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大森林の魔法使い  作者: おにくさま
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五話

小屋から御居館に移り3日


初日は部屋の家具の位置決めや

鏡台と姿見の鏡の張替え

小屋から私に与えられた物を持ってきたり

ついて来ようとする仔犬を小屋に連れ戻したり

そんな事をしているうちに1日が終わってしまった


そして昨日は洗濯箱の使い方を教わり

部屋に入りきらないのではと思うほどの服が渡されたが、部屋に備え付けられているクローゼットがそれらを全て飲み込んだ

食事とお茶、それ以外の時間は全て読み書きと計算に費やされる

シジュウ様からたくさんのお褒めの言葉を頂いた


日が陰る前に私はその日の勤めはこれで終わりだと言われ

夕食までの時間を犬達と過ごし

広い食堂でシジュウ様がようやく本気が出せると仰って作られた夕食をいただき

あまりの広さに溺れるのではと脅えながら湯につかり

食堂の横で冷たいものをいただき

鏡台の前で早く毛が伸びないかと思いながら櫛を通し

天蓋付きの寝台の上で沈み込みそうな程柔らかな寝具で眠りについた


翌る日、シジュウ様達と小屋の横に私の花壇を作り

シジュウ様の言いつけで主人様に庭で摘んだ野花をお届けし

やはりお茶と食事の時間以外は読み書きと計算をして過ごした

今日も日暮れ前にここまでですと言われる


シジュウ様は、今日は5日目ですので明日は休みです、それと夕食前にこれまでの給金を渡しますのでと仰られてから立ち去られた


お給金

ここに拾われ6日

働くと申し出て5日

今日までまともに働いた覚えはない

シジュウ様は読み書きを覚えるのも仕事のうちだと仰られたが

おそらく今回は大した額ではないだろう

しかしシジュウ様の事だから銀貨1枚くらいはくれるのではないか

もしそうなら村の叔父さんと叔母さんに言伝を頼もう

シジュウ様は言伝なら自分が行くと仰られたが、きっと村の場所を聞いて断られるに違いない

先日の伝書屋の話では大人の足で1日の距離と言っていたし


私は部屋から出ると冷たいものをいただきに食堂の横に向かう

途中ですれ違うシジュウ様にお許しを頂いた

甘く冷たい果実の味がする飲物を飲み

まだ口にしたことのない菓子を選んで摘む

犬達にも食べさせてやりたいが

シジュウ様から犬とカラスには毒だと言われ菓子を与える事を禁じられている

ゴーレム達はほとんど地下に入ってしまい

数体がガラスの館を建てる準備か庭の手入れをしているだけで

シジュウ様が《コート》と仰った謎の広場もカラスの遊び場になってしまっている

その代わりシジュウ様達は館の中であちこちに立ち御居館のあれやこれやに大忙し

そんな中私は菓子を摘むか

犬と遊ぶかしかしていない

シジュウ様はそれでいいと仰られ

日が沈んでお前が働いては大森林の法に背くと続けられた


そんな訳で私は今日も犬と遊び

シジュウ様が作られたカラス用のブランコで遊ぶカラスを眺め

夕食を待った


少し早めに食堂に呼び出されると

シジュウ様が2人いらっしゃり

1人は料理をされ

もう1人は私を座らせ給金を渡しますと仰られた


「まず説明します、大森林の法ではお前はまだ子供なので労働も給金も例外中の例外です」


森の中は随分と人手が余っているのだなと思いながら頷いた


「ですのでお前の給金は大森林の法が定の中で1番低いものとなります」


それは仕方がない

村にいた時も1日に銅貨十枚稼げればいい方だった


「お前は朝から晩まで六つ時の労働とふた時の休憩をしています」


時の数え方が違うからよく分からないがそうなのだろう


「お前の給金は1日分でこれだけになります」


森の作法なのかシジュウ様は綺麗な模様の紙を5枚並べられた


「それが5日ですのでこれが25枚、が10枚でこれ一枚なのでこうなります」


少し大き目の綺麗な模様の紙2枚と

先程の紙を5枚並べられる

何なのだろうか?


「そして十分の一の定めによりコレは大森林に収めます」


シジュウ様は小さい方の紙を3枚抜き代わりに磨き上げられ、まるで鏡のように輝く硬貨を5枚並べられた


「コレが今回のお前の給金です、心して受け取りなさい」


訳が分からない

大小の紙が合わせて4枚と見たこともない硬貨が5枚

狼狽え

我ながらおぼつかない言葉でシジュウ様に訴える

コレは一体なんでしょうかと


「初めて見るのだから仕方がない、コレが大森林の通貨です」


“あの、これは使えるのでしょうか?”


「当たり前です」


“いえ、その、これをこの町で使えるのでしょうか…”


「町で当然使えるが?この町とは?」


“いえ、この様な紙や鏡の様な銀貨を初めて見たもので、コレが外で使えるのなら特には”


「待ちなさい、外とは御屋敷の《外》と言う意味ですか?」


“え、はい”


シジュウ様は絶句し

珍しく表情を強張らせた


「お前は蛮族相手の駄銭を欲しているのですか?」


“え?”


シジュウ様は頭を抱え

料理をしているシジュウ様まで驚いた目でこちらを見ていた


「少し、少し待ちなさい」


シジュウ様は食堂を出られるとすぐに戻ってこられた


「確かに主人様からは望む物をと言い付けられております、分かりましたお前の望みを聞きましょう」


しかし

とシジュウ様は続けられ

駄銭と大森林の通貨とが交換された事はありません

なので大森林の通貨で買えるものを駄銭で手に入れるならば幾らかという事で算定しました

シジュウ様はグラスをひとつ取り出すと大森林の硬貨を3つ下げた


「このグラスは大森林であればどこでも手に入る安物です、ですがコレをこの集落の先日の店主が今朝、人を遣わしこの様に申してきました、このグラスをひとつ金貨10枚で譲ってほしい、数が揃えられるのならひとつ金貨20枚でも構わないと」


