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大森林の魔法使い  作者: おにくさま
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三話

目が覚める

体は少しだるい

体を起こし周りを見渡した


やっぱり夢じゃない

テーブルの水差しに手を伸ばす

グラスに注いだ水はまだ冷たいまま


本当に魔法使いなんだなぁ

水を飲みながら寝ぼけた頭で夕べのことを思い出す



私が小屋で食器や匙を並べては眺める

そんな事をしているうちに、御屋敷を囲む壁は全て新しいものに替えられてしまった

シジュウ様のお話では3日で御屋敷も建て直してしまうらしい


休む事なく働き続けるゴーレム達

それを操るシジュウ様

シジュウ様は自分のことを人間と仰っていたが、きっと賢人などおよびもつかない大魔法使いに違いない

なら、そのシジュウ様を使用人とする主人様は一体


日が陰り始める

不思議な事に小屋の中はランプも無いのに明るいままなのだ

いつの間にか天井が光っている

森の魔法に感嘆し暮れはじめた空を窓から見ていると、シジュウ様がいらっしゃった

後ろにはゴーレム


「取り敢えず直ぐに必要なものを揃えました」


シジュウ様はゴーレムから受け取った荷物を寝台に並べると、テーブルの上に私が並べていた食器をどうでも良さげに片付け、荷を降ろした


まず驚いたのが私とイヌ達の寝床用の敷物

イヌも私も手のひらが沈む感覚を何度も味わう

雲の上で寝るとこうなのだろうかなどと考えていたのだが

実のところ、あまりの柔らかさになかなか寝付けなかった


次に歯ブラシや私とイヌにそれぞれ櫛をくださった

イヌ達の櫛掛けはわたしの役目らしい


そして何より驚いたのが手鏡

私に手鏡をくださったのだ

まるで鏡の向こうにもう1人の私がいるように見える

何度磨けばここまでになるのだろう


次はこんなに必要だろうかと思ってしまうほどの手拭い

シジュウ様は


「とりあえ何をするにも手洗い、これを覚えなさい」


ご不浄は言うに及ばず、小屋の出入りや食事の前も手を洗い手拭いで拭えとおっしゃられる

村で使っていた手拭いがボロ切れに思える上等な手拭いで


「ああ、それからお前の求めた下着です」


私はわたされた下着を広げホッとする

色々不思議な所はあるし私には上等過ぎると思うが、まさに私の知る下着

私は失礼をし、下着を身に付けた

コレで人前に出られる

そんな事を考えていると


「明日からはコレが必要でしょうから使いなさい」


シジュウ様が差し出されたのはタイツだった

街の大人が履くようなそれでは無く

貴族様が召される様な


たが

何故シジュウ様は度々この様な間違いをされるのだろう

下着の時といい

コレでは小さ過ぎるし縛り紐も見当たらない

一旦お断りしようとすると


「身に付けて見なさい」


無理だとは言えない

言えないが履けないのを見ればご納得してもらえるだろう

そう思い、破かぬ様に爪先を通した

そして驚いた

幼子の物かと思う様な小ささのタイツがスルスルと私の足を包み込む


「納得しましたか?」


シジュウ様の言葉も上の空

これこそ魔法のなせる技

結び紐も無い小さなタイツが今

私の足をスッポリ包んでいる


「明日からのことを話しましょう」


浮かれる私を座らせ、シジュウ様は仰った


「まず明日からはお前の共化に重点を置きます、ああ勉強してもらうと言う事です、心配はいりません、赤子に教えるのと同じ事から始めます。それと少し手伝いもしてもらいます、良いですね?」


はいと返事をするとシジュウ様はゴーレムから最後の荷物をうけとる


「よろしい、それでは夕食にしましょう」


台所に立つシジュウ様

私が手伝おうとすると追い返されてしまった

それにしても

声と面影

同じでは無いけど

やはり母さんに似ている

似ている様な気がする


シジュウ様に、簡単なもので済ませると言われたのだが

これで簡単なら粥など作ったうちにも入らない

それともシジュウ様なら簡単に作れると言う意味なのだろうか

イヌ達には温かなスープの様なものをかけた骨つきの肉

私には野菜のシチューと白パン

そしてどうしたらそんな形になるのか見当もつかない真四角な肉の塩漬けの薄切り

水を入れるだけで氷水の様に冷たくなる水差し

食後には甘い甘い乳の入ったお茶

きっと大貴族様も王様もこれ程のものは口にはできないだろう


食事が終わり、シジュウ様に教わりながら食器を洗う

粉を振りかけ擦り、水で流す

村で灰を使っていたのと要領は一緒だ

魔法の粉である事を除けば


シジュウ様は後片付けを済ませると


「今日はこれまでです、寝床に入り目をつぶれば明かりは落ちます。それまでは好きになさい」


あぁ、やはり魔法のなせる技


“はい、お休みなさいシジュウ様”


「ええ、私はまだ仕事があるので何かあれば声をかけなさい。それと私は眠りません」




窓から見える空が白々と明けはじめていた

小屋の天井が私の起床に合わせる様に部屋の隅だけを照らしはじめた

ほんのりと明るくなった小屋の中でイヌを起こさぬようにそっと寝床を立つ

水を一口飲むと、ちょっとだけ覚悟をして小屋の戸を開けた


季節は白から青に変わったけれど、朝晩はまだまだ冷える

小屋の中は魔法の技だろう、爪の先ほどの寒さも感じなかったが、外はやはり冷えていた


“よし”


自分に気合を入れ、袖をまくり裾を縛ると小屋の周りの雑草を抜き始める

少しでもお役にたてる所をお見せしなくては

御屋敷の方ではゴーレム達が屋敷を壊したり深い穴を掘ったり、屋敷の中に残っていたのだろう色々な物を無造作に運び出したりしている


正門の方では不思議な道具を使っている、地固めだろうか

ゴーレム達は休まず眠らず働いている

シジュウ様も寝ずに働くとおっしゃられていた

そんな中、私だけが緩々と寝ていて良いわけがない

言われたわけではないが、何かしなくては


「何をしているのです?」


やはり突然声をかけられる

振り向けばシジュウ様は肩にカラスをのせてこちらをご覧になっていらっしゃった


“お手伝いをと思ったので”


