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大森林の魔法使い  作者: おにくさま
4/100

四話

空はまだ青白く

お日様が顔を出すまで少し時間がある


ひんやりとした朝の空気

目が覚めた私は朝の散歩に出る

散歩と言っても御屋敷の中だけど

昨夜シジュウ様から許可無く屋敷を出てはいけないと言われた

勝手に出歩かれたら困るのだろう


御屋敷の中だって十分広い

小屋を出てすぐゴーレムとすれ違う

おはようございますと挨拶をするとゴーレムは一旦作業を止めこちらを見てからまた作業に戻った

ゴーレムは大きな身体を小さく屈めて庭の手入れをしている

そこかしこで

庭木や同じ位の高さがある棒があちこちに植えられ、あの夜生い茂っていた雑草は姿を消し、芝生が敷き詰められていた

芝生を敷いていくのを見ていてなんとも楽しい

レンガを敷き詰める様に板状の芝生を並べていくのだ


シジュウ様のお話ではちょっとした池を2つとそれをつなぐ水路も出来るらしい

そして何と御居館完成後、その裏手にガラスだけで出来た建物も立つと言われた

とても楽しみだ

シジュウ様は割れないガラスがあると仰る

森の魔法は御伽噺に出てくる様な恐ろしいものでは無いなと思う


そして散歩の目的地に着く

まとめて置かれた家具

古びていたり壊れていたりするがどれもとても立派なものだ

この中から使いたいものを選んでおけと言われ昨日のうちに目星を付け、目印に石を乗せておいた

ここにあるもの以外で欲しいものやシジュウ様が必要だと思われた物は別に用意されるらしい

私にはここにある以上の物は思い付かないが


お姫様が使う様な天蓋のついた寝台

テーブルに椅子

キャビネット

鏡台は鏡が割れていたが、やはりこれは欲しい

姿見も有ったのだがこれも鏡がが割れていた


「鏡なら私が張り替えましょう」


突然のお声


“おはようございます”


急いで振り返るとそこに立つシジュウ様は何だか奇妙な格好をしていらっしゃる

ええおはようと答えたシジュウ様は私の視線に気づき


「コレですか、今、野良仕事をしています」


シジュウ様の後について行くと、そこにはたくさんのシジュウ様が同じ格好をして土いじりをしていらっしゃった


「ここは花壇になります」


広々とした花壇

憧れてしまう


「欲しいならお前も作るといい」


物欲しそうにしてしまったのだろう

シジュウ様は小屋の辺りなら好きにしていいと仰られる


「コレををお前に与えましょう」


花の種を下さり、他に欲しい苗でも有れば言えと仰られる

それなら

それなら母さんと育てた


“芋とカブの苗を”


シジュウ様は取り寄せましょうと仰り続けてなかなかいい選択ですと褒めてくださった


「また後程」


そう仰りシジュウ様は作業に戻られた



館の裏手に差し掛かると壁で仕切られた一角が出来ていた

昨日までこんな物はなかったのに

戸を見つけたので中を覗き込むと、そこはテラスとちょっとした庭になっていてその先は壁と門がある


「勝手口です」


振り返ると黒くヒョロっとして腕の長いゴーレムが立っていて、シジュウ様のお声で話されている


「外の者は此処までの出入りだけを許します、ここは大森林なのですから」


“御屋敷には入れないのですか?”


私の問いかけにヒョロっとしたゴーレムはぐねぐねと身をよじる様に動き踊る様な動きで


「蛮族には見せぬ、それが大森林の掟です」


そう言いながらゴーレムは爪の様に鋭い指でつまんだ小さな四角いモノを差し出した


「菓子です」


受け取るとゴーレムは食べなさいとシジュウ様の声で仰ったので、それを口に運ぶ

蜜と乳を柔らかなまま四角くしたものだろうか

とにかくそんな味と食感で


「とにかくお前は栄養不良甚だしい、しばらくはその改善に尽くしなさい」


相変わらずむずかしい事を仰った

わたしはとりあえずハイとお答えし


“ところでシジュウ様、なぜこのゴーレムはこんな動きをするのですか?”


と先程から気になっていた事を聞く

突然ゴーレムはぐねぐねした動きを止めピシッとした動きをしてから


「普通にする事は出来ます、ですがコレにとってはこの動きこそが自然なのです」


そう仰るとまたぐねぐねと動き出し、館の裏手の真ん中にドンと陣取るゴーレムの塊の中へ向かう


あそこには主人様がいらっしゃる

最初の日に1度ご挨拶しただけだけど

さすがにあの前を通っては不敬だろうと思い引返し、もう一度家具を眺め小屋に戻る


先程シジュウ様は外からは見せないと仰っていた

確かに四方を囲む壁は高いけと門から覗けばいくらでも見えてしまうのに


小屋に戻り頂いた種をもったいないかなと思ったが、皿を一つ出しその上に置いた

小屋の中では目覚めた仔犬達が戯れていた

イヌ達は昨日の様子が嘘の様に元気になっていて

どたらが元気のなかった方か分からないが声をかけると私の足元にじゃれついてきた

元気になって本当に良かった


朝食の支度にいらっしゃったシジュウ様は皿の上の種を一瞥すると


「まさかとは思いますが」


と仰り

私が取り敢えず置き場所がなくてと言うのを聞いて

冗談です、と仰った

きっとシジュウ様は冗談がお好きなのだろう

犬達には昨日と同じ骨と肉の煮込み


私にはチーズの乗った四角い焼いたパンと黄金のスープ、それに腸詰めと刻んだ野菜の入ったフワフワの焼いた卵

そして果物の色と味のする飲み物

食後には甘く煮詰めた果物とお茶を頂く


シジュウ様は私に皿洗いを命じると、窓から差し込む日差しを指差し、あの光が此処まできたら出かける準備をなさいと仰り小屋を出られた

指差された辺りを確認する

少しゆっくり出来そうだ



犬達と戯れているとシジュウ様が指差された辺りに日差しが来たので犬達の櫛かけを切り上げ支度を始める

靴を磨きジャンパードレスの埃を払い昨日から外着の胸に付けたままのブローチを新しく頂いたものに変えた

着替え終わり、寝台に腰掛けシジュウ様を待つ

戯れてきた仔犬に帽子をかぶせたりして遊んでいるとシジュウ様がいらっしゃった

シジュウ様は私を一瞥し、服装が昨日と同じな事を仕方がないとは言え残念だと仰ると、懐から髪飾りを取り出し私の髪に付けて下さった


「さて、私が門で待っているので行きなさい。私はこれから忙しくなりそうです」


そう仰るシジュウ様の足元には、棒を咥えた仔犬達がその周りをぐるぐると練り歩いている


“コレはお忙しくなりそうです”


私の軽口を聞いて頷かれると、シジュウ様は仔犬から棒受け取り2匹を連れ立って小屋を出ていかれ

私も門へ向かった

門の前では昨日と同じく外套を羽織りレースでお顔を隠されたシジュウ様がいらっしゃった

いらっしゃったのだがその横に見上げる大きさをした人馬のゴーレムが控えている

その姿は鎧を見に纏った上半身と

飾り立てた馬の下半身

その手には天突く様な真っ白な槍と

その巨体に似合わぬ小さな盾


「荷馬車代わりに持ち出しました」


シジュウ様の倍はあろうかと思う背丈の人馬


“あの、今日はコレに乗って行くのでしょうか”


人馬には鞍が有る


「すこぶる乗心地は悪いが乗りたいのなら」


人馬がシジュウ様のお声で答えると膝をつきシジュウ様が私の事をヒョイと持ち上げ鞍に載せる

立ち上がった人馬の上は木に登ったように高く、思わずしがみ付いた

人馬がくるりとシジュウ様の周りを歩くがそれだけで振り落とされそうになってしまう


“ご遠慮いたします!”


