十一話
エルフの皆が住まう様になって以来私の雑用は随分と減った
4人が手伝ってくれるわけではなく
リヨが一人で掃除洗濯庭の手入れに犬達の世話などを次々と済ませてしまうのだ
リヨが言うにはコレも鍛錬らしいのだが
おそらく酒盛から逃げているのだろう
おかげで私のお勤めは日々の勉学と外へのお使いばかりとなった
唯一主人様へお茶をお持ちすることは私だけが許されていた
そんな黄金初月のある日
主人様に午後のお茶をお持ちし、レジナルドの音楽を聴きながら主人様に言われお茶のお供をさせて頂いていた
私はエルフの皆が来てから毎日が愉快になりましたと笑い、主人様もそうだねと笑われる
主人様はふと思い出したように仰った
なぜシジュウは盾を呼んだのだろう
スズは知っているかい?と主人様が問われるので門前の騒ぎについてお話をした
なぜ彼らは門前で騒ぎを起こしたのだいと主人様はふたたび私に問われ、私は不敬にも主人様のご挨拶をいただけない事が不満だった様ですとお伝えする
主人様はそれは彼らにも1里あると仰られ、シジュウを呼んでくれと私に申しつけられた
直ぐにシジュウ様をお連れすると、主人様はこの地の者に声をかけようと思うと仰られ、シジュウ様は畏まりました、お出かけはいつ頃にいたしましょうとお伺いされ
主人様は出発は明朝、陸路でと答えられた
シジュウ様は畏まりましたと仰り
それでは主人様、留守居としてワンワンを呼び寄せようと思いますと続けられた
主人様はああそうだねと仰るとそこで話は終わる
主人様は私に、お前にもついて来てもらうから支度をしておくといいと仰り笑われる
私がどちらへ行かれるのですかとお伺いすると、それはシジュウに聞いてくれと言って私の頬を優しくつねられた
お茶の時間が終わり、シジュウ様に先程の事を聞くと夕食時に皆と一緒に教えますと仰られ
急ぎ大店へ届け物をして欲しいと頼まれた
シジュウ様からの親書を預かった私は明るいうちに帰ろうと思い銀輪を走らせる事にした
玄関あたりで酒瓶を持ったキイに、お前も来いと引きずられていたリヨが、出掛けますと声をかけた私を見てこれ幸いと私の供を申し出た
銀輪と並び走るニゴは、その細身で軽々とリヨの巨体を乗せて駆ける
折れたりしないとだろうかと思い見ていると、リヨは笑いながら、こいつは恐ろしく頑丈なのだ、その上このなりで大蜥蜴のハヤよりも重いのだと言ってポンポンとニゴを撫ぜた
街の人達はリヨとニゴを見ては腰を抜かし、子供などは泣き出す始末
それを見て困り顔をするリヨ
そんな所が彼女の魅力だと思うのだが
程なく、大店に着くと門兵宜しく立っていた騎士に店主を呼び出してもらう
騎士はリヨとハヤの前から逃げる様に店の中へと駆け出して行った
直ぐに店主が小走りで現れ、これはこれはお嬢様、良くぞいらっしゃいました。さあ中でお茶でもと笑う
笑っているのだがチラチラとリヨとハヤを見て走ったのとは違う汗を浮かべている
私はため息をこらえ、日暮れまでに戻りますのでお茶はまた今度と断り、シジュウ様から預かった親書を上着のポケットから取り出す、リヨがそれを私にと言うのでリヨに手渡す
「ここの店主だったか?門衛はもう少し若く気骨のあるものにした方がいい」
そう言って親書を差し出すと
さあ戻ろうと私に声をかける
「私も同じ様に思います」
私も店主に声をかけると店主は縮こまり、リヨは早く帰ろうと言いながら照れていた
帰り道茜色の空の下リヨと話す
そんなに若い男が良いのかと
リヨは真顔で自分の耳を指差しながら
「私たちはなぜか昔から年下の男を好む、御屋敷にいる私以外の3人も皆連れ合いは年下だ。センは年上を探す方が難しいがな」
センの事を笑うリヨは私は特にその血が強いらしいとため息をつく
耳なしでも良いのですか?と聞くと
構わんよ、幼子でなければと笑う
何度か会っている私の友人は?と聞くと
あれはいいな、あれくらいが良いと耳を赤くした
この優しいエルフならフウも文句など無いだろう
事ある毎に2人を近づければ
シャンは怒るかもしれないけど
うん
“私もリヨのために少し手を尽くします”
リヨはありがたいなと笑った
お使いを済ませると夕食が待っていた
手を清め席に着くと皆待ちわびたと笑う
シジュウ様と2人の食事も楽しかったが、やはり皆で食べる方がいい
夕食を済ませ食後の氷菓を楽しんでいると、シジュウ様よりお言葉を頂く
「明日、主人様を周辺の族を束ねる、王を称する長の元にご案内する」
エルフ達は一斉に膝をつく
「お優しい主人様は長にお言葉をかけると仰られた、お前達は私と共に主人様の供をしその使命を果たせ」
センが深く頭を下げ言葉を発する
「一人、御屋敷に残ります、留守居を選びお申し付けください」
「それには及ばぬ」
シジュウ様は即答する
「空にある歯車で御屋敷を守るのでしょうか」
深く頭を下げたままセンは言葉を続けたが、シジュウ様はあれをこの様な事で降ろしていてはキリがないと仰り
「留守居のため明日の朝、ここに来る様にワンワンに申し付けた、用心は無用」
エルフ達はワンワンという名を聞き目を剥くと、口々に「まさか」とか「本当か」とか呟く
私は氷菓が溶けてしまうのが惜しく、早くお話が終わって欲しく、話を切り上げるためシジュウ様に私は銀輪でお伴して宜しいでしょうかとお伺いする
シジュウ様は乗り物は用意するが持って行くくらいなら構わないと仰られ、他になければここ迄とすると仰り、話は打ち切られた
私は溶けかけた氷菓を口に運び、お代わりを貰おうとすると、キイが私を見て呟く
「お前こそ真に恐ろしい女なのかもしれない」
主人様が友と呼び、シジュウ様が育てたワンちゃんならば皆が恐縮するのは分からないでもないが
“慣れてますよ”
あなた達で慣れましたよと口には出さぬが笑ってみせ
お代わりの氷菓を楽しみながらキイに返事をした
キイはやはりお前は恐ろしい女だよと言って飲みかけの酒もそのままに退出し、他の3人も同じ様に部屋を出た
“なぜ皆さんあんなになってしまわれたのでしょう”
私がシジュウ様に問うと、シジュウ様はため息混じりに仰った
「ワンワンは融通の利かぬ律儀者ですから」
ああ、なるほど
それの相手はあのエルフ達には大変だろう
私は明日に備え銀輪を磨くと、久しぶりに酒盛の騒ぎ声が響かぬ御居館で眠りについた
グッスリと寝たからだろうか
それとも日が昇るのが遅くなってきたからか
目覚めた私は久しぶりに白々と夜が明け切らぬ空を見上げた
せっかく早起きしたのだから犬達のところに行って遊び相手になろうと思いお庭に向かう
その途中、正門が見える辺りに差し掛かると誰かが門扉の前に立っている
目を凝らしたが目深にフードを被り腕を組んでいる以外は男かなといった程度しか分からない
とりあえず門衛のゴーレムもいる事だし行ってみよう
私が門に近づくのをフードを被った男はじっと見ている様で
私が声の届くところまで行くと話しかけてきた
「迎えの者か?」
早朝の来客など聞いていないし
だいたい来客ならば勝手口へ行く様に言われているはず
”どなたでしょうか”
私が問い返すと男は首を傾げ
「おふくろ様から話はしてあると聞いている、迎えの者ではないのか?」
男はフードをめくるとそれは獣の顔をした獣人であった
私は驚き門衛のゴーレムを見上げるが
ゴーレムは獣人を気にするでもなく、眠った様に動かない
「訳は知らんが門を開けてくれ、もし手違いでお前がおふくろ様から話を貰えてなくとも責めはせん」
獣人は何処かと間違えているのだろう
私は勇気を出して獣人に答えた
“ここは森の主人様が治める屋敷です”
「知っているよ」
獣人は苦笑いする様な仕草をしてみせた
「1日が千年にも思える気持ちでこの日を待ったのだ、意地悪せずに門を開けてくれ」
獣人は門を鋭い爪で指差す
“ダメです”
私は、この言葉を喋り何処か大人びた態度をとる獣人は森の中から来た人だろうとは思ったが、だからと言ってシジュウ様の許しもなく入れるわけにもいかないのだと自分に言い聞かせる
そしてこのまま押し問答が続くかと思われた時
「二人とも何をしている?」
スタスタとシジュウ様がいらっしゃり私はホッと胸を撫で下ろす
シジュウ様は私と獣人を交互に見ると首を傾げる
「スズ、明日の朝とは言いましたが日が昇るまで待たせずともいいのです」
獣人はじっとシジュウ様を見つめ
目を丸くする
「まさかその物言い、おふくろ様でしょうか⁈なんと言う姿をされているのか!」
シジュウ様を見た獣人は驚いた様に声を上げる
「その地にはその地にあった身なりをするものです」
「あの強く優しく美しいおふくろ様がその様な、このワンワン、呼ばれた意味を理解した思いです」
獣人が声を抑え目頭を押さえると
ゆっくりと門が開いた
「さてスズ、それでは改めて紹介しましょう。主人様の拳にして、一番の、最初の僕、ワンワンです」
ワンワンですと紹介された獣人は涙をはらうと私に歩み寄り、よろしく頼むと手を差し出した
ワンワン?