シジュウ様はそうですかと言われると、肩のカラスに何か餌のようなものを与え、カラスと言葉を交わす


「この羽根つきは中々賢い生き物です」


舞い上がるカラスを見上げるシジュウ様


“あの、おはようございます。シジュウ様”


「ええ、お前は随分と早く起きるのですね」


“はい、いつも日が昇る前に起きています”


「そうですか、それから」


シジュウ様は私が抜いた雑草を見ると


「どうせ詰むならお花になさい、その方が主人様も喜ばれます」


そうおっしゃると、シジュウ様は足元に咲く名も知らぬ小さな小さな花を1つ手に取られる


「主人様はお優しい方ですから、こちらの方がお好みでしょう」


私はも足元の雑草に隠れてしまうような小さな花を1つ詰む


「きっとお慶びになります」


そう仰り、シジュウ様は私から一輪の花を受け取る


「そうでした、昨夜だけで新たなる大森林たるこの地へ忍び込もうとした身の程知らず8人もいました、お前も蛮族には重々気をつけなさい」


シジュウ様はなぜかゴーレムの掘った穴を見つめながらそうおっしゃった

私は少し怖くなり尋ねる


“盗人でしょうか”


それとも人さらいでしょうか

そう続けようとするが


「さあ、何であるかは知りませんが全て打ち払いました。それより」


シジュウ様はスカートをカゴがわりに使い私が抜いた雑草を持たれる


「コレも大森林の恵でしょうから有り難く使いましょう。それでは部屋の中で温まっておきなさい」


ではまた、そう仰りシジュウ様は穴の方へ向かうと、雑草を穴に放り込んだ

それに続くようにゴーレムが穴に取り壊した壁か何かの大きな固まりを放り込む、グチャっというドロのような音が聞こえる

村でも雑魚や海藻なんかを使って肥料を作っていた

どこでも同じような事はするんだな


小屋に入るとイヌ達が起きていたので、おはよう、それとお前達も気をつけるのよ?と話しかけイヌ達の櫛で毛の手入れをしてあげた

いつまでも櫛掛けをせがむイヌに呆れているとシジュウ様がカゴを持っていらっしゃった


「随分と仲がいいのですね」


そう仰りながら台所に立たれる


「朝食に取り掛かるので手を洗って待っていなさい」


お手伝いを申し出たのですが、やはり今回も断られてしまった


イヌ達の朝食が並ぶ

温かそうなコロコロした何かにトロトロとした何かをかけたものだ

次に私の朝食がテーブルに並ぶ

魔法の竃を使って焼かれた丸くて厚みのある甘い匂いの小麦焼

茹でた卵と焼きたての腸詰

夕暮れのような色をした透き通ったスープ

それと濁ったような色の、果実のにおいがするお水


“感謝します”


私は祈りを捧げ朝食に手を伸ばす


「待ちなさい」


シジュウ様は私を止めると小麦焼に蜜をかけると、残りの蜜の入った小さなガラスの器をその横に置く


「好きなだけ使いなさい、お前は随分と栄養状態が良く有りませんから」


難しいことを言われたが、私はありがたく蜜を小麦焼にかける

器に残った蜜は指で拭い舐めた


「すぐにやめろとは言いませんが、それも何となしなさい」


怒られてしまった

小麦焼はふわふわと柔らかく

茹でた卵を1つ丸々食べられる幸せを感じ

腸詰の強い塩気と香草の香りに驚いた

スープは優しい味

ただこの濁ったような水はどうだろう

匂いは果実のような甘い匂いがするのだが

一口含と口いっぱいに果実の味が広がる

祭りで振舞われる果実水などとは比べものにもならない濃厚な味で、気がつけばグラスは空になっていた

勿体無いことをしてしまった

もっと味わえばよかった


「もう少しゆっくりと食べたる様にしなさい」


イヌと何事か会話をなられていたシジュウ様は、呆れた様子で立ち上がると、台所からガラスで出来た細い瓶を持っていらっしゃり、グラスに注がれる


“ありがとうございます”


あさましく恥ずかしい限りだ

たっぷりと蜜をかけた小麦焼を三枚と茹でた卵をもう1つ食べる

本当は腸詰めももう1ついただきたかったが、余りあさましいと呆れられてしまうかと思い我慢した


食事が終わると、シジュウ様は仔犬と戯れながら器を洗う私を見ていらっしゃる


“終わりました”


洗い物を見たシジュウ様は


「まずまずの出来です。それではお前は外へ」


今度は仔犬をプラプラとぶら下げたり眺めたりされながらそうおっしゃった

シジュウ様に言われるまま小屋を出るとすぐそばに別のシジュウ様が敷物を敷き、その上でくつろがれながら私を手招きされていた


「こちらへ」


そう仰るシジュウ様はご自身の膝をたたく

お側には行ったが、どうしたものか


「さあ」


そう仰るとまた膝をたたく

敷物の上に上がりお側に

そして自分の膝を見つめて見みる

一体何の合図なのだろう


「さあココへ」


シジュウ様はそう仰ると私の肩に手を掛けそのまま引き倒す

シジュウ様の柔らかな御御足が布越しに私の頬に触れる

本当にゴーレムなのだろうか

疑ってしまう様な御御足だ


「上を向きなさい」


言われるままに仰向けになると私を見下ろすシジュウ様と視線が合う

恥ずかしい


「小屋の中でも良かったのですが、四つ足が騒がしいので」


そう仰り私の顔をそっと両の手で包まれる


「今からお前の目に薬をさします、安心なさい、しみたりはしません」


シジュウ様はもうひと組の手を使われ小瓶を取り出すと私の両の目に水滴を垂らす


「目の自由がきかなくなりますが一時の事です、では動いてはいけませんよ」


シジュウ様が言われた様に眼の玉が動かなくなる

私の瞳はシジュウ様を見つめたまま動かない


「恐れることはありません」


“はい”


