十話(う)
あの夜から三日が経った
父さんと母さんが白のお屋敷に皆んなでお礼を言いに行くと言い出した
自分たちだけより僕や妹がいた方がスズに会えるからだ
アレから町は白のお屋敷の周りで起こった騒動で持ちきりだった
今じゃレルと呼捨てられている男が賊を率いてお屋敷に襲いかかり
それをお屋敷は国元から呼び寄せたエルフ達を使って追払った
そう言う事になっている
貧民街の人が見たと言い張るエルフやゴーレムがレルの兵士で死体の山を作ったなんて話は事を大袈裟に語った与太話として扱われている
だって死体が無いのだから
逃げ出したレルの一味は似た様な事を言うが直ぐに街を追われてしまったので真実はわからない
代官様も国に帰るらしい
お屋敷に向かう道すがら、貧民街で取り壊している建物をいくつか見た
話を聞いてみるとお屋敷の騒動に巻き込まれた人の家だそうだ、大店の店主さんが、お慈悲で新しい小屋を用意してくれるらしく、壊れた建物は放っておくと危ないので壊してしまうそうだ
お屋敷が見えてくるとお腹の奥がキュッとなり其処此処の物陰に目がとられる
そんな所に大蜥蜴が身を隠せるわけなんかないのは分かってはいるけど
いつもの様にお屋敷の裏手に回り、お屋敷で勝手口と呼ばれる広場へむかう
勝手口は僕の家がすっぽり入ってしまうほどの大きさで、立派な門やテラスやご不浄まで用意されている
そんな勝手口の前に立つと母ちゃんが人を呼んだ
「どなたかいらっしゃいますか、肉屋の一家でございます」
市馬でもよく通る母ちゃんの声
母ちゃんが何度か呼ばわると門の向こうに人影が現れた
「なんだい⁉︎アレは!」
母ちゃんが驚きと呆れが混じった声を上げた
それもそうさ、なんせそこに現れたのは、浅黒い肌をし、太腿を半分も隠せない様なとても動きづらそうなスカートをはき、腹も肩口もあらわで乳房だけは辛うじて隠せる様な服を着た女のエルフが、酒瓶を片手に現れたのだ
「あんたお屋敷の人かい?」
母ちゃんはひどい格好の、しかもエルフを見て芸人の類いとでも思ったのか、そんな風に声を掛ける
エルフは何度か首を捻りながら手首を揉むと言葉を喋った
「《腕輪》はおかしくないみたいだけど、お前、もう一回喋れ」
エルフは酒をあおりながら母ちゃんを顎で指す
「どなたかいらっしゃいますか、と言ったんだけど」
母ちゃんは少し警戒する様に返事をする
エルフは手をヒラヒラさせながら
「その後だ、私を見てなんて言った?」
「お屋敷の人かいって」
「その前だ」
母ちゃんは口をつぐみ、エルフは酒をあおる
「まあいい、盾は蛮族にも寛容だ、用向きは伝えておいてやるよ、でなおしな」
エルフはそう言って戻ろうとするので、母ちゃんが肉屋が来たとシジュウ様に取り次いでおくれと声をかけた
「来客があるとは聞いていない」
エルフはめんどくさげに振り返り、もういいか?とため息をつく
「フウとリンが来たとスズに伝えて下さい!」
このままでは追い返されると思い、僕も声を出す
エルフは急に厳しい顔つきになると僕をにらむ
「御屋敷の者を蛮族風情が呼捨てとは、弁えろ」
エルフの声はいっそう厳しく
話は終わりだと言った雰囲気を醸し出す
「スズとは友達です!聞いて貰えばわかります!」
妹も隣でウンウンと頷く
「確かめる」
エルフはそう言って勝手口の板に話しかけながらチラチラと此方を伺う
「おい、入れ」
エルフはそう言って門を開け
僕ら家族は勝手口の中に入るが、例のエルフはずっとこっちを睨んでいる
少し待つとスズが別のエルフを連れてやって来た
「ごめんなさい、キィに悪気はなかったの」
笑顔で謝るスズはとても可愛く
その言葉に嘘はないのだろう
キィと呼ばれた半裸のエルフは悪い事をしたねと打って変わって笑顔で謝った
「ところでどうしたの?おばさんやおじさんまで連れて」
小首を傾げる姿に見惚れる
「お嬢さん、この間の騒ぎの時に御屋敷の方に良くしてもらってね、そのお礼に来たんだよ」