あまりの事に助けを求めると人馬は止まりシジュウ様がでしょうねと仰りながら下ろしてくださった

人馬から降りるとシジュウ様はここが荷物入れになっていますと言って鞍を外す、その下は空洞になっていて、その中に瓶が入っていた


「外では飲み水にも事欠く有様でしたので」


鞍を戻しながらシジュウ様が仰る

昨日のワインがそれ程嫌だったのだろう


開門すると先ず人馬が先に立ち恐ろしげな雄叫びをあげ前脚を振り上げ、ドスンと音を立て足を下ろした

その恐ろしい様を見て、今日も野次馬は消えた


私はシジュウ様に手を引かれ

そのすぐ後ろに人馬が続く

流石にこれでは今日、シジュウ様の前で転ぶ者はいないだろう

私は街並みより人馬のゴーレムにばかり気を取られ、チラチラと何度も振り返る


「昔この様な者達が居ました、その形を残したのがコレです」


不意にシジュウ様が話し出す


“今はいないのですが?”


「滅びました、それを儚んだ主人様が私にその姿を後の世に残せと仰ったのです」


改めてマジマジと人馬を見る

こんなに大きく強そうな生き物も滅んでしまうのかと


「今朝お前が見たアレもそう言ったモノの一つです」


ぐねぐね動くゴーレム

アレも


「みな主人様に叛き、大森林に背を向けるのみならず、あろう事か牙を剥いた愚か者どもでしたが、それでも主人様はその姿を残す事を命じられたのです」


“主人様に逆らったのですか?逆らったらゴーレムにされてしまうのですか?”


「安心なさい、主人様は己に逆らおうが嚙みつこうがお気にはなされません、大森林に叛き牙を剥いた者だけを打つのです」


“よくわかりません”


「大森林に戦を仕掛けてくればコレを族滅まで討ち亡ぼす、大森林が襲われた時だけやり返すと言う意味です」


“シジュウ様が撃たれるのですか?”


「私に出る幕は有りません、主人様の拳たるワンワンとその一族が只の一戦で全てを撃ち払います」


“ワンワン?”


「お前の大先輩にあたる者です、さて着きました」


シジュウ様は店の前で私の身なりを正しながらお前のゴーレムが作られる事はありませんよと仰る

自分に従う者が牙を剥くのは自分が間違っているからだと主人様は常々仰っていますからと


店の前はちょっとした騒ぎ

人馬のゴーレム、その巨体を皆遠巻きにし、ザワザワとしているし

店の人は何事かと出てきて腰を抜かす

シジュウ様はそんな周りの一切を無視し私を連れ店に入ると店主を呼べと店中に響く様な声を出された

すぐに昨日見た店主が現れた

走ったのだろう、息が荒い


「これはこれは白のお屋敷のお方、何かご用でも有ればそちらからお伺いしましたものを」


店主の顔は貼り付けた様な笑顔と

走ったのとは別の理由な汗が浮かんでいた


応接室に通された私たち

シジュウ様は進められた椅子に座ることもなく

ピシャリと指でテーブルを指す


「私に聴こえぬ声は無い、この意味分かるな」


「ええ!もちろんで、手前共、必ず期日までにお代をご用意させて頂きます!」


店主はまるでシジュウ様を己の主人が如く振舞う


「お前が期日を守るならば流浪の騎士を掻き集めようが木偶人形を買い集めようが知ったことではありません」


店主の顔が一気に冷める


「他意は無いのです、身に余るものを手にし、小心者でして。ただそれだけでございます」


店主の顔がひどく狡猾に歪む


「私にとってはお前が真金と呼ぶ物の威光で領主と取って代わろうと企もうが知ったことでは無い」


「もちろんで御座います、それにその様な野心は持ち合わせておりません」


シジュウ様は、では本題に入りましょうと仰りレース越しに店主を睨む


「昨日の金の代金を今貰い受ける」


店主が目を見開き絶句すると叫び出す


「ムリだ、ムリだ!ムリだ!ムリだ!三十万枚だぞ!方々手を尽くし信頼できるものを走らせ!それでも10日後に揃えるかどうかだ!」


捲し立て叫ぶ店主

シジュウ様は気にした様子もない


「昨日の金の代金その一部を今貰い受ける」


「え?」


「分かったか」


「え?あ、はい」


少し落ち着いた店主は如何程でしょうかと笑顔を浮かべ

シジュウ様は一切が知ったことかといった態度で


「今ここにある銀貨と銅貨の全て」


店主は、ああなるほどと言うと人を呼び、1番新しい銀貨と銅貨を持ってこいと言い付け、私たちに再び席を勧めお飲物をお持ちしましょうと言ったが


「結構、飲み物は持参しました」


シジュウ様はそう仰り、私に座って待つ様に言い付け、人馬の元へ戻った

シジュウ様が部屋を出られると店主は私に話しかけてきた

いや、お噂になっていますよ

何がって?ははは

棒きれ一本に金貨一枚差し出したそうじゃないですか。それに串焼きも

皆噂しております、白のお屋敷のお嬢様は使用人に連れられて何でも金貨で買っていくと

所で外に控えているあのゴーレム、あの様なゴーレムがお嬢様の下には如何程控えていらっしゃるのでしょう?

いえいえ、他意は無いのですが

お国にはあの様なゴーレムを作る賢人様が無数にいらっしゃるのでしょうね

店主はひどく勘違いをしていて

使用人は私の方だと伝えたのだが

いちいち使用人にそんな見事なブローチをいくつも与えていたら国が潰れてしまいますと笑われてしまった


そこへシジュウ様が戻ってこられた

手には先程ゴーレムの鞍の下でみた瓶とグラスが一つ握られていた

シジュウ様は私の前にグラスを置き瓶の中身を注ぐ


「どうぞお嬢様」


その様に仰られ

ビックリしてお顔を見上げると


「冗談です」


と何時もの顔だった

これで誤解も解けただろうとホッとしたが店主は全くそんな事は聞いている様子はなく

私の持つグラスと瓶をマジマジと見つめ


「その瓶とグラスはお国の方が作られたのでしょうか?」


それは大真面目な顔だった


「そうです」


「ではお国にはその様なグラスと瓶はどれ程有るのでしょう?」


「全てのグラスと瓶はこの様に出来ている」


全て…

店主が何かを言いかけると部屋に箱を抱えた男達が入ってきて

そこで店主は別人の様に明るい表情に変わり、昨日は随分とお支払にご苦労されたとかと言い

男達が持って来た木箱の蓋をあける


「銅貨四千枚、銀貨百六十枚、銀版十二枚、締めて金貨にして十三枚分で御座います。どうぞお納め下さい」


シジュウ様は確かにと仰ると真金の代金から引いておけと仰ったが

店主はこれは私共の気持ちです、お納め下さいと言って頭を下げた

私はシジュウ様に連れられ部屋を出る

出がけにシジュウ様か店主に、そのグラスと瓶は置いて行きますと声をかけ、男達にお金の入った箱をゴーレムまで運ばせた


店主は感謝しますと言うとシジュウ様の足下に跪く

店主に見送られた後、私達は市場へと向かった

鞍の下にお金を抱えたゴーレムだが、以外にも足取りは軽く足音も静かなもので

今日は物盗りが近付いて来ないが、代わりに子供達がゴーレムの後を付いてくる

何度か脅かして散らせたのだが直ぐに戻ってくるのでシジュウ様も諦めた様だ

そんな時私は伝書屋の看板を見つけた

店先に書いてある伝書先、その中に私の村を見つけた

私が自分の名前以外で読める数少ない文字


「どうしました」


シジュウ様の言葉に私が立ち止まったのを咎めた様子はなく、ただどうしたのかと聞いていらっしゃった


“少しだけよろしいでしょうか”