母さんのようなお顔を見つめたまま動かない私の目

その目に右、左と順に何か少し違和感を感じた

シジュウ様は私の動かぬ目に見えるよう、顔の前に針のような物を見せて下さる


「お前の目に薬のようなものを使いました、効果がハッキリと分かるまでは…そうですね、ひと月程でしょうか。まあお前の代謝次第ですが、これでお前の両目も良くなります」


難しくことをおっしゃられるシジュウ様


“シジュウ様、私の目は悪くありません。物も良く見えますし目の悪い方のように月が幾つにも重なって見えたりもしません”


シジュウ様は私の頬を優しく撫でてくださりながら


「お前の目は決して良くはなかったのです、ハッキリそれと分かるほどでは無かっただけです」


シジュウ様はまじまじと私を見つめ


「ひと月もすれば分かるでしょう。半年もすれば随分と変わります」


そう仰るとシジュウ様は私の頭を撫でてくださった


「そう言えばお前が捧げた野花、主人様は大変お喜びでした」


何時も表情を崩さぬシジュウ様が優しく微笑んでくださった






「では少し手入れをしましょう」


程なくして両の目の自由が戻るとシジュウ様は私を立たせた

ドスドスと足音を鳴らしゴーレムがやってくる

手には椅子を持っていた


「昨晩あそこから見つけました、まだ使えるようですのでこれに掛けなさい」


半ばまで取壊された御屋敷

そこで見つけたと言う

立派な細工の施された椅子だ


“よろしいのでしょうか?”


余りに身の程にあわない椅子にためらってしまう


「壊れてはいません、安心なさい」


そんな椅子もシジュウ様にとっては何の価値もないのかもしれない

その椅子に私は腰掛けた


「お前の毛の手入れをします」


そう仰るとハサミの様なモノを取り出す

シジュウ様の御髪はサラサラと風になびく

毛を切るなんて、まだ頃母さんが生きていた頃手入れしてもらって以来だ


「では始めましょう」


シジュウ様は私の髪をザクリと切り落とす


「随分傷んでいます、本当は全部切り落としたいのですが伸びるのを待って何度かに分け、手入れします」


見る間に髪は肩ほどに切り落とされた

ゴーレムが差し出す鏡で見るその様はまるで御聖堂の尼様の様だ


“少し短いのでは”


髪が余りに短く何だか恥ずかしい


「似合っていますよ」


櫛で私の毛をなでつけてくださるシジュウ様の声に顔が熱くなった

悪くないかもしれない

そんな事を思い髪をさわっていると、ゴーレムがテーブルと椅子をもう1つ持ってやって来た

テーブルは椅子に腰掛ける私の前に置かれ、向かい合わせにシジュウ様が腰掛けられた


「意外と使えるものですね」


シジュウ様は子供の様にギシギシと椅子を揺らす


「さて、それでは共化を始めましょう」


シジュウ様がそう仰る横でゴーレムが器用にポットとカップをテーブルに揃え、シジュウ様の前には水の入ったグラスが置かれた


「世間話をしましょう」


シジュウ様はポットから茶を注ぎながらそう仰る


「さて、今は何月なのでしょう?」


シジュウ様はカップを私に差し出しながらよくわからない事を仰る


“あの、コレは一体”


「世間話です、何も問答をしようと言っているのでは有りません。私に今が何月か教えて欲しいと言ったのです」


“え…あの青の1月…です”


私の余りに当たり前の言葉をシジュウ様は興味深げに頷く


“あの”


「世間話です」


“はあ”


「ではその《青》とは何なのか、それを教えてください」


何だろう?

シジュウ様が暮らしてらっしゃった森の中は暦も季節も無いのだろうか

それはまるで天に召された方がいるところの様に


“えっと、《青》とは季節の事で、寒く清い《白》、雪が溶け芽吹く《青》、暖かく実りの多い《赤》の順に巡ります。それで、それぞれの季節に1月から4月まであって、今は青の1月です”


シジュウ様は、なるほどと頷き


「では今度は私が大森林の暦の話をしましょう。大森林の暦は今までお前が暮らしていた暦とは少し違います。大森林では今は青の2月です」


はあ、と間の抜けた返事をしてしまった。シジュウ様が暮らしてらっしゃった森は少し暖かい所なのだろうか


「季節は、清浄たる《白》芽吹く《青》育む《赤》そして豊穣の《黄金》、その4つの季節が有ります。それぞれの季節は三月まであり、それを繰り返しています」


“赤の後に黄金、赤に実りは無いのでしょうか?”


「もちろん赤にも実りは有ります、有りますが、黄金の季節を迎えると田畑は日毎に黒の方角へ向かって黄金に色付いて行きます。その姿はまさに大地を満たす黄金です」


“私の村も赤の終わりが近付くと、麦畑が色付きます”


「そうでしょう、しかし大森林で見るそれは格別です。地の果てまで続く様な田畑が黄金色に染まる姿、いつかお前にも見せてあげましょう」


隣村にあった山まで続く麦畑

アレよりもすごいのだろうか


「さて、次は方角について教えてください」


“はい、えっと、私が大地だとすると日が昇る左手が黄、日が沈む右手が白、頭が黒で足が紅です”


「なかなか面白い例えです、大森林でも同じです」


シジュウ様はうんうんと頷かれ、グラスの水を一口

私もお茶を頂く


“シジュウ様もお水を召し上がるのですね”


ご自身の事をゴーレムだとおっしゃられていたが、目の前にいらっしゃるシジュウ様はお水を召されていた


「喉が渇いたので」


“シジュウ様も喉が乾くのですか?”


「冗談です、この身体は大気とわずかな水があれば、それを力として存分に働くことができる様になっています」


シジュウ様はグラスの縁を指で拭う


「話しましたね、私は私こそが人間だと思っていますと。ですから時々こうしてモノを口にする事にしています」


シジュウ様はゴーレムから包みを受け取ると私に差し出した


“これは?”