頭の中の何処かで何かが繋がる
「なるほど、お前がスズであった。主人様が毛無を僕としたと聞き、驚いてはいたのだが、私を前に朝と言われれば頑として朝を迎えるまで立ち塞がる姿、見事だった」
狼狽えながら差し出された手を握るとその手のひらは柔らかかった
番犬、おそらく犬の魔獣かなと勝手に想像していたワンワンの姿
目の前の獣人は私の想像を大きく裏切る
その物腰
流暢な喋り
獣人としては特別大きくはないその体
そのどれもが私の想像したワンワンの姿とかけ離れていた
「おふくろ様から聞いたぞ、なかなか育てがいのある娘だと、おふくろ様がお前を娘と呼ぶのなら私の事は兄だと思って頼るといい」
ワンワンは私の肩をポンと叩く
「さて、不心得者供も来た様だ」
ワンワンは少し顔をしかめる
その視線の先には顔を引き締め戦装束で全身を見事に固めたエルフ達が並んでいた
「朝日を待ち、お迎えにあがりました」
センが浅く頭を下げワンワンに声をかける
その姿はいつもからは想像も出来ぬほどだった
「盾とは随分とゆっくりしたものだな」
ワンワンの言葉にセンは恐縮し、申し訳ございませんと返す
「このスズは夜明け前にここへ出向き、その上このワンワンに日が昇るまで待てと、おふくろ様の言葉を律儀に守ってみせたぞ、此れこそ従者という者ではないか」
返す言葉もございませんとセンは膝をつき、3人もそれに続く
「セン、最初の盾の七人に選ばれたお前が居てもこのざまとは呆れるな、墓の下の姉達に合わせる面が無いから死なぬのでは無いだろうな」
センは大粒の汗を浮かべ黙り込む
「だから私は何度も主人様に申し上げたのだ、盾の七姉妹は一代限りとするべきだったと」
ワンワンはオキが抜ければこのざまかと嘆き、シジュウ様にそれくらいにせよとたしなめられた
シジュウ様は盾の者は下がってよい、支度を始めよと言ってエルフ達を下がらせ、ワンワンにはお前ももう少し抑えよとたしなめた
「スズ、ワンワンを主人様の元に」
シジュウ様は私にワンワンの案内を申付ける
先程の姿を見るにワンワンはあのエルフ達が怯えるほどの者なのだろう
わたしはそんな彼をはなんと呼べば良いのだろうか
「あなたの事はなんとお呼びすればよろしいのでしょうか」
ワンワンはよく出来た娘だと笑う
「呼捨てでも何とでも好きに呼んでくれ、わたしもお前のことは妹と思いスズと呼ぶ」
何ということか、随分毛深い兄が出来てしまった
ワンワンは御居館に入ると外套を脱ぎ私に渡す
当たり前なのだろうがコートの下にはキチンと服を着ていた
私はコートハンガーに渡されたコートをかけ、こちらですと帝王階段を昇る
主人様のお部屋の前でワンワンをお連れしましたとお声をかけると、直ぐに「入れ」と返事があった
御部屋に入ると主人様は立って待っていらして
ワンワンを見るなり、よく来た、偉いぞ、こっちへおいでと、とても喜ばれ
ワンワンが主人様の前で膝をつくと嬉しそうにその頬袋を摘んで引っ張ったり頭を撫でたり
主人様は嬉しそうにワンワンはもうスズと挨拶は済んでいるかと仰り、ワンワンは先程と答えた
主人様はそれを聞き、そうか、では改めて私が紹介しようと私を側に呼ぶ
「スズ、これがワンワン、私の友達だ」
ワンワンは勿体無いと言い頭を下げる
「ワンワンは私の命でシジュウに育てられた子でな、言うなればお前のお兄さんだ、優しく頼りになる子だからお前もこれからは何かと頼りにすると良い」
主人様は傅くワンワンの首筋を揉みながらそう仰り
ワンワンは主人様にシジュウとはおふくろ様の事でしょうかと伺っていた
「お前の母の名だ、覚えておけ」
主人様のその御言葉にワンワンは承知と答える
「さてワンワン、コレがスズだ、私の僕として此処で身を粉にして尽くしてくれている、一切はお前と同じでシジュウに任せているのでお前にとっては毛の薄い妹だな、何かと面倒を見てやってくれ」
主人様は私の肩を取ると、私を椅子に座らせ、撫でてごらんと私の手を取り傅くワンワンの毛を触らせた
その毛は思うより柔らかく、触り心地も良い
「おふくろ様は厳しくも優しいお方、よく学べ、何かあれば私に相談してくれて構わん」
ワンワンは何かを思い出すように目を細めながらそう言い、一度言葉を切ると、それで私めは何をさせて頂けるのでしょうと畏る
「しばらく此処に住んでくれ」
主人様のその言葉を聞くとワンワンは承知と答え、それでは軒先をお貸しくださいと続けたが、主人様はそれを聞き、笑う
“あの、主人様、お部屋ならまだ空きがございます”
軒先では不憫ですと私が主人様に訴えると、主人様はワンワンの頬袋を引っ張りながら軒先はスズが許さんそうだと笑い、今度は私の頬をつまむと、安心しろワンワンの居場所は私の部屋と昔から決まっていると言い、そうだろう?とワンワンに声をかけ
ありがたい事ですとワンワンは畏まった
「早速遊んでいただいているのですか」
シジュウ様は、改めて失礼しますと言い、主人様の御部屋に入られた
その後ろには大きなクッションを別のシジュウ様が二人掛かりで抱え、それを部屋の隅に下ろし、その上に毛布をかけた
「寝床を持って来ました」
シジュウ様は全く手のかかると愚痴られ、ワンワンは言っていただければ己で運びましたと申し訳なさげに耳を倒した
それでやったためしもなかろうとシジュウ様は呆れ、ワンワンはいっそう所在無さげになる
「さて、ワンワン、お前の此処での最初の仕事は留守番です。本日より2日ほど主人様はスズと盾を連れ近場へお出かけになります、その間の留守を任せます、私もひとりふたり残りますがお前に任せるので上手くやりなさい」
「お任せを、毛ほどの隙もなく、たった今よりこの地は鉄壁となります」
「毛だらけの隙だらけでない事を祈ります」
ワンワンはこれは手厳しいと笑い
して主人様はどの様なご用事なのでしょうと言って向き直る
「近所の族にな、挨拶でもと思ったのだ」
「主人様御自らお声がけなさるおつもりでしょうか」
「そう思う」
「いけません、主人様にお声がけいたけるのは主人様の民のみです、蛮族などには僕に伝えさせれば十分」
「そうか、ワンワンが言うのならそうしよう」
突然、任せたぞとワンワンに言われ
頼りにするよと主人様に指を握られる
「それでは朝食にしましょう、ワンワン、今日はお前も食卓を囲め、それとあまり盾にうるさい事を言うな、お前が焔の魔女相手にしくじった際、お前が戻るまで魔女の足を身をもって止めたのは盾であろう」
ワンワンは畏まりましたと素直に従い
アレは我が人生の汚点でもありますと悔しそうに呟いたが、シジュウ様がお前の汚点など星の数とて及ばぬではないかと笑い、早く一人前になれと優しく微笑まれた
「固くなるな、息苦しい」
食堂に居並ぶエルフ達をワンワンが一喝する
「先程おふくろ様からもお前らの不躾は見えぬふりをしろと言われている」
ワンワンは私はどこに座れば良い?と聞き、いつも空いている私の正面の席に案内した
「私がお前達と食事を共にする事は今後無い、安心しろ」
私はワンワンに、少し横柄です、これから食事なのですからと文句を言い
エルフの皆に座りましょうと言って自分も腰掛けた
ワンワンは私を見ると、似るものだなと言ってシジュウ様に視線を移し
いやお前が正しいなと笑った
皆の前に朝食が並ぶがワンワンの前には水の入ったグラスが置かれているだけで、どうしてだろうと見つめていると、気にしないで先に食べていいとワンワンは笑う
いつもと違い静かで何処かギクシャクした朝食の風景
いつもは横柄なセンが端に座り
いつも堂々としているテイがチラチラと周りをうかがい
いつもは嫌いなものを勝手に好物とすり替えてしまうキイは黙々と平らげ
いつもは私にこの料理の隠し味アレだななどと言っては嬉しそうにするリヨが黙って食べている
