サクラ
スズは主人様の御部屋で私を寝椅子がわりに寝転がり
疲れた疲れたと言ってゴロゴロと転がってはわたしの毛で遊び
主人様はそれを見て楽しそうにされている
ああいつかもこんな事が有ったなと思い
スズをヒョイと摘みあげ
まるでサクラだなと呆れた
主人様は本当だと笑い
スズはなんです?サクラってと言って私の毛を引っ張った
昔話だよ
私はスズをはなし
私にもたれかかり直すスズを見ながら話を始めた
あれはまだ季節を春夏秋冬で表していた頃のことだ
群には私を知る者が居なくなり
私は変わり者として扱われ
私にはおふくろ様がいるからそれでも気にはならなかった
そんなある日のことだ
おふくろ様に言われ水の流れが止まって見えるまで小川眺めて居た時のことだ
何日も何ヶ月も座り込んで小川を眺めていると、童達がが近くを通り過ぎたのだ
まあ私は気にもしなかったのだが
その童の一人が私に話しかけてきてな
他の童はそいつは変なやつだからやめろと言って止めていたが、その一人は構わずに私に話しかけてきたのだ
なにを見ているのと
私は川を見ていると答えると、なんで?と言い
おふくろ様に言われて見ていると答えると
ふーんと言って隣に座り込み川を覗き込み、それに飽きると私にしがみついて登ってみたりぶら下がってみたりしてな
放っておけば飽きて帰るだろうと思ったので勝手にさせていたのだ
案の定、暫くするとバイバイと言って何処かへ行ったよ
しかしそいつは次の日も、またその次の日もと毎日現れては私の周りで遊び回り
呆れた私は友達と遊ばないのかと言ったのだが
そいつは私が動くところを見たいからと言って虫を追いかけていたよ
私はなんともまあと思い
ほら動いたぞと言って立ち上がったのだが、それを見たやつはなんか違うと言ってまた虫を追いかけていたよ
呆れた私はおふくろ様に頼み【カリカリ】を持って来て頂きそいつに渡し
これを持って帰れと言ったのだが
そいつはコレ好きじゃないと言ってな
言いながら食べていたが
私は贅沢なやつだなと思ったが、アレから百年も経っているのだから仕方ないかと諦めまた放っておいた
私はまた川を覗き込み
お前の名はと聞くとそいつはサクラと答え
サクラは、あなたは?と聞き返し、私はワンワンだと答えた
そうするとサクラは、私の事をワンワン、ワンワンと気安く呼び
まあ子供だから仕方がないと好きにさせていた
そしてそれは三年目のことだ
小川の流れが止まって見えたのだ
サクラのあげる水飛沫も
さざ波も
私は目を見開き身を乗り出し水面を覗き込んだよ
そして聞こえたのだ
あははあははとサクラが笑う声が
やっとワンワンが動いたと言ってな
その日はおふくろ様とサクラと三人
私が最初の一歩を踏み出した祝いとして大いに飲んで食った
いや勿論私はとうに腹も減らなければ喉も乾かなくなっていたのだが
祝いとなれば別だ
その時だったかな
サクラにお前はなぜサクラなのだと聞くと、サクラの季節に生まれたからだと言ってな
ああ、スズはサクラの花を知らんか
大森林にある主人様の御屋敷に咲く花でな
その花が咲く間は無礼講として御屋敷の周りで酒を飲み歌を歌うのだ
サクラはなんでワンワンはワンワンと言うのと聞き返すので、母がひ弱な私にせめて勇ましい名をとつけてくださったと答えると、サクラはなにを勘違いしたかおふくろ様に向かいセンスが無いねと言っておふくろ様を困らせ
私は産みの母の話だと
おふくろ様は育ての母だと説明したのだったかな
サクラはだから似てないのかと笑っていたな
サクラが私の周りをうろちょろしだして十年目だったか
もう私もついてまわられても気にしなくなっていて
お前のように私を寝床にしては主人様を笑わせていたな
そんなある日ふと気になって聞いたのだ
嫁にはいかんのかと
まあひどかった
引っ掻かれ掻き毟られ
つねられ引っ張られ
はたかれ殴られ
終いには喉笛に噛み付かれてな
私はどうにかしてくださいとおふくろ様に喉笛にぶら下がるサクラを指差して言ったのだが
おふくろ様は呆れ顔でな
主人様も笑って自分で考えてごらんと言われるばかりで
サクラはそれから数日は口も聞かんでな
ならどこかに行けばいいものをと不思議に思い色々考えたのだ
この十年の事を
こいつはこの十年いつも一緒にいたなと
そしてまさかと思い黙り込むサクラに聞いたのだ
お前まさか俺の嫁のつもりだったのかと
サクラは目を丸くしてな
ポロポロと泣き出しこれはあんまりだと言っておふくろ様に泣き付き
主人様もこれは行けないと私を叱ってな
いや、私だって驚いた
私には強く美しくそして気高いおふくろ様がいらっしゃったから、そもそも女に目移りなどする事もなく生きて来たのだ
おふくろ様にコレでお前もようやく半人前かと思っていたのにと嘆かれ
ああそうだったのかとようやく気がついてな
ああわかった、私が悪かったと言ってな
祝言を挙げていないので気がつかなかったと言い訳したのだが
主人様に、では今から祝言を挙げ夫婦にと言われ
お前の友達の私が見届けようと言っておふくろ様に支度をさせてな
まあなにをするのでもないのだが
主人様にその身亡ぶまで仲良くなと言われ
おふくろ様には御屋敷から溢れるほどの子をと言われたよ
ああ、ひとつ変わったといえば私達の部屋を頂いたことか
私は主人様のお側に居たかったので必要とは思わなかったのだが
それでは子が出来ぬと笑われてな
それまで女に興味など無かったので
ああ、変な意味ではないぞ?
