二十三話
「それはダメね」
「そうなのですか?」
「ええ、特別扱いを許せば付け上がるわ、少しで良いからちゃんと税を取りなさい」
「なるほど、勉強になります」
「領民は生かさず殺さず」
「難しい」
私はレーダの街へ向かう馬車の中、レーレン嬢に教えを受けて居た
正堂からの御支援を頂けるとは言え将来のこともある
しっかりしなくては
「それにしても凄いわね」
レーレン嬢は窓を開け護衛の正堂隊とそれを率いる傭兵達を見渡した
私が毎夜、それではそろそろ踊ろうかと傭兵達に鍛え上げさせた若者達は、かなり見れる所まで来た
一年もみっちり鍛えれば戦さ場にも出せるだろう
「中々のものです、まだこけ脅しですが」
私の言葉にレーレン嬢は、いえこれは五年後には誰も止められなくなると難しい顔をされた
そんなレーレン嬢を少しほぐそうと
私は秘密を打ち明ける様に耳元で呟いた
「彼らも中々のものでして、私との手合わせで三回に一回は勝たせてくれるのです」
それを聞いたレーレン嬢は吹き出し
貴方もゴブリンに鍛えてもらいなさいと笑い出した
「いえいえ、私はヒバナどの以外からは剣の教えを受けるつもりはありません」
「あらまあ、ねえシミン」
「何でしょう」
「あなた太った方が好みなの?」
「いえ?」
「じゃあ私と姫騎士ならば?」
「もちろんヒバナ殿です!」
「じゃあ太った私と姫騎士では?」
「ヒバナ殿ですが、一体何なのです?」
「いえ、改めてフラれてしまっただけです」
「また意地悪を、そもそもレーレン嬢は魅力的な女性ですが比べる相手をお間違いです」
「では姫騎士を亡き者にすれば?」
「その前に私がヒバナ殿の盾として倒れます」
「あらやだ」
「当然です」
私たちは笑い
馬車は道を急いだ
白姫様は私の願いを聞き入れて下さり
会うのは別にいつでもいいと言って下さった
お勤めや休みで出かけていなければ大丈夫だとの事だ
その事をレーレン嬢に伝えると大変に喜ばれ
旅路の警護まで依頼されてしまった
宿も私の屋敷にと希望され
レーレン家の豪邸の比ではなく小さく恥ずかしいとお断りしたのだが
小さいなら同じ部屋で寝ましょうか?とからかわれ押し切られてしまった
どうせ姫騎士の為の部屋が誇りを被って居るのでしょう、私が使ってあげますと笑うので
掃除は欠かしません!そこはチリの一つもありません!と胸を張るとまた笑われてしまった
レーダの街が近づくと、レーレン嬢の頼みでまず勝利の丘へと向かい、そこで死者達に祈りを捧げた
レーレン嬢は私がレーレン軍陣地跡に建てた慰霊碑に詰んだ花を添え
兄達は骨の一つも見つからなかったのでしょう?と聞かれ
私は一人の骨も見つかりはしませんと答えた
御屋敷には肉を腐らせ骨を喰らう魔獣がいるのだからそれは無理だ
祈りを捧げたレーレン嬢は丘の上にある正跡を見てあれは何?と仰られた
私はあそこで白姫様が戦を御観戦されたのですと言うとレーレン嬢は
どうにか壊せないかしらと私を困らせた
「あら、本当にゴブリン」
出迎えたおばばを見てレーレン嬢は驚き笑い、私レーレン=レーレンと申します、シミン侯の許嫁ですと挨拶をされ私を慌てさせた
レーレン嬢に何時も通りでいいと言われていたのでミップ一家やモッチ一家も交え何時もの通りの夕食
レーレン嬢はまあ騒がしいと笑い
並ぶ料理を見て本当にゴブリンが作ったの?と驚いた
食後、光石の明かりの下、二人、酒を飲む
皆は馬車に揺られ疲れているだろうからと気を利かせ早々に帰った
「何時もああなの?」
レーレン嬢は狭い庭を見回るゴブリンの傭兵を指差す