シジュウ様は勿論追い返しましたがと言い

残りの硬貨2枚も下げると

素敵なハンカチを私に差し出し、受け取れと仰られた

受け取るとズッシリと重く

銅貨とは違う音がした

ハンカチを開き腰を抜かす


「とりあえず白貨5枚だとその程度でしょう」


ハンカチの中には金貨がひしめく


「足りなくなれば言いなさい、その都度用意します。それと残りの紙幣ですが、少し不安なので暫くは私が預り管理します」


シジュウ様は綺麗な模様の紙を懐に仕舞うとまた、食堂を出て行かれた

私はハンカチの中の金貨に目を奪われながらも料理を続けるシジュウ様に声をかける

何かの間違いではと

シジュウ様は料理を続けながら

間違ってはいません

数の数え方を教えたのですから数えて見るといいと仰られる

はいと答えハンカチから金貨を一枚ずつ取り出す

十から先は間違えない様に


金貨は20枚だった

私は何をしたのだろうか

金貨1枚とは銅貨で何枚だっただろう

先日シャンが金貨25枚で銅貨何枚だと言ってたっけ

何かすごい数だった気がする

震える手で金貨を5枚ずつ重ねる

シジュウ様が食事にするのでその偽金をしまえと仰られ、急いでハンカチに包みなおしドクドクと揺れる胸の内にしまう


お前が変な事を言うので少し焦がしましたと言いながら食卓に夕食が並ぶ

大きな一枚肉

たっぷりのイモ

なぜか薄切りのパンが浮かんだスープ

野菜と魚のゼリー寄せ

百の野菜と果物で出来た飲物

シジュウ様の本気の料理なのだが

金貨が気になりせっかくの食事があまり楽しめず

食後に出た2色の雪で出来たデザートも味の違いがよくわからなかった


食器を下げるとシジュウ様にお茶を誘われる

隣の部屋に移り温かいお茶を頂く

シジュウ様も珍しくお茶を口にする

シジュウ様は無駄遣いだけはするなと仰り、ハイと答えると私の胸元を指差す


「私に言わせるのならそれこそ無駄なのですが」


金貨の事を仰られたのだろう


程なくしてシジュウ様がもう1人いらっしゃり私に手のひらより少し大きな帳面を見せる


「コレが通帳です、ここにお前から預かった給金がこの様に記載されています」


数が書かれた帳面を見せてくださると無くさぬ様にしばらくは私が預りますと言われ、仕舞われた


「それでその偽金で何をするのです?」


腰掛けられた二人のシジュウ様は茶に口をつけながら私に尋ねられた


“言伝と仕送りをしようかと”


それを聞くとシジュウ様は

ああ、その様な事を言っていましたねと仰り

何処へ届ければいいのです?と言われた


“レンクルという村なのですが”


ご存知無いと思います

そう続けようとすると


「レンクルのどの辺りでしょう」


“え?あ、浜辺の丘の”


「二軒あります」


“知っているのですか⁉︎”


「いえ、今見ています」


“見ている⁈”


「私には行けぬ場所も見えぬ土地も有りません」


シジュウ様はカップの飲み口を指で拭い、言葉を続ける


「私に聴こえぬ声も分からぬ言葉もこの世には有りません、ですから言伝も仕送りも私が預りましょう」


シジュウ様はなんでもないことの様に仰り

さあ言ってみなさいと続ける


“しかしレンクルは遠く”


「この程度であればお前が風呂場にいるうちに戻りましょう」


“夜も遅く”


「私に昼夜は有りません」


“叔父さんたちが寝ているかも”


「では明日の朝伝えましょう」


どちらの小屋ですと仰るシジュウ様に

裏に木がある方ですと伝える

井戸から遠い方で間違いないですねと聞き返され頷く

やはりこの方は大魔法使い様なのだろう



「スズは今町にある白のお屋敷でお世話になっています、心配をかけてすみません、頂いたお給金を送ります、それではまた」


シジュウ様は私の言伝を一言一句どころか抑揚や変なクセまでそのままに覚え私を驚かせる


「明日の日の出の頃に出ます、朝食前に戻るでしょう」


それでいかほど渡せばいいのです

私はそう言われハンカチの中の金貨を覗き込む

半分だろうか

それくらいだろう

金貨10枚もあれば随分と喜んでくれるだろう

10枚取り出そうと広げるとシジュウ様が手を伸ばし金貨を2枚摘んだ


「くれてやるなら1人一枚で十分でしょう」


シジュウ様はそう仰り懐に仕舞うと

多過ぎましたかと私を見る

お任せしますと答え私はハンカチを畳んだ


「さてお前は風呂に浸かりアカを落としなさい」


“今日は1日御屋敷にいましたので”


「ダメです、入らぬと言うなら私が」


“入ります…”


「よろしい」




朝、眼が覚めると、ひとくち水を飲み窓のカーテンを開ける

空はまだ青白い


上に1枚羽織り御居館を出

花壇に水を撒きに行く

小屋に入り水を汲むと

目を覚ました犬達が突撃してきた

ご飯はまだよ

そう言っても聞かず私の周りをぐるぐると回り、そのまま外まで付いてくる


花壇に水を撒きイヌとかけっこをしていると庭にシジュウ様がいらっしゃった

シジュウ様はフードのついたマントを羽織り服装も使用人の物ではなく

ピシッとした体の線が出る様な上着にズボンとブーツを履いていた

おはようございますと挨拶をすると

ええと答えられた

それでは言伝に出ますと言われると、シジュウ様の頭上に黒い輪が現れ

フッと舞い上がり、そのまま空高く消えてしまわれた

目の前で魔法を見たのだ

賢人は極めれば宙に浮く事ができると言うが

シジュウ様のそれは御本人が風になってしまう術で

イヌ共々ポカンと見上げるばかりだった



シジュウ様はお言葉通り朝食前に戻られた


「お前の言伝を2度伝え駄銭を渡しました」


シジュウ様は着替えを済ませ見慣れた使用人のそれに戻ると私に伝える


“叔父さんと叔母さんは何か言っていましたでしょうか?”