私がそう申し上げるとシジュウ様は、私とその視線の先を見て頷かれ

私の手を引いて店の中へ入られた


“あのお伺いしたいのですが”


はいなんでしょうと立ち上がった店の人は私達を見ると困った様な顔になり


「申し訳ございませんが手前共、商いはご領主様の内だけでして」


“あのレンクルの文字を見て、外にあるレンクルの文字を見て”


「え、あ、ああレンクル、それならばええ」


店の人はホッとした様で

文か言伝でしょうかそれともお荷物でしょうかと言われたので


“言伝で”


「ええそれなら海も山もどちらのレンクルでもお値段は同じで、早馬なら銅貨で百二十枚、お急ぎでないなら銅貨三十枚、三日おきにでる荷馬車便でよろしければ銅貨で十枚になります」


私は礼を言うと日を改めてお願いしますと言い店を出た

店を出るとシジュウ様が言伝如きなら私が行きましょうと仰り

それは余りにもシジュウ様に失礼ですとお答えする


「私に行けぬ地はありません」


とシジュウ様に真顔で返されてしまった



市場に着くとまず昨日の大工を探した

見つけた大工は口を開けて人馬のゴーレムを見上げていた


「仕事を頼みたい、古い家具の手直しだ」


「ああ、そりゃ構わん、構わんがあんたら一体何者なんだね?」


大森林が主人の使いですとシジュウ様が答えると大工は全くわからんねぇと笑っていた


「それでは今から向かいなさい、通りを白へ真っ直ぐ」


ああ白のお屋敷だねと言い、大工が道具を抱えるとシジュウ様は支度金ですと言って懐から金貨を取り出し大工に渡す


「支度金ね、まあ前払いだと思って受け取るよ」


大工は一度家に戻ってから向かうよと言って立ち去った

次に肉屋の屋台へ向かう

屋台のおばさんはゴーレムを見上げると、こりゃ迷惑を通り越してるねと呆れた


「で、今日はなんだい?骨なら今日はあんまり良いのが無いよ」


そう言って笑うおばさんにシジュウ様は


「毎日肉を届けて貰いたいが出来るか?」


「うーん、どれ位だね」


「救済院の食事に必要なだけ」


「正気かい?あんたあそこにどれだけの人数がいると思う、それを毎日だなんて」


おばさんはちょっと待ってなと言うと尺を持ち出し計算を始めた

おばさんはああでも無いこうでも無いと言いながら尺を動かす

する事のない私は串焼きを眺めたり肉を眺めたりしている


「コレ、なんて言うんだい」


男の子の声がしたので振り向くと

昨日の男の子がゴーレムを見上げながら話しかけてきた


「ゴーレム、でも本当はなんて名前か私も知らないの」


「そっか、ねえ君は病気のお嬢さんなんだろ?昨日かあちゃんが言ってたんだ、さっきの金貨のお嬢ちゃんはどっか悪いんだろうね、貴族様にしちゃ痩せすぎだねって」


「私はお屋敷の使用人、お嬢様なんかじゃないの」


「使用人は宝石なんか持ってないよ」


「これは」


正直に答えようとすると屋台のおばさんがお客さんを困らせるんじゃないよ!貴族様には色々事情があるもんだ!バカ息子ですまないねと言って男の子の頭を叩いた

男の子のは頭を抱え

その姿が滑稽で吹き出してしまう


「ひどいな、痛いんだぞ?」


「御免なさい」


「なあ」


「何?」


「俺、見たんだ」


見たんだ

その一言にドキッとした

あの夜

あの男達に追われる姿を見たのだろうか


「凄いことが起こってるって大人達が騒ぐから俺も白の屋敷に妹連れて行ったんだ、そしたらバケモノが屋敷の壁を壊して新しい壁をどんどん作っててさ、妹と二人近くに行って見ようとしたらさ、崩れた壁の向こうに真っ白な服を着た女の子が仔犬と一緒に居たんだ。直ぐにバケモノが隠しちゃったけどアレ、君だろ?」


頷くと男の子は


「やっぱり!母ちゃん!リンが言った通りだ!この子がお姫様だ!」


うるさいよ!と男の子のはまた頭を叩かれる

おばさんは本当に申し訳ないと言うと


「しかしあんた達なら払えるんだろうけど、救済院の子供に慈悲を掛けてもきりがないと思うがね、それより私はこのお嬢ちゃんに精のつくもの食べさせた方がいいと思うよ」


そう言うとおばさんはどうだい串焼きなんかと笑う

それを聞いたシジュウ様はこの身体が1日2日でどうにかなってくれると楽なのですが言い

わたしに串焼きを一つ選ぶように言われ

わたしは昨日と同じものをとお願いした


「はいよ銅貨四枚、金貨はお断りだ」


おばさんは冗談めかしながら串焼きを渡してくれた


それを聞いたシジュウ様は勝ち誇った様にゴーレムを屈ませると鞍を外し木箱の中を見せつけ

おばさんはあんた達は何にしても大袈裟だねと笑いながら銅貨を受け取っていた


今日も木箱に腰掛け串焼きを食べ

その横で

シジュウ様がおばさんに金貨を渡す


「確かに受け取るけど、良いんだね?取り敢えず10日間届けて」


「ええ、明日から10日。その後も頼みます」


「まあ気が変わったら言っとくれ」


おばさんは少し呆れ気味に答えて居た

私は肩をツンツンと叩かれ

振り向くとおばさんの鉄拳から回復した男の子が


「なあ、君はどこから来たんだい?」


「レンクル」


「レンクル?魚の取れる?」


「ええ」


「役人がさ、白のお屋敷に新しく人が来る、王様と同じ位偉い人だぞって言ってたんだ」


男の子はそう言って首をひねった


「本当にわたしは使用人なの」


食べ終わった串をおばさんに返す

シジュウ様はわたしの手を引くと帰って昼食にしましょうと仰った


「何だやっぱり貴族様じゃないか」


シジュウ様のお声が聞こえたのだろう

男の子の声と続いてゲンコツが落ちる音が聞こえた




屋敷に帰ると昼食の準備は終わって居て、直ぐに着替えて食事をとった

山盛りの潰したイモに氷のように冷たいスープ、ほんのりと甘い味付けの鶏肉と果物の色と味がする飲み物

食後には暖かいお茶と焼き菓子


食後、少し休むとシジュウ様がいらっしゃり、私に包みを差し出された


「仕事着の替えです」


包みを開けると明るい色のジャンパードレスに空をそのまま切り抜いた様な色のシャツ

見事な刺繍のスカーフと何かとても軽い物で出来たチーフリング


「着替えたら勝手口へ」


新しく頂いたお仕着せに袖を通しブローチを付けて髪を整える


「様になって来ましたね」


シジュウ様に褒めていただき少し照れる

勝手口へ向かうと顔をレースで隠されたシジュウ様がお待ちで、私を手招きする


「この向こうで蛮族を待たせて居ます。私はそのもの達と話がありますのでお前はそこにある物で蛮族をもてなしてやりなさい」


シジュウ様が指差す先には飲物と食べ物が乗ったカートが用意されていた


「それでは行きましょう」


頷きシジュウ様の後に続く

勝手口を開けると、大工のおじさんと奥さんだろうか、女の人、それに私より少し年上そうな女の子が昨日私が選んだ家具をせっせと手入れしていた

そしてテラスを見ると昨日の尼様と女の人、それに随分歳をとられた尼様の3人が心地悪そうに座っていた


シジュウ様は私を一目見て頷く

私はなるべく大きな声で


“みなさんに飲み物をお持ちしました”


