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大森林の魔法使い  作者: おにくさま
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一話

暖かな寝床と朝食の匂い、

それが夢だとすぐにわかった

“おきなさい”

母さんの声

もう夢の中でしか逢えない

“おきなさい”

せめて夢ならもう少し

“おきなさい”

もう夢の中でしか聴けない

“おきなさい”

ああ、駄目だ。

“おきなさい”

目が覚めてしまう


「おきましたか」


目を疑った

母さんだ


「わたしのコトバがわかりますか?」


無表情に覗き込む声の主


「わたしのコトバがわかりますか?」


あ、いゃ、母さんじゃない


「わたしのコトバがわかりますか?」


母さんのような気がした相手に、我ながら覚束なく首を縦に振りる

咎められるかと不安になり毛布をたぐり寄せると、その上でくつろいでいた昨夜のイヌが抗議の声を小さくあげた。

毛布?なんでそんなものが?

上体を起こし、見つめ、てのひらで感触を確かめる


毛布だ


「そうですか、話はそれから聞いています」


母さんのような気がした人がイヌを指しそう言う


「コレがお前のです」


そう言うと、わたしに、牛の乳よりも白い、まるで宝石のような器を押し付けてくる

一体何のことかと狼狽えてしまう


「早くしなさい、お前で最後なのだから」


何のことかまるで分からず、それなのにグイグイと器を押し付けられ


おそるおそる

汚さぬように

なるべく触れぬように受け取る


「しっかり持ちなさい」


一体何なのか

頭はさっぱり追いつかない

なぜ怒られているのだろう

ここは廃墟かと思っていたのに

いや、昨夜は人の気配など無かった

暗くてよく分からなかったけど

屋敷に灯りはなく

草はのび放題

塀のあちこちには、それこそ私が通れるほどの隙間や穴が開いていた


「持ちましたか?」


怒られて、私が思わず握りしめるように器をつかむと


「お前の分です」


器に粥がよそわれ

その粥に匙を突き刺す


「お前の分です」


匙が倒れない、シッカリとした粥で干しぶどうもたくさん入っている

見ただけで激しい空腹に襲われ

空腹だった事を思い出す

昨日は、あの暗闇の中、放り投げられたパンを奪い合って食べた

それだけだ

それっきりだ


「お前の分です、それを使って食べるのでしょう?お前たちは」


食べていいんだ

もうなにがなんだかわからないけど

食べていいんだ


「それの使い方がわからないのですか?」


“わかります”


何とも情けない声で

震える声で答え匙に指をかけ口に運ぶ

まるで、今の今まで火にかけていたような温かさと舌がしびれるような甘さ

もう我慢できなかった

むせるのも構わず粥をかきこみ、匙ですくえぬ粥を指でさらう


すっかり空になった器をながめると小さく息かもれる

本当に綺麗な器だ

こんな器でこんなに、なんて言っていいかもわからない味の粥をいただいて

いまから屋敷に立ち入った咎で役人に突き出されても何の文句もない


器をおかえししなきゃ

そう思い器を差し出しお礼を言おうとしたその瞬間


ベチャ


差し出した器に粥が盛られ

新しい匙が差し込まれる

表情一つ変えぬまま

見れば片手に鍋を下げ

エプロンのポケットに匙が何本も刺さっている

ああそうか、片手に鍋を持っていたから早く器を受け取れって言ってたのか

あれ?さっきイヌを指差した時、器はどうやって持ってたんだろう

まあいいか


“ありがとうございます”