それが何だか、だんだん面白く感じ
吹き出してしまう
静かな食卓に私の笑いが大きく響き
エルフ達はどうした?と顔を上げ
それがまた滑稽に見え
こらえきれずに声を出して笑ってしまった
「どうした?」
ワンワンは不思議そうに私に声をかけ
“いえ、珍しいものが見れたなと思い”
私の答えを聞くとワンワンは納得した様に腕を組むと、突然、隣に座るキイの横腹を指で刺す
ヒャア!と変な声を上げ飛び上がるキイ
なんだ?とあせるエルフ達
ワンワンは何食わぬ顔顔で水を飲む
「スズ、氷を持って来てくれ」
私がはいと立ち上がろうとすると、お皿を持ったシジュウ様がいらっしゃり
ワンワンの頭をピシャリと叩く
「このいたずら者、氷で何をする気か」
主人様が許してもこの私が許さぬぞとシジュウ様はワンワンを睨みつける
「この私がただの堅物と思われるのがシャクだっただけです」
シジュウ様はワンワンの前に皿を置くと、はあとため息を漏らし、エルフ達を見て口を開いた
「覚えて置くといい、お前達が勝手に伝説だと言って恐る男は、腕っ節以外はお前達以下のいたずら者だと」
残念そうに嘆いた
真面目で堅物で律儀者のいたずらっ子
エルフ達はポカンと口を開け皿の上の料理を口に運ぶワンワンを見つめる
「次に小言を言われたら焔の魔女には苦労しましたとでも言ってやれ」
シジュウ様のその言葉にセンは口の中のものを吹き出し、ワンワンは面白くなさそうにそっぽを向いた
「そう言えばあの日、ワンワン様は何方にいらしていたので?」
センは口元を拭きながらわざとらしくワンワンに問いかける
「いやぁ次々と姉達が倒れる中、颯爽と現れたワンワン様は頼もしく見えたものです、はて?ワンワン様、そちらの素晴らしい腕輪はどうなさいました?」
ワンワンはセンの言葉は聴こえぬなとばかりに涼しい顔
「お噂では主人様よりトカゲ狩りの褒美に頂いたとか、四竜全てを狩りそろえたのはいつの日のことでしたか?」
意地悪に聞くセンの言葉を無視する様にワンワンは氷はまだか?とひきつる笑顔で私に声をかけるが、シジュウ様にペシペシと頭を叩かれ小声で渋々と言った表情でトカゲが悪いのだと呟く
「死竜などとうそぶく黒トカゲがチョロチョロと逃げ回るから思いの外手こずったのだ」
そっぽを向いたまま開き直ったワンワンの姿に他のエルフ達もこらえきれずに笑い出した
そこからはいつもほどでは無いがエルフ達の声が響く朝食に戻り
ワンワンは気づかれぬ様そっとため息を漏らしていた
私はワンワンは何を食べているのだろう
そう思いその皿の上の物を見つめていると、欲しいのか?と言って皿を私の前に押す
そこには花びらの様に綺麗に盛り付けられた火を通さぬ肉が盛られていた
「味付けのしてあるものは苦手でな」
ワンワンは皿を自分の前に戻すと盛り付けを崩さぬ様に器用に口に運ぶ
「それに大勢での食事が苦手でな、だからこの様な席は今日が最後だ」
エルフ達は食事を切り上げると支度があると言って席を立った
私も少し準備をしようと思い席を立とうとするとワンワンがもう少し付き合えと引き止める
私は席に戻るとシジュウ様にお茶をいただいた
シジュウ様はワンワンの頭を撫でると良くやったと言って氷の盛られた器を差し出し、ワンワンはそれをガリガリと口に放り込む
「何ほどのことでもありません、おふくろ様のお言いつけであれば気にもなりません」
シジュウ様はもう一度良くやったと頭を撫で奥に戻られた
私もシジュウ様を母さまと呼べばあの様に頭を撫でて頂けるのだろうか
シジュウ様に言われ、旅支度を揃え行李に押し込み着替を済ませる
王城や王都を見られるとなるとやはり少し楽しみだ
「では車まで運んでおきます」
行李を預かりに来たシジュウ様は、それをヒョイと持ち出ていかれ
私は部屋を出ると談話室から私のためにと二階のテラス側に持ち出して下さった菓子棚へ向かい、菓子をいくつか選び鞄に忍ばせた
車寄に来いと言われていたのでそこへ向かうと、ちゃんとした格好で、魔獣を連れたエルフ達と何処かで見た事がある様な無いような格好のゴーレムが何体も居並び、それを見るテイがひどく興奮していた
「どうしたのです?」
私は目を輝かせてゴーレム達の周りをグルグル回るテイを不思議に思い、声をかけるとテイは興奮した様子でまくし立てる
「みろ!大鎧だ!大鎧だぞ!その昔魔人のさむらい達はこれを纏い魔獣に跨り大陸の耳無どもを蹴散らしたのだ!今ではもう飾り物しか見られぬのだがこれは凄い!」
ああ、思い出した《島》で見た悪魔将軍の絵だ
こんな格好をした女の人の大きな絵が飾られていたのを見たんだった
ふーんとおかしな格好のゴーレムのひとつを見ていると、腰にテイと同じ二本の魔人刀を下げている
「気がついたか⁉︎実は私の大小二本の魔人刀は《まっぷたつ》と言って、その昔、おい!聞いていないでは無いか!」
全く興味がない私は、また今度ゆっくり教えてくださいと笑いゴーレムから離れる
さむらいのゴーレムがいると言う事はさむらいは滅んだのだろうか
などと思っていると、シジュウ様達がぞろぞろと現れ、そこに居る皆に下がれと言うと、音も無く車寄に使われて居る道が斜めにへこみ始めた
私が唖然とそれを見て居ると、いつの間にか後ろに立っていたワンワンが、のぞいて見るか?と言って私を抱え地下へ続く坂道と化した車寄へと身を乗り出した
「見えるだろう?彼処がおふくろ様や歯車達の部屋だ」
この様な仕掛けが有るとは知りませんでしたと私は目を丸くしていると
ワンワンは特等席で見物だなと言って坂道のすぐ脇に私を抱えたまま立った
まず坂道の下から人馬のゴーレムが何体も駆け上がり、目の前を駆け抜ける
それが終わると奥の方から地鳴りの様な音が響き始めた
その音の主が坂道をゆっくりと登る
その姿は長屋ほども有るかと思う様な巨大な物で、たくさんの、しかも巨大な車輪を力強く動かしその姿を現した
「お召し陣車だよ、主人様が乗られる」
ワンワンはそう教えてくれた
それに続き陣車に比べれば小さいが、それでも馬車ほどはあろう大きさの動輪が3台続いた
坂道は先程とは逆にゆっくりと下から蓋を閉め直す様に姿せり上がり、姿を車寄へと戻した
さむらいのゴーレム達は動輪のうちの1番大きいものへと乗り込み
シジュウ様達は陣車へと乗り込まれる
ワンワンは私を抱えたまま陣車の前まで行くと、そこでようやく私を下ろす
「私は留守番だ、頼むぞ、スズ」
ハイと答えるとワンワンはいい返事だと笑う
そこへお留守番の方のシジュウ様が私の銀輪を持っていらっしゃった
シジュウ様は銀輪は中へ積み込んでおきますと仰るので、私は乗って行くつもりなのですが、ダメでしょうか?とお伺いする
するとシジュウ様は、一日漕ぎ続けるつもりですかと呆れたが、ワンワンが気持ちの良い言葉ではないですか、どうでしょうおふくろ様、せめてこの汚い集落を抜ける間くらいの間はスズに先触れを任されてはとシジュウ様に言って下さった
シジュウ様はそのくらいならばとお許しを下され、私はお二人にありがとうございますと礼を言った
出立の準備が整う
私も股割れスカートを履き銀輪用の兜を身につける
本来なら私が主人様をお部屋までお迎えにあがるのだが、今日はせめてそれは私にとワンワンが言うので役目を譲った
車寄に主人様が現れると皆膝をつきお迎えする
主人様は私の前で立ち止まると、汚れるぞと声をかけられ、乙女は地べたに膝などつかぬものだと言い陣車へと乗り込まれた
私は何故だか少し嬉しくなり
車列の先頭に止まる銀輪に跨ると正門へ向かいゆっくりと走り出した
私の後ろには四体の人馬のゴーレムが続き
その後ろにエルフ達が跨る魔獣に守られた陣車が
そのさらに後ろには3台の大きな動輪とそれぞれの動輪の両脇に人馬のゴーレムが並ぶ
“開門!”