と声を掛けカートを取りに戻ろうとすると、全身がガラスで出来たゴーレムがカートを押して入って来た、そしてゴーレムは私の前にカートを止めると無言で立ち去った

ガラスのゴーレムに驚いたが、とにかく仕事をしなくてはと、カートからグラスを取り尼様達の前に並べ水差しの水を継ぐ

シジュウ様が私にもと仰るので急いでシジュウ様の分のグラスを用意し

次に大工達にも同じ様にグラスと水を用意した

大工は作業中のテーブルの上に置いたグラスをマジマジと見つめ一口飲んで驚く


「こりゃ冷たい!」


それを聞き大工の連れや尼様達もグラスに口をつけ同じ様に驚いた


“お代わりもありますたくさん飲んでください”


大工は、おおと声を出すと水を一息に飲み失礼と言って水差しを取るとグラスに並々と注ぐ


“昼食代わりにどうぞ、私はもう済ませたので”


カートから焼き菓子の入ったバスケットと食器を取り出しさっきと同じ順で配る

どれ位お出しすれば良いのか分からないので取り敢えずお皿いっぱいに焼き菓子を載せた

シジュウ様はそれを見て苦笑され


「スズのする事は本当に私を楽しませてくれます」


と言って焼き菓子をひとつ口にされた

大工は甘い甘いと言って焼き菓子をたいらげ、連れの女の人はこれは何だろうと首を傾げながらも手を止めず、女の子は懐に忍ばせていた

女の子と目が合うと彼女はバツの悪そうな顔をしたので


“美味しいでしょ、まだあるからたくさん食べて”


と私が差し出すバスケットを照れくさそうに受け取り、ありがとうと呟いた


「悪いねお嬢ちゃん、しかし凄いなこりゃ」


大工は手入れ途中の家具を撫でる


「聞けばお嬢ちゃんが使うって話じゃないか、確かに物は古いがコレは一級品だ。それを古道具扱いとは恐れ入るね」


まあ今日明日で全部手入れしろと言われた時は耳をうたがったがねと言って大工が笑うと


「だからこうやって手伝ってんじゃないか」


奥さんだろうか、女の人が口を挟む


「いゃあコレな、俺の妹なんだ。まあ連れ合いにコロッといかれて娘連れてうちに転がり込んで来たんでこき使ってるってわけ」


「コロッといかれたのはあんちゃんも同じだろう」


「でコレが姪のシャン、誰に似たんだかよく働く娘だ、手癖が悪いのはご愛嬌」


手癖が悪いと言われた女の子はフンと言ってバスケットの中身を懐に溢れるほど入れてみせた

ちょと面白い


シジュウ様にお伺いして、よろしいと言われたので、バスケットごと持って帰ってくださいと言うと、シャンと呼ばれた娘は貴族様は言うことが違うねと言ってバスケットを大工の物と思われる荷車にしまいこんだ


大工は、さて仕事に戻るよと言って作業に取りかかり女の人もそれに続いた

シャンと呼ばれた娘は私のところまで来ると、はいと言って懐から出したものを私の手のひらに押し付けた

固くてパサパサした黒パン


「入らなくなったから、さっきのと交換」


そう言って手をヒラヒラと振りながら仕事に戻った


シジュウ様が呼ばれたのでお側に向かい

此処へと言われたので隣に腰掛けた

シジュウ様は私の手の中を見てそれは何です?と聞かれたのであの娘にもらいましたと答えると、そうですかと言って黒パンを少しちぎり口へ運ばれた

シジュウ様は黒パンを飲み込むと


「お前には少し硬い様です」


と神妙な顔で仰り、御自分の焼き菓子を私の前に差し出されそれれた

シジュウ様は私にお水を下さると尼様達に向かい


「さて私達はあなた方と話がしたい」


と仰り

お年を召された尼様がそれに答えた


「それでは先ずこちらをお返ししたい」


懐から金貨を取り出す


「御心は大変ありがたい、しかしこれを頂いては、それがない生活に戻った時辛くなるばかりです」


尼様は続けて手を付けてない焼き菓子を指し


「皆が手に入らぬものを私だけが口にするわけにはいきません」


その言葉を聞き若い尼様は空になった己の器を見て縮こまり

シジュウ様に連れてこいと言われて来ただけの女の人はオロオロとしていた

シジュウ様はその言葉を聞き


「お前は正しい、私もそう考える。だがその金貨は受け取り活かすべきだ、例えば本を買い長く形に残しその本で多くの子が身を立てる術を手に入れる様」


尼様は頷くと


「私もあなた様の仰ることは分かります、しかし私が預かる子達は皆忙しく、学ぶ時を取ってやることが難しい。せっかく買った本が焚き付けにしかならぬのです」


シジュウ様は声色を変える


「それはお前達が愚かだからだ、子達の将来をすり潰し次の子を迎えそれを繰り返す己にしょうがないと長く言い聞かせ見失ったのだ、今私がお前がまだ若かった頃の思いを聞かせてやろう」


雨漏りのしない住まい

満足な食事

人目をはばからぬ服

少しばかりの教養

それらを子らに与えることができたら

この子らは胸を張り

一人前に働き

育ち

それが続けばここに来る子は減っていく

若い頃のお前はそう思っていた

違いますか


尼様は目を瞑ると


「それは若さが見せるものです、あなた様の手から溢れる黄金と若さがそう思わせるのです。若さを失い富を失って同じことは言えません」


シジュウ様はいっそうキツイ声色で


「失う前に変える努力をしてから言いなさい小娘、お前など出来ぬ出来ぬとさえずるばかりの小娘ではないか、まず10日を待ちましょう、その間にその金貨で少しでも孤児を人に変えて見せろ、それも出来ねばお前はここで黙り込む小娘2人と何も変わらぬ年老いただけの小娘だ」


院長様!

うつむいていた若い尼様がポロポロと涙を流しながら叫ぶ


「私も子供達が働かなくとも良いとは思いません、ですが恥ずかしくない身なりと少しばかりの教養、それにせめてひとときでもお腹が空いてないのならあの子達はそれだけできっと変わります!下を向かず日影を歩かずに日々を過ごすことが出来るのなら、例え10日でもそうするべきです!」


それを聞きシジュウ様は黒パンを手に取り呟く様な声で話しかけられた


「その10日を失いそれを取り戻そうとする者は必ず現れます、年老いたお前ではない誰かが」


それがこのスズが私に教えてくれた事です

シジュウ様は私の手を握る

そんな事言った覚えはないし

皆様が何を言い合っているのかほとんどわからなかった

わからなかったがシジュウ様が褒めて下さるのは嬉しかった


「私は」


突然置物のように座っていた救済院の女の人が話し出した


「私は身寄りもなく村外れの小屋で寝起きしていたところを人さらいに襲われ、数日前にたまたまこの街で人さらいが役人に捕まり尼様に救われました。小屋で寝起きしていた頃は身を売って生活していて、今でもそれが当たり前のことだと思っています」