返事はなかった

少しバツが悪い

それに2本目の匙は使っていいものなのかなどと思いもしたが食欲には勝てなかった


二杯目は少し落ち着いて口に運んだ


周りの様子もうかがう

昨夜、屋根の代わりだと呟いた大きめの木

お屋敷の方がかけてくださったと思しき毛布とその感触を確かめワンワンと鳴き声をあげる昨夜の恩人

木の陰から屋敷の庭を見るとたくさんの人が行き来している

いや、人じゃない

人はあんなに大きくない

人もいるけど

ほとんどの人はヒトじゃない

アレだ

ゴーレムだ

王様や大領主様がお持ちだと言うゴーレムだ

話に聞いたことがある

人間じゃ何人もいないと持てない様な物も軽々と持ち上げると言うし

それをあんなに

指の数よりたくさん

もしかしてここはとんでもない方のお屋敷で、久しく使ってなかっただけなのでは

再びここを使うことになって

手入れしに来たら私がいて

私を宿無しと思い施しをされたのでは

それなら合点がいく

器も

豪勢なかゆも

毛布も

そう納得し

イヌを見ると器に入った水を飲んでいた

おチビちゃんたちもだ

私もお水をいただこう

それを口にしようとしたその時

信じられない光景を見た


喋っている

イヌと

イヌの鳴き声で


施しをくださったと方がイヌと会話していた

鳴き真似とかではなく

見ればわかる

会話が成立しているのは

見ればわかる

何なのだろうこの人は

賢人には動物の言葉がわかる方がいるとは聞くけど

多分この方は御屋敷の使用人だ

どんな仕立なのか分からないが、着ている服は多分、使用人の物だ

特技なのか

実はこれくらいは誰でもできる様になるのだろうか

とにかく不思議な光景を眺めていると


「お前はどうします?」


突然こちらに話しかけられ

何がどうなのか狼狽える

施しをくださったと方はイヌを指差し、もう一度


「お前はどうします?」


少しわかって来た

この方は私たちとコトバがちがう所からいらした方なんだ

この国のコトバがあまり得意ではないんだ

きっと水はいるかと聞いて下さっているんだ


“お願いします”


施しをくださった方は頷き、動き回るゴーレムのほうに行かれてしまった

お水一杯にお手間を取らせてしまった様だ、申し訳ない

そんな事を思い粥を口に運んでいると何故か数体のゴーレムを連れてもどってこられ


「ではここにします」


私にそう告げ

イヌにも話かけた

何のことだろう

お水はいただけないのだろうか

忘れていらっしゃるのだろうか


間近で見るゴーレムは禍々しく、私たちと創造主が違う事がありありとわかる

その姿に少し怖くなる


“あの、お水は”


気を落ち着けようとしたが情けなくなるような声しか出ない


「ああ、お前もですか」


私の言葉を聞くと施しをくださった方は水を飲むイヌの方を見るが、これは違うなと言う様な感じでその場を離れ、いつの間にそこに置いたか分からないが、少し離れた所に置かれていた粥の入った鍋の元に向かう、用意されていたのだろう、水差しを持ってもどってこられた


今日は何度驚けばいいのだろう

その水差しはガラスで出来ていて、渡されたのもガラスのコップ

隣村に大領主様から褒美として頂いたガラスのグラスをお持ちの猟師がいて

それを見せていただいた事もあるけど

ここまで美しくは無かった

代官様も手を焼く獣人を仕留めた褒美でアレなのだから

このガラスのコップは一体


震える手で水を飲む

冬の水の様な冷たさだ

壺の中でよく冷やされた水なのだろうか

賢人には魔法で火を起こしたり水を凍らせる術があると聞いたことがある

その類なのだろうか


施しをくださった方は黙って水差しを置くと少し遠くに立たれていた

言われなくても分かる

ガラスのコップも

真っ白な器も

わたしが触れたところは、汚れている

継当てはおろか汚れもみあたらない

たとえそれが使用人だとしても、あれだけの身なりをして入れば、近づきたくもないだろう

ここで下働きでもさせてもらえれば、わたしもあの様な身なりをさせてもらえるのだろうか

いや、役人に突き出されなさそうなことだけでも感謝しなくては

ここがどこかは分からないけど、叔父さんと叔母さんに連絡を取らないと

しなければいけない事を思うと重い気持ちになってくる


先程からすぐそこでゴーレム達が動き回ている

とても珍しい

この話をしたら叔母さんは許してくれるだろうか

ああ嫌だ

でも何を作っているんだろう

これからのことに目を背ける様に動き回るゴーレムを見つめる


コレは多分建物だ

すごいな、まるで薪でも並べるような速さで形が出来上がっていく

多分今住んでいる叔母さんの家より立派だ

大きさはそれほどじゃないけど

施しをくださった方の住まいだろうか

昼前には出来上がってしまう勢いだ

せめて今夜、軒先でも貸していただけないだろうか

出来れば叔父さんと叔母さんに連絡がつくまで

その間だけでいいから、使用人の、その更に下働でもさせていただけないだろうか

そんなことを考えながら不思議な光景で現実から逃れていると、もよおしてきてしまった

木陰を探し、手早く済ませてもどると施しをくださった方がこちらを見ていて

恥知らずと言われているようで

思わず目をそらし毛布で戯れるおチビちゃん達の方を向いてしまう


あれ?あなた達のお母さんは?