「要領を得ない言葉ばかりでした、中に入れと言われましたが断り、お前に伝える事が有るかと聞くと《元気か、怪我はないか、いつ戻るのか、そのままそちらでお世話になるのか、なんの仕事をしているのか》と言っていました、仕事については私が答えておきました」


“ありがとうございます”


心配してくれていると分かると少しホッとした

このままここで働かせて頂くつもりだし

皆より少し早く外に出て働くだけと思えばどうということもなく、普通と言えば普通だ

よし

これからも頑張ろう


それからは

休みを楽しみ

日々の勤めはほとんどか読み書きと計算

救済院の人達が感謝の言葉を伝えにきたり

シャンが救済院の修理賃を取り立てに来たり

あの商店の店主がたくさんの馬車に物々しい騎士達とたくさんの木人を引き連れ、先日の支払いに来たり

その騎士の1人がゴーレムと手合わせさせろと大声を出し

シジュウ様が遊びにもならないと鼻で笑い

頭にきた騎士がゴーレムを出すまで帰らんと言うのでシジュウ様がゴーレムを出し

そのゴーレムに突き立てた騎士の剣がポキリと折れ

騎士を子供の様にゴーレムが転がした


肉屋のおばさんがやってきてエルフの猟師から救済院用の直接肉を買ってはどうかと勧められたり

肉屋の息子のフウとシャンが馴染みだと知ったり

何度目か、シャンが救済院の修繕費とシジュウ様に頼まれた救済院のパン釜の手配の件で来た時に

私と二人勝手口のテラスでお茶を飲みながら


「フウの野郎、最初にお前を見たときにチラッと見えた足が忘れられないんだと。全く罪なお嬢だなお前」


と私をからかった

シャンは私の2つ上

フウは私と同い年

フウの妹のリンはわたしの5つ下だった

シャンは口と手クセと性格は悪いが

とても面倒見が良く

話して見るとそれほどいやな人ではなかった



給金の度にシジュウ様に頼み叔父さんと叔母さんに仕送りをする

そんな毎日が続き

4度目の給金の日

明日の休みはシャン達と町外れの丘まで出かける約束をしていた

もちろんシジュウ様のお許しを頂いて

明日、お弁当を作りたいので台所を使わせてほしいと願いでると、シジュウ様は私が作りましょうと仰り

シャン達の分も作るので私がと申し出ると

ならば尚更私が用意しましょうと言われてしまった

そしてシジュウ様はわたしに1つ魔法を授けると言い、腕を出せと仰った

手首に薄く透明な何かが巻かれ

直ぐにその違和感は消える

見ても撫でても手首に何かは見当たらない


一体何の魔法かと聞こうとして驚く

私の手首から直接シジュウ様のお声が聞こえたのだ

いや、腕を通してと言うべきか

シジュウ様は黙って立っているのだが

腕を通しシジュウ様のお声が聞こえる

腕を通して聞こえたシジュウ様の言葉に従い

手首にもう片方の手を添え

言葉にせずにシジュウ様に語りかけて見る

直ぐに返事があった


「コレでお前は時も場所も選ばず私と語る事ができます」


シジュウ様は他にもありますがまたの機会にと言われ立ち去られた


夕食を終え

給金を頂き

湯につかる


鏡を見ながら髪に櫛を通し、思い出す

さっき入浴の時

脱衣室の大鏡に映った私

随分と見られる身体になっていた

確かに最近はシジュウ様からも鶏ガラとか折れそうとか言われなくなって来たし

もう少しすれば髪も伸び女性らしいふくよかな身体になるのだろう


少し早めに柔らかな寝床に潜り込む

明日はとても楽しみだ


私は夢の中、魔法を使い空を自在に飛んでいた



目が覚め

カーテンを開ける

空は明るくなっていた


水を一口飲み、顔を洗い

上着を羽織り花壇の手入れに向かう


小屋で水を汲み

目覚めた犬達と一緒に花壇に向かう

花壇では柔らかな土が気に入ったのかカラスがそこを玩具箱代わりにしている

今日は何を埋めたの?

水を撒きながらカラスに声をかけるが

カラスはイヌの尻尾を引っ張り

遊び始めてしまった


「今日は何を伝えましょう」


本当に突然声を掛けられ

振り向くとフードを目深にかぶったシジュウ様が立たれていた


“いつも通り、スズは元気だと伝えて下さい”


シジュウ様は頷かれ私から金貨を2枚受けとると

宙を舞い飛び去った

最近は目が慣れたのか飛び去るシジュウ様を目で追う事ができる様になった



今日の支度をしているうちにシジュウ様が戻られので叔父さんと叔母さんの様子を聞いてみると


「スズはどんな仕事をしているのか、スズは一体どれ位の給金を貰っているのか、スズはどんな暮らしをしているのか。そんな事ばかり聞かれたので程々に答えておきました」


私がお礼を言うと

この程度なら四つ足の相手の方が余程忙しいと言って立ち去られ

着替えられたシジュウ様は2人掛で朝食とお弁当の準備を始められた


朝食が終わると

私は支度を始める


猟師の様に動きやすズボンとブーツ

白いシャツに腕が動かしやすい袖の無い上着

伊達男の様な帽子を被り姿見を覗く


ピクニックにコレは大袈裟ではと思ったがシジュウ様がご用意してくださったのだからこれでいいのだろう

姿を見ていただこうと食堂へ戻ると

シジュウ様がお弁当を詰めながら勝手口で待っていろと仰ったので勝手口へ向かう

私の背中越しにシジュウ様のお声が聞こえる


「よく似合います」


勝手口でシャン達は、シジュウ様が出してくださったのだろうパンとスープを食べていた

シャンは私を見ると


「よう、お嬢さま、随分とめかしこんだじゃ無いか」


と私をからかいフウの肩に手を回す、

ほらお前もお嬢さんになんか言ってやれよとフウをイジメる


「似合ってるキレイだよ」


フウがそう言ってくれたのが素直に嬉しく

ありがとうと答えるとフウは顔を真っ赤にして俯き

それが面白く私とシャンは声を出して笑らう

それを見てフウの妹のリンも真似して笑い出す

フウは耳まで真っ赤で

フウの肩を抱えるシャンが


「届かない想いってヤツだなぁ」


と言いながらフウをグラグラと揺さぶり

この罪つくりめと匙で私を指す


「無礼です」


いつもの様に顔をレースで隠したシジュウ様が3人

手に包みと筒を持って現れた


「次にその様な行いを見ればその腕切り落とす」


凄まれるシジュウ様にへへぇーどうかご勘弁をと大袈裟に謝るシャン


「で?あんた三つ子だったの?」


レース越しのお顔を見ながらシャンが首を傾げる

この前は双子だって言ってなかったか?と呟きながら

シジュウ様は三つ子ですと言いながら私の肩に鞄を掛け、中に弁当と水筒それと菓子が入っていますと仰られた


“ありがとうございます”