でも


「もしそれ以外の生き方があるのなら例え10日でも」


どこかで聞き覚えのある弱々しい声だった

真っ暗な馬車の中が頭をよぎり

どこで聞いた声かは思い出さないことにした


年老いた尼様は

それが夢の様なものでも構わないと言うのならと言って金貨を若い尼様に預けた

シジュウ様は立ち上がり大工を呼ぶと雨漏りや隙間風を直せるかと聞き

俺は家具大工だから本職じゃないがそれくらいならなんてことないさと笑う

シジュウ様はそれでは家具の手直しをおえたら早速と言い

尼様達には既に肉の手配が住んでいる事を伝えた


「それと如何に金貨が役に立たぬか昨日見に染みましたので」


ガラスのゴーレムがカートを押して現れ、その上には見覚えのある木箱が乗っている


「銀貨百枚と銅貨二千枚です、これで帰りに古着でも買うといい」


若い尼様は銀貨はともかく銅貨二千枚は女3人ではとても持ち帰れないと言われ、急いで救済院まで人を呼びに戻られた


シジュウ様は大工に再び声を掛る

手直しはどれ位掛かるかと


「仮漆のことまで考えるとなあ、お日様が沈まなきゃ一気にやっちまうんだが、まあ明日の日暮れまでには何とかってトコだ」


「日が沈まなければ」


「面白いこと言うね、まあそうだな、日が沈まなけりゃ明日の昼には終わるさ」


大工はまあそう急かしなさんなと笑ったが


「では明日の昼には終えてもらいます、ここは大森林、夜を昼とするなど常です」


ランプでも並べるのかい?それとも賢人様の所から光石でも買い占めて来るかい?

大工は面白そうに笑い

シジュウ様は日が暮れれば分かりますとだけ仰った


私はシジュウ様にと共に勝手口を後にした

シジュウ様は顔を覆われていたレースを取ると空を見上げ、青空教室と洒落込みましょうと仰り、ゴーレムに敷物とお茶を持って来させ、別のシジュウ様が持ってきた本を受け取る


「今からお前に読み書きを教えます」


その様に仰り本をひらく

確かに私は字が書けないし読めない

でも、本に書かれている文字に違和感を覚える

何かが違う


“あのシジュウ様、この文字は見たことが有りません”


シジュウ様はそうでしょうと頷き


「これが大森林の文字です、これからお前が生涯使い続ける文字です」


シジュウ様は私に本を渡すと


「まずは自分の名から覚えましょう、その次は1日3文字づつ覚えて行きなさい、大文字が三十三、小文字が五十、繰り返し繰り返し覚えて行けば三月で読み書きも出来る様になりましょう」


シジュウ様は懐から細い棒と薄い本を取り出す

薄い本を開くと真っ白で何も書いてはなく、そこにシジュウ様が細い棒を滑らせると文字が浮かび上がった

私が驚くとシジュウ様は帳面と筆ですと言ってそれらを私に手渡す

毛のない筆を見ると先が尖っているだけで、先日紙に下着の絵を描いたペンとはまるで違う

筆先を触れても手は汚れずインクも見あたらず

筆先で紙に触れればそこには黒い点が出来ていた


「私が書いた文字を真似てみなさい、それが【スズ】の字です」


シジュウ様が書かれた文字を真似て見るが、私の書く字はガタガタのグニャグニャで

そんな時私の手にシジュウ様がそっとその手を添え

何度も何度も同じ文字を書いてくださった


「今と同じ様に今度は1人で書いてみなさい」


それでもやはり私の書く字はシジュウ様が書かれたものとはまるで別物

それなのにシジュウ様は


「上達しました、さあもう一度」


何度も手を取られ

何度も書き直し

その度に褒められ

とても幸せな時を過ごした





「さて、今日の勤めはこれまでです」


不意にシジュウ様が仰ったが

空はまだ明るく

それに今日、私がしたお勤めらしいお勤めと言えば先程皆に焼き菓子を配った事くらいで

今だってずっと字を書いていただけで

それを察したのだろうか

シジュウ様は一にも二にも学ぶ事です、それがお前にとって今1番大切な仕事ですと仰り

今日は疲れただろうから小屋に戻って休みなさいと言われ本と帳面、筆は私に下さると仰られた


「ああそうでした、少し台所を使いますが気にせず休んでいなさい」


蛮族に出す夕飯と夜食だと仰りシジュウ様は立ち去られた



小屋に戻ると別のシジュウ様が炊事をされていた

私が寝台に腰掛けると手を止め、字を覚えた褒美ですと仰り籠から乳と蜜で出来た雪を取り出された

私は大喜びでそれをいただく


犬に櫛かけしながら窓の外を見る

空は少し夜に近づいていた

そして我が目を疑った

いつの間にかお屋敷の其処彼処に突き立てられたあの棒が光を放ち始めたのだ


慌てて小屋を飛び出し1番近い棒に駆け寄る

光る棒は音もなく松明の様な熱もなく

輝いていた


「あちらをご覧なさい」



いつの間にか後ろに立つシジュウ様に声をかけられ、指差される先を見ると

お屋敷を囲む壁の

その上の方が同じ様に光り出したのだ


「大森林の夜に闇の居場所は有りません」


シジュウ様のお話では壁と棒はお屋敷の中だけを照らすそうで

私がこれでは寝られないかもしれませんと言うとシジュウ様はそれは困りましたと面白そうにされた

シジュウ様には休んでいろと言われたが、大工に食事を振る舞うと言われたのでお手伝いさせて頂いた


仕事着に着替えなくてもいいと言われたので、部屋着で勝手口へ向かう

勝手口の前にはガラスのゴーレムとカート、その上に並んだ夕食

では任せますとガラスのゴーレムがシジュウ様の声で仰り戸を開けた


“夕食をお持ちしました”


ガラスのゴーレムに続いて勝手口に入ると、大工がありがたいと言って手を休めた


「しかし驚いたな、本当にここだけ明るいままだ」


大工は勝手口を見回し呆れた様に笑った

私も驚きましたと答えたがだろうねと聞き流されてしまった


カートから鍋を下ろそうとすると大工のおばさんがあぶなくて見てられないと言って私から鍋を取り上げテラスのテーブルまで持って行ってくれて

お嬢さんが慣れない事しなさんなと笑った


汁より豆の方が多いスープと籠いっぱいのパン、それとお皿いっぱいにびっしりと並んだ目玉焼き

おばさんは型にでもはめて作った様な目玉焼きを見て一体こりゃどうなってんだいと私に聞いてきたが

私もわからないと答えるとそりゃそうだねと私を見て笑った


大工は目玉焼きを精がつくと喜び

おばさんはパンをこりゃ歯がなくても食べれそうだと驚いていた


「ねえ」


おばさんの娘さんが食べながらこちらを見ないで話しかけてきた


「あんた普段は何時もそんな格好してんの?」


“コレは…おとといからで…その前は”


言葉に詰まる


「いやいや、そうじゃなくて、ああもういいよ」


おばさんの娘さんはなぜかムッとしてしまい

おばさんが気にしないでおくれ、その服が羨ましいだけなんだよと笑い

娘さんはうるせえクソババと言ってそっぽを向きながら食べていた


夜食も用意してますと告げると大工はここに住み着くかと笑い

おばさんはあんちゃんなんかお断りだろうさと呆れ

娘さんは飯だけ食いにくればいいじゃんと皮肉を言った


食器はカートに置いといてくださいと伝え、屋敷側に戻ると

これ持って帰っちゃおうよと言う娘さんの声が聞こえた

何だかあの人は苦手だ



小屋に戻るとシジュウ様が夕食を用意して待っていらっしゃった

野菜がたくさん入ったフワフワ卵焼き

匙で崩れてしまうほど柔らかく煮込まれた肉のシチュー

夕日より赤いスープ

百の野菜と果物から作った飲物

食後には果物の砂糖煮がのった焼き菓子と暖かいお茶

シジュウ様が言うにはこんなにも色々な物をお腹いっぱい食べてそれでも私には色んなものが足りないそうだ


夕食が終わり洗い物を済ませると入浴まで羽根を伸ばす

外は煌々と明るいので種を蒔こうかとも考えたが土を耕す道具を借りねばならないので明日する事にし

今日頂いた本を広げながめる

何度か紙をめくると絵とその横に文字が書いてある

コレなら時の読めない私でも楽しめるし、絵の隣に書いてある字が意味する所も分かる

とり

いぬ

これはマメかな?

パン

絵を見ているととても楽しい

あ、イスだ

イスの絵の隣に書いてある文字を見る

【ス】だけが読めた

今日の事を思い出し

【イ】の字を指でなぞってみた

何度かそれを繰り返し

意を決して帳面を開き筆を持つ

震える手で【イ】の字を書いてみた

ガタガタのよれよれだ

自分の書いた字と本に書いてある字を見比べもう一度書いてみた

先程よりも酷い字になってしまった

何度か挑戦したが上手くは行かず、イスの絵を真似てみる

楽しくて絵を描くのに熱中してしているとシジュウ様がいらっしゃり、帳面を覗き込む


「上手く書けていますよ」


そう言って絵を褒めて下さったかと思うと私の手をとり、【イ】の字の書き順はこうですと教えて下さる


「さあ【イス】と書いてごらんなさい」


勘違いに気がついた私はヘナヘナでクタクタな字で【イス】と書く


「見事です」


シジュウ様は満足そうに頷かれ、所でこれは何です?とイスの絵を指差した

とりあえず、さあ?とシラを切ってみた


その罰だろうか

その夜はゆっくり10数え終わるまで湯船から出してもらえず

湯船から出る頃にはフラフラで

そのせいか気を失う様に眠りこけてしまった



目がさめると空はほんのりと明るくなり始めていた

今日も朝の散歩に出る

引き締まった朝の空気

闇を打ち消す魔法の光り

それを楽しんでいると頭にカラスを乗せたシジュウ様がいらっしゃった


おはようございますとあいさつをすると、ええと返され、続けてお前はもう少しゆっくりと眠る様に心がけなさいと言われたのだか、シジュウ様の頭の上のカラスがシジュウ様の髪どめに何度もいたずらをする姿が滑稽で笑ってしまう

シジュウ様は荷物をお持ちで両手がふさがっていて

遂にはもう一組の腕を出しカラスを追い払う


「あまり賢いのも考えさせられます」


シジュウ様はもう一組の腕で御髪を直しながら嘆かれた

シジュウ様は起きたのなら少し台所を使いますと言って小屋に向かわれた

大工達の朝食を作るのだそうだ



散歩を続けていると門から御館まで石畳が敷かれていて、一体どうやったのか継ぎ目なく敷かれていて立派な車寄まで出来上がっていた

私が選ばなかった家具は端に寄せられ積み上げられていた

それらは大工が引き取る事になっている

シジュウ様はゴミの整理ができると喜んでいたが何だかもったいない

ゴミの整理が終わればコートを作ると仰っていたが、コートとは何だろう?

小さな二つの池と水路も水を張るばかりまでに仕上がっていて東屋まで建っていた

そのまま裏手に周り勝手口へ行き、戸をそっと開けて覗いてみた

大工達はテラスで毛布にくるまりイビキをかいている


私は起こさぬようにそっと忍び込み手直し中の家具を見て回る

寝台は壊れていた天蓋が治り仕上げの仮漆も塗られていた

軽く触れてみると仮漆は乾いる

テーブルとイスも同じく仮漆で輝いていて、そのツヤが美しく触れてみようとすると


「まだだよ」


振り返ると昨日シャンという名だと紹介された娘があくびをしながら頭をかいていた


「あんた名は?」


“スズです”


「スズお嬢さん、それはまだ乾いてないからお触りになるなよ」


コレだから世間知らずはと言いながら起き上がりこちらへ来ると私の服を指でつまみ、お召し物が汚れますですわよと笑い寝台をアゴで指した


「おじさんが言ってたよ、あの寝台、売れば金貨二十五枚にはなるってさ」


二十五枚

私には想像もできない大金だ


「銅貨十万枚だよ?もうあんたお金敷いてその上で寝たら?」


十万枚にも驚いたがあっという間に金貨を銅貨で計算し直せる事にも驚く


“すごいのね、あっという間に計算してしまうなんて”


シャンと呼ばれた娘は、はんと笑い


「金貨だけ数えてりゃいいお嬢様と違ってね」


そう言うとシャンと呼ばれた娘はテラスの隅にあるご不浄へ向かい

私は逃げるように勝手口を後にした


小屋に戻ると炊事をされているシジュウ様に私が皆に誤解されている事を打ち明けるが、シジュウ様は森の外の愚か者がお前を見ればそうなのだろう、そんな蛮族の言う事を一々気にするなと言われるだけだった

シジュウ様は茹で上がった麦切りにお肉やソースを豪快にまぶして炒め

蛮族は味がすれば満足しますからと小馬鹿にした


“でも美味しそうです”


シジュウ様が大皿にいつもの繊細さのカケラもなく盛り付ける麦切りからはとてもいい匂いがする


「お前にこんな物を食べさせたら私がお叱りを受けます」


シジュウ様が大皿にのった麦切りが冷めぬ様に蓋を被せるのを少し残念に見ていると、生きるには賤しさも必要ですがと溜息をもらし、懐から食事用の小さな鋤を取り出し、麦切りをくるくると一口分取り出す


「一口だけです」


そう仰り私の口元に運んで下さった

何だか照れ臭かったので私が運びますと申し出るとそれには及びませんと仰り小屋の外で待っていたガラスのゴーレムがそれを受け取った

ではせめて取り皿をとあらためて申し出ると仕方ないと言ってお許しくださった


「戻って来たら朝食にします」


シジュウ様は私をそう言って見送る


再び勝手口へ戻ると大工達は皆起きていて家具の仕上がりを確認していた


“朝食をお持ちしました”


