二十二話(い)
日が昇り空があけに染まる
朝日は良いものだ
主人様は楽しげに本を読まれながら朝の挨拶に来たカラス達に静かにねと笑われる
日も高く昇る頃、私と寝床の区別がつかぬ残念な毛無の妹がもぞもぞと目を覚まし、寝ぼけているのか私の毛で何やらごそごそと遊ぶ
しばらくするとスズは目を覚まし、私の顔をペチペチと叩く
スズは姿勢を正し主人様に朝のご挨拶を済ませ湯場へと向かう
しかしなぜ通りすがりに一度私の尻尾を引っ張るのか
「楽しいかい?」
スズが出て行くと主人様はそう仰られ
私が心配ばかりさせられますと答えるとそれは私の仕事なんだよと言われ笑われた
しばらく主人様の足元で丸まっているとおふくろ様がいらっしゃり私の毛づくろいをされる
皆が朝食などを済ます間、私の至福の時間だ
おふくろ様にたまには食事に顔を出せと言われるが、腹も空かず喉も乾かぬ私には食事など時間の無駄に思える上に気を使う
食べないのか?だの嫌いなものがあるのか?だの
たまに味わって見たくなり口にするが
それも一口で十分だ
食事の席でグダグダとした話を聞くくらいなら主人様のお側に控えていた方が余程心が落ち着く
食事を済ませたスズが学習の前に主人様の茶をお取替えにやって来た
毛づくろいされる私を見て大の男が情けないと言い私の毛並みをかき回す
元気のいい事だ
アレで毛無で無ければもっと良いのだが
私の使命はいついかなる時も主人様のお側にあり、また主人様の御言葉を守る
であるから主人様に少し遊んでおいでと言われれば地が割れようが山が火を吹き上げようが遊びに行くのだ
かと言って此処では狩って遊ぶ相手もおらず
おふくろ様から何度も片付けろと言われていた荷物の片付けでもするかと地下へ向かう
並ぶ歯車達を眺めながら部屋を進み、隅の一角に積み上げた私の私物を眺める
なんとだらしのない
積み上げた本や荷箱が崩れ散乱している
本当にだらしのない荷物達だ
ただ積み上がっていることもできんとは
私は本の上に箱を置きその上にまた本を置きまたその上に箱を置く
するとこのだらしのない荷物のは音を立てて寝そべってしまった
箱に入っていた球が散らかりあちらこちらへと転がって行く
こいつらに言葉の一つも通じれば良いのだが
足元に転がる鉄の球を手に取り本の山に放り投げた
昔、誰だったか此れで遊ぼうと言うと私を殺す気ですかと言われた事があったな
あれは誰だっただろう
私はあちこちに転がる球を拾っては本の山に投げ込み
はて少し足りんなと部屋の隅を覗き込む
ああ、あったあった
おふくろ様失礼します
壁際に並ぶ、今おふくろ様が使われている毛無の歯車の後ろに無礼にも転がり込んだ毛糸の球をかき出す
その時、何処かが引っかかったのか積み上がっていたおふくろ様の御召し物の山を崩してしまった
コレはいかんと御召し物を積み直していると、その中におかしな物を見つけた
おふくろ様がお召になるには随分と小さくその上作りも粗雑で
なんと言うか雑巾にもならんような女物の服で
しかもそれは保管用の袋に入れられ保存されている
たとえ誰かがこれを見つけても中身も見えず何なのかも分からんだろう
私で無ければな
このゴミの様な布切れに興味を持ち、しげしげと見つめる
洗濯はされている様だ
特に何処か悪いと言うわけでもない
まあ服と言うよりはボロ切れだが
さてさて
覗き見は紳士のする事ではない
しかしこのワンワン臆する事もまた良しとせず
袋に手を当て少しばかり探りを入れ
笑ってしまった
いやいやおふくろ様
これではまるで人間ではありませんか
いつか自分が自分こそが人間になるとよく仰られていますが
私は、あなたはとうに人間なのだと思います
もし次が有ったらもう少し上手い嘘を用意された方がいい
失敗などあなたがされるはずなどないといつか気づかれてしまいますよ
あなたが少女の服の洗濯を失敗し、それを駄目にしてしまう事などあり得ぬと
あなたがそれを何のためにしたかなど愚かな私の知る事ではありません
しかしあなたにとってとても大切な事なのでしょう
私は布切れの入った袋を丁寧に放り投げ玉探しに戻る
「何をしているのです」
「片付けを」
確かこれは部屋が散らかると動き出す歯車だったか
はて?何故動き出した?
「確かに片付けろと言いましたが、散らかせと言った覚えはありません」
「ですから片付けました」
「全く手のかかる、もういい、お前は外へ出ていなさい」
おふくろ様は片付ける歯車を次々と動かし始め、私は部屋を追い出され
私は歯車に一礼をし部屋を出た
あれもこれも全ておふくろ様
まあ私もそれを理解するまで随分と時間がかかった
今は今のままで良かろう
「全く手のかかる」
すれ違うおふくろ様の動かす毛無の歯車にもう一度小言を言われ少し落ち込んでしまった
やはりどの様な御姿でもおふくろ様に言われると傷つくな