私の声の響きに合わせる様に門がスルスルと開く
門が開き切るのを待ち人馬のゴーレムを引き連れ銀輪を走らせた
“主人様の御通り!下がらねば轢かれるぞ!」
私は教わった通り声をあげ
私に続く人馬のゴーレムは今日は槍では無く、旗を持ち笛の音を鳴らす
ゴーレムの鳴らす笛の音が三度鳴り響く度に私は主人様の御通り下がらねば轢かれるぞと声をあげ
道行く人はゴーレムとその後ろに続く車列に言葉を失う
車列が大通りに差し掛かると大店の前で止まった
出立前に頂いたシジュウ様のお話では、大店の店主夫婦を車列に迎えるのだそうだ
私は銀輪を降り、大店の前に立つ門衛の男に声を掛けた
“店主の支度は?”
店の前に立つ男は、よく見ると私と同じくらいの年頃で、ゴーレムや魔獣に怯えたのかガタガタと震えていた
「お待ちしておりました!」
着飾った大店の店主は飛び出す様に現れると、私の姿を見てこれはなんとも勇ましいと言って愛想笑いを浮かべた
私はありがとうと答えると、此方へと3台の動輪の中で1番小さいものへ、店主夫婦を案内する
動輪は夫婦が近づくと戸が開き、私が中へどうぞと言うと、二人は物珍しそうに見回しながら動輪へ乗り込んだ
“何かあれば中で話しかけてください、この乗り物もゴーレムの様なものですから”
私がそう言うと、動輪の戸が触りもせずに閉まり、驚く中の二人をよそに銀輪へと向かう
途中店の入り口を見ると、リヨが門衛の少年に褒美だと言って袋を渡していた
多分お手製の菓子が入っているのだろう
リヨはわかりやすいなあと、ひとり笑いながら銀輪に跨る
気がつくと辺りは人集りになっており
その中にシャンを見つけた
シャンはセンの乗るハヤを見て真っ青な顔をしている
確かにいきなりアレを見たらそうにもなるだろう
私はおーいと声を上げシャンに手を振る
シャンは私に今気が付いた様で、こちらを向くと、おう、お嬢様、今日はどちらへと言いながらこちらへ来たので、王都まで主人様のお供でと答えると、真顔で戦か?と聞いてくるので
私は、まさか、王様に挨拶に行くだけよと笑った
今度は人ごみを掻き分けフウも現れたが、フウもハヤを見て青ざめた
「シャン、アレ…」
フウはよほどハヤが怖いのか、フラフラとシャンに近寄りその袖を握った
「知らねえよ、あんなバケモノ初めて見た、そうだろ」
シャンは袖を掴むフウの腕を握ると、知らねえよともう一度繰り返した
私が、そんなに怖い?と笑おうとすると、人馬のゴーレム達から笛の音が響く
“それじゃあ行ってくるね”
私は二人に手を振り、主人様の御通りと声を上げた
二人は、私とハヤを交互に見る
その姿は怯えている様で
だめだなぁ
ハヤはおとなしいから大丈夫なのに
今度触らせてあげよう
子供達に菓子を配って回っていたリヨが急いで列に戻ると、車列は私を先頭に進みだす
キイが天馬のサゴの背にサッと立ち上がり掛け声をかけると、サゴは羽を広げ空に駆け上がり、皆は唖然とそれを見上げる
なるほどアレなら羽の邪魔にならない
今度私も試してみようと密かに心に決めた
程なく進むと街と外を隔てる門が見えた
私はそれまでと同じ様に声を上げ門を抜ける
振り返ると人馬のゴーレムが門をくぐる様に抜けていた
あれ?