「今日はレーレン嬢がいらっしゃるので警護を頼んだのです、十人でと言ったのですがこれがゴブリンの十人だと言われまして」
私は五十人全員で警護をするゴブリン達を見て笑い
レーレン嬢は、おばばの作る夜食が目当てかも知れないと言って笑った
「本当に美味しい」
レーレン嬢は魔法使い様の国元で作られた酒を飲み溜息をもらした
「それでも魔法使い様の国元ではひと樽幾らの安酒だそうです、【こうじょう】と呼ばれる所で際限無く造られるそうで」
「それを銅貨と引き換えに卸し、更にこの白札を持つ者に優先して売りさばく、成る程嗜好品による小さな経済の支配ね」
「また難しそうな事を」
「何故だか知らないけど魔法使いは銅貨を集める、国中から、お陰で我が国は何処も銅貨不足。このままでは銅貨を求めて隣国を攻めかねないわ」
「まさか」
「案外それが魔法使いの狙いなのかもね」
レーレン嬢は酒を煽ると深酒は毒ねと言って切り上げ
風呂の支度をしてくれと言われ
私がでは誰か女を呼んできますと言うと、あらシミンが私の風呂の世話をしてくれるのではないのと言って私を困らせた
風呂上がりに涼むレーレン嬢に明日の予定を聞かれ
昼過ぎに御屋敷の迎賓館へ向かうと伝え
レーレン嬢は直ぐ隣なのでしょう?では昼まで正堂を見物したいと言われ、供を申しつかり
それではと言って部屋へ向かわれかけ
「如何です?私と夜伽など」
レーレン嬢はひょいと首をのぞかせ私にそう仰ると、どうかご容赦をと答える私を見て、ではまた今度と笑い立ち去った
朝食の席で、レーレン嬢に昨夜遅くまで待っていましたのに言われ苦笑いをし
用意を済ませ正堂へと向かった
「二人で連れ立って歩くなんていつ以来かしら?」
日が昇りゴブリン傭兵達から護衛を引き継いだ正堂隊達を引き連れ
私に手を引かせ門前町を歩くレーレン嬢
とても楽しそうだ
途中菓子などを買いそれをつまみ
私にはいあーんなどと犬のようにくれたりもした
王の屋敷を眺め
病院や大浴場などの説明をし
パン屋で昼のパンを買って帰った
「では明日は大浴場とやらに一緒に行きましょう」
「レーレン嬢、言っておきますが男女は別々ですよ。先ほど話したのは子供達と医師様のお話です」
昼寝中のおばばに代わり食後の果物を持ってきた女中にそうなの?と聞いて困らせる
「それで、どうでした?正堂は」
「中々に攻め手が見つからない作りでした」
「またそう言う事を」
「コレはシミンに先鋒を務めてもらわなくては」
「怒られますよ?」
「領主とは常にそう言う目で他領を見るものなのです」
「コレは不勉強でした」
「よろしい」
レーレン嬢は広がる耕作地や門前町に並ぶ商店、正堂内の施設、そして白札、ここでは街の童までが昼食をとる、此処はもう別の国だと仰りブドウをひとつ口に放り
私が王が住んでいるのに?と返すと
王自ら大使として赴いたと考えれば何も不思議はないと笑う
「ところでシミン」
「何でしょう?」
「何でこのブドウはこんなに冷えているの?」
「冷石で冷やして食べるのが流行りなのです、白姫様がお好きなので」
レーレン嬢はふーんと言って私を手招き少し、疲れましたと言って御御足を投げ出された
「はしたないですよ」
「では部屋で」
「何の事です?」
「紳士が女性を歩かせ疲れたと言いました」
「コレは、では次は馬をご用意して」
そこで茶を変えにきた女中が私の肩をつつきレーレン嬢は脚をさすれと仰りたいのではと言い
私はああ、成る程とレーレン嬢を抱え
最初からそう言ってくださいと言いレーレン嬢を部屋へお連れした
散々脚を揉まされ
支度があるからと部屋を追い出され
レーレン嬢は女中に手伝わせ支度を済ませるとそれでは行きましょうと着飾って現れた
