に立ち
ワンワン殿は何事もなかった様にヒバナ殿の胸にその手を突き刺した
声も上がらぬ私とまあ素晴らしいと喜ぶレーレン嬢
ヒバナ殿は目を見開いたまま崩れ落ち
その顔からはみるみる生気が失われていった
私は怒る
これが怒髪天かと
怒りは私を狂わせることなく
体は熱く心は氷の様に冷たく
瞳からは血の様に熱い涙が流れ
手に握った槍を畜生に突き立てその怒りの全てを込めて魔弾を叩き込んだ
何の意味があるのかは知らないが、目の前でヒバナを殺されたシミンは怒りに我を忘れ、突然現れた獣人にその槍を突き立て必殺の魔弾を撃ち込む
しかし獣人は毛がそよぐだけ
狂った様に魔弾を撃ち込むシミンにさせるがままにさせ
シミンが息を切らせ膝をつくと、もう終わりか?と言って槍を振り払い、シミンの胸ぐらを掴んだ
「お前が刃を向けた相手は大森林ではなく私だ、だから命は取らんでやる」
獣人はそう言うとシミンを人形の様に何度もそこらに叩きつけ
それでもその瞳に怒りの炎を絶やさぬシミンにまあ合格だなと言ってヒバナの横に放り投げ
転がされたシミンはヒバナ殿と掠れる声で這う様にヒバナに手を伸ばした
「人の夫に何をなさるのかしら?」
せっかくの私の剣が魔法使いを刺す前に獣人にへし折られてしまったじゃない
全く
魔法使いスズはごめんなさいと笑い
言葉を続けた
でもねレーレンさんと
“以前誰かが言っていたんです『剣を交えれば親友になれる』と。貴女のシミンと私のワンワン、お互いの剣をようやく交えることができました、これで私達も本当の友達になれます”
私はまあ嬉しいと笑い
たったそれだけの事のために魔女をひとり殺してしまうこの女に心底嬉しくなってしまう
“それでは私からの友情の印を受け取ってください”
魔法使いスズはそう言ってゴーレム使いに微笑み
ゴーレム使いは偉そうに、いつか言ったな、お前の望みを叶えてやると
そう言って恐ろしげに笑う
「さあ望むものをやろう、スズに届く力だ、遠慮なく受け取れ」
ゴーレム使いの言葉に合わせる様に獣人が私の前に立ち、ヒバナを貫いた拳を開いて見せる
そこには人の形をした小さな炎
獣人は再びそれを握ると
その拳を私の心の臓にねじ込んだ
全身のありとあらゆる所をこれでもかと叩きつけられ息をすることもままならない
幾度魔弾を打ち込もうとヒバナ殿の仇を討つことはかなわなかった
せめてそのおそばで終わりたい
その一心でヒバナ殿のもとに這いずり手を伸ばし
その冷たくなった手を握った
いま、私も向かいます
もう片方の手をヒバナ殿のお顔に伸ばしその頬に添えた
おかしいな
まるで息をしている様じゃないか
私は薄れる意識の中
ギロリと私をにらみ弱々しく私の手を振り払うヒバナ殿と
全身を燃え上がらせ狂った様に笑うレーレン嬢の姿を見た
最高だ!
最高じゃない!
最高です!
私は自分が生まれ変わったことを感じた
身に纏ったドレスは燃え上がり
全身が滾る
私は人間というちっぽけな殻を破り偉大な存在へと昇華した
ついさっきまで何かに囚われていた気がするがもうそんな事はどうでも良い
私は最高の気分で燃え落ちる己の体を眺め歓喜に打ち震えた
魔法使い様万歳!
偉大なる大森林万歳!
魔法使いスズ万歳!
そして私は己の体を全て焼き尽くし
炎となった
“ようこそレーレンさん、大森林は貴女を歓迎します”
そこには満面の笑みを浮かべる私の親友の姿
もう一度言わなきゃ
大森林万々歳!