ゴーレムがくぐる様では陣車では通れぬのではと気づいた瞬間
陣車はその巨体で門を突き崩し何事もなかった様に車列を進めた
私はまあそうなるだろうなと思いながら陣車を見つめ、銀輪を降りた
陣車の戸が開き、私は銀輪を押して陣車の中へ入る
陣車の中は外から見るより狭いが、中には寝台やテーブルが置かれ椅子が並び、そこに主人様が腰掛け何かを考えていらっしゃった
シジュウ様達は壁際に並ぶ
私は主人様の横に座るように言われ、失礼いたしますと声を掛け、腰掛けたが、主人様は上の空でテーブルに置かれた紙とペンを見つめていらっしゃるだけだった
私が腰掛けると陣車が少し揺れ走り出したことを知らせ
そして四方の壁も天井も消えた
いや、風も感じないし音も聞こえない
そっと壁のあった辺りを触れてみれば確かにそこには壁がある
「外が見えないと退屈だからね」
主人様はテーブルの上から視線を外さずそう仰った
車列は人馬のゴーレムを先頭に街中とは打って変わって足を早める
陣車は道をはみ出るのも構わずその巨体で街道を突き進み
草原を突っ切り
橋など要らぬとばかりに川に乗り込むと川の水が押しのけられた様に割れ、車列は川底を何事もかった様に走り抜けた
私は時がたつのも忘れその風景を眺めていると、車列は草原で足を止めた
すると人馬のゴーレム達はその腕にした火を吐く盾を使い、辺りの草を焼き払い、瞬く間に辺りを均してしまった
その手際に驚いたが、私は別の問題を抱えていた
私はシジュウ様にそっと近づき小声で声をかける
シジュウ様は、ああと言った顔をされ、風景が消え一枚の戸を指差した
私は驚きまさかと思い、その戸を開けると中はご不浄となっていた
私が用を済ませると、シジュウ様はそれでは昼食にしましょうと言い、私を連れ陣車を出る
外の空気は少し焦げ臭いがまあ仕方がないなと思う、車列を見ると後ろの動輪からさむらいのゴーレム達が駆け出し辺りに消えてゆくのが見えた
小さめの動輪からはフラフラと大店の店主夫婦が降り、辺りを見渡し、私を見てこちらに駆け寄ってきたかと思うと、あの乗り物は何と言うものなのでしょうか?手に入るものなのでしょうかと興奮した様子でまくし立ててきた
面倒に思った私はそんな事より昼食にしましょうとはぐらかす
エルフの皆も集まるとシジュウ様は陣車の壁から炊事場を引き出した
文字通り引き出された炊事場、こんな仕掛けになっているのか、だから中が少し狭く思えたのかとひとり納得する
シジュウ様は手早くスープと、たくさんの肉か野菜が乗ったパンのはさみ焼きを人数分揃え、最後に茶を入れると主人様の元に茶を届ける様にと私に言い付けられた
陣車の中で主人様は相変わらず考え事をされていて、私が茶をお出ししても上の空だった
陣車から出ると荷物を積み込んだ動輪から出したのだろう簡素な椅子とテーブルが用意され、そこに皆が座り私を待っていた
昼食の席で店主夫婦に王都にはいつ頃つくのかと聞かれ、私もわからないと答える
店主の話では早馬を使えば半日
馬車なら2日から3日の距離だと言う
私がシジュウ様にどうなのでしょうと聞くと、今夜王都近くまで行き明日の朝用を済ませ、明日の夜には御屋敷に戻ると言われ、その様ですよと私が店主に話を振ると店主は、早馬と変わらんとはと驚き陣車を眺めていた
昼食を済ませ陣車に戻ると茶はそのままで
下げようとすると主人様はそのままでいいと言われた
私は片付けを手伝おうと陣車を出ると、すでにテーブルや椅子は片付けられエルフ達は魔獣に跨り、店主夫婦は動輪へ戻っていた
私はしばらく外の空気を吸っておこうかと思い立っていると、さむらいのゴーレム達が駈けもどり、動輪へ次々と乗り込んでいった
それが終わるとシジュウ様に中に入れと言われ
私が腰掛けると陣車はその車列を進めた
途中休憩を入れつつ日暮れまで走り、王都近くの平原に車列を止めた
日が沈むなか、それまでと同じ様に人馬のゴーレム達が草を焼き、さむらいのゴーレム達は何処かへ走り去る
違いといえばシジュウ様達が動輪から下ろした陣幕を、車列を取り囲む様に張り
その周りを人馬のゴーレム達が見回り始めた事だ
私たちは王都に遠く見える王城の光を眺めつつ夕食を済ませ、軽く茶か酒を飲むと、明日に備え休むことになった
店主夫婦は動輪の椅子が寝台に変わるのでそこで眠り
エルフ達は交代で陣車の護りにあたり
私は陣車の寝台で寝ることになった
陣車の寝台はひとつではと思ったが、主人様は今夜は寝台をご利用なされないとの事だった
私が夜風に当たりながら菓子を摘んでいると、シジュウ様に早く湯を浴びてしまえとお叱りを受ける
まさかと思い陣車の中に戻ると、シジュウ様が戸のひとつを開け、その中にはシャワーが用意されていた
主人様の前で裸にはなれませんと訴えるとシジュウ様は、二人掛かりで幕を持ち主人様の前に目隠しを作る
私はこれ以上の抵抗が無駄なことをよく知っているので、諦めて服を脱いだ
湯を浴びながら先程外で見たものを思い出した
ずっと遠くの丘の上で、ひとりの女が木にもたれかかり、ずっとこちらを見つめていたのだ
何かするでもないし
距離も遠い
ゴーレムもエルフもまるでその女が見えていないかの様に気にせず
だから私も見物人の類だろうと気にしなかった
私が見渡した限りでは見物人はあの女ひとりだったが、こちらを見る以外何をするでもないので気にしなくて良いのだろう
私は浴室から出ると女のことは忘れ、用意してあった本繻子の寝間に着替えた
着替え終わると、シジュウ様は幕を下ろし、私はとびきり冷えた甘い茶を一息に飲み、髪を乾かす
寝台に入ると、壁と屋根が消え
星空の下、草原で寝ている様な錯覚を起こす風景が広がる
「おやすみスズ」
直ぐそばから主人様の声が聞こえ
私はおやすみなさいと答え
眠りに落ちた
天馬に跨り草原を駆け抜ける夢を見る
私は、目が覚めても何処か夢心地のまま
周りに見える陣幕とその先に広がる草原見つめ、まだ飛べるかしら?と呟いた
はたと自分が寝台にいることに気が付き跳び起きる
主人様はすぐ側で黙って私を見つめていらっしゃった
“おはようございます”
主人様は私の挨拶にウンと頷き立ち上がると、側にいらっしゃりわたしの頬をなでた
「素晴らしいな、お前は私に答えをくれた、幾億万の言葉を知るが今答えを知った思いだよ」
主人様はすぐにシジュウを呼べと仰り
側に控えるシジュウ様が、お側にと答えると、遅いとシジュウ様をお叱りになり、新しい紙に筆を走らせ、出来たと言って渡された
シジュウ様は渡された紙を一瞥し大変素晴らしいと仰ると、お預かりしますと状箱へしまわれた
主人様は陣車の壁に映し出される外の風景を、それはもう愉快そうに眺められていた
私もつられ同じ方を向くと、その先にはシミの様なモノが見え、失礼しますと言い、寝間着のまま陣車を出、陣幕の側まで行き、先を確かめる
陣車の中からシミの様に見えたそれが小さな粒の様に遠くに見える
騎士の一団だ
王旗を翻し
上空には翼竜に乗った騎士の姿も見える
出迎えなのだろう
私がシジュウ様にお伝えしようとした時
空を舞う翼竜目掛け天空から矢の雨が降り注いだ
翼竜は騎士共々矢の雨に打たれ真っ逆さまに落ちて行く
「主人様の御座所を見下ろすとは!蛮族と言え許さんぞ!」
天空の遥か高みからキイの声が降り注ぎ
仰ぎ見るそれは、ごま粒の様な小ささに見えた
それを合図にする様に私のすぐ横をフサに跨ったテイが駆け抜け、それを人馬のゴーレム達が追いかけ、テイの一団は騎士達目掛けて風の様に突き進む
「待たれよ!御迎えに上がった!王よりの使者である!レーダの白の館の主人殿の御迎えに上がった!」
テイはフサの巨体を御し騎士達の眼前で止まると魔人刀を突きつけ吠える
「蛮族!言葉を間違えるな!主人殿ではない!主人様である!」
テイは次間違えばお前らなど目もくれずあの城を瓦礫に帰るぞと王城を指した