「焼菓子です、開けてみなさい」


言われるがまま焼菓子の包みを開けると大人の指くらいの大きさの焼菓子が4本入っていた


「白、黄、黒、紅…と言うよりは茶ですが、方角の色をしています。食べてみなさい」


黄色を選び口に運ぶ

焼菓子は口の中でホロホロと崩れ

濃厚な乳の匂いが鼻に抜ける

しっかりとした乳の味と柔らかい甘み、ほのかな塩気

こんなものがこの世にあったなんて


「朝食を欲張ると茶の一時を十分楽しめなくなるのです」


先ほどに思われる朝食を思い出し恥ずかしくなる


「お前は頗る栄養状態が悪いのですからそれでも良いかとは思いますが、こう言った間食を楽しむのもまた必要な事です」


シジュウ様は少し難しかった様ですねと仰り、気にせずお食べなさいとおっしゃられ言葉を続ける


「さて、それで次は時の数え方を教えてください」





シジュウ様と色々なお話をする内に、日は高く上っていた


「それでは昼食にしましょう、ところで私は少し意地悪をしたくなりました」


シジュウ様はそう仰ると立ち上がり、私は小屋に戻る様に言われた

意地悪と言われ少し不安になる


小屋の戸を開けると中に居たシジュウ様と入れ違いになった

立ち去るシジュウ様は御髪が乱れ、御召し物も少し崩れていた


「四つ足もお前ほど素直であれば良いのですが」


擦れ違うシジュウ様は少しお疲れのようだった


小屋の中では仔犬が1匹、グッタリしていて親犬が心配そうにその周りを行ったり来たりしている

もう1匹の仔犬は親犬の後ろをウロウロ

弱々しい目でこちらを見る仔犬にそっと手を出す

特に吠えたりしないのでそのまま撫でる


折檻でもされたの?と話しかけたが弱々しい鳴き声をあげるだけだった

程なくして鍋やカゴを抱えたシジュウ様がやって来られた

親犬が威嚇する様に唸る

シジュウ様は籠から小ぶりな鍋を取り出すとそのまま魔法の竃で温め始め、その中身を犬達の器にあける

粥の様だ

それを元気のない仔犬の前に差し出す


「嫌われたものです」


シジュウ様は珍しく愚痴を言われた


元気な2匹に肉の塊の様な、小ぶりの丸いモノを沢山器に入れて差し出し、イヌの言葉で少し話しかけられていた


犬達のは御飯は食べるのだがシジュウ様の事は警戒したまま

シジュウ様は竃に戻り大ぶりな鍋に水を貼り湯を沸かすと、独り言の様に話し始めた

あの仔犬はあまり長く生きる事が出来ないそうで、シジュウ様はどうにかしてやろうとしたのだが、犬達にその事がどうしてもうまく伝わらず止む無く治療の為、嫌がる様な事をする事になってしまったそうだ

その結果が先程のシジュウ様の乱れた姿

シジュウ様のお話では1日2日寝込めばとりあえずは元気になるそうで


「それまでは、まあ嫌われておきましょう」


きっとシジュウ様は傷付いていらっしゃるのだろう



意外な事だがシジュウ様が何を作られているのは直ぐに分かった

田舎料理だ

湯をはった鍋に細く伸ばして乾かした麦切りを入れて戻し

麦切りが柔らかく戻ったところで平鍋に移し、塩漬け肉や干し魚を使ったソースにからめる

町では麦紐なんてお洒落な呼び方をするらしいが私にとっては麦切り


ただ、今は目の前におかれたそれはオレンジ色のソースが絡まり、干し肉や野菜が沢山入っていて

シジュウ様にかかれば麦切りもこんなに違うんだなどと感じ入ってしまった


よく冷えた牛の乳と言葉に出来ない香りのする麦切り

どんな味がするのかと待ち遠しいが

シジュウ様のお許しが出ない


「さて、私はお前がこれをどうやって食べるかを知っています」


それはそうだろう

指でつまんで口に運ぶ

皆そうする


「ですが今日からはこれを使って食べなさい」


シジュウ様が渡されて来たのは昨日も見た鋤のおもちゃ


「手を使っては駄目です」


渡された小さな鋤を麦切りに突き立てるが、麦切りはボロボロとこぼれてしまい口に運ぶどころではない

どうやらコレが先程言われた意地悪の正体の様だ


“あの、シジュウ様コレでは”


御慈悲を頂こうと口を開くとシジュウ様は私の手から小さな鋤を取るり、麦切りをクルクルと手品の様な鮮やかさでまとめて見せる


「この様に使ってみては如何か?」


そう仰ると、綺麗にまとまった麦切りを私の口元に差し出される

赤子の様で恥ずかしかったが


“ありがとうございます”


それを頂くと口の中に柔らかい酸味と程よい塩気、それにわずかな甘みが広がった

シジュウ様の真似をして見るがなかなかうまくいかず、思いの外食事に時間がかかってしまった

シジュウ様は私が鋤と格闘するのを飽きずに眺めておられた

コツを掴みどうにか完食すると、シジュウ様は籠の中から小さな器の様なモノを取り出すと、新しい食器の上にその中身をパカっとうつす


「モノを1つ覚えた褒美です」


匙をつけて私の前に差し出される

白くて何だか硬そうなソレに匙を挿すと案外すんなりと匙が通った

ソレを口に運ぶ


雪だ

乳と蜜で出来た雪だ

口の中で溶けて消えるソレは

乳と蜜で出来た雪で


“シジュウ様!森では乳の雪が降るのですか⁈”


それは秘密です

シジュウ様がそう仰るお顔は愉快そうで


“ちがうのですか?”


