六話
前夜
王城は揺れていた
それはたとえでもなければ
地揺れでもなく
天使降臨
後々下々にそう呼ばれ
貴族達からは王城事件と呼ばれる事になる一夜
門兵は我が目を疑う
今日はまだ酒を口にしていない
日は暮れたばかりだし
居眠りするにはまだ早い
じゃあアレは何だ?
裸の様な格好の女が
女中を引き連れ突然現れたのか?
篝火に眼が慣れたせいで近づくまで分からなかったのか?
何にせよ仕事だ
遊女の類が来るとは聞いていない
旅の一座だろうか
「止まれ!ここは王城であるぞ!」
叫ぶ門兵の声にひるむ事なく女達は進む
門兵は勤めを同じくする者たちと目配せし、女達の前に立ちはだかり槍を突き出す
「止まらねば冗談でしたでは済まぬ事になるぞ!」
叫ぶ門兵
だが残念な事に彼等はそれ以上の勤めを果たすことはできなかった
叫び終わると同時に彼等は皆城壁まで吹き飛ばされ壁のシミになってしまった
見張り塔からその様子を見ていた者達が鐘を鳴らす
賢人の類か
はたまた魔法を覚えたエルフ共か
王都王城を狙う輩には事欠かぬ御時世
跳ね橋がゆっくりと上がり道を閉ざし
狭間や狭間窓、見張り塔から一斉に城兵が矢を構える
最初に異変に気がついたのは屋根のない狭間で矢を構える者達だった
空が昼の様に明るいのだ
天変地異かと見上げると
大きな天使がこちらを見下ろしていた
光を放つ羽
黒く渦巻く頭上の輪
白く輝く甲冑
手には破壊の喇叭
はるか昔、この世に千年の暗闇をもたらした天使達
数々の絵や物語に姿を残す天上の使い
それがこちらを見下ろしている
最初に崩れたのは見張り塔だった
天使がひと睨みすると塔は突き崩された様に中程から倒れ
其処此処で上がる悲鳴
助けに走る者
御聖堂への祈り
無謀にも天使に向けて矢を射る者
その全ては報われることはなかった
そこに居た全員が天使の光によって瞬く間に灰にされてしまったのだ
そして天使は次々と現れ王城を囲む
そんな中、女の一団は歩みを止めることもなく
跳ね橋が上がったままの堀の上を見えない橋でも有るかの様に進み
壁の様に立ちはだかる跳ね橋を枯れ草の様に吹き飛ばし
勇敢な騎士を壁のシミに変え
怯える兵を雑草の様に踏み殺し
王城の深くへと進む
自室で命を申付ける文をしたためていた王は、突然の騒ぎと轟音に、戦か一揆か反乱かと従者を走らせる
入れ違う様に駆け込んで来た衛兵が叫ぶ
「天使降臨!天使降臨!門衛棟より先はもうございません!全て天使によって焼かれました!」
なぜ天使が⁉︎
なぜ我王城へ⁉︎
王は先代の肖像を見つめ思う
我々が驕り高ぶると天使が降臨し、全てを灰に変えてしまう
万年前から伝わる伝書
エルフの老人の話では最後の降臨は千年以上前
紅の海沿いで栄えた町が焼かれ
人々は霧散し
国は滅びた
海を統べよと栄えた国は人の住まぬ
獣人とエルフがたむろする荒野と変わった
私はそれ程驕り高ぶったのだろうか
未だに王国の周りには従わぬ輩が率いる国がいくつも有り
何年か置きにそれらと刃を交える
そんな有様の王国が天の怒りを買うほどの事をしたのだろうか?
絶望の中にあって王は先代から受け継いだ
代々王家に伝わる言葉を思い出す
天の使いが現れたら謁見の間で出迎えろ
それが万年前から伝わる《アレ》との誓い
《アレ》は本当に現れるのだろうか
天使ですら私たちにはどうにも出来ぬというのに
しかしそれだけが救われる道ならば行くしかあるまい
「謁見の間へ向かう!」
王は先代の肖像をもう一度見る
父上、本当に《アレ》は現れるのでしょうか?
城を取り囲む天使達は城から逃げ出そうとする者を容赦無く焼くが、城やそこで怯える城兵を焼くことは無くなった
ただ、場内を真っ直ぐに進む女達は
壁も兵も騎士も
ただ己の前にある物は全てを散らし
謁見の間へと向かう
謁見の間では王により、宰相や運悪く登城していた参議達が集められ
その周りを王や国に深く忠誠を誓う王国戦士団が取り巻いていた
来たぞ!
