二話
いつも空想していた
母さんに似た誰かが迎えに来て、叔母さんの所から連れ出してくれる事を
そうでなければ、万年の大昔、国中から光も何もかも全て奪ってしまった暗い森の魔法使いが再び現れ、国も村もメチャクチャにしてはくれないものかと
“幾らかでも稼いでおいで”
毎日の様に叔母さんに言われる
朝、朝食をすませると直ぐに港に向かい、漁から戻った知合いの漁師さん達から売り物にならない雑魚を分けてもらう
それを隣村で1匹銅貨2枚で買ってもらう
そのお金を叔母さんに渡したら直ぐに叔父さんの仕事の手伝いをして
日が暮れて1日が終わる
母さんは2年前に流行病で死んでしまった
父さんは私が小さい時に漁の途中で倒れたそうだ
母さんの葬式のあと私は近所に住む、子供のいない叔母さんの所へ引き取られることになった
母さんと暮らした家は、流行病が広まらない様にと燃やされてしまった
母さんと暮らしていた頃と今
思えばそんなに変わりは無いのだけれど
叔母さんの家に来てからは毎日下ばかり見て過ごす様になっていた
空の青さで、母さんを思い出す様な気がして
隣村からの帰り道
いつもの様に下を向いて歩いていた
懐には銅貨が8枚
カゴには売れ残りの雑魚が2匹
いつもと同じ位のお金になった
売れ残った魚も悪くはなっているが、キチンと火を通せばちゃんと食べられる
そんな事を考えながら急ぎたくない帰り道を急いでいた
馬車に気がついたのはまだ村まで半分はある辺りだった
道を譲り馬車を見送ろうとした時だった
「ようお嬢ちゃん、何してんだい?」
御者の男達に声をかけられた
“魚売りの帰りです”
あわよくばという思いもあり、売れ残りの雑魚を見せて見た
「お、うまそうだな。いくらだい?」
そうかな?腐りかけなんだけどなどと思いながら
“売れ残りだから2匹で銅貨2枚”
愛想笑いを浮かべる
「よし!買った。悪いが荷台に放り込んでくれないか」
銅貨を私に放ってよこすと、窓のない乗合馬車の様な荷台を指差した
“ええ”
そう答え荷台に向かおうとした時
突然頭から袋を被せられたかと思った時には担ぎ上げられ
放り投げられる様に固い床に叩きつけられる
戸が閉まる音
被せられた袋は直ぐに取れたのだがそれでもまだ真っ暗だ
とにかくどうにかしようと動き回り何かにつまづく
ギャ!と言う女の子の声
それにも構わず助けを呼び壁を叩く
ああ創造された方よ、私の望んだ事はこう言う事ではないのです
どれ位時が経ったのだろうか
隙間からわずかにさす明かりと暗闇になれた目
ここは馬車の荷台の中
荷台の中には私の他に女の子ばかり4人
皆、泣いているか
泣き疲れているか
呆然としているかだ
私は呆然としていた
それでも幾らかものを考える余裕があった
コレは人さらいだ
村の大人達がよく言っていた
さらわれてしまうと女に生まれた事を後悔するような目にあうと
懐の銅貨を数えると少し落ち着いた
これでなんとかなるかもしれない
そう自分を勇気付けていると、御者側の高い位置にある明り取りが小さく開いた
「ほら、メシだ」
ボトボトと何かが落ちる音がすると、直ぐに閉じてしまった
暗がりを手探りで探してきるとバンらしき物が手に当たる
先ほどの音からすると人数分は無いだろう
私はとっさに口に放り込む
「お願い、朝から何も食べていないの。私にも」
少し大人びた声だった
でも、食べてしまった物は分けようがない
私は黙り込む
「お願い、誰か私にも」
誰もその声に答えなかった
隙間から差し込む明かりが無くなる
夜だ
途中、何とか逃げ出せないかとご不浄を訴えたが
「桶があるだろう」
と外から言われただけだった
結局使うことにはなったのだけど
日が暮れてから随分と経った頃だった
何が起こったのかは分からない
外から男達の怒声が聞こえたかと思うと、突然馬車がひっくり返り戸が開いた
皆、ヨタヨタとだが一斉に逃げ出す
直ぐに男達が追いかけて来て誰かが捕まり悲鳴をあげる
私は直ぐそばの裏路地へ逃げ込むが、よりにもよって男の片割れが私を追って来た
何かにつまづき握りしめていた銅貨をぶちまけてしまい
ジャラジャラと音がなる
「テメェ!そこか!」
運命を呪ったその時
「オラが先だ!」
誰かが男を突き飛ばし落とし銅貨に飛びついた
チラリと見て逃げ出したが、銅貨を漁る男はひどい身なりだった
汚く狭い路地を抜けると大きな道を挟んで御屋敷が見えた
随分使われていない様で灯りもなく御屋敷を囲う壁はそこかしこで崩れていた
私は崩れた壁の隙間から御屋敷に忍び込み、高く茂る雑草に身を隠す
服は泥にまみれ靴は転んだ時に片方どこかへ行ってしまった
叔父さんに仕立ててもらった靴だったのに
また叔母さんにお小言を言われてしまう
「ここに隠れてんのはわかってるんだ!痛い目見たくなきゃ出てこい!」
壁の向こうから男が叫び回る声が聞こえる
自分が通れる場所を探しているのだろう
ああ、創造された方よ
もうどんなわがままも言いません
今までの倍も働きます
ですからどうか助けて下さい
必死にお祈りを繰り返していると、野良犬だろうか、仔犬が現れ隠れる私にじゃれついて来た
“おねがい、静かにして”
小さな声で言うと
ワン!と元気に返事をされてしまう
なんて事だ
私は創造された方に見放されてしまったのだろうか
我身を嘆いたその時
男の悲鳴が響き
犬の吠える声が続き
廃墟に静寂が訪れた
助かったのだろうか
相変わらず仔犬はじゃれついている
私は物音に怯えながら辺りをうかがう
その時、人ではない何かが草をかき分ける音を立て近づく
親犬だ
それと仔犬ももう1匹
どうやら恩人らしい親犬は私と私にじゃれつく仔犬をしばらく眺めフンフンと匂いを嗅ぐと《ついてこい》と言う感じで進みだした
親犬について少し進むと大きな木の下につき、親犬はそこで休んだ
“屋根代わりだね”
私は仔犬に語りかける
物音に怯えながら夜を過ごす
またあの男達が来たらこの犬が守ってくれるだろうか
そんな事を考えながら
夜が明け、お日様が高く登ったらお役人のところか御聖堂に助けを求めよう
そう考えるうちに少し眠くなって来た
空もほんのり明るくなって来ている
ちょっとだけ目をつぶろう
母さんの事でも思い出しながら
「おきなさい」
あぁ
母さんの声が聞こえる