騎士達はご無礼御容赦をと詫び、改めて御同行をお願いしたいと願い出る
テイは、御苦労、此方の用意済み次第案内を任せると言って魔人刀を鞘に戻し、ゴーレム達を残し陣幕へと戻る
その途中、テイは思い出した様に振り返ると、空から二度と主人様を見下ろそうと思うなよと言い陣幕へ戻った
テイは幕をくぐると私を見て苦笑いをし、着替えて来いと声を掛けた
私はそそくさと陣車に戻り、シジュウ様に着替えのための幕を持っていただき着替えを済ませる
シジュウ様はそれでは朝食にいたしましょうと仰ると、私に大店の店主夫婦を起こして来いと言い付けられた
店主夫婦達と言えば、すでに先程の騒ぎで起きており、陣幕の隙間から騎士達を見ては王家だ王家の旗だと興奮している
私が間も無く朝食ですと声を掛けると店主夫婦は、お嬢様!王家の騎士です!急がねば!と聞苦しい声を上げた
「アレはそんなに偉いのか?」
いつの間にか私の後ろに立っていたリヨが、人馬のゴーレムが威嚇する様にウロウロと取り巻き、それに怯える騎士団を見て首をかしげる
「王家です、大小二百の領主を束ね三つの隣国から神出鬼没と恐れられたハンディ家の旗です」
リヨは朝食を急ぐほどの相手では無いと言い
それに旗ならこちらも掲げているでは無いかと笑う
人馬のゴーレム達が槍の代わりに掲げる旗
輝くほど真白でとても美しい
「リヨ、なぜあの側は白いのでしょう」
私と店主夫婦を連れ青空の食卓へ向かう私の問いに、リヨは当たり前の様に答えた
「お前が成人したのち、あそこに掲げる紋章をお前が決めるのだよ、《館》はお前が長なのだぞ?」
主人様がいらっしゃるでは無いですかと私が驚くとリヨは笑い
主人様は大森林全ての主人、《館》はお前が長なのだよ、それとも犬かカラスに長を任せるかい?とふざけた
「シジュウ様がいらっしゃいます」
私の答えにリヨは、ああシジュウ様はお前を支えてはくれるだろうがな、長などやりはしないよ、聞いみると良いと笑う
お嬢様がお屋敷をお継ぎになられるのですねと店主は、やはりなと言う言い方をし、あのゴーレムもお嬢様が受け継がれるので?とリヨに聞く
リヨはこの前の様な事があるうちはそうだろうなと答え凄味のある笑みを浮かべた
ゆっくりと食事を済ませ茶を飲む
陣車の中の主人様も大変上機嫌でお茶を楽しまれていた
後片付けを済ませ陣幕を取り払うと、騎士団を取り囲んでいた人馬のゴーレム達は車列に戻り
さむらいのゴーレムはそんな所に隠れていたのかと言う近さで騎士団のすぐ側から姿を現し動輪へと戻った
車列は騎士団に導かれ王都へと向かう
陣車は町を出る時同様、王都の門を崩して王都に入る
人馬のゴーレムや魔獣達に怯えたのか、街人はみな建物の中や物陰からこちらを伺っていて
そんな中一人の女が膝をつき傅いていた
どこかで見た事がある人だなと思ったが直ぐに通り過ぎてしまい、気のせいだったかなと忘れることにした
王都を進み王城のある丘の麓へと辿り着く
そこは城壁の内側なのだが、街並みとは林で隔てられている
先導の騎士達は足を止め、何事かエルフ達に訴える
テイが陣車へ来ると、シジュウ様に彼奴らが言うにはこの先の道は細くうねり陣車ではとても進めぬと言いましたので、では此方までお前達の主人を連れて来いと言い付けましたがそれは出来ぬと抜かします、成敗のお許しをと訴え出た
シジュウ様はそれには及ばぬ、空から歯車を下ろし陣車を運ばせると仰ったが、主人様がシジュウ待てとお声を掛けた
「族長にはスズが私に代わり挨拶をするのだ、私はここで待つよ、実は少し眠くてな、それに周りの木々もゆっくり眺めたい」
主人様は陣車の内に写る風景を眺めワザとらしく欠伸をして見せると私を見て笑った
「仰る通りに、しかし辺りの掃除はさせて頂きます」
主人様は、ああ頼むよと笑い、それではひと眠りして私も空を飛ぶ夢を見る事にするよと私を見て微笑まれ
私は顔を赤くした
シジュウ様は陣車を出ると、騎士に承知した、支度するのでしばし待てと言い、ゴーレム達に陣車を囲む様に陣幕を貼らせ、エルフ達に何事か言いつけるとエルフ達は四方に向け矢を射かけ始めた
先導の騎士達は驚きエルフ達を止めようとしたが、人馬のゴーレムに阻まれ悲鳴の様な叫び声を上げるばかりだった
程なくしてエルフ達は矢を射るのをやめ、人馬のゴーレムが道を開け騎士がエルフ達に駆け寄ったが、今度はセンがハヤの巨体で立ちはだかり、兵を伏せ置いて何を言うかと怒鳴りつけ、今からも近づくものは只々的になるものと思うが良いと吐き捨てその迫力で騎士を下がらせた
私はまたシジュウ様が作る幕の壁に囲まれ着替えを済ませ化粧をする
髪を整え鏡と化した陣車の壁に映る自分を見た
真白なブラウスに素敵な柄のネッカチーフを巻き、黒く美しく染められた金糸の刺繍が施された上着を纏い襟に黄金の紋章を飾る
スカートは貴族の様に複雑な模様が走り靴は黒曜石で作られた様に輝く
上品な仕上がりの黒い靴下には小さく真っ赤に染め抜いた糸で花の刺繍が施されていた
髪を飾る髪留めには上品な輝きが宿り
これが私かと驚き見惚れてしまう
シジュウ様が幕を降ろすと、主人様が似合うじゃないかと褒めてくださった
主人様は私に、それでは任せたよと言い、胸のポケットにハンカチをさして下さる
私は主人様に礼を言い、シジュウ様に連れられ陣車を出、さむらいのゴーレムが乗っていた動輪にシジュウ様達と乗り込んだ
騎士達の先導で動輪の車列が進み始める
主人様の陣車の周りには四体の人馬のゴーレムと同じ数のさむらいのゴーレム、それにエルフ達と数人のシジュウ様が守りとして残った
私の隣に座るシジュウ様が空の上にも守りは居ると仰った
天馬の群れでも呼び寄せたのだろう
動輪は丘の上まで登る
堀と跳ね橋に守られた城門が現れ、先導の騎士達が焦った様子で何かを叫ぶ
城壁から覗く兵士に退がれと言っているのだろう
坂を登る間、動輪の屋根や人馬のゴーレムの背に乗ったさむらいのゴーレムが、時々どこかに向けて矢を射かけるのを見ては騎士達が今と同じ様に必死に叫んでいた
跳ね橋も門も開け放たれており、門を抜け中庭に入り車寄で止まる
私やシジュウ様達はさむらいのゴーレムに手を引かれ動輪から降り王の元へと向かう
私の手には主人様から預かった状箱とシジュウ様より渡された口上の書かれた紙
それと私が昨晩王に土産物もなくては失礼なのではとシジュウ様に相談した際、呆れ顔のシジュウ様にお前の持ち出した菓子でも渡してやれと指差されたカバンの中の菓子を一箱
人馬のゴーレムは動輪とともに車寄で待つ
城の入り口で宰相を名乗る男が私達を出迎えた
男は深く深く頭を下げ、尊い方よ良くぞいらっしゃいましたと感謝する様に言葉を捧げた
宰相の案内で謁見の間へと向かう
十体ほどのさむらいのゴーレムに守られた私と六人のシジュウ様は謁見の間へと入る
そこは広く、天井が高く
煌々と隅々まで光石で照らされていた
見渡すと王座に王の姿はなく
壁際に鎧を着込んだ男達と石人と呼ばれる王国自慢のゴーレムが並び
王座の前に控える様に並ぶ男達の元に宰相が歩み寄ると、一人の男が一歩前に出て膝をつく
それに合わせる様に居並ぶ男達もその場で膝をつく
壁際の戦士達もそれに習った
最初に膝をついた男の横に宰相も並び膝をつくと、最初に膝をついた男が恭しく声を上げた
「尊いお方よ、尊いお方のお子よ、良くぞいらっしゃいました。私がこの国の王、ハンディ家のクリナでございます」
「ご苦労」
シジュウ様の一言を聞き、私達を守るさむらいのゴーレム達が左右に控え
シジュウ様達は私を囲んだまま話を始める
「この地の民をまとめる長よ、お前に主人様の御言葉を授ける、しかし主人様は先程よりお休みになられている、だが安心せよ、御言葉はその代理として主人様が《館》の娘スズが申し伝える、これは大変名誉なことである、心せよ」
シジュウ様の言葉に王は深く頭を下げる
「では身を正し御言葉を受けよ」
王は立ち上がると姿勢を正し