シジュウ様は、コレは菓子ですよと仰られたがとても信じられない

あっという間にソレを食べてしまい

皿に残った溶けたソレを指で拭って舐めた


「その指を切り落としてしまいたい」


どうやらコレはやめなくてはいけない事らしい



言う事を良く聞けばまた食べれます

シジュウ様はそう仰ると食器洗を私に言いつけ小屋から出ていかれた

食器を洗い終わり元気な方の仔犬と遊ぶ

グッタリした方は粥も残し親犬が心配そうに寄り添っていた


ひと心地ついた頃、シジュウ様が戻っていらっしゃった

犬達は相変わらずシジュウ様の事を警戒していた


「さて、とりあえず一揃え整いました」


そう仰ると私に包みを渡す

開けてみろと仰るので、早速包みを解くと

それはそれは素晴らしい仕立の

シジュウ様がお召しになられている物と同じものに見えた


「袖を通して見なさい」


肌着になり純白のブラウスに袖を通しジャンパードレスを纏う

薄手の上着を羽織りなんともお洒落な帽子を被る


「いい具合ではないですか」


着てみればシジュウ様の使用人然とした服装とは少し違ったが、何とも引き締まった気持ちになる


「ようやく主人様の御目に触れる姿になりました」


手鏡では全身が見ることができずもどかしい


「さて、お前にはこれから少し役に立ってもらいます」


早速のお言いつけに緩んだ気を引き締める


「靴を磨いておきなさい、出かけます」


叔父さんが靴の修理をしているのを手伝ったことならあるが、今足にしている黒く輝くコレの手入れなどどうしていいものか想像もできない

狼狽えている私を見て、シジュウ様は私を座らせると


「知らぬなら覚えておきなさい」


寝台の下あたりから上等なブラシと目の細かそうな布を取り出された

そんな所に物が隠されているとは思いもしなかった

シジュウ様は私の足を取ると靴の埃を払い布で軽く磨き上げた

靴は周りが写り込むほどに輝く

両足の靴が磨かれ、わぁ、と感嘆の声を漏らしてしまう


「どうです、難しくはないでしょう」


シジュウ様は寝台の下にブラシと布を戻しながら仰られるとスッと立ち上がり


「さあ出かけましょう」


私を連れ立って小屋をでた

ところで何処に出かけるんだろう

小屋の外では御屋敷がほとんど取り壊され、中に残されていた家財道具が無造作に庭に並べられていた

振り返れば御屋敷の後ろをゴーレム達が深く掘り返している


その向こうではゴーレム達が壁となっていた

主人様がいらっしゃるのだろう


「使えそうな物があれば言いなさい」


並べられたキャビネットやベッドそれにアレは鏡台だろうか?

シジュウ様はそれらを何の価値もないモノのような口ぶりで語った

御屋敷のあった辺りでゴーレム達が掘る穴をのぞいて見た

私の背丈の何倍も深い


「主人様のお住まいの地下には倉庫と私の…私の寝所でしょうか、それと大浴室が置かれる事になります」


想像もできない

それに


“シジュウ様のお部屋は地下なのでしょうか?”


先ほどのシジュウ様の歯切れの悪いお言葉が気になった


「ああ、寝所と言うか体の調子を整える部屋です」


その言葉を聞き、こんなにお優しくお美しい方が本当にゴーレムなんだと少し悲しくなってしまう

シジュウ様に連れられ門扉に着くと、外套を羽織り被り物をし、レースでお顔を隠された別のシジュウ様が待っていらっしゃった

入れ替わるように外出着のシジュウ様が私の横に立つと私の胸元にそれはそれは美しいブローチをつけてくださった


「さて行きましょ」


外出着のシジュウ様に手を握られる

薄く上等な手袋越しにシジュウ様の体温が伝わる


「どうしました?首縄の方がいいのですか?」


“いえ!これで結構です!”


手を少しだけ強く握りかえす

母さんを思い出しながら


せっかくのお顔も隠してしまうなんてもったいない

そんなことを考えながら手を引かれ門扉の前に立つ

音もなく門が開き、私たちの前にでた二体の細身で背の高いゴーレムが槍のようなモノを持ち、その威容で門の前の人だかりを威嚇した


それでも私達に注目が集まる


「本当に鬱陶しい」


シジュウ様がそう仰ると同時に《ドン!》と言う音がする

細身のゴーレムが槍を強く地面に打ち付けた音だった

野次馬は蜘蛛の子を散らす


ゴーレム達に見送られシジュウ様と私は人のいなくなった通りを進む

シジュウ様が肘から小さなバックを下げてらっしゃるのに気付き、私がお持ちしますと申し出たが、重いので結構と断られてしまった

とてもその様には見えなかったが、何か大切なものが入っているのかもしれない


御屋敷の周りはやはり貧民街で、先ほどのこともあってか皆私達のことを遠巻きに見ていた

私が逃げ出したのは何処ら辺なのだろう

そんなことを考えながら、ふと思い口にした


“シジュウ様はこの町のことをご存知なのですか?”


シジュウ様の足取りは迷いなく

まるで見知った街を歩く様なのだ


「主人様のお出掛けが此方に決まり急いで調べました、一昨日の事です」


1度見ただけで覚えてしまうなんて


「酷い所です、灰にしてしまいたい」


恐ろしい事を仰るので


“貧民街を抜ければお気も変わります”