すぐに見つかった

施しをくださった方の側に寝そべっている

飼ってもらえるのかな

イヌの世話係でもさせてもらえないだろうか


地面を掘り返し

柱を次々と差し込み壁をはめ込んで

思ってたよりも大きくて立派で

それに何より今まで見た事もない

キレイで立派な建物が出来上がった


イヌ達が毛布を引きずりながら建物の前に行くと、こちらを見て吠えてくる

ダメだよ、これはこの方達のとイヌ達を窘めようとしたその時


「開けろ、と言っているのです」


すぐ後ろから話しかけられて思わず狼狽えてしまう


“あの、でも、せっかくの綺麗なおウチが”


何とかそんな言葉を振り絞っていると


「ではキレイに使いなさい」


施しをくださった方は全く抑揚もなく喋り続ける


「お前達の住みかです、キレイに使いなさい、分からないのですか?さっき言ったでしょう。あぁ、お前に分かる言葉では言ってませんでしたか、此処を住処にしていたお前達には先住者としての権利があります、ですから大森林の法に従い先住者に対し共生者として望むものをひとつ与えます、アレは自分の群れの縄張りと住みかを求めました、縄張りはお互い譲り合う事としましたので住処を提供しました、食住は大森林の法に従い最低限の物は与えます、衣については求めるので有れば用意します、お前はアレの群れの1番下っ端なのでしょう?そう聞きました、ですからあの四つ足の親子とお前、それに同じ縄張りを四つ足と分け合う羽付達にはこの住みかを与えます」


そう言いながら屋根の上に泊まるカラスの群れを指差す


“ここに住んでいいのですか”


「そう言いました」


“あぁ感謝します”


「そうなさい」


戸を開けるとイヌ達がスルリと入り込む

わたしもそれに続き息を飲んだ

部屋の中は明るく

窓がいくつもあり

それら全てにガラスがはめられている

外から見たのに比べると天井が低い気がするけど

窓際には食卓に使えそうな小さなテーブル

その横には寝床に使えそうな

いやきっとアレは寝台だ

台所もある

あるけどなんで大きなくぼみが有るんだろう

奥には仕切りがあって

あ、仕切りってことは

やっぱり

ご不浄だ


「寝具です」


また、突然声を掛けられ狼狽えてしまう


「先に渡したモノは四つ足が使うそうです」


あ、今朝の毛布のことか

寝台に新しい寝具を置いてくださった


「それから」


施しをくださった方はずっと無表情なのだけれど、

だけれど、目元が


「これからは用をたす時はそこでするように」


顔が熱くなる


“はい”


ホントに情けない


「では使い方を教えます」


ご不浄の便座は叔母さんの家と違い木製ではなくピカピカと輝いていた

その後はなんとも情けない目に遭いながら、ご不浄の使い方を説明され


「汚したら掃除をするのですよ」


そんなことまで言われてしまった

それにしても流水を使うご不浄は見た事があったけど、コレはまるで賢人のなされる技だ


「そうでした、ここは群で1番大きいお前の大きさに合わせた作りになっていますが、羽付は高いところが良いそうなので、天井より上は羽付の住みかになっています」


屋根裏部屋がガラスの住みからしい

だから外から見た時よりずいぶん低く感じたのか


「次に台所です」


“あの、水瓶は?”