周りの者もそれに習った
ではスズ、とシジュウ様は私に声をかけると皆私の後ろに回り、先程預かって頂いた口上の書かれた紙を改めて手渡された
男達の視線が私に集まるのが分かる
私は大きく息を吸い
なるべくゆっくりと
大きな声で口上を読み上げる
“今より大森林の主人たるお方の御言葉を、お前達蛮族に与える、これはお前達の身に余る光栄であることを忘れてはいけない、その一言一句に感謝せよ”
口上の書かれていた紙をシジュウ様に返すと、今度はシジュウ様が状箱の蓋を開け親書を私に手渡す
その二重の緊張の中、親書を開く
私はその文字を読み、一度ためらったが意を決して親書を読み上げた
“みなさん、こんにちは”
私は親書を閉じ、シジュウ様に渡した
暫くして私に男達からのそれだけか?との視線が突き刺さり始める
「何が不満か」
シジュウ様は怒りも露わに声を上げる
「いえ!いえ!不満なのではございません!御言葉に感じ入っておりました」
王は投げ出す様に膝をつき、祈る様に私やシジュウ様に許しを乞うた
「ならば良い」
「ありがとうございます、それでは今日ここにおります者共を御紹介させていただけませんでしょうか」
「興味はないが聞くだけで良いなら許そう」
「ありがとうございます」
王はまず己の横に立つ宰相と名乗った男から紹介を始める
「はぐるま様の御子の娘様、どうか姫様と呼ぶ事お許し下さい」
何故かシジュウ様が許すと応える
「ありがとうございます。姫様、この者はこの国の宰相、レコダと申し私の従兄弟でもあります、どうかお見知り置きを」
宰相と呼ばれた男は深く頭を下げる
「続きましては王国に尽くす四人の貴族、右からボーハン、サドー、ラックニー、レーレンでございます」
シジュウ様は私に一番左の男を笑ってやれと耳打ちされる
私は失礼のない様一番左の男になるべく上品に微笑んで見せた
男は一瞬だけ目をそらすと私に頭を下げ、他の三人はそれを無視をした
その後何人かの大臣を紹介され
それが済んだ頃合いを見てシジュウ様から菓子を受け取った
“王様、コレは私からの挨拶の品です”
一体のゴーレムが私から菓子を受け取ると、王の元に差し出す
“黒くて驚くでしょうが、驚くほど甘く、トロけ、とても美味しいのです、どうぞ召し上がって下さい”
王は、ありがとうございますと言って菓子のフタを開け、その見た目に少し驚いた様だが、何度か私の顔を見てひとつ手に取り頬張る
「コレは!コレは!なんとなんと!この様な菓子がこの世にあったとは!」
王は目を丸くして驚く
その姿に私はホッとし
それは私の大好物なんですと笑った
「コレは大変素晴らしいものを頂きました、今後、私共に出来る事ならば何なりとお申し付けください」
王は人の良さそうな笑顔で私に語りかける
「では早速ひとつ」
シジュウ様が王の返事も待たず言葉を続ける
「外に待たせてある車の中の二人を此処へ」
今すぐにと王は応え人を走らせる
程なく大店の店主夫婦が現れ、王の前に連れ出された
「姫様、この者は?」
店主夫婦はなるべく堂々としようとしているのだが、それが何処か滑稽だ
王様もそうおもったのだろう
「自ら名乗れ」
シジュウ様の言葉を受け店主は名乗りを上げた
「レーダの街を先日より取り仕切っております、フッツ商店の店主ケースと申します、本日は王にお願いが有り、旅のお供をさせて頂きました」
店主の話を聞いた王は、何かねと朗らかに笑うが、その後ろに控える貴族の男の一人が恐ろしい顔で店主を睨みつけていた
「ありがとうございます、それでは今、此処にいる皆様の立会いのもと、真金の儀を行なって頂きたい」
男達は一斉にざわめき
王は顔を引き締め、分かっているのかと店主に聞き返した
「もちろんでございます」
そう答えた店主は懐から包みを取り出す
今度は王までも目を厳しい物に変えた
「では賢人の水と証を用意させる」
王の言葉を受け謁見の間が騒めく
「急がせろ、主人様をお待たせしている」
シジュウ様の言葉に、王は仰るままにと答え、その場にいる男全員にお前達が見届け人だと言い放つと儀式以外は全て省くと言う
大きな瓶と木で出来た器が二つ、運び込まれ、同じ様に運ばれてきたテーブルに置かれた
「フッツよ好きな方の器を選べ」
王の言葉を受け店主はひとつの器を選ぶ
その器に瓶の中の液体が注がれ、次に同じ様に選ばなかった方の器にも液体を満たす、そこに王は自分の指から外した指輪を落とした
すると器の中の水は瞬く間に濁る
「フッツよ、王国は古来より領主の資格として民草と街を、それを守る兵を、そして誠の金を運を求めている」
「心得ております」
「まずひとつ、お前は民とその者達が暮らす家を揃えているか」
「レーダと呼ばれる街とそこに住まう民を束ね、家無きものには住まいを、職なきものには田畑を与えました」
「お前はそこをどの様にして手に入れた」
「街の白のお屋敷に住まうお方に私めが治めるお許しを頂きました」
「ひとつめは認めよう、次のひとつ、お前はその者達が暮らす街を守る力はあるか」
「私財を投げうち百人の強者と二十を超える木人を集め、街に巣食う無頼のヤクザどもを撃ち払いました」
立会人の一人がその言葉を聞き、怒りを抑える様に下を向くのが見えた
「二つめも認めよう、では最後だ、お前は誠の金を持つか」
「はい、こちらに」
店主は包みから三枚の真金を取り出す
「ではまず賢人の水の正しさを確かめる」
王が手をあげると剣を持ち胸当てをした一団が箱を守る様に現れ
その彼らから王が箱を受け取ると、蓋を開いた
「ハンディに代々伝わる誠の金である」
王はそう言うと、それを濁っていない方の器にそっと沈めた
「言うまでもなくこの水は誠の金以外の金を沈めればたちまち濁る、それではフッツよ、お前の持つ金を沈め、証を立てよ」
店主は包みから取り出した金を一枚器に沈め浸した
器の中は濁ることもなく
そして店主が沈めた金は王が沈めた物と引けを取らぬ大きさだった
「三つ目を確かめた、最後に聞く、この誠の金は奪い取ったものか」
「いえ、其方にいらっしゃいます御屋敷のお嬢様よりお譲り頂いたもので御座います」
王は頷く
「今、新しい貴族、新しい領主が王国に生まれた、以後フッツはレーダの街とその見渡す一帯を領主として納めよ」
その言葉に店主は深々と頭を下げる
その時
「王に問う」
先程下を向き震えていた男が声を上げた
「控えよ、尊いお方の御前である」
「いえ、下がりません、まずその者が示した誠の金、聞けば異国の王から譲られたと、異国の王から譲り受けた誠の金で領主を名乗るなど聞いたこともございません、その上レーダと言えば当家が治める地ではありませんか、それを切り取り犬の餌の様に与えるとは何事かと聞きたい」
男は一気に捲し立て
王は煩そうに言葉を返す
「誠の金は正しく譲られた物だ、またレーダの地は王家よりレーレンに任せていただけの話、それを他家に任せただけの事」
王は話はここまでだと言い男を黙らせ
改めてフッツよ励めと言い渡した
店主は畏まりましたと膝をつく
「さて、それでは引き揚げる、王よ、面白いものを見せてもらった」
シジュウ様は王にそう言い放つ
「誠に、姫様には珍しい菓子を頂き、感謝致します」
“気に入って頂いて本当に良かった、それではその菓子と同じ物を今度送ります”
「おお姫様、それは有難い、それでは私共も何か姫様に贈り物を送らせては頂けないでしょうか」
“私は満ち足りた日々を送っています、お気持だけでも嬉しく思います、ありがとう、王様”
私が頭を下げようとするとシジュウ様に止められてしまったが、王達はコレは勿体無いとその光景を笑ってくれた
“そうだ、もし何かくださるのなら私にではなく街や救済院の皆さんに”
「お任せください」
王は笑顔で答え
私はまた今度と別れの声を掛け
シジュウ様達と共に謁見の間を出、動輪へともどり、宰相に見送られながら峠を下る
主人様の待つ陣車に戻ると、まずご報告を差し上げた