とお声をかけたが


「どこまでも貧民街です」


シジュウ様の目のはその様には映るのだろう

貧民街を抜け大通りに出ると、シジュウ様は1番大きな店に入る

看板を見たが上等なモノを扱う商店のモノだが私は字が読めないので店名までは分からなかった


中に入ると店の人がやってきて

私達の身なりを一瞥する

ようこそいらっしゃいました、どの様な御用でしょうかと笑顔で話しかけてくる店の人は私の胸元のブローチを見ると更に笑顔になった


「店主と話しがしたい」


シジュウ様はそう仰ると外套を脱ぐ


はい、ただいまと言い店の人は奥に急いで戻ると、程なく店主が現れ、さあさあ此方へどうぞと奥へ通された

私達の、特に私の身なりを見て店主と呼ばれた人は笑顔を振りまく

どの様な御用でしょうかと


先に私を座らせると椅子に腰掛けたシジュウ様がバックから手のひらくらいの包みを取り出しそれを開いた


「金です、お前達が使う濁った金ではなく、お前達はコレを真金と呼ぶのでしょう?」


店主が人形の様に固まる

急に怖い顔になった店主は真金と呼ばれた金とシジュウ様を何度も交互に睨む


「コレが真金だと言う証拠は?」


シジュウ様はレース越しに冷たく答える


「調べればいい、削るなり潰すなり」


「真金だと言って偽物を持ち込む輩は多い、貴族からエルフまでな。そう言った輩がどうなるか知ってるか?」


「さあ?」


「裸にひん剥いて放り出す」


その言葉に合わせる様に体格の良い男とギシギシと音を立てて歩く二体の木人が現れる


「まあ、あんたらの身なりならそのブローチ1つで勘弁するさ、さてどうするね」


店主は鋭い目つきで私の胸元を睨む


「調べればいいと言いました」


シジュウ様は早くしろと言わんばかりの口ぶり

後悔するぞ

そう言うと店主は引き出しから小瓶を取り出す


「コレは賢人が作った試薬だ、真金以外の金物に触れるとたちまち濁る」


店主が己れの指輪に一滴垂らすと水滴はたちまち濁った


「真ん中を掘る、構わんな?」


店主は錐のようなものを取り出すと金の板の真ん中に突き立て、削り取り、その金の削りカスを皿に載せ液を垂らす


「気が済みましたか?」


店主は何度か違うところを削っては薬をかけるが結果は何度やっても同じだった


「気が済んだかと聞いているのです」


店主は目を見開き大粒の汗を浮かべ

後ろに立つ男はその様子に狼狽え

木人はただ立っていた


「コレは…コレは大変失礼を致しました」


店主が手を振ると男と木人が出て行く


「信じられなかったのです、私は2度真金を見たことがあります。一度は国王様の物を、もう一度は黒の大領主様の物を。しかしその2つともがこの真金の半分の大きさも有る物では有りませんでした」


店主は大罪を犯した罪人が告解する様な口ぶりになっていた


「暗い森の魔法使いに真金の製錬法を封じられ千年、我々に残されたのは仰る通り混ざり物の金。真金は宝物として残されたもの以外は皆消えてしまいました」


店主が取り返しのつかない罪を犯してしまった様な口ぶりで皿の上の削りカスを見つめる


「コレは…コレは一体何処の方の持ち物なのでしょうか?」


シジュウ様は全く話を聞いている様子はなく

嗚呼面倒くさいと言った態度で


「我が主人様よりおあずかりしました、ところで」


店主が刑を言い渡される罪人の面持ちになる


「コレを買い取りなさい」


店主の顔が青を通り越し白くなる


「金貨…金貨百枚をご用意いたします!」


店主は床に身を投げ出し許しをこう


「どうか!どうか!真金に傷を付けた事はお許しください!ああするより無かったのです!この真金のカケラを金貨百枚で!どうかそれにてお許しを!真金の傷は私めが職人を手配し元どおりに致しますので!」


シジュウ様の目は酷く冷たい眼のまま


「誰がその削りカスだと言いました、この真金を買い取りなさいと言っているのです」


シジュウ様はコツコツと金を指先で叩く

店主は正に絶句と言った顔になった


「コレを…手前供に…買えと?」


「やっと通じましたかこの愚か者」


店主は床に膝をついたまま青白い顔でブツブツと何かを呟き

シジュウ様は興味なさげにそれを睨む

私は何もする事がなく。ああ喉が渇いたななどと現実逃避を始めていた


「水の一杯も出さぬのですか此処は」


シジュウ様がイラつく様な口ぶり


「ああ!申し訳ございません!」


店主は直ぐに人を呼ぶとお飲物を!最高のものを直ぐにお持ちしろと怒鳴りつけた


直ぐに女の人が瓶を抱えてやってきた

シジュウ様には葡萄酒だろうか

私には香料を垂らした良く冷えた水が出された


正直に言うと今なにが起こっているのか、何が何だかよくわからない

シジュウ様は一瞥もせずグラスを端に追いやる

どうしたものかと水の入ったグラスを見つめていると、それを見たシジュウ様がお飲みなさいといつもと変わらぬご様子で仰られた

一口含むとハッカの香りが鼻に抜けた


しばらく下を向いてブツブツ言っていた店主が顔を上げた

その顔はキリリとした物に戻っていた


「十万枚…金貨十万枚で如何でしょうか?ただ…」


「ただ?何です」


「今直ぐに手前供がご用意できますのは五万枚。残りの五万枚と合わせて10日の後にご用意いたします」


「結構、ではそうなさい」


シジュウ様はようやくかと言った様子でお答えになられた


「それでは何方にお持ちすれば宜しいのでしょうか?」


「通りを白に真っ直ぐ、その先にある館です」


「ああ、昨日、街中に都より急ぎの御触れが参りました。館の者、王と同じと思えと」


なるほどと店主は頷くと、己を正し膝をつく


「度重なるご無礼、どうかご容赦を」


「許す」


シジュウ様は、ではと言って立ち上がる

私も慌てて立ち上がった


そして

シジュウ様は更に2つの包みをテーブルに置く


「合わせて金貨三十万枚、10日の後、必ず用意せよ」


店主は動かなくなってしまった

シジュウ様はそれを気にした様子もなく言葉を続けられ


「それからそれの代金百枚は今持って帰ります」


シジュウ様はそう仰り、皿の上の金のカケラを指差した

私達は動かなくなった店主を尻目に、金貨百枚を受け取り店を出た


「コレが金貨とは」


シジュウ様は金貨を一枚摘み


「全く笑わせてくれます」


ぞんざいに懐に戻された

金貨を後で触らせて貰えるだろうかなどと思いながら私は胸のブローチを改めて見る

先ほどの店主の一言を思い出す

これひとつにどれ程の価値があるのか

無くしでもしたらと思うと怖くなってしまう


“あの、シジュウ様、コレなのですが”


シジュウ様の手を強く握ってしまう


「ええ、良く似合っています」


“もし落としてし無くしてしまうと”


「そうせぬよう気を付けなさい」


“盗まれるかも知れません”


「その時はその者の手を切り落とします」


“あの…”


「全くお前はそんな物に心配しすぎです、お前は飾りを素直に喜んでいればそれで良いのです」


“お高い物ではないのですね”


シジュウ様のお言葉に少し気が楽になりかける


「高くは有りませんが、こんなモノより価値はあるでしょう」


懐の金貨をひとつ摑み卑下した様な仕草で取り出すシジュウ様


金貨より高い

その一言でお腹の中がキュッとなってしまいシジュウ様の手を強く握ってしまう

その時

大きな音がして目の前で男の子が転び

驚いた顔でシジュウ様を見上げる、だがシジュウ様はそのまま気にした様子もなく進まれた

私は男の子に声をかけようとしたがシジュウ様に手を引かれてしまいそのまま通り過ぎた


またしばらく歩くと今度は大人の男の人がシジュウ様の横に倒れ怯えた様な顔をして逃げ出した

あのレースの下のお顔に皆気を取られているのだろうか

今度はおばさんが転び慌てて逃げる様に立ち去る


「スズ」


“はい!”