「その様に粧し込まなくとも白姫様はお気になされませんよ?」
「殿方の戦装束の様なものです」
レーレン嬢はそう言うと、まあ魔法使いにとっては王も乞食も大差ないのでしょうがと笑う
「ところでシミン」
「何でしょう?」
「乙女は剣の代わりに紳士を携えます」
「ああ、それではお待ちを」
私は急いで着替えレーレン嬢のご期待に応えた
わずかな
本当にわずかな迎賓館迄の道をレーレン嬢はわざわざ馬車を使い向かう
私は受付でリン嬢に大貴族レーレン嬢とその供貴族シミン、白姫様にお取次をと伝え
リン嬢は浮気だと言いながらシミンと女の人と帳面に書くと屋敷とつながる板を使い姫様に来客を伝え、空の間へどうぞと案内された
「凄いわね、ガラス張りのテラスだわ」
レーレン嬢は空の間に驚き
コレは破れないの?とコツコツとガラスを叩いてまわられた
直ぐにノックもなく戸が開き
何しに来たと言わんばかりの顔でヒバナ殿が氷の入った果実水をテーブルに置いた
「違うのです!コレは頼まれて!」
「何言ってんだお前」
思わず言い訳してしまう私をヒバナ殿は冷めた目で見ていて
嫉妬かと、嬉しいやら、あいや言い訳せねばとかアタフタとする
「貴女が姫騎士?」
レーレン嬢が本当に?と言わんばかりの声をあげる
「そんな奴は死にました」
ヒバナ殿は知らんとばかりに応えた
「それでは初めましてヒバナさん、私、レーレン=レーレンと申します、私の許嫁シミンがご迷惑をおかけしている様で」
私は焦り、冗談ですよ!とヒバナ殿に駈寄るとヒバナ殿は突然私の腕をとる
{何故レーレンを此処に連れて来た!}
私は突然頭の中に響くヒバナ殿の声に驚くが
ヒバナ殿は突然その手を離し私の顔を掌で塞いだ
「これは?」
下ろしたヒバナ殿の手には小さな楊枝の様なものが刺さり
レーレン嬢はその手の中に収まるような小さな弩を握られていた
「余りに仲睦まじいもので」
レーレン嬢はぽいと弩を棄て
私は冗談が過ぎますと叱ろうとするとヒバナ殿が驚くような事を言う
「私は毒では死なんよ?」
ヒバナ殿は小さな弓を掌から抜き、レーレン嬢の果実水に投げ入れた
「まあ、兄達の仇を打てたと思いましたのに」
レーレン嬢はグラスの中の果実水を床に捨てると、お代わりをと私に笑顔で何事もなかったように仰った
「粗相は控えていただこうか」
ヒバナ殿が果実水で濡れた絨毯を踏み付けると、そこからは湯気を立て、みるみるうちに乾き、それを見たレーレン嬢は、あらまあ本当に魔法使いだったのねと笑った
「それでは暫くお待ち願う」
ヒバナ殿はそう吐き捨て部屋を出
私は何のつもりですとレーレン嬢を叱りつけた
「そんなに大きな声を出さないで、乙女の宣戦布告みたいなものです」
「お気持は分かりますがそのお話はお父上の御乱心という事で収まったのです、今の事が知れれば折角戻った領地もまたどうなるか!」
「シミンが黙っていれば大丈夫でしょう?」
「そうかもしれませんが」
レーレン嬢ははいはいと答え、私の果実水を飲みあら美味しいと呑気なもので
私はため息をつき先程のグラスのに果実水を注ぎ、口に運ぶとレーレン嬢が私の手を引いた
「死にますよ?」
私は頭を抱え果実水を窓を開けて捨て
グラスを懐に忍ばせた
「まあ手癖の悪い」
レーレン嬢は笑い
私は貴女のためですと言ってため息をついた
しばらく白姫様の御到着を待ち
その間ひとつのグラスを二人で使った
「失礼します」
姫様のお声が聞こえ、戸が開く
其処には万能の犬と呼ばれる獣人を連れた白姫様がいらっしゃった
「とても素晴らしい御部屋に感嘆しておりました」
レーレン嬢は挨拶よりまず部屋を褒め笑う