主人様は一眠りしたよと笑い出迎えて下さり、それでどうだったと言われたので皆さん御言葉を大変喜んでいらっしゃいました、王も大変朗らかな方でしたとお伝えすると、主人様は大変満足されたご様子だった
程なく車列は来た道を引き返し、帰路につく
王都を抜け昨日一夜を明かした草原で昼食を取る
シジュウ様が主人様に私が王に姫様と呼ばれた話をなされ、主人様はそれを聞きとても愉快そうに笑われた
シジュウ様曰く主人様の僕なのだから蛮族に姫と呼ばせるくらいおかしくは無いそうだ
この話が街に広まらなければいいが
昼食を済ませ、私の着替えを待ち、車列は街への帰路に着く
帰りは行きよりもずっと早く車列が進む
シジュウ様のお話では夕食前に御屋敷へ戻るそうだ
そしていつもの日々に戻る
ワンワンは主人様の部屋で一日中寝るか本を読むかで、たまに私について街を見に出かけるくらい
おかげでエルフ達は以前の様にのびのびとした日々を過ごす
シャンが勝手口に訪れたので私が向かうと、ワンワンもついて行くと言い、私は酷い目にあいますよと忠告したのだが毛深い兄は何故だ?と首をかしげるだけだった
やはりと言うべきか
シャンはワンワンを見ると、叫び声を上げ腰を抜かし、転がる石を片端から投げつけ
それも無くなるといつも持ち歩いている彫刻刀を構えチクショウ!掛かってこい!と声を上げた
「ああなるほど、コレは酷い目だ」
ワンワンは足元に転がる石ころを見て、納得する様にため息を吐いた
何とかシャンを落ち着かせ、茶を振る舞う
「で?何だよ、遂にお前の所の犬は立ち上がって喋る様になったのか?」
シャンは精一杯強がり
それを聞くワンワンは白湯を飲みながらまた溜息をもらす
「スズよ、この薄汚れた街に住む輩は皆こうなのか?」
“シャンは特別クチが悪いんです、ちゃんと挨拶させます”
私は笑いながらシャンにワンワンを紹介する
“コレはワンワン、主人様の一番の僕で私の毛深い兄になります」
兄貴⁉︎獣人が⁉︎
シャンは耳がおかしくなっちまったか
それともおかしくなったのはお前の頭か?と唖然とした
“ワンワンはその昔シジュウ様に拾われ我が子として育てられたの、だから私にとっては兄も同じ”
シャンは、へーと唸り、だから服着てんの?と言ってワンワンを見つめ
ワンワンはと言えば、成る程おふくろ様のお目にかなうわけだと何度目かの溜息をもらした
ところで今日はどうしたのと私が声をかけるとシャンは、そうだった、スズ姫にお話がございましたんだと言って菓子を口に放り込む
“姫様はやめてちょうだい、恥ずかしくいて泣きそう”
「残念だな、噂は風より早く街中に広まっちまったよ」
新領主として、貴族として街に凱旋した大店の店主は、次の日には街の主だった人を集め、自分がレーレンに代わりこの街の主人となった事、当面は今日集まった面子で寄合を開き物事を決めて行く事などを伝えた
その席はそのまま宴席となり
王都での旅路や王都での話となった
そこで店主はこう話したそうだ
「白の御屋敷のお嬢様は、まるで王を家来の様に扱い、王も膝をつき姫様と呼ばれておった、それにな、道々御付きのエルフに聞いたのだが、やはりあの御屋敷は姫様の成人を待ちゴーレムの万軍と共に姫様が継承なされるそうだ。その時はどちらの王の末席に轡を並べるか今から皆で考えておかねばな」
店主は周りを見渡したらしい
しかも間の悪いことに、その寄合から数日とおかず、王都から新領主への祝いの品と、その数倍はあろうかと言う数の荷馬車が私への返礼として現れた
約束通りそれらは貧民街の人と救済院いんへ運ばれたのだが
白のお屋敷には王も逆らえぬ
イヤイヤ姫様が一声かければ王からもこの通りさなどと私への噂は目も当てられぬ有様になっている
“とにかく恥ずかしいから姫様はやめて、私は名しかない村娘なのよ”
私の訴えをシャンは、またかと言わんばかりに盛大な溜息で流すと、いいか?村娘で使用人のスズさんよ、毎晩湯を浴びて宝石で着飾ってちょくちょく旅に出て隣町に行くついでみたいに様に王様に会ってくる様な奴の事をここら辺じゃ姫様って呼ぶんだと出来の悪い子に言って聞かせる様な口ぶり
ワンワンもそれを聞き、その毛無しの言うことも一理あるなと笑う
荒れた手のひとつも見せられれば言い返せるのに
溺れる夢を見て以来、私の手はヒビ割れや霜焼けのひとつも見当たらなくなってしまった
嬉しいことではあるのだが
“とにかく毎日だって言ってやるわ、私は村娘で使用人です”
そうだなーとシャンは聞いた様子も見せず菓子をたいらげ、ワンワンの前に有る手付かずのままの菓子に手を伸ばし、なんだこりゃ⁈硬えしマズイぞと驚いていた
“で?何か用があったんでしょう?”
私の菓子で口直しをするシャンに話を振る
「ああ、ウチのオッさんとフウの所のおばさんも寄合に呼ばれてるだろ」
私は頷く
シャンのおじさんは女ばかり多い救済院の尼様の付添として
フウのおばさんはシジュウ様より頂いた税免除のお墨付きをひとりで使うのではなく、おばさんが市場全ての店を買い取ったことにし、市場のみんなの店が税を納めなくてよくしてしまった、そのせいもあり市場の代表として寄合に出ているのだ
「そこで少し厄介な事があってさ、まあお前がチョロっと王様に言ってくれりゃ済む話なんだよ」
“変な事ならイヤよ?”
「いや、ちゃんとした事さ、ここ2日ばかりなんだけどよ、隣の街や王都に続く街道に前の領主が関を建ててよ、とんでもない通行税を取るらしくて皆んな困ってるんだ、まあ嫌がらせなのは分かるんだが、ひとつ頼まれてくれないか?」
“ソレは大変、わかったわ、シジュウ様に直ぐにお願いしておくわね”
「ああ、いや、シジュウじゃ無くてお前に頼みたいんだよ」
シャンは何故か歯切れが悪く
“ごめんなさい、私が習う字は主人様の国の字で、だからシジュウ様に書いてもらうわ”
「いや、何だったらサインだけしてくれれば後は誰かに書いて貰うから」
“多分それはシジュウ様に後でお叱りを受けるわ、それにしてもなんでそんな嫌がらせをするのかしら”
「そりゃお前、レーレンからしたら領地と息子を取り上げられたんだ、頭にも来るだろうさ」
“領地はわかるけど、息子は関係あるの?”
シャンはそっぽを向き
ボソボソと呟く
「あの日、お前んとこを襲った男が誰か覚えてるか?」
何だろう?御屋敷に来たヤクザ者を追い返して、そうしたら今度はたくさんの野盗に御屋敷が襲われたんだったか
シジュウ様が気にしなくていいと仰っていたし
どうでもいい事だとも仰っていた
アレ?なんでエルフ達は御屋敷に呼ばれたんだっけ?
ああそうだ、変な人たちが来ない様に見回りのためにシジュウ様が呼んだんだ
“さあ?ヤクザ者だとしか”
「レーレンのレルって聞いた事ないか」
“レーレンなら王城で紹介されたわ、レルは…誰かから聞いた事がある気がするけど”
「そっか、とにかく困ってんだ、頼むよ」
私が口をひらくよりはやくワンワンが立ち上がる
「関を建ち、そのせいでお前達が飢え死のうが知ったことではないが、お前達の屍でこれ以上辺りが薄汚れては主人様に申し訳がない、ひとつ私がスズの代理で関まで行って話をつけてこよう、何、心配するな、口下手ではあるが道理の通った話をするのだ、心配なかろう」
ワンワンは兄に任せておけと言い外套を取りに戻る
“とりあえずワンワンが一度話をしに行ってくれるみたい”
「大丈夫か?あいつ」
私は普段のワンワンを思い出す
“真面目で少しうるさいけど、優しいし変な事はしない人よ?何回か私と外出したけどずっと外套を被って騒ぎが起こらないように気を使っていたわ”
シャンはエルフのバケモノよりはマシかと失礼な事を呟き
とにかく王様に手紙を頼むと行って帰って行った
シャンは嫌がっていたけど
やはりシジュウ様にお願いするのが一番だと思う
何に付けてもシジュウ様にお任せするのがいいに決まってるのだから