私の言葉を聞きシジュウ様は頷かれると私の肩をはらい楽しんで来なさいと声をかけて下さった

シャン達も弁当と菓子が入った包みと木で出来た水筒を受け取り珍しそうに眺めていた


「竹と言う中身が空洞の木から作りました」


シジュウ様が水筒を飽きずに眺めるリンに教える


「そんな木見たことありません!」


リンはシジュウ様のお顔をじっと見ながら首を捻る


「大森林の黄の果てに生えています」


リンはシジュウ様の答えを聞いて

考えるのをやめた顔でハイ!と答えた


じゃあ行くか!とシャンがヒョイと立ち上がると


「まって!」


とリンが声を出し

カゴに残っていたパンを自分のカバンや懐に入るだけ押し込める


「何やってんだか」


シャンが呆れ顔で呟く

それを聞いて私は吹き出す

何だよと睨むシャンに

あれと良く似た事をする人を知ってるわと言ってシャンの懐をつつく

一緒にすんなとシャンが私の指を払い

舌打をした

勝手口から外に出てすぐ

リンがフウを呼び止め懐に溢れかえったパンをフウの鞄に押し込める

フウはバツが悪かったのかリンを叱るが、リンは気にした様子もなく今度はフウのカバンの中を漁り、おやつの焼き菓子を取り出して頬張りながら歩いた

私達はお屋敷をぐるりと周り街を抜け、丘を目指す


途中リンが私に、なぜあの使用人は偉そうなのかと聞いてきた


それは私がとそこまで言ったところでシャンが

それもう聞き飽きたと口を挟み


「いいかリン、お偉い貴族様ってのは召使いも並みのヤツは雇わないんだ。特にこいつみたいなとりあえず金貨払っとけみたいなヤツは。んでそんな大貴族のお嬢様には、よその貴族から行き遅れや出戻りを躾係として雇って身の回りのことから全部教えさせるってわけだ」


だからあいつはスズにたいしてもあんなに偉そうなのさと言ってフウの焼き菓子を1つつまんだ

俺の分が無くなっちまったと食べ尽くされた焼き菓子を嘆くフウ


“後で私のを半分あげる”


妹に甘いフウにそう声をかけて慰める

フウは


「お、おう!」


と嬉しそうに返事をし

シャンが私に感謝しなとフウの頭を叩いた



街を抜け丘を目指す

途中見たことのない鳥が飛んでいたのであれば何と言う鳥かしらと聞くが

シャンはあんなゴマ粒みたいなの見分けれるかと呆れられた

そうだろうか?

確かに少し遠いけど

ハッキリ色も柄も分かると思うのだけど


野ウサギと目が合ったので皆に教えたが

どこにもいないぞ気のせいじゃないかと言われてしまった

しばらくお屋敷を出なかったせいなのだろうか

色んな珍しいモノを見た気がした


丘の上につくと素晴らしい景色で

街もお屋敷も一望出来た

シャンが街を指差す

街は小川と壁に囲まれていて

街の真ん中には櫓の立つ建物が有りそれが役人のお屋敷

その横が代官屋敷

そのままずっと黄に向かうと街の関

黒の方に御聖堂

街から少し離れたところに森がありエルフ達が暮らしていて

紅には、今私たちが歩いてきた草原が広がっていた

昔はこの丘に砦が有り、外敵から街を守っていたそうだ

その名残で紅の壁は他より高く厚いが

今ではたくさんの出入口が作られ

そこに立つ役人も出入りするものを取り調べる様子はなく

私達もシャンのちょっと丘まで行ってくるの一言で素通り出来てしまった


そして白

街外れの貧民街とそのシンボルの救済院

そしてそのさらに白に立つお屋敷

四方を壁で囲い

裏手には小川が流れる

随分昔に領主様がそこから移られて以来空き家で

ある日、都から王の使いが御触れを持って役人の元に駆け込み

そしてシジュウ様達が間をおかず乗り込んで来た

そうシャンに聞かされた

あの大所帯が関も通らずどうやって屋敷へ入ったんだ?

不思議そうに聞くシャンに

私は窓も無い人さらいの荷馬車に押し込められていたから分からないと答え

シャンはさいですかと呆れ顔だった


しばらく辺りを探検して回り

古木の陰で昼食を取ることにした

シャン曰くここなら白の屋敷からも見えない

確かに木陰からは街の黄の方は見えるが白のお屋敷は隠れて見えない


「あの使用人、絶対こっちじっと見てるぜ」


シャンがそんな事言って笑う


“そうだといいな”


私の呟きにシャンはお前も大概だなと笑った


「さて、ありがたく貴族様のおこぼれに預かろうぜ」


シャンが包みを開け、よく火の通ったたっぷりの肉を挟んだパンを取り出す


「ところでこの肉お前んとこの?」


「いや、お屋敷には下ろしてないよ」


シャンに聞かれたフウがそう答えた


「じゃあ安心して食えるな!」


ガッハッハと笑うシャンとなぜかその真似をするリン

少し不機嫌なフウ


“でも、串焼き美味しかったよ”