大声で叫びながら、開け放たれた謁見の間へ1人の衛兵が駆け込む
それを追いかける様に、すぐそこで壁が崩れる音がした
「よいな!刃向かうな!前に立つな!それがアレらとの誓いだ!」
王の一喝
それでも動揺は収まらない
天使が天の使いならば
それを使役する者は《天》そのもの
それがすぐそばまで来ているのだ
そしてそれは現れた
それが通ると謁見の間の入り口は何かに削られるように崩れる
女か?女だ
などという声が参議や戦士団から漏れ聞こえる
王はその姿を見て冷汗を流し
宰相はくだらぬいい伝えと鼻で笑った幼い日の自分の愚かさを呪った
「族長、そこにいるな?」
若い女の声が謁見の間に響く
皆が女の一団に注目する
裸のような格好の女が表情一つ変えず前に出ると周りを囲む女中達が傅いた
王は控えよと声をあげ
戦士団が威嚇するように陣を組み、雄叫びを上げた
「愚か者!お前達に言ったのだ!控えよ!《はぐるま様》の御前である!」
戦士団達は動揺しながらも陣をとき、傅く
「はぐるま様、どうかこの者達の御無礼御容赦を」
王は膝をつき、裸のような格好の女へ赦しを乞う
「ゆるす、貴様らが礼儀も作法も知らぬのは今に始まったのことではない」
「感謝いたします、しかしこの度の御降臨、私共には身に覚えがございません。私共は分を弁え慎ましやかに森の外で暮らして参りました、何かはぐるま様のお気に触るような事をいたしましたでしょうか?」
はぐるま様と王に呼ばれた女が答える
「先程を名乗る一団が我が子が持つ大森林の村を襲った」
ボトボトと音がすると、何処からか現れた男達の首が積み上がっていた
「どれが《だいかん》かは知らぬ、お前の族の物で間違いはないな」
暫く暫くと王は言うと、すぐに首を確かめさせる
参議の1人が何処そこの小領主の所の代官に間違いありませんと耳打ちする
「はぐるま様、コレは間違いなのです、この者達は私の知らぬ所で愚かな間違いを犯した者達、コレは私も国も知らぬ事なのです」
王は這い蹲る様に女に赦しを乞うた
「幸い襲われた村は幾人かの怪我人で済んでいる、私もコレを大事にしようとは思わない」
「寛大なお言葉、感謝いたします!」
這い蹲る王
今起こっているコレが大事でないのならと顔色を真白にする宰相
首の数を見て代官屋敷の運命を悟った戦士団
「だが私は、大森林を荒された我が子の機嫌を取らねばならぬ、であるから此処を我が子に差し出せ」
宙に絵が浮かび
王と宰相は目を剥く
そこに浮かぶ絵は王国が秘宝
諸侯や他国に絶対に知られてはいけない宝具
世界地図
これがあればこそ王国は常に有利に他国と事を進めて来た
川の一本、峠の一つまで正確に描かれたそれは、倍の軍勢を容易く打ち破り
鉄壁の要害を避け
敵の城を丸裸にして来た
これがあればこそ歴代の王と宰相が神出鬼没、戦の達人と呼ばれて来たのだ
その正確無比な地図の一点が輝き
拡大され
ある街の片隅にある館を指した
「此処を我が子に与える、なに、千年か万年もすれば飽きる、一時の事だ、安心しろ」
エルフでも気が遠くなるような
最早永遠に取り上げられるのとなにも変わらない
それでも王は寛大なお言葉感謝しますと涙を流した
そこは王領でなく、何処かの諸侯の物だったがそんなものはどうでも良かった
城を崩し兵を殺し次は国を滅ぼすのかと脅えていたことに比べれば
館ひとついけ好かぬ大領主から取り上げる事など
「外に出る事を我が子は楽しみにしていた、朝には着くだろう、要件は伝えた」
その言葉とともに謁見の間の天井が轟音と共に消え、その先には並ぶ天使達
「そうだ、族長」
女は思い出したように立ち止まると王に声を掛ける
「此処は少し脆すぎるように思う、私が通るだけで崩れる」
これは申し訳ございません
王は粗相を詫びるように今後このような事の無いよう心掛けますと詫びた
「では達者で暮らせよ、私はお前達が億万年の誓いを弁える限り森の外の些事は気にしない」
心得ております、はぐるま様
その言葉を聞き女は周りに傅くものを連れ、宙に消え、天使もそれに続いた
残されたのは廃城と見紛う有様の城と
其処此処から聞こえる呻き声
火事も起こっているらしい
王は立ち上がると先ずは兵を差し向け愚かな何処かの領主を打てと命じた
とらえる必要はないと付け加え
宰相は直ちにと答え人を走らる
次に領主の元に使者を送り屋敷を召し上げろ
コレも逆らえば打てと付け加えた
宰相は頷き私が赴きますと言い、何人かに声を掛け謁見の間を出た
そして戦士団にあの街へ朝までに走り触れを出せと言い、座り込む
顔見せでコレか
世を創りも滅ぼしもするはぐるま様
もう私は知らん
あの街がどうなろうと
元来私は戦も政も不得手なのだ
従兄弟どのが宰相で居てくれるがこその王なのだ
いっそあの街に何かと従わぬ諸侯を嗾けるか?
我が子とやらにあの力のカケラでもあれば、溶けるように消えてくれるだろう
本当に可笑しくなってくるよ
王の呟きを聞いたのか
戦士団の1人が悔しそうに姫騎士がいらっしゃればと嘆く
他の戦士達もそうだ姫騎士がいらっしゃればこの様な事にはと声を揃えた
だが王は思う
爺様の代に戦さ場に現れ
我が国の窮地を救い
その後も戦さ場で負けを知らぬあの女
仮面で顔を隠してはいるが、私が幼少の頃よりひとつも老いたようには見えぬ
正体を明かさず
登城も官位も拒み
幾人かの使用人と共に王都の外れに小さな館を建て、野良仕事をして日々を送っている
皆は賢人や剣士に教えを請いたエルフなのだろうと言う
父や祖父は姫騎士を良く頼りとしていたが
私はアレを信用出来ない
アレは私を見てはいない
今確信した
はぐるま様と姫騎士は同じ目をしている
アレは暗い森から来た女に違いない
まぁそれも今はどうでもいい事だ
もうあの街は私の国ではない
知ったことか
好きにすればいいさ