十五話(う)
姫騎士殿からの手紙を握り締め息子と二人この街に来たのはもう四年近く前のこと
来た当初は姫騎士を探そうにもツテなどなく、あの時の娘の名でも聞いておけばよかったと後悔したものだ
馬小屋よりはよかろうと笑い安宿に泊まり
日が昇ると騎士たるもの恐れては行かんと魔法使いの屋敷へ向かった
魔法使いの屋敷は戦の時より大きくなっており、獣人に不覚をとった裏門へ向かい声をかけたが、寝起きなのかまさか酔っているのか、子供の様なエルフがふらふらした足取りで出て来て立て看板を読めと言って戻って言った
言われた立て札には出入りを許された御用人以外は迎賓へと回れと書かれており、小川を渡り迎賓施設へと行くと今度は次の開館は〇〇と明日の日付が書かれているだけだった
街へ戻り色々聞きまわったが姫騎士の事を知る者はいなくやはり手がかりは魔法使いの屋敷くらいかと思い屋敷の周辺を散策して回った
救済院からは炊事の煙が太く登り炊き出しを待つ者達だろうか、多くの人が並ぶ
辺りに広がる貧民街からもポツポツと炊事の煙が昇っている
半年前の事をしっかりと覚えているわけではないが随分と貧民街の整理が進んだ様に見える
これなら後一年もすれば貧民街は消えてしまうのではないか?
貧民街から救済院辺りへと戻ると
炊き出しに並ぶ列はずいぶん短くなっている
「そこの騎士様、流れ者かい?どうだい?飯食って一働きして行かないかい?」
声をかけて来た男は救済院の印が入った上着を羽織り私達を手招きしていた
息子と二人顔を見合わせ何事も経験だなと言って男に連れられ救済院へ入るとそこは半年前の倍は活気があり
炊き出しの飯を食べ終わった者達が男も女も子供までも馬車や牛車に乗り込んでいた
「新しく開墾された土地を与えられた人達ですよ」
私達を誘った男が言った
「荒らされたりはしないのか?遠いのだろう?」
「エルフもゴブリンも白姫様のご意向の前では大人しいもんですよ」
男はエルフの王も鬼の姫も白姫様の御家来なんですよと笑う
「で、私達にも畑をくれるのか?」
男は笑い日雇いですよ、飯が食えて風呂にも入れる、給金がわりに白札も貰えますと続けた
「白札?何だそれは」
「御聖堂の取り扱い品と交換できる手形ですよ、領主の店でも使えますよ」
子供騙しかとおもったが何事も経験だ
姫騎士殿も何時もその様におっしゃっていらっしゃった
「では一日汗を流してみるか」
飯はちゃんとしたものが出され
開墾された土地はとても豊かに見える
日が傾き野良仕事が終われば救済院に戻り湯を浴び酒を振る舞われた
「騎士様、泊まるところがないなら広間に泊まっていきな、雑魚寝になるがね」
振る舞われた晩飯を食べ広間に寝転ぶ
息子と二人変な所だなと笑い眠りについた
翌朝は施された朝飯を食べ魔法使いの屋敷へ向かった
迎賓施設の前にはたくさんの人が並ぶ
陳情の類からどこぞの貴族の使者や何かの売り込みらしき者まで
開門され受付が始まる
受付を済ました者は中で待てと次々と捌かれ程なく私達の番となった
「では次の者」
やる気のない女の声に呼ばれ受付小屋の者に声をかけた
「王都から来た、人探しなのだがここしかあてがないのだ」
「はいはい、じゃああなたはそっちで待っていて」
やる気のない声の女は面倒臭そうに私に横で待てと言い
私達は仕方なく人が途切れるのを待った
人が途切れ話を聞こうと再び受付小屋へ向かうと、そこから一人の体格の良い女が現れた
「アレだけ書かれてそれでも来るなんてあなた達はおかしいの?」
私は目の前の何処か見覚えのある女のの姿と聞き覚えのある声に唖然とし
息子はポロポロと泣き出した
「ああもう本当に迷惑」
息子は姫騎士殿と泣きながらすがりつく
長く美しかった髪は短く切り揃えられ
風をきる様に鋭かった体躯は風車のように逞しく
一目見て姫騎士殿と看破した息子にも驚嘆だがこれは驚いた
もう離しませんと泣きながら縋り付く息子を蹴り飛ばし今は仕事中だから昼まで待てとおっしゃり、姫騎士殿は迎賓施設へと向かった
とりあえず迎賓施設の庭木に腰掛け、よかったよかったと泣いて喜ぶ息子と時を待つことにした
「しかしよく一目で姫騎士殿とわかったものだな」
「姫騎士殿の御姿を見間違う事などありません!私は幼き日より父よりも母よりも他の誰よりも姫騎士殿に憧れ姫騎士殿を見てまいりました」
「その【父】としては悲しい告白だが、その様だな、私は上部でしか姫騎士殿を見ていなかったのだな」
迎賓施設からはちゃんと相手にしているのかと首をかしげる様な早さで人が出て来る、そして姫騎士殿が受付小屋に走って戻り受付を済ませ迎賓施設にとんぼ返りを繰り返し
息子は姫騎士殿が姿をあらわすたびに立ち上がったり座ったり、何をなされているのでしょうかと楽しげに呟く
受付だろうよと私が答えてもどこ吹く風で姫騎士殿を目で追いかけていた
昼程になると姫騎士殿は受付小屋に休憩中と書かれた板を出し私達を手招きされた
息子が小走りになるものだから私もそれに続く
「今から昼の休みだからそこで話を聞きます」
その声はあの懐かしい姫騎士殿そのものだった
「しかしお忙しい様ですな」
「シジュウ様は四人も五人も部屋の数だけいらっしゃって蛮族の相手をされるからそれはもう」
「六人姉妹の魔法使いという奴ですな」
「もっといるわよ」
「なんと!」
「あ、これ知られたらいけないんだった。黙っといて」
「それは、まあ」
姫騎士殿の後に続き迎賓施設の中を進み、ちょっとした小部屋に入るとそこに昼食の用意がされていた
「あら?あなた達の分もあるのね」
一体誰が用意したものかは知らないがそこには三人分の食事と茶が用意されていた
姫騎士殿は席につかれるとあなた達もどうぞと我々に昼食を勧める
「あなた達に言いたい事は手紙で伝えたしもう会いたくないって書いたはずだけど」
「はい!」
息子が満面の笑みで答えた
「だからそれが嫌だって書いたでしょ?」
「はい!姫騎士殿がこんなにも私の事を見てくださっていたのかとそれはもう目で紙も擦り切れんほどに」
「首を振る事を覚えなさい、バカみたいに前だけ見ているからそうなのよ」
「ああ、この様に御指導を頂ける日を乙女の様な心持ちで待っておりました」
「それを辞めなさいと書きました」
「はい!」
「ケシミ、あなたは?」
「姫騎士殿がおられるところが私の居場所とあの日誓ったではありませんか」
「それも嫌だと書いておけばよかった」
「何も望みません、お側に、只お側に」
「それでは私からもお願いがあります、まずその姫騎士と呼ぶのを辞めなさい、次に帰って下さい」
私がもちろん帰りますと言うと息子は私は嫌ですといきり立つがそれを抑えて胸を張る
「そして何回でも参ります」
「その頑固なところが嫌いだと書いてなかった?」
「頂いた文は一言一句残らず褒め言葉で飾られています」
姫騎士殿ははあと溜息を吐き昼食に手を付けた
「しかし姫騎士と呼ぶなと言われましても貴女の事は私が生まれた時より姫騎士とお呼びせよと言われておりまして」
「私にはヒバナと言う姉から頂いた立派な名があります」
「それではその名でお呼びすれば宜しいのでしょうか」
「出来れば」
「息子には難しいかも知れません、コレは母と乳の次に覚えた言葉が姫騎士でしたから」
姫騎士殿は大きく溜息を吐き、お前達の姫騎士を今ここで殺しましょうと言って食べながら話を始めた
私は故郷に帰るなり姉にこっ酷く怒られた、それはそれは酷かった、何せ死ぬかと思ったのだから
でも帰った故郷は素晴らしい所でここでの地獄の様な日々を忘れさせてくれた
食べるものは美味しく何日も洗えないのが当たり前だった髪は流行りに変えた
着るものも貫頭衣かと疑う様なボロから私の好みの物が選り取り見取りに変わった
なぜ私が畑を耕していたか教えようか?何を食べても不味かったからだ
なぜ私がガリガリに痩せていたか教えようか?ジジとババがなぜか毎日野菜ばかり用意したからだ
エルフかと思った?
エルフだって肉くらい食べるよ
何故寡黙だったかって?
お前達に何を言っても毛の先ほどもわかってくれなかったから諦めたのさ
何故王に使えたか?
王が大森林の契約者だったからさ
ん?ああ、魔法使いの手先って意味さ
四剣最強だがなんだか知らないが、弱い奴に弱いと言ったら泣かれて弟子にしてくれと泣きつかれ、そいつがガキまでこさえ
馬飼は女房だけでは足りずに私の風呂を覗き
ジジとババはせっかく実った畑の物をワザワザ不味くする
私がここで嫌いだった者をあげろと言われればお前達が真っ先にあがる
一気にまくし立てた姫騎士殿は、ああ美味しいと言って肉を口に放り込んだ
「いや、それほどまでに私たちのことを思ってくださっていたとは」
私は小娘の様にまくし立てる姫騎士の言葉一つ一つに懐かしく暖かい者を感じる
息子に至っては話に自分が登らなかったのが不満なのがありありと見て取れる
「あなた人の話ちゃんと聞いた?」
「ええ、嘘つきのヒバナ殿、しっかと」
「じゃあ食べたら帰りなさい」
「ここで雇ってはいただけないのでしょうか、下男で構いません」
「ここは外の者を雇ったりはしません、第一私がタダ働きなんですから」
「なんと、魔法使いの屋敷は金など湯水の如くと聞きましたが」
「金など貰っても使えません、いやそんなこと言われてもわからないわね。いいわ、私は罰としてここで働いています、六十年フラフラと遊び歩いていた罰として百年タダ働きしてこいと姉に言われここにいるのです」
全くやってられないとヒバナ殿は力なく笑う
「金なら蓄えがあります!」
元気一杯に息子が答えた
身請けけでもしそうな勢いだ
「じゃあそれを全部銅貨にして持ってきて」
「銅貨、ですか?」
「あーお酒飲みたい遊びたい!」
「任せて下さい!」
「任せられません!」
「大丈夫です!私はいつか姫騎士殿とその、お金を貯めていました!大丈夫です!」
「そう言う目で見ていたの⁈」
「いえ!決して!いや・・少しは」
ヒバナ殿は身を隠す様なそぶりを見せ息子はあたふたと空を引っ掻いた
ヒバナ殿はもういいと言って残りを口に詰め込むと仕事に戻ると言って出て行かれる
「ヒバナ殿!夜また参ります!酒もお持ちします!」
姫騎士は私の声に手だけをヒラヒラと振って応えるとそのまま仕事に戻られた
息子を振り返ると真赤な顔をしており知られてしまったとプルプルと震え
みんな知っていたよと言うのも不粋なので黙って茶を飲む
空いた茶碗に新しい茶が注がれた
済まんなと言ってふと誰がと思い顔を上げるとそこには透明なゴーレムが茶と砂糖壺を持って立っていた
そのゴーレムは砂糖壺を新しいものに変えるとすぅっと消えてしまった
「ずっと居たのでしょうか」
「今も居るのだろうな」
息子と二人顔を見合わせた
昼食を平らげ街に戻り酒を買い込む
領主の店のモノが一番と聞き、試しに一杯飲んで驚きそれを買えるだけ買った
銅貨はないかと聞かれたが金貨しかないと応えると随分と吹っかけられた
酒を抱え日が沈むのを迎賓施設の前で待つと次回は○×と書かれた紙を持ったヒバナ殿がその紙を立看板に貼り、こちらを向くと手招きをされた