「ありません、ご不浄と同じです」


ご不浄は触れれば水が流れ

横に積まれた紙を使って良いと言われた

紙をだ

ヘラではなく

紙を使いそれも流してしまえと

大領主様達はそんな贅沢をされているのだろうか

小さな手洗いまで用意されていた

触れればそれだけで水が出て、それで手を洗える

水はいつの間にか止まっているし

この方々は水瓶などとは無縁の生活を送っているに違いない


台所のくぼみは器を洗うのに使ったりするらしい

コレも触れれば水が出るし流した水はご不浄同様そのまま地中に流してしまう

カマドは薪や炭など使わずに火を起こしてみせた

きっと賢人の術に違いない


「後は浴室ですが、その前に昼食にします」


施しをくださった方は昼食のため一旦出ていかれた

昼食か

良いなぁ

わたしにも今朝の粥の残りをいただけないだろうか

貴族様達や代官様は私たちとは違い1日に何回も食事をされる

私たちは朝と夕の2回

私も貴族様の下で働けば昼食をいただけるのだろうか

そんな事を考えながら仔犬と戯れていると、戸が開きゴーレムが大きな体を器用にねじ込みながら入ってきた

指の本数よりは少ない腕に持っていた荷物を台所に置き始める

姿は慣れないしその巨体は恐ろしく感じてしまう

その姿を眺めていると荷物を一つを持ってこちらへ来、包みを突き出してきた


受け取れと言うことか

おそるおそる受け取ると、やはり器用に戸を抜けるように出て行った

渡された包みには何か書いては有るのだが、私は字が読めない

とりあ寝台に置き包みにを開けてみようとしていると


「用意が出来ました、昼食です」


施しをくださった方は2つの鍋とバスケットを器用に持っていらっしゃる

あぁ創造の主よ感謝します

わたしは生まれて初めて

貴族様でも代官様でもないのに昼食がいただけます


施しをくださった方は、先ほどゴーレムが台所に置いて行った荷物をほどくと食器の類が現れる

そこから器を取り出し鍋の中身をよそい始めた


良い匂い

コレはきっとお肉の匂いだ

ずいぶんと久しぶりだが間違いない

施しをくださった方は

見るからに柔らかそうな煮込みをたっぷりとよそうと、まずイヌ達に差し出した

そうだった、ここではわたしよりイヌが先だ

施しを下さる方は二言三言イヌと交わしてから、わたしを見てテーブルを指差した

バカみたいに何度も頷くとテーブルに移動した

寝台に腰掛けるとテーブルの位置もちょうど良い感じだ


テーブルにお皿か置かれた

この世の全ての汚れから解き放たれたような真白なお皿

そしてそこに握りこぶしほどのパンが置かれた

それも二つ

丸パンだ、お祭の際、領主様が施して下さるアレだ

そして器が差し出される

コレにあの煮込みをいただけるんだ

そう期待していると、器は貴族様の髪のように美しい色の液体で満たされた


黄金色のスープ

もう煮込みの事は忘れてしまいそうだ

貴族様は毎日こんな物を食べていらっしゃるのか

口をつける前から溜息出てしまう

ところが、今度はそれと逆に息を飲んだ

もうひと皿置かれたのだ

焼いた鶏肉が乗った皿を


“感謝します”


そう言ってかぶりつこうとした時


「待ちなさい」


頭を掴まれ


「コレを使いなさい」


匙と切れ味の悪そうなナイフ、それと鍬のおもちゃのようなものを渡された

アレ?

両手を使ってさじやナイフを渡されたのに

どうやってわたしの頭を掴んだのだろう

などと言う事はどうでもよかった

パンは指が沈み込むほど柔らかく

スープは今まで食べたことのない様な素晴らしい味で

ナイフを突き立て鶏肉を口に運べば口の中いっぱいにいろいろな味が広がって行く


「足りなければ言いなさい、パンとスープはまだあります」


無表情なのだけれど目は呆れていた

いったいいくつパンを食べたのだろう

夢の中だってこんなに食べたことは無い


私が昼食の余韻に浸っていると


「食器はお前が洗っておきなさい、頃合いを見てまた来ます」


お恵みを下さる方はそう言い残して出ていかれた


ああ幸せだ

なんだか難しいお話をされていたけど、私はここに住んで良いらしい

イヌのおまけでもこんな夢の様な暮らしなら


そうだ、叔父さんと叔母さんに連絡をしなきゃ

このお屋敷の主人様はきっと凄いお方で沢山の商人が出入りするに違いない

1人くらいは村に用のある人もいるだろう

私がここで暮らす事を伝えてもらえば叔母さんだって文句は言わないに違いない


とりあえず食器を洗い窓から外の様子を眺める

たくさんのゴーレムや使用人の方が動き回っている


んん?

身なりをのせいかな?

使用人の方々が皆んな同じ人に見える


「食器洗から教える必要がありますね」


何度目かはわからないけど、突然なのでびっくりしてしまう

イヌ達が出入りするのに戸を開けっぱなしにしておいたのもあるけど

お恵みをくださった方は私が洗ったイヌ達と私の器を見つめながら嘆かれる


「コレは水をかけただけではないですか」


“申し訳ありません”


叱りを受けