二十二話(あ)
まだ暑さの残る中、私はその日のお勤めを終え、ひと息入れようと談話室へ向った
談話室ではワンワンが新報を読みながら氷水を舐め
シジュウ様がワンワンの毛づくろいをされていた
“情けない、兄ならば毛づくろいくらい自分ですれば良いのです”
少しそれが羨ましく文句を付けると私の毛深い兄はお前こそおふくろ様に張り付いて貰っているではないかと笑う
“私はお勤めなのです!たくさん学ばなければならないのです!”
ワンワンはそうかいと笑い何かを投げてよこす
「随分錆びて汚れていたぞ、もっと物は大切にしろ」
受け取ったそれは母の形見の髪留めで
それが新品の如く輝いていた
「お前の部屋を片付けていたら見つけたのだが、コラ!ヒゲを引っ張るな!散らかる部屋を片付けたのだぞ!感謝しろ!コラ!抜ける!やめろ!」
どうも最近よく部屋が散らかると思えば、乙女の城に足を踏み入れておいて全く
でも
“ありがとうワンワン、コレはとても大切な物なの”
「ではまずヒゲから手を離せ」
二、三回ヒゲをビンビンと引っ張ってからそれを離し、髪留めを付けガラスに映る自分を見つめた
“母の形見なの”
それを聞いたワンワンは首を傾げる
「おふくろ様を勝手に殺すな?」
私はワンワンの頭に手刀を落とし、産みの母ですと睨みつけた
「なおさらおかしな事を言う、お前の母はこの地の生まれなのだろう?」
“ええ、私も母も”
ワンワンはまた首を傾げ、私の髪から髪留めを外すとそれを見つめてこう言った
「コレは大森林で作られたものだぞ?安物だが間違いない」
ワンワンは銀細工の髪留めを指差して見せ
そこには大大都でよく行く若い女性向けの量販店の銘が刻まれていた
驚く私に首を傾げるワンワン
シジュウ様も髪留めを摘み確かに大森林の物だと呟く
「お前の母はどこでコレを」
“さあ、でも母はコレをよくしていました。私もつけてもらっては、はしゃいでいたので覚えています”
シジュウ様は手にとった髪留めを見つめると18周期程度前の物だと仰り
ワンワンが18年前だと言い直してくれた
“それくらい分かります、でも何故?”
私は髪留めを受け取り銀輪を走らせ叔父さんの店を訪ねた
「この髪留め?確かに姉さんの物だよ。何処で手に入れたか?うーん」
叔父さんは暫く悩み、誰かに貰ったって言ってた気がするが
銀細工の髪留めをくれる男がいたんだろうね
すまない、よくわからないよ、何せ姉さんが相手をした男をみんな知っているわけではないから
ああ、余計な事を言ったね済まない
叔父さんは謝ると何せ姉さんは男ウケが良かったからねと懐かしそうに呆れてみせた
暫く叔父さんの仕事を眺め
今度ワンワンを躾ける革の鞭を作ってねとお願いし、おっかない女だなと笑われ店を後にした
御屋敷に戻り、特に収穫は無かったとワンワンに告げる
ワンワンは森を抜け出した者が渡したのだろうかと首を傾げた
夕食が終わり酒盛りを続けるセン達を尻目に談話室で新報に目を通しレジナルドをつける
音楽が流れる中、特に面白くもない新報を読み、これを毎日の楽しみにしているワンワンはこれの何が楽しいのだろうと思い新報を畳み雑誌棚から見本誌を手に取った
そこには新作のアクセサリーが並び、何かかわいい物はないかとめくっていた時
私は思わず大きな声を出した
“ワンワン!”
ワンワンは毛虫かヤモリでも居たかと言いながら顔を覗かせ
私は見本誌を指差した
「なんだ、先日帽子を買ってやったばかりだろう」
ワンワンは今度は何だと呆れたように溜息をつくので
私は怒鳴りつけるようにここを見てと見本誌を指差し
ワンワンは目を見張る
そこには母の形見と全く同じ物が今年の新作として紹介されていた
ワンワンは暫く何か悩み、お前の部屋に行くぞと私の手を引く
「もう少し片付けろ」
ワンワンは私の部屋を見渡し溜息をつき机の上に転がる筆を指でつついた
“細かい事を言う男はモテませんよ”
私の言葉をワンワンは受け流し
その髪留めはお前の母の物で間違い無いなとしつこく聞いてきた
私が間違いないと答えると今度は私はお前の兄だ、少なくとも私はそう思っていると真面目な顔で言い、私もですよと答える
「では兄と妹ならば少しくらいの嫌なことや知りたく無いことを知られても許せるな」
ワンワンの言葉に私が少しくらいならと答えた
「ではそこで横になれ」
ワンワンは寝台を指差し、あとそれをもう一度貸してくれと母の形見の髪留めを私から受け取った
ワンワンは髪留めを握り、もう片方の手で横になる私の額に手を当てる
「親兄妹でも許されることでは無いのだかな」
ワンワンが申し訳なさそうに呟くと、そこに目を疑う光景が広がった
あの寒く汚く暗い
懐かしの我が家
そこに私は立っている
そしてそこには私くらいの年頃の母の姿と見知らぬ男がまぐわっていた
「ああ済まん、余り細かい事は得意ではなくてな」
ワンワンの声が聞こえると急に母と知らない男はものすごい速さで動き出し
直ぐに男は服を着ると金を置き家を出て行った
「ここら辺からだな」
母は服を着ると水瓶の水を一口飲み、下手くそと呟く
その時
「いいかい?」
戸を叩く音と声
「明日では駄目かしら」
男の声に答える母の声
「話が有るだけなんだ」
母は身なりを整えると戸を開け首を捻った
「どちらさん・・・でしたっけ?」
「初めまして、怪しい者です。少しお話をしようかと思ってね」
私はその声に驚き
ワンワンが絶句するのが伝わってきた
「変わった人ね、どうぞ」
「ありがとう」
「見慣れない格好ね、旅の人?もしそうなら村長の家の方が良いわ」
「いや、君に用があってね、何、直ぐに終わるよ」
「早いのを自慢する人は初めてね」
「そうかい、ありがとう」
母は面白そうに笑いどうぞと寝床を指した
「いや、ここで良いよ、話すだけだ」
「本当に話すだけなの?」
「君の腹のなかにいる子の事でね」
「ああ・・・まあ、誰から聞いたの?弟?」
「君の娘から」
「変な事言うのね」
「そうだろうね、変ついでに、私はその子の父になる者だ、君の娘からは『あるじさま』と呼ばれている」
「ちょっと待って、あなた禁制品やってる人?」
「安心して良い、私はシラフだよ」
「じゃあなおさらじゃない」
「君はあと二百四十二日後に女の子を産む、その子を健やかに育ててくれ、先の事は心配しなくて良い、君の後は私の歯車がちゃんとその子の面倒を見る」
だから頼むよ
そう仰り主人様は母に髪飾りを渡す
母は怪訝な顔でそれを受け取り眺めている
「私も母以外の女性に何かを贈るのは初めてでね、先ほど本で見た物だ、私と確かに会った証にしてくれると良い」
主人様はその言葉を残し、その場から居なくなられ
母は忽然と去られた主人様に驚き戸から辺りを見回したり髪飾りを調べたりして首を捻っていた
「まあくれるんなら」
母は居なくなった主人様に答えるように呟き、髪留めを付け水瓶を覗き込んでそこに映る自分を眺めていた
「もう良いだろう」
ワンワンの声と共に私は寝台の上に呼び戻された
「なるほどと言いたいが、コレは墓場まで持って行かねばならんな」
ワンワンはこまったように笑う
“母さんに会えた、ありがとう”
「ん?ああ」
ワンワンは私に髪留めを返し
少し照れているようだった
「できるからと言って死に別れた者の姿をみにいくなどと言う事はな、それは道理に反する事だ、思い出に対する侮辱だよ」
“でもありがとう”
私もまだまだだなもっと励まねばとワンワンは笑う
「さて、ここでひとつ問題が有る」
“なに?”
「私の知る限り主人様はあの様な本は手に取られん」
私は頷きワンワンにもう一仕事ですと言ってその毛を引っ張った
その夜、私は主人様のお部屋でワンワンを枕がわりに見本誌を読み、あれが欲しいこれが欲しいと枕を困らせ
私とワンワンを面白そうに眺める主人様は、先ほどワンワンに見せてもらった夢の様な世界の中の主人様と同じ御召し物を着て、それが流行りモノなのかい?と笑われていた