「本当に買ってきたのね」
「勢いで王都を出たものであまり持ち合わせがなく」
「呆れた、こっちへいらっしゃい」
ヒバナ殿について再び迎賓施設に入り先ほどの部屋に通された
「で?まだ何か?」
「話は終わりました、息子も遂にその思いを口に出来ました、残るはヒバナ殿と飲み明かすだけです」
「それが終われば帰るのね?」
「もちろん」
ヒバナ殿は何処かへ行くと、つまみを持って戻り氷の入った壺とグラスを並べる
「じゃあ始めましょう、そう言えばあなた達とちゃんと向かい合って飲むのって初めてね」
上等な酒と舌が驚くようなつまみ
私も息子も泥酔し何かわけのわからないことをたくさん話した
私がションベンから戻るとヒバナ殿に泣いて抱きつく我が子と
わかったから、一回くらいならやらせてあげるからと呆れたように酔った息子を引き剥がそうとするヒバナ殿の姿があった
その後も酔いに酔い
気がつけばヒバナ殿の姿はなく、透明なゴーレムに水を差し出され、飲んだら帰れと追い出された
門の外で私は酔った割にはスッキリとした頭で空を見る
「父上?」
「お前は王都に戻れ」
「何を!」
「私はここで士官先を探す、なに腐っても元四剣だ、任せておけ」
息子の顔はぱあっと明るくなる
「母には引っ越すぞと伝えておけ、ミップとモツチにも教えてやれ、あの二人はここに越すわけにはいかんだろうがそれでもな」
「わかりました!それと銅貨の手配もしておきます!」
酔いを覚ました私は領主の元へ向かい士官を果たした
給金の半分は金貨で半分は白札と言われ、安く使われるのだなと笑ったが、一年後には全て白札にしてくれと頼み込んで居た
息子は迎賓館で人が雇われたと聞き、ならば自分もと駆け込んだがあえなく追い返され、仕方なく騎士を続けている
大量に持ち込んだ銅貨とヒバナ殿の口利きで白の街に館を持つこともできた
息子はなんとかそこにヒバナ殿をお迎えしようと頑張っているがあまり期待は出来ない
私たちはヒバナ殿のお勤めの日の度に酒を酌み交わし
去年からはスズ姫様の既知の者の店で飲み明かす様になった
ヒバナ殿が白札ならいくらでもあるよと言って毎度の様にお支払下さるからだ
驚いたことにその店の若主人の女があの時金貨をくれた娘だと知った時は世の中狭い物だと笑いあった
いつからかは分からないことにしてあるが、息子は願いを一つ成し遂げた
酒盛りが終わるたびヒバナ殿に担がれ寝床に消える様になったのだ
もちろん最初の日は父として大いに喜んだ
本音で言えばせめてシラフであればと思うのだが
先日などヒバナ殿に姉の前で朝帰りする身になってくれと愚痴られてしまった
父として申し訳ない
そんな日々が少しだけおかしくなる
領主に内々に戦支度を仰せつかったのだ
それと日を同じくして息子の元にヒバナ殿から槍が届けられた
姫騎士が使っていたあの魔槍だ
大きな戦になるのだな
私は五指と誓った指輪を眺める
しかし果たして王国やこの白の街に弓引くほどの大国が有ったろうか
三公国が一つになってようやくと言ったところだろうに
三公国の先には何が有ったか
青い石ころを有り難がる奴らだったか
成る程
これは大変だ