「また来てよ、待ってるから」


串焼きを褒められたのがよほど嬉しかったのだろう

フウは表情を明るくして喜んだ


「お前、やっすい男だな」


シャンがパンを食べながらあきれていた

水筒の中身を気に入ったらしいシャンが今度コレ樽でくれよと言ったり

皆んなでワイワイ焼き菓子を食べ

飛ぶ鳥の名を訪ねる私にお前の目、おかしくないか?とシャンや皆が呆れたり

私の包みの中にだけ入っていた別の菓子を皆んなで分けて食べ

それを口にしたリンが私もお屋敷で働くと言い出した


陽のあるうちに帰ろうぜ

シャンがそう言いだした時は何とも名残惜しかった


街に戻るとシャンはリンを連れ先に帰ると言い

フウに私を屋敷まで送るよう命じた

他愛のない話をしながらフウに門まで送ってもらう

屋敷で待ち構えていたシジュウ様がご苦労でしたとフウを労い、小さな包みを渡す

フウは緊張してそれを受け取り

その様が面白かった


後で聞いたが包みの中身は飴だったそうだ


今日の出来事を誰かに聞いて欲しくて

食後のお茶の時間にシジュウ様にお話しさせて頂いたところ、シジュウ様はそれは大変興味深い事ですと仰られ、是非主人様にもお伝えしなさいと言われてしまった

シジュウ様は身を清めたのち主人様の元へ向かえと仰られ

私は畏れ多いとお断りしたのだが、主人様は寛大な方であるから心配しなくていいと押し切られてしまった

入浴を済ませ部屋に戻り身なりを整えようとしたところをシジュウ様に捕まり、部屋着で構わないと、急かすように主人様のお部屋へ連れられた


主人様はいつものように腰掛け本を広げられ、くつろがれていた


「主人様に是非ともお伝えせねばと思い参りました」


なんだろう?

シジュウ様の声に本を下ろしそう仰る主人様


「スズがその目で新たなる大森林の一角たるこの地を、外からつぶさに見て参りましたので、是非」


それは興味深い

こちらへ来て話しておくれ

主人様は寝台に腰掛けるよう仰ると

シジュウ、何か持って来いと仰り

すぐさま別のシジュウ様がカートに乗せた様々な飲み物を運んでいらっしゃった


「さあ好きなものを飲みながら話しておくれ」


主人様はとても興味を持たれたようで

その櫓はどんな形か

その鳥はどんな色か

その草原でどんな音を聞いたか

私の見たもの聞いたものをお伝えするたびに、とても楽しげにされていた


私の話がひと段落すると、主人様は大変楽しかったと仰り、しかしシジュウも困ったものだな、まるでスズの母親気取りだと笑われ

いや私がスズの面倒をみろと言ったのだったかと言って立ち上がる


「さて、お返しに私も何かお前に話して聞かせよう」


主人様は壁一面の本棚から一冊の本を取り出す


「ああ、そのままでいい」


なに、寝物語だよと言って立ち上がろうとした私を寝台へ戻す


「そこで横になって聴くといい」


主人様に勧められるままお断りも出来ず横になってみると、主人様のソレは私の寝床とはまた違う柔らかさがあった


「コレなら見えるだろう」


主人様はテーブルに本を開いて立て掛ける


「なに、話は諳んじれるほど読んださ」


そう仰り本をめくると

それはそれは色鮮やかな絵本で

主人様はゆっくりとした口調で話し始める


「それはここではないどこかのおはなしです」


そしていつの間にか眠りに落ちた私は夢の中、鏡の中の国を走り回り、恋に落ちたお姫様や勇気のない王子様を助けて回る町娘になっていた




目がさめると私は何かを握っていて

それが何か

ここがどこかに気がつき跳び起きる

本当に、文字通り跳んで起きた


“申し訳ございません!”


寝床の上で這い蹲り額を擦り付ける


「随分と楽しい夢を見ていたようだったよ」


傍に腰掛けていた主人様は顔を上げろと笑い

寝床で寝物語を聞き寝たのだ

何を謝る事があると面白そうに笑い、私の無礼を許して下さった

指でも腕でも好きに握って寝ていればいいと仰り

また本を読んであげよう

毎晩でも来るといいと笑う


程なくシジュウ様が私を連れに現れ

コレにて失礼いたしますと言い、部屋を出た

怒られると思ったが、シジュウ様はお役目ご苦労でした、今日も存分に休むといい、食事は遅めにしますと仰られただけだった


遅い朝食の後、シジュウ様に少しだけ外出がしたいと伝え許可を頂いた

フウの所の串焼きが食べたくなったのだ


市場へ向かう道すがら、一度物盗りが私の懐に手を伸ばして来たのでその手を叩いた

なんてノロマな物盗りも居たものだ


“串焼きを二本”