私が声をかけると、大工はおお!と声をあげ、もうここで雇ってもらえんかねと笑い

大工の妹はその顔じゃムリだよと呆れ

シャンはスズお嬢さんメシをお早くとテラスでニヤついていた


ゴーレムはテラスのテーブルに大皿を置くと、すぐさま私の手から取り皿を取り上げ大工達の前に置く

ゴーレムが蓋を開けると山盛りの麦切り

大工達はスゴイな、どこから取っても肉が有ると大喜びで

取り皿と一緒に添えた取り分け用の匙など使いもせず食べ始めた


私は皆が指で麦切りを食べる姿が羨ましく

私がシジュウ様の前で指を汚せばお叱りを受けるし、その指を舐めようものなら切り落とすと言われてしまう

麦切りをジッと見る私に大工の妹が一緒にどうだい?少しくらいならあの召使いにも分からないさと声をかけてくれ、大工もそうだそうだと手招きする

ちょっと引かれたがグッと堪え、ありがとうございます、でも先程味見をしましたと答え

それに指を汚せば怒られてしまいますと残念そうに笑ってみせた

大工の妹はおっかない召使いだねと笑い

大工は指を汚さずに食べられるもんなのかねと首をひねる


「あの召使いに食べさせてもらうんだろ?」


シャンが可笑しそうに笑いこちらを見る

不意に、さっき麦切りを口元に運んでいただいた事を思い出し顔が熱くなった


「マジかよ」


黙り込む私を見てシャンは呆れ

大工とその妹はあははと愛想笑いを浮かべた


恥ずかしくなり逃げ帰る様に小屋に戻ると小屋の中は甘い匂いに溢れかえっていた

台所ではシジュウ様が甘い香りのする乳に一口大のパンを漬け込んでは焼いていた

テーブルには冷たそうな乳と大きな腸詰め、何種類もの蜜や果実の砂糖煮の小鉢が並んでいた

焼きあがったパンはプルプルと柔らかく、シジュウ様のおすすめで何もつけずに最初のひとつを口に運ぶと、匂いほどではない甘さが広がる

後は好きなものを添えて楽しみなさいと仰り、色んな甘みを楽しむ

甘さに飽きたら腸詰めを人かじりし、また甘いパンに戻る


「ところでコレですが」


シジュウ様は夢中で食べる私に昨日の黒パンを取り出して見せ


「2兆のレパートリーを誇る私も流石にこれをお前にどうやって食べさせるか一晩悩みました」


シジュウ様は黒パンを薄く切ると油がたっぷり入った鍋でサッと揚げ、タップリと砂糖をまぶして皿に盛ると私に差し出した


「あの小娘がお前に捧げた物です、口にしててやる事が大森林の寛大さを示すことにもつながります」


シジュウ様は、善意は受け取れと言うことですと仰り私の前に置く

揚げたパンはとても甘く

少しにがかった


朝食が終わり、後片付けを済ませ犬達と毛布で綱引きをして遊んでいると、シジュウ様が一度に3人もいらっしゃった

皆手に荷物を持っていらっしゃる


「今し方、主人様が御居館に移られました,これよりお前は主人様にお目通りをいたします。作法は煩く申しませんがお仕えする者として失礼の無い態度で臨みなさい」


ハイと答え立ち上がり

あらためて緊張する


「「「では身仕度をします」」」


シジュウ様達は一斉にもう一組の腕を出し私に襲いかかった

私は抵抗する間も無く下着まで剥ぎ取られたかと思えば瞬く間に着替えを着せられ、あれよあれよと言う間に化粧が始まる

それと同時に髪を撫でつけられ爪の手入れまで始まる

新しい靴を履かさる頃になって、ようやく裸にされた事を恥じる事が出来た


シジュウ様達に連れられ小屋を出るとゴーレムが姿見を持ち待っていた

鏡に映る私は整えた髪に小さな飾り

薄っすらと化粧を施された目元

赤子の様な鮮やかさに染まった頬と唇

純白のドレスシャツとすこし丈が短い様に思える上着

その上着の襟元には黄金の輝きを放つ小さな飾りと胸元には金糸のものと思われる刺繍

ひざ下までしか無い短いスカートは貴族様の様な複雑な格子模様で彩られ

足元は見事に黒く染まった靴下と何の皮で作ったらこうなるのかと見とれるほど輝く茶色の革靴


これが私なのだろうか

数日前の自分が見ても信じてはもらえないだろう


御居館の玄関をくぐると、とても二階建てとは思えぬ高さの吹抜けと派手さは無いが見事な作りの帝王階段

御居館の中はまだたくさんのゴーレムが忙しく動き回り内装を整えている


シジュウ様達に連れられ帝王階段を上がり二階に登るとそこは廊下にまで絨毯が敷かれ、開け放たれたまま作業が続く部屋の中はこの世のものとは思えぬ光景


その二階の中央にあり

その広さは二階の半分以上を占める

主人様のお部屋

その前に私は立つ

そこは戸が開け放たれ

壁一面の本棚にシジュウ様達がせっせと本を並べ

バルコニーの戸は全てガラスで出来ていて

棚に置かれた調度品はどれも初めて見るもので

ゴーレムが寝れそうな大きな寝台と

その横にとても落ち着いた色合いのテーブルが有り

主人様はそちらに腰掛け本を広げていらっしゃった


開け放たれたバルコニーにはカラスが止まり大きな鳴き声を上げる

主人様はバルコニーに止まるカラスにそれは良かったと声をかけ

カラスはカァと鳴いて飛び去った

主人様の横に立つシジュウ様が主人様に声をかけると、私はお部屋へ通された


「似合うじゃないか」


主人様がお声がけ下さった


「尽くしてくれよ?」


私はハイと答え深々と頭を下げる


「ここは私の住まいだかお前の住まいでもある、お前は私の僕だが此処の先住者でもある、だから遠慮はしてくれるな」


それとこれをありがとうと仰り、テーブルの上のに置かれた小さな野花を指指された


「さて、コレからお前の財を手違いとはいえ奪ってしまったことは聞いている」


主人様は傍に立つシジュウ様を指す

私の横に立つシジュウ様の1人がお前が着ていた服を洗濯で駄目にしてしまったことですと耳打ちして下さった


「その事を詫びたい、お前が着るもの今後一切はコレが責任を持って用意しよう、その上で何か欲しいものがあるのなら今でなくても良いから、何か考えておくと良い」


それはお前の権利だ

主人様はそう仰り、シジュウ様をまったくと叱った


“シジュウ様には良くして頂いています、ですから私は何も頂かなくて結構です”


「シジュウ?」


私の言葉を聞いて主人様は首を捻り

主人様の傍に立つシジュウ様が私の名ですと仰ると主人様は笑い出した


「随分と可愛い名なのだな、初めて知った。シジュウ、《小鳥》か、いや知らなかった。昔聞いた名はもっと長かったがな、いやシジュウの方がいい」


主人様はインバンデンゼムアド何とかかんとかと長い名でシジュウ様の事を呼ぶと今日から私もシジュウと呼ぶよと笑われた


「さてスズ、これから頼むよ」




お部屋を後にし、一階に降りるとシジュウ様は入口右手の部屋を指差す


「あそこがお前の部屋になります」


戸を開け中を覗くと先程の主人様のお部屋とは比べられないが

広く明るく絨毯が敷かれ大きな窓も有る立派なお部屋だった


“お間違えでは?”


困惑しシジュウ様を見上げる


「間違いでも冗談でもありません、ここがお前の部屋です」


使用人は屋根裏とか階段の下とかが充てがわれる物ではと聞いてみたが


「屋根裏や階段の下に住みたいのですか?」


シジュウ様は何を言っているんだと言わんばかりの顔だった

シジュウ様のご案内で御居館の中を見て回る

一階は入口の左右それぞれに2部屋ずつ、その部屋のひとつが私のものだ

帝王階段の裏手にはご不浄

そこから先、主人様のお足元にあたる部分には大きな食堂で、テラスの戸を開け放てばまだタネを蒔いたばかりだが咲けば一面の花壇が見え、その先にはコレから建てられるガラスの建物