「雨の日などとても楽しめます」
白姫様もそれに応えられた
「コレはご挨拶が遅れました、私レーレン=レーレンと申します」
「これは御丁寧に、私は《館》の娘スズ、スズと呼んでください」
レーレン嬢はこれは勿体無いと笑う
「それでレーレンさん、何か御用でしょうか?残念ながらお付き合いなどはシジュウ様が取り仕切っていますので」
「いえ、良しなにとは思いますが、領主としてのお付き合いではなく、出来れば女同士友人になれないかと」
白姫様はレーレン嬢の言葉を聞き、まあ喜んだ
「それば是非に」
「こちらこそ、過去の事は男のした愚かな行いと水に流して頂けますでしょうか?」
白姫様は過去?と首を捻られ
申し訳ありません何のことでしょうと言い
後ろに立つ獣人が白姫様の肩をつつき何かを耳打ちした
それを聞いた白姫様は、ふーんと言ってこう仰った
「確かに私達女には関係のない事、最初から私達にはわだかまりなど有りません」
白姫様は笑顔でそう仰られ
レーレン嬢も勿体無いお言葉と笑い
持ち込んだ手提げに手を入れた
私はまた馬鹿なことを仕出かさないかと白姫様の前に立ちはだかる
「何をしてるの?シミン」
手提げから小袋を出したレーレン嬢は面白そうに笑い
菓子を焼いてきましたとそれをテーブルに広げた
「お近づきの印にと」
白姫様はそれを見てまあと喜び
ではお茶にしましょうと言って席に着く
私はホッとし
レーレン嬢の椅子を引き己もこしかける
「随分とお二人は仲が良いのですね」
白姫様はガラスのゴーレムが持ってきた御茶を皆に進め、菓子に手を伸ばしたその時
あ!こら!と姫様が声を上げたかと思うと、獣人が菓子の包みを手に取り全部口に流し込みボリボリと食べてしまった
「腹が減っていてな、娘、〈コレ〉では〈足りん〉ぞ、スズにも私にも」
獣人は姫様につねられながらそう言い
代わりの菓子をガラスのゴーレムに並べさせた
「失礼しました、ワンワンは時々変なことをするのです、後で折檻しておきます」
白姫様は獣人にこれは折檻では無いのかと言われながらグリグリとその顔を拳で締め上げた
「お気になされずに、兄達の仇はこの程度では取れぬとそちらの方が教えてくださいました」
私はレーレン嬢の言葉にギョッとし
白姫様はホッとされた
「ところでお二人は随分と仲が良いのですね」
姫様は改めてそう仰り菓子をレーレン嬢に勧める
「ええ、シミンと私は昔馴染みの許嫁ですの」
私はその言葉を姫様聞き流してくださいと言ったのだが
姫様はびっくりされ、ハナビさんに知らせなきゃと私を睨んだ
ですから聞き流してくださいと言ったのだが
その後は乙女二人に挟まれ散々文句を言われ
肩身の狭い思いをし
獣人殿にコレも男の試練だと慰められた
「全く、シミンは自分ばかりスタスタと歩き、おかげで今日は足がパンパンで、本当に気の利かない」
姫様はそんなレーレン嬢の言葉に
では次は私が正堂をゆっくりと御案内いたしましょうと笑った
「まあ、では明日にでも」
「ええ、もし宜しければその後御一緒にお食事でも」
姦しいとはこう言うことかと思いながらも意気投合する二人を見て
これでレーレン嬢も気が済んだだろうと胸を撫で下ろす
迎賓を出る際、レーレン嬢は獣人殿に
今度はもっと〈たくさん〉御用意致しますわと笑い
獣人殿はそれにニヤリと笑って答え
白姫様ははしたないと獣人殿を叱った
「面白い人ね」
屋敷に戻るとレーレン嬢はそう笑う
「私は肝を冷やしました」
「あらそう?ねえシミン」
「何です?」
「ゴブリンの猛毒とかって手に入らない?」
私は頭を抱え、もう勘弁してくださいと肩を落とした