屋台を覗きおばさんに声をかける

おばさんはいらっしゃいと言って

フウはリンを迎えに御聖堂に行っちまってねと笑う

今日は串焼きに用があったのと私が返すと、うちの息子にもぜひ串焼きの如き御慈悲をお願いしますよと笑う

シジュウ様にご用意頂いた銀貨を一枚差し出す


「さては買い占める気だね?」


おばさんは笑いながらお釣りをくれた

串焼きを平らげ

犬達とカラスにお土産を買い、おばさんにまたねと別れを告げる

気をつけて帰りな

そう言ってくれたおばさんは

まあいらん心配だねと明後日の方を見て笑っていた


お屋敷に戻り

イヌやカラスに素焼の肉を一口ずつお土産として分け

御居館でシジュウ様に帰りましたと告げ部屋に戻る

着替えが終わるとシジュウ様がいらっしゃり、昼食代わりにお茶にしましょうと声をかけられた

私は少し甘えた声でハイと答えていた




暦が青から赤に変わった

と言ってもお屋敷の中だけだが

服は少し薄手のものになり

もうなんの用事で来てるのかわからないシャンに、いいなそれくれよと言われ

黙れ蛮族と、シジュウ様の真似で返事をした

リンは毎日のようにおやつを食べに来る

フウは妹の付添

私は相変わらず読み書きを習う日々

大文字は何とか覚え

小文字は間違えながらも書けるようになっていた

計算の方は指に頼らなくても何とかと言った具合


それと私も少しお仕事をさせていただけるようになった

日に一度、主人様の元へお茶をお持ちする

その際に少しお話しさせていただくのだ

花壇の花が咲いたとか

そんな些細な事をばかりだが

私にとっては大切な仕事だ


色々な施しをしているらしい救済院からは、是非主人様にお目通りと感謝の言葉を伝えたいと何度も頼まれたが

シジュウ様がそれを許されない

シジュウ様曰く私が勝手にやっているだけだ

だそうだ

お前達は手に入れたものを守ることだけを考えればいいとも仰っていた

本当に御心の広い方だ


ついでに言うと

救済院の修繕と増築でシャンのおじさんは大忙しで、今や人を雇い親方と呼ばれている


そんな、日が長くなり始めた日の午後

シャンがやって来た

私は何をせびりに来たのと冗談を言うがシャンはとりあえず聞けと真面目な顔


「さっき町のやつから聞いた、スズって女が働いているお屋敷はどこだって聞いて回ってる奴がいる」


“私のことじゃないかしら?”


「あのな、少なくともこの街でお前が働いてると思ってる奴はいないぞ」


“ひどい!今日はまだだけどちゃんと主人様のお世話をしてるわ!少しだけど”


「お前は本当に、まあいいや、いいか?この街でスズって女は3人。白のお屋敷のスズお嬢さんと、後は耳の遠い婆さんが二人」


“その《お屋敷》の後に《で働いている》って付け足しといて”


「働いてから言え、でだ、お前、人さらいがどうとかって言ってたよな」


“ええ、とてもひどい目に”


「だから教えに来た、元いたトコの連中が連れ戻しに来たのかもしれないからな」


“それはないと思う、仕送りもしてるし、何よりシジュウ様が直接お話をされに何度も足を運んで下さっているのもの」


「何を仕送りしてんだか、まあいいよ、とにかくお前のことを聞き回ってる奴がいる、お前はしばらくフラフラ出歩くな、私は金蔓兼友達のお前にいなくなられると困る」


“ありがとう、シジュウ様に相談してみるわ”


「ああ、そうしな」


それだけだじゃあなと言ってシャンは帰って言った

シャンは本当に心根の優しい人だ

口と性格と目つきと手癖は悪いが

本当に良い友人だ


人さらいは今でも怖いけど

多分、お屋敷の噂を聞いた商売人の類だろう

どこで聞きつけたのか、私やシジュウ様に物を買ってもらおうと毎日のようにやって来てはシジュウ様に追い返されている

きっとそのたぐいだろう


私は完成間近のガラスの館に向かい

その様子を眺め

私用の花壇の手入れをし

カブが食べごろになったら主人様にお見せしようかと考える

そんな時

声が聞こえた気がした

もし、もし、どなたかいらっしゃいませんか?と

なぜか聞き覚えのある声


何だろう?

正門へ向かうとシジュウ様が

威嚇用のゴーレムを連れ、いつものように門を挟んで相手と話していた

いつもは取りつく島もないと言った感じのシジュウ様や触れれば討つぞといった威圧を見せるゴーレムが戸惑っていて

私に気がつくとなんとも微妙なお顔をされた


「スズ、コレらがお前に…」


シジュウ様のお言葉を遮る様に喋り始めるそれは間違いもなく叔母さんで


「ああ!スズ!私だよ!驚いた!本当にお前なんだね!誰に聞いても人違いじゃ無いかなんて言われてさ!ずいぶん良いものを着ているじゃないか?肌艶も、そうだ少しゆっくり話を聞かせておくれ、こちらの方に門を開けて下さるよう言ってくれないかね?」


叔父さんは私や叔母さん、シジュウ様やゴーレムを代わる代わる見ては何かを言おうとして止めていた


“叔母さん一体どうしたの?会いに来てくれたのは嬉しいけれどこんなに突然”


「何言ってんだい?突然いなくなったと思ったらしばらくして他所のお屋敷に住込みで働いてるって聞かされて、それも大金を貰うような仕事をしてるって言うじゃないか、だから心配してねぇ?ほら、お前に会いに来たのさ。さあそんな事より門を開けてもらっておくれ、もうすぐ日も暮れちまう」


私は突然の来訪にうろたえ

シジュウ様を見ると首を横に振られた


“叔母さんごめんなさい、このお屋敷は外の人は入れない決まりなの”


「私はお前さんの親代りだ、他人ではないだろう?」


困ったなぁ

ここからレンクルに戻るにも、もう日が暮れる

シャン達やシジュウ様の元に足しげく通うあの大商人ですら勝手口までなのだ

本当に困った

その時、例の腕輪を通してシジュウ様がお知恵を授けて下さった

それと同時に一体のゴーレムが御居館から小走りでやってくる

シジュウ様はゴーレムから何かを受け取ると、それにサラサラと文字を書き私に渡す


“叔父さん、叔母さん、コレを。今日はコレを持って街一番の宿屋に泊まって。大丈夫、コレを宿の人に渡せば良いだけだから”


シジュウ様から渡された封書

シジュウ様は自分が一筆したためるからそれを渡して宿屋へ追い払え

そう仰っていた

シジュウ様から渡された封書はズッシリと重く

紙以外の物も入っている様子


“封は開けずに宿の人に渡してね”


叔母さんは差し出された封書を門の隙間から怪訝そうに受け取る


“それとコレ、今夜は何か美味しいものでも食べて”


シジュウ様から封書と一緒に私の手に握らされた物を叔母さんに渡す

叔母さんは私が門の隙間越しに渡すお金を受け取ると


「そうかい?そうだね、今日は日も暮れるし、また明日改めてご挨拶に伺うよ」


叔母さんは懐に渡されたものをねじ込みながら機嫌良さそうに街へ向かった


門越しに叔父さんと叔母さんを見送る

叔父さんは何度も頭を下げ

叔母さんは明日また来るよと言って叔父さんの手を引き街へ向かう


“ごめんなさい、お騒がせしました”