まあそうなの?ちょっと待っててねとスズがお屋敷の方を呼びに向かおうとすると、キィと呼ばれた半裸のエルフが自分が行くよと僕に手を振った
「驚いたでしょ?あの格好で出歩かないでって言ったんだけど」
スズは僕に困った様に笑って見せた
「お嬢ちゃん、その…そちらの方や今の方はどちら様なんだい?」
そんなせっかくのスズの笑顔を母ちゃんが僕から取り上げてしまう
スズの横には別のエルフが居て
しかもその身体は並の男なんか目じゃない
母ちゃんが用心するのも頷ける
「シジュウ様が国元から呼ばれたの、怖い人ではないから安心して」
スズの横に立つ大柄なエルフが僕を見てよろしくと笑った
ああそうかいと母ちゃんは答え話はそこで終わる
母ちゃんは根っからのエルフ嫌いなんだがそんな事はおくびにも出さない
スズの横に立つエルフは僕のことを見てずっと笑っていて
正直怖い
お屋敷の方は程なく現れた
父ちゃんと母ちゃんは先日は大変助かりましたと頭を下げる
「シジュウお菓子は?」
シャンの真似をしてお屋敷の方をリンが呼捨てにしてしまい、その場が凍りつく
「菓子が欲しいのか?少し待っていろ」
スズの横に立つ大柄なエルフは妹の声を聞くと笑顔のまま何処かへ向かった
「申し訳ございません、よく言って聞かせます」
父ちゃんがお屋敷の方にぺこぺこと謝り母ちゃんがリンの頭を引っ叩いた
「許す、が躾は親の勤めだぞ」
お屋敷の方に僕の両親は頭を下げ
お屋敷の方は今後も励めばそれで良いと言って立ち上がる
「お前にはこちらも世話になっているからな、何かあれば言うがいい」
お屋敷の方は茶でも飲んでいけと言って戻られた
それと入れ替わる様に先程のエルフが菓子を持って戻って来た
「寒天と潰した豆を練って作った菓子だ、甘いぞ」
大柄なエルフはなぜか僕を見て笑い、テラスのテーブルに菓子と茶を並べ
それはまるで水の中に花が咲いた様で、とても食べ物とは思えない繊細さと美しさだ
「これ食べれるの?」
リンが訝しげに匙でつつく
「もちろんだ、冷たくて美味いぞ」
リンに聞かれているのに僕を見て笑うエルフ
スズも、すごい!朝から作っていたのはこれだったのねと驚き
エルフは酒盛りから逃げ出す口実だよと照れていた
両親共々口を付けて良いものかと眺めていたが、妹が甘い冷たいと喜ぶのを聞き、一口食べてみるとそれは経験したこともない体験だった
もう一つくれと言い出す妹にまた今度なと困った様にエルフは笑う
「ああ、そうだった」
エルフは思い出した様に紙を一枚取り出しスズに渡す
スズはそれを受け取り、チラリと見ると、この字は読めないとエルフに呟いた
僕からはちゃんとは見えないが、僕らが普段使っている文字に見える
エルフはこの地の文字だろう、私だって読めないよと笑い、スズにお役目ですよと言ってスズの後ろに立っと、己を正し声を上げる
「シジュウ様よりの御言葉である。先日の謝状代わりとしてこれを与える、ありがたくも館の娘スズがコレをお前達に授ける」
エルフにさあと言われたスズは紙を母ちゃんに差し出した
母ちゃんは受け取り目を通すと、こんなことして良いのかい?とスズに聞くが、スズは可愛く頷き、シジュウ様が言うのですから良いのでしょうと内容を確かめることもしなかった
別れ際にエルフからまた来ると良いと言われ焼菓子を渡された
スズも今日みたいなことがない様に皆に言っておくと言ってくれた
帰り道、妹は焼菓子をつまみ僕は食べ過ぎるなよと釘をさす
婆さまの分は残すよと妹は言うが僕の分は大丈夫だろうか
シャンがいればなんだかんだと言っては僕に分けてくれるのに
僕は蜥蜴の化け物の事などすっかり忘れ家路を急ぐ
すこし後ろで両親が紙に書かれた文字を読んでは大丈夫なのだろうかと話していた
僕はそれで良いじゃないかと思う
スズもそう言っていたし
その紙にはこう書かれている
シジュウの名において税の支払い一切を許す、また商売の一切が自由である