おふくろ様に勝る女など見た事もないからな、それでだ
まあその後も三年は子が出来なかった
私もおふくろ様に色々と教わることが多くてな
ん?魔法ではないぞ?
そもそも私は魔法など使えん
ん?時を止めるのは主人様がされるのを見て覚えたのだ
おふくろ様に教わった事も心の持ちようや戦う術や守る術で魔法ではないぞ
炎や氷などはトカゲに操れるのだ、私に出来ぬわけがないだろう
トカゲ共が自慢げにやって見せるのを見てゲンナリしたよ
なんだこの程度かと
私はひたすらに己を鍛え磨き続けているだけだ
ああ、話が逸れたな
ようやくサクラが子を身ごもった頃、出かけたサクラが拐われてな
なにをやっているのだかと余りの間抜けさに呆れたよ
直ぐに使いの者が来てな
女を返して欲しくば、王のもとに来いと
ああ、王を名乗る奴が居たのだ
主人様がいらっしゃるのに何が王かと相手にもして居なかったのだが
仕方がないと使いに連れられてな
道々毒を盛られたり襲われたりしたがまあ話すほどの事はないな
王とやらの所に着くと牢に閉じ込められたのだ
女を無事に返して欲しければ大人しく言う事を聞けと
サクラに何かあってはおふくろ様に叱られるかもしれんなと思いわかったと答え、三日壁を見て過ごした
アレは面白かったな
四日目に飲まず食わずでさぞ苦しかろうとおかしな事を言いながらデカイのがやって来て
お前が王かと聞いたのだ
偉そうにして居たよ
そうだと言うのでしげしげと見たのだが、何ひとつおふくろ様の足元にも及ばんような奴でな
ましてや主人様が見ればなんと言うだろうと思い溜息が漏れたよ
私は手足に枷を嵌められ
これは面白いなと思いながら外に連れ出されると、広場か中庭か、まあそんな所に連れていかれてな
群衆が取り囲んでいたよ
王とやらはデカイのを何人も連れてな
コレで自分の言う事を聞かん奴も居なくなると笑って、何かの合図を出すと檻に入れられたサクラが表れてな
私は呆れて約束が違うぞと言ったよ
サクラもサクラで呆れた目で私を見ていたな
王とやらは安心しろまだ手は出してはいない、まだな、などと小悪党のような事を滑稽に喋り
私はやめてくれ、後でそいつの毛の手入れをするのは私の役目なのだと答えると
ヤツはフンと笑い見せしめだと言って大きいだけの男達を差し向けて来てな
全く呆れたよ
私の兄達はあそこまで大きくは無かったがもっと精悍で、そして私の何倍も強かった
それがどうだ
今目の前にいるコイツラはデカイばかりで何とだらしがなくひ弱なことか
振り上げたこぶしも丸で止まっていて
これを避けねばならぬのかとそれすら面倒くさく
そのまま殴らせたよ
悲鳴を上げていたな
血を吹き上げ拳が砕けて
私は少し惜しいかと思ったが手枷と足枷を砕くと、百年かそこら見ぬだけで何と弱々しくなったのだ、群の皆が生きていれば泣いて悲しんだろうと言ってやったよ
王とやらは者共と声をあげたが
もう本当に面倒くさくてな
取り敢えず全員這いつくばらせ
どうやったらそんなに弱くなれるのだと聞いて回ったよ
せめて王とやらだけでもと期待したのだが、そいつはよりによって檻からサクラを引きずり出したのだ
私は思わずやめろ!と叫んだよ
そんな事をしたらと恐ろしくなったのだ
何せおふくろ様は毎日の様に仰る
女子供に手を出すようでは風上に立てぬと
しかし遅かった
王とやらは忽然と表れたおふくろ様に腹を引き裂かれ、生きたままハラワタを引きずり出されたっぷり時間をかけて殺されてしまった
私は私でサクラに遅い!と文句を言われ
おふくろ様にはまだ子供気分かと嘆かれてしまった
ひれ伏す群衆をかき分け
おふくろ様とサクラと三人御屋敷に戻ってな
サクラもそれなりに楽しんでいたらしい
私はおふくろ様に聞いたのだ
私の子や孫で満たせばあの様な輩は居なくなりましょうかと
兄達の子も何処かにいるでしょうから私の子でなくてもいいのかもしれませんがとな
おふくろ様は
産めよ
増やせよ
そして地をお前の子で満たせと笑われ
私はせっせとサクラと子を作り、五十六人の子をもうけた
あれは楽しかったぞ?
お屋敷の中がオシメだらけだ
だがそんなサクラとの日々も百年と続かなかった
私は自分がその様なモノになってしまったと自覚があったので覚悟はして居たのだが
サクラは死の床でな
私に言うのだ
生まれ変わったらまたあなたのところに行くから自分を見つけてくれと
私は見分ける自信がないからお前から声をかけてくれと言ったのだが
ダメです、ちゃんと見つけてくださいと言われたよ
ん?
何だ
寝てしまったのか
寝ぼけるスズはワンワンうるさいと言って私の顔をペチンと叩く
やれやれだ
「サクラ、そこに居るのかい?」
私の声にスズはにへらと笑うと寝返りをうった