突然、しかも初めて名前で呼ばれドキッとする


「何故この集落の者は私に触れようとするのか」


“え?”


「先程から近付いてはこう私に手を伸ばす」


シジュウ様はご自分の懐辺りに手を滑らせ

その動きは間違いなく


“シジュウ様!それは盗っ人です!”


シジュウ様は、ああ、と仰ると突然大きな声をあげた


「次に近付く者は腕を切り落とし足を砕く!聞こえたか!」


それはそれはとてもシジュウ様のお声とは思えぬ恐ろしいモノで、あたりの者は皆振り返り幾人かが逃げ出した

やはり灰にすべきか、と呟くシジュウ様はいつにも増して真顔だ

少しばかり歩かれるとシジュウ様はふと何かを思い出した様に立ち止まる


「さて、少し私に知恵を貸しなさい」


私などにシジュウ様のお役に立てることが有るのだろうかなどと思い唾を飲む


「私は四つ足の機嫌取りをしようと思います、お前は何が良いと考えます」


イヌと仲直りしたい

シジュウ様はそう仰る

それが余りにも真顔で

ついつい吹き出してしまった


「何がおかしいのです?」


“どうかお許しを、余りにもシジュウ様が可愛らしい事を仰ったので」


シジュウ様は許しましょうと仰ると改めて私にどうすべきか尋ねられる


“手頃な棒とあとは何が食べるものがあれば十分です”


わかりましたと仰ると、シジュウ様は角をカクンと曲がり程なく市場へたどり着いた

色々な露店や屋台が並び人通りも多い

相変わらずシジュウ様の前で倒れる人はいるが、とりあえず腕と足は大丈夫の様だ

私は家具大工を見つけ手頃な棒を分けてもらった

シジュウ様は支払いだと言って金貨を一枚差し出すと大工は驚き

端材だからお金はいい、それに金貨相手じゃ釣りがないと言い

シジュウ様は施しは受けぬと言って引かず

結局大工はありったけのお金を巾着ごとお釣りとして渡し、残りの分は何かあれば仕事で払うと呆れていた


シジュウ様はほとんど銅貨と何枚かの銀貨が入った巾着を眺め

随分と増えましたと言うと懐にしまわれる


“あの、シジュウ様。その財布の中身では金貨1枚分も”


私もちゃんと数を数えられる訳では無いが、そこにある硬貨はとても金貨1枚分とは思えない


「冗談です」


ホントにお人が悪い


次に肉と串焼の屋台にたちより骨を分けてもらう

またしてもシジュウ様は支払いだと言って金貨を1枚差し出し

屋台のおばさんはゴミみたいな物だからお代はいらない、どうしてもって言うなら何か買ってくれと呆れていた

シジュウ様は、では串焼をと言い


「スズ、ひとつ選びなさい」


選べと言われるとお腹は空いていなくても楽しくなってしまう

屋台のおばさんは1つと言わずたくさん買っとくれと笑う

大きいお肉の串焼を選ぼうとするとおばさんがそれは硬いよ?と言って小ぶりな串を選んでくれた

鳥の臓物でとろける様な味だと教えてくれた

串焼を私が受け取るとシジュウ様は懲りずに金貨で支払おうとされ

屋台のおばさんは店ごと持ってくかい?と呆れていた


シジュウ様に先ほどの銅貨をとお勧めし

シジュウ様はホントにシブシブと言ったご様子で先ほどの銅貨を取り出す

屋台のおばさんは串焼1つとで銅貨4枚、あぁ骨の分も意地でも払うんだね。じゃあ合わせて5枚だと言って笑っていた


銅貨を支払うとシジュウ様は懐から布を取り出しそれを広げる

広げた布は袋になってた

それに骨を入れてもらい私が受け取とる

屋台のおばさんは大したもんだね、あんた達何処のお屋敷の人だい?と聞いてきた


「大通りを白に真っ直ぐ」


シジュウ様がそう答えると

あぁなんか役人がそんな事言って回ってたねと納得して、まあここで食べてお行きと言って椅子代わりの木箱を出してくれた

シジュウ様によろしいでしょうかとお伺いすると頷かれたのでそこに腰掛け串焼を頂いた

シジュウ様のお料理に比べれば随分と質素な味だがそれでも美味しかった

食べ終わった串をどうしようと眺めていると、屋台のおばさんが捨てとくよと言ってくれた


お礼を言って屋台を後にしようと立ち上がると、母ちゃんただいま!と元気な声が聞こえ、私と同じ年くらいの男の子が駆け込んできた

屋台のおばさんはお客さんだよと言って男の子の頭を押さえるとこちらにお辞儀をさせる


母さん


少しい気持ちになる

その時そっと手が差し出された

シジュウ様だ


「帰りましょう」


そう仰るシジュウ様のお声はせっかくの銅貨を使ったのがよっぽど悔しかったのか

そんな声を聞くと何だか可笑しくなり


「どうしました」


“いえ、楽しいなと思っただけです”


ジロジロと私達を見る男の子が屋台のおばさんにゲンコツを落されるのを横目に屋台を後にした

何人かシジュウ様の前や横で転ぶのを見たあと、急にシジュウ様が立ち止まり指差された


「アレはあの女を売っているのですか?」


その指の先には尼様と連れの女の人が施しを訴えていた

女の人は私より少し年上に見え身なりも貧しかった


“あれは御聖堂の…救済院の方です”