食堂は台所と繋がっていて、そこにはいくつもの魔法のカマドが有り

壁にはガラス戸で出来た食器棚と鉄で出来た食料庫の扉がズラリと並んでいた

食堂の隣にはお酒とお菓子を頂く部屋

ガラスのテーブルとそれを囲む私なら寝てしまえそうな大きさのソファー

酒瓶やおつまみ、お酒ではない様々な飲み物やお菓子がガラス戸と《白銅》とシジュウ様が仰る銀で出来た棚に並ぶ

シジュウ様はその棚から花びらの様に鮮やかな色の菓子をひとつつまみ私に差し出す

あまりに美しいので飾りかと思い

眺めてから口に運ぶ

きっとこれが天上の味と言うものなのだろう


「ここの物は自由に口にして良いが、私に一声掛けてからにする事、それと酒はお前が22になるまで口を付ける事は許しません」


驚きシジュウ様に聞き返す

ここの物を私が口にして良いのかと

シジュウ様は重ねて言うが酒はお前が22になるまで許さないと仰り

それにここでお前と主人様以外の誰が菓子を口にするのかと呆れられてしまった


1番隅の小さな部屋は戸を開けて覗いても何もなく

シジュウ様が仰るには魔法で森のお屋敷と繋がっており、シジュウ様が必要な物を取っていらっしゃる時に使うらしい

シジュウ様が仰るには、私がこの部屋に入っても何も起こらないから特に気にするなとの事だ


今度は地下室へ向かう

地下と言っても天井が輝き地上と何も変わらない明るさで

広さもここが地面の下なのかと疑ってしまう

そこには大きな扉が二つあり

ひとつはとても広い部屋で

その広い地下室はシジュウ様とゴーレムが用のない時に控える場所らしく

よく分からない物がたくさん有るだけだった


もうひとつの扉がの先は程々の広さがあり

壁には大きな鏡

その横には大きく綺麗な模様の描かれた箱が2つ並んでいた

シジュウ様が仰るにはこの箱は服を洗濯する物でコレさえ届いていれば主人様にお叱りを受けることもなかったと溜息をつかれた


部屋には棚とさらに引戸が有り

棚には見覚えのあるフワフワの白い大きな布がたくさん積んであり

引戸を開けるとそこは私の部屋ほども有る浴室になっていた

湯船は小さな池程もあり、壁には鏡や湯水の出る飾りが並んでいた



シジュウ様は突然ガッチリと肩を押さえられ

私の耳元で今すぐにでも入れますと恐ろしい声で囁かれた

シジュウ様は怯える私を見て溜息をつかれ手を離される





二階は主人様のお部屋が殆どで

帝王階段を上がったちょうど私の部屋の上辺りに左右一部屋ずつ有るだけだった


いったん御居館を出たところでシジュウ様が用意ができた様なので家具を部屋に移しましょうと仰り

お前の使う物なのだからと言って私の手に金貨を握らせた


「コレを代金としてあの大工に渡しなさい」


掌の中には金貨が六枚

一度触れて見たいと思っていた金貨に少し緊張する

落とさぬ様懐にしまい勝手口へ向かう



勝手口の中では荷車に不要な家具を積み上げるゴーレム達と、もっと丁寧に扱ってくれと悲鳴を上げる大工とその妹

それを見て腹を抱えて笑うシャンの姿


大工は私に気付くとアレになんとか言ってくれ、俺の言うことなんか聞きゃしないと泣きついてきた

仕方なくゴーレムの元へ行き

大切な物だから丁寧に扱って欲しいと声をかけた

私の声を聞き、ゴーレムが荷車の上の家具を積み直してくれた

そんな事をして居るとお顔を隠されたシジュウ様がお二人現れ、大工達にお茶と焼き菓子を振る舞う

お茶用の砂糖壺の中身を使い切る勢いの3人

ゴーレム達は荷車に不要な家具を積み終わるとその足で私の使う家具を運び出す

甘いなと笑いながらお茶を飲む大工にシジュウ様が、では手間賃を払いますと声をかける

大工は少し真面目な顔になると

昨日貰った金貨のでは足りなかったと言い

大工2人半が1日半の仕事

それといくつか直すのに物を買いに走った分を入れると昨日の金貨じゃ少し足りないと言う


シジュウ様は頷き

もとより昨日の金貨は支度金

手間賃は別だと言い私に支払いを促す


シャンが私は半分か?と大工の足を爪先で小突く

私がおいくらでしょうと聞くと大工は金貨一枚と銀版二枚と言う、別にぼったくってるわけじゃないぜ?あれを直すにはそれくらいの物じゃなきゃ釣り合わないのさと真顔で運び出される家具を見る

私はシジュウ様に銀版二枚をとお声をかけたが、首を横に振られ

代金はお前の懐の中ですと言われる


仕方なく金貨を2枚取り出し

お釣りは銀版何枚だっけと思って居ると、シジュウ様が耳元で全てですと仰る

私が困惑して居るのを見て大工が金貨しかないのなら今でなくても良いと笑い


それを聞いたシジュウ様が不機嫌そうな声になる

では手間賃を取らせます

家具1つにつき金貨1枚

不用品の引取りに金貨1枚

合わせて金貨6枚を受け取りなさいと仰り私に促した


私はシジュウ様に言われるがまま懐の金貨6枚を大工に渡す

大工は渡された金貨と私を驚いた目で交互に見

大工の妹はこりゃあ大変だとつぶやき

シャンはバカ貴族だと私とシジュウ様を指差して笑った


本当にいいのかと大工は何回も確認し

シジュウ様にクドイと叱られ

大工の妹はあんちゃんこりゃあ何かあるに違いないと大工の袖を掴み

シャンはそんな大人2人を見て笑いながらヤバくなったら逃げりゃいいじゃんとからかった


シジュウ様は手直しされた家具がゴーレム達に運び出されるのを見届けると

では救済院も頼みましたよと、振り返りもせずに言い、2人揃って勝手口を後にした



大工は残った私に本当にいいのかねと聞き

私は、あんな方ですからいいと思いますと答えた

大工はそうかいと言ってテラスに腰掛けお茶を一口飲むと

私の胸の刺繍とスカートの柄をマジマジと見つめる


「その紋章もその柄も初めて見るものだ、他所のお国から来た貴族様かい?」


“私はレンクルから、他の皆さんは少し遠い所からいらっしゃいました”


暗い森の魔法使い達だと言っても信じては貰えないだろう

私は自分のことなら答えることにした


レンクルに貴族様なんかいたか?と首を捻る大工

大工の妹が私に聞かれてもと困り顔


“私は海の方のレンクルの村娘で、ここでご奉公して居るもので、貴族様では無いんです”


大工の妹は私の身なりを一瞥し

いや、何か私らにそう言わなきゃいけない訳があるんだろうけどさ

村娘の奉公人は紋章の入った上着なんか着ないし、柄モノのスカートは貴族様が御家を表すもんだと笑う


“これは主人様にお目通りするのに失礼がない様にと言われてさっき渡されただけで”


「いやね、そりゃもうアレだろ?ここの主人様がお前さんに紋章と貴族様の身分を示す自分のところの柄を身につけさせたんだろ?つまりお嬢さん、あんた今日、後継ぎに選ばれたって事じゃないか」


そうかい、後継ぎの初仕事だから御祝儀で金貨だったのか

そうかそうかと大工とその妹は納得していて

シャンはゲンナリした顔で私を見ていた

するとシジュウ様がお二人揃って戻ってこられ、私に昼食ですと声をかけた


私はそれではこれでと大工達に頭を下げ

シジュウ様達に連れられ勝手口を出ようとした時、ふと朝食を思い出しシャンに声をかけた


“昨日のパン食べたわ、ありがとう”


「あ、え?うん」


“少しにがかったけど美味しかった”


「まあお嬢さんのお口には合わないだろうさ」


照れくさそうなシャンを見て

すこし付き合い方が分かった気がした


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