わざわざ私に会いに来てくれたのは嬉しいけれど何だかご迷惑をかけてしまい申し訳無く

そんな気持ちでシジュウ様に頭を下げる


「それには及びません、しかしあの女、お前とはなんの関係もないように私には見えました」


“はい、やはりシジュウ様は何でも見通すのですね。叔父さんは私の死んだ母の弟で、叔母さんはその奥さんです。だから私とは血が繋がりはありません”


なるほどとシジュウ様はつまらなそうに呟くと


「私はアレが好きではありません」


シジュウ様のお顔は無表情で

なので


“実は私もです”


私のその言葉を聞くと

シジュウ様はそうでしょうと頷き私を連れ、御居館に戻った


その夜、夕食後シジュウ様にお茶を誘われ、ご相伴させて頂いた

シジュウ様は珍しくお酒を召された

私は驚きシジュウ様も酔われるのでしょうかと問うと

シジュウ様は別に酔いはしませんが今夜はその様な気分なのですと少し不機嫌に仰られた


お茶の席でシジュウ様から、入浴後、主人様の元にコレを届けなさいと菓子を渡された

つまみにと出されたチーズや果物、肉の燻製などのほとんどは私が食べてしまった

シジュウ様は珍しくグチを仰っていらっしゃる

私の好かぬことは愚かな蛮族が身の程を弁えぬ事とそれの相手をせねばならぬ事ですと


入浴を済ませ主人様の元へ向かう

別段部屋着で構わないと言われていたので、そのまま菓子を持って部屋を訪れた

主人様にどうしたねと言われたので

シジュウ様からコレをお持ちする様に言われましたと伝え菓子を差し出す

シジュウは?と聞かれたのでお酒を召されていますとお答えすると

なるほどと仰られ菓子を受け取りここへおいでと寝台を指された


余程嫌なことがあった様だねと笑われる主人様が寝台に腰掛ける私に、先程の菓子をひとつどうだと差し出された

6色の花びらの様な鮮やかな色の菓子

私はその中から淡い桃色の菓子を選ぶ

主人様はそれはな、大森林の黄にある高い山の上で千年に一度だけ咲く花を集めて作った菓子だと仰ると、私の耳元で


「とりあえずマズイぞ」


と脅かされる

シジュウは機嫌が悪くなると必ずコレを私に食べさせると嫌そうな顔をされながら

菓子を手に持ったままどうしたものかと困っていると、主人様はさあ早く食べろと意地悪く仰られる

意を決して口に放り込むと、口の中いっぱいに甘さが広がりサッと溶けてしまった


私の顔を見ていた主人様は楽しげに笑い出し

残りもお食べと言って腰掛ける私の膝の上に菓子を置く

さて今日はどの本を読もうか

笑いながら本を選ぶ主人様

私はここの所よく考えることがある

なぜこんなにもお優しい方々が暗い森に住む恐ろしい魔法使いなどと言い伝えられているのか

主人様達は森の中を守ろうとしていただけなのではと


「さて、それでは今夜はこれにしよう」


その夜、私は夢の中でまち針を持ち竜退治に向かう小さなお姫様になっていた




朝、眼が覚めホッとする

今日は主人様の指を握る様な粗相はしなかった様だ

主人様はといえば、椅子に腰掛け本を読んでいらっしゃった


「ああ、おはよう」


主人様は本に目を落とされたまま挨拶をされる

私は寝台から降り、おはようございますとこうべを垂れた

早速で悪いがシジュウを呼んで来てくれ、飲み明かしているはずだと主人様に言われ、最近になって談話室と呼ぶことを知った部屋に向かう

シジュウ様は主人様の仰らる通り夜通し飲んでいらっしゃった様だった


主人様がお呼びです

そうお伝えするとシジュウ様は立ち上がり、今日の朝食は早めにしますと仰りながら出ていかれた

入れ違いに入って来た別のシジュウ様が御自分で飲み散らかした酒瓶を片付けながら我ながら情けないと呟かれていた


朝の支度を済ませると直ぐに朝食となった

なぜ今日はこんなに早く朝食なのですかとシジュウ様に伺うと

ロクでもない1日になるからですと仰られる

なんとなく意味は分かるが

叔母さんの相手は私がしますのでと申し上げたが、シジュウ様はそれは私の勤めですと仰られるばかりだった



主人様にお茶をお持ちした帰り

シジュウ様に呼び止められた

面倒ごとの時間です

シジュウ様はそう仰り私を連れ勝手口へ向かった


勝手口では畏まってカチコチの叔父さんと上機嫌な叔母さんが勝手口のテラスに居て

戸を開けて入って来た私達を見て

叔父さんは少しホッとして

叔母さんはおやまぁ!と声を上げた


「昨晩は楽しめましたか?」


シジュウ様がお声をかけると

叔母さんはそれはもうと身を乗り出さん勢い

それは何より

シジュウ様は取り合う風でもなくお茶を勧める

そして


「つもる話もあるでしょうが手早く、スズには勤めがあります」


いかにもそれを飲んだら帰れと言った口ぶりのシジュウ様


「いえいえ、スズとは後でゆっくりと話します。今日はあなた様にお話が有りまして」


叔母さんは満面の笑み


「私はお前などに用はありません」


それに比べ、取り付く島もないシジュウ様


「いえなんて事は無いんです、スズの事でして、街のお噂ではあなた様がウチのスズの面倒を見て頂いていると聞きましてね、スズは私の娘も同然、あなた様に面倒をかけては申し訳ないじゃないですか、でしたら私どもが」


「結構、スズの事に関しては主人様より私が承っています」


ほら見ろ、そんな顔で叔母さんの表情が歪む


「申し上げました、スズは私の娘も同じだと、その娘を取り上げられて貴族様のお手付きにされては死んだ義姉にも申し訳がつかないじゃないですか」


「スズはお前の娘では無い」


「二年、二年も育てました、私が引き取らねば今頃この子は救済院で下女暮しでした、それもこれもこの子の為を思えばです」


「それで、何が言いたい」


「やはり娘の事は心配なのです、スズを側に置けないのなら私達がスズの側に居てやらねばと、コレは親心なのです」


それか

そんな顔をされたシジュウ様は本当に嫌そうな顔で叔母さんに言い放った


「まず主人様に対する不敬を詫びよ、スズの二年に対する労も有る、命は取らん。《お手付き》と言ったな、主人様においてはその様な御心はお持ちでは無い。ましてや主人様にその様な不埒な言葉とは本来なら大森林がゆるさぬ。次にお前は《親》と言ったな、スズの面倒を二年見たことがそれだと言うのなら、今後終生スズの物心の面倒を見る私こそがスズの親で有る、お前達が心配することではない。最後になるがスズは己の意思でこの地を選んだ、であればお前達が口を出すことでは無い」