シジュウ様は何ですそれはと仰られ

私の知る限りの事をお答えした

みなし子や捨てられた子などを御聖堂が引取り面倒を見てくださるのですと

引き取られた子供は

男なら少しでも働けれるのなら働く

女は日雇い女中の類いとして

どちらにしても安くこき使われると


叔母さんが引き取ってくれた私は幸運な方だ

あそこに立っている女の人は《売れ残り》なのだろう

叔母さんの話では仕事ができない《売れ残り》は女を売るらしい

意味は分からないがとても怖くなる言葉だ


「お前を連れてきて本当に良かった」


シジュウ様はそう仰ると尼様のもとに向かい声を掛け、懐から出した金貨をひと握り差し出した

驚く尼様に話を聴きたいから明日の午後、1番偉い尼様と今横にいる女を連れて屋敷に来いと告げる


尼様が深々と頭を垂れるとシジュウ様は私に


「本当にいい事を教えてくれました」


と笑いかけられた

シジュウ様はなんとお優しいのだろう

子供と聞けば慈悲を施さねば気が済まないお方なのだろう



御屋敷に着くと、もう館が半ばまで出来上がっていた

大きさは元建っていた物より小さいが、その初めて見る威容溢れる姿に言葉も出ない


「内装の方が時間がかかるのです」


シジュウ様が教えてくださった

小屋の前に着くとシジュウ様は私の手を離される

それがとても名残惜しい


「さて、茶のひと時としましょう。着替えて来なさい」


シジュウ様は庭に置かれたままの椅子とテーブルを見つめそう仰った


“ではコレをお返しします”


胸のブローチをシジュウ様にお返ししようと手を掛ける


「気に入りませんでしたか?」


シジュウ様の声に思わず手が止まる


「なら次は違うものにしましょう」


“あの、シジュウ様”


「何です」


“もしかしてコレは頂いて宜しいのでしょうか?”


「そのつもりでしたが」


“この様な高価なもの…”


「大森林の年頃の子女であればそれ位は皆持っています」


“先ほど金貨より価値があると”


「逆です、この偽金にはどれ程の価値もないと言ったのです」


そう仰りシジュウ様は金貨を指で弄んだ


「もういいでしょう、それはお前の物です。それよりも茶にします、着替えて来なさい」


私ははいと答え小屋で着替える

ハンガーに掛けた外着にはブローチ

イヌ達はお昼寝中の様で、チラリとこちらを見ただけ

もっとゆっくりブローチを眺めていたいが、シジュウ様をお待たせしてはいけない

小屋から出ると骨を数本抱え棒を持ったシジュウ様


“コレは私に任せて下さい”


シジュウ様から棒を一旦お借りする


「お前は茶の時間です」


骨を持ったシジュウ様は茶の用意をして待っているシジュウ様の元へ向かえと仰られ小屋の中へ消えた

お茶は午前に頂いたものと違いほんのりと甘く少しぬるい


「さて、お前は早速役に立ってくれました」


シジュウ様はそう仰り、ゴーレムの持つカゴの中からガラスの器に乗った薄い黄色をした物を取り出すと匙を付けて私に差し出した


「乳のケーキです」


私が何の役に立ったのかも分からないし乳のケーキと言う物も分からない


“お役に立てたのでしょうか?”


「存分に」


さあお食べと言われ匙を挿す

乳のケーキはプルプルと崩れてしまいそうに緩い

口に運ぶと乳と蜜で出来ているのだろうケーキはたちまち溶ける

昼に食べた乳と蜜の雪とは違う

熟れきった果実の様に口の中で消えていく


“あの、シジュウ様!森には甘い乳を出す牛がいるのですか?”


さあどうだったか

シジュウ様はそう仰りゴーレムの持つカゴから木箱を取り出す


「コレをお前に」


木箱のフタを開けると、そこには色と形の違う4つのブローチ

2日続けて同じ物を身につけては安く見られます

乳のケーキとブローチ

私は一生分の幸運を今使ってしまったのだろうか


「さあお食べなさい、ただし指を舐める事は許しません」


よかった、私の幸運はまだ少し残っていそうだ



お茶とケーキを頂きその余韻に浸り

ふと思い出す


“シジュウ様、ボロ切れをいただけませんか”


シジュウ様は構いませんと仰ると一体のゴーレムが大きな布を抱えてやってきた


“あの、これくらいでいいのです”


私は手を広げ大きさを伝えた

ゴーレムが抱えてきたのは取壊された屋敷で使われていたカーテンで、確かに痛んではいたがとても立派なものだ

シジュウ様がゴーレムの持つカーテンを指でなぞるとその部分が切れ落ちる

きっと魔法なのだろう

あれを私も使える様になるだろうか

手頃な大きさをになったカーテンの切れ端を受け取ると棒に巻き付ける


“少し待っていて下さい”


そう言って小屋に戻るとシジュウ様が手にする骨をかじるイヌ達

それじゃあダメですよと言い、元気な方の仔犬を連れ出す

イヌ達は骨を取り上げられて不満げ

とりあえず仔犬の鼻先でボロ切れを巻いた棒をフリフリ

じゃれつこうとする仔犬と棒の追いかけっこ

頃合いを見て棒を放り投げる

仔犬は棒を追いかけると咥えて帰ってきた

もう一回遊べと言っているのだろう

それを三度繰り返した


“こんな感じです”


棒を追いかけるイヌを見つめる2人のシジュウ様

骨をお持ちのシジュウ様に棒を渡す

仔犬は早く遊べと急かす


“もう仲良しです”


骨をお持ちのシジュウ様は飽きずにいつまでも棒を投げイヌと戯れていた


「まさかお前にモノを教わるとは」


お茶の席のシジュウ様からお褒めの言葉を頂いた


「さて、明日ですがもう一度出かけます」


シジュウ様は明日までに庭に置かれた家具の中から必要な物を選んでおけと仰られる

今日知り合った大工に手直しさせ私が使うのだそうだ

ほって置かれたが貴族様が使っていた物を頂けるのだ


それに今日金を売った大きな店とあの肉屋にも用が出来たらしい

午後には尼様がいらっしゃるのでそれまでに済ますとの事だ


「さて、今日はこれまでです、その鶏ガラの様な体でよく尽くしました」


まだ日も暮れぬのに今日の仕事は終わりだと告げられた

第一私は仕事などしたのだろうか?

食べて話して街を歩いただけなのに


「では夕食と就寝前の入浴でまた会いましょう」


入浴と言われ私は少しだけ逃げたくなった


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