叔母さんはさも申し訳なさそうに頭を下げる


「こちらの貴族様に失礼な事を申しました事をお許し下さい」


その上で申し上げます

叔母さんはそう続け


「あなた様はご存知無いのでしょう、スズやその親の事、義姉がどうやって夫を亡くした後、その子を育てたか」


おいやめろ

叔父さんが慌てて叔母さんを止めに入るが叔母さんの口は止まらない


「スズは貴族様の御寵愛を受ける様な娘では無いのです、その子の母は身を売って生活を立てる売女、スズは売女の娘です。あの売女はそれが原因の病で死にました、スズだってわかりゃあしません」


私が外に出ている間、母さんが男の人と会っているのは知っていた

その人達は皆私に良くしてくれたし雑魚を分けてくれたりもしてくれた

母さんが死んだ後も

母さんは皆友達だと言っていたし母さんが病に倒れてからもその人達は御見舞いに何度も来てくれた


“あの、シジュウ様《売女》とは”


シジュウ様は振り向きもせず答える

今お前が思っているソレですと

知りたく無い事も知る事がある


「そうだよスズ、お前の母親は誰とでも寝る売女さ」


叔母さんは私を睨みつけ

叔父さんは頭を抱えていた


「古来、女が身を立てる術の一つとして体を使う、それは珍しいことではありません」


シジュウ様が叔母さんを見据えて話し始めた


「斯く言う私も、如何なる男も満足されられる術を持つ」


シジュウ様は、それにと続けられ


「スズの産みの親についてはお前に教えられるまでもなく私が赴いた際、村の者から聞き取っているし主人様にもお伝えしてある」


病がどうとか言っていましたね

シジュウ様は振り返り私に問いかける

最近変わった事が有るかと


“有りません、何も有りません、一度おかしな夢なら見ましたが”


「どの様な夢です?」


“いえ、おぼれる夢を一度、それだけです”


「なるほど、溺れる《夢》ですか」


“あの、それが何か”


叔母さんもそうだよ関係ないだろうともらす


「それは夢ではありません、お前を蝕んでいた病を内の物も外の物も洗い流しました」


大森林の力により、スズは終生大病もなく過ごすでしょう

シジュウ様はそう仰った

寝ているうちに済ましたつもりでしたがと呟かれながら


「そんなまじないで如何にかなると思ってるのかい⁈」


呆れる叔母さんをよそにシジュウ様は、少し離れると小石を拾い私めがけ指で弾く

弾かれた小石がポンと飛んで来たのでどうしていいかわからずに受け止める


「見えましたか?」


シジュウ様は叔母さんに語りかける

ポカンとする叔母さん


「見えましたかと聞きました」


叔母さんはシジュウ様のお言葉に首を横に振る


「お前の言うまじないをの効果のひとつです」


驚く叔母さんと叔父さん

私は訳がわからない

シジュウ様はもうひとつ小石を拾い

今度は壁に向かって弾く

壁にぶつかった小石は大きな音を立て粉々に飛び散った

大森林の加護を受けたスズにとって、この程度ならば赤子が投げる礫と変わりません

シジュウ様はそう仰る

どう言う事だろうか


「確かにスズの体は蝕まれていました、ほっておけば後十年と言ったところです、ですので私が治療しました、今見せたのはそのついでに身に付けたものです」


シジュウ様はまだありますがお前達に見せるものでもないと仰る

私は手の中の小石を見て

コレの何に叔母さんが驚くのか分からない

壁に当たって砕けた小石の方がよっぽど驚くだろうに


「さて今度はスズの《母》として私が答えましょう、正直お前達の相手をこれ以上したくもありません、身請け金を出せ、そう言いたいのでしょう、全く蛮族の考えそうな事です、いいでしょう」


戸が開き勝手口にシジュウ様が三人

顔も隠さずに入っていらっしゃる

手には大きな袋を下げて


「この地を大森林としたその日、ここに居たスズと同じ重さの偽金を用意しました」


せいぜい気をつけて持ち帰る事です

この一帯は貧民街だそうですから

シジュウ様はさも心配した様な口ぶりだった

そして


「女、コレでお前とスズは手切れです」


ではスズ、コレに別れの言葉を

シジュウ様はそう仰りお屋敷へ戻られた


“叔母さん、今までありがとう。正直に言うとあまり好きじゃなかったけど何か困った事があったら言ってください、シジュウ様にはああ言われてしまいましたが、いつでも頼って下さい”


叔母さんは「ああ」とか「ええ」とか

そんな生返事で

ようやく口を開いた叔父さんが、これをと言って私に包みを差し出した


「みんな燃やしてしまったからね、姉さんの形見だ、お前が持って居ておくれ」



錆びてくすんだ髪飾り


ありがとうございます

引き取ってくださったのが叔父さんで本当に良かった

御恩は必ず返します

私は深く頭を下げ

叔父さんは今日は済まなかったね

本当はこれを渡しに来たかっただけだったんだと謝られた

投げ置かれた袋の中を見て腰を抜かしている叔母さんにももう一度頭を下げ

叔父さんにはどうかお元気で、またいつかと別れを告げた



勝手口から戻るとシジュウ様達が待っていらっしゃった

済みましたかと問われたので

はいとお答えする

何故か気まずそうに皆黙り込むシジュウ様達が面白く


“今度シャン達と沢に行く約束をしています、シジュウ様もご一緒しませんか?”


「外はキライなのですが」


シジュウ様達はまんざらでもなさそうだ




沢遊びについて来たシジュウ様にシャンやフウが驚くのはまた別の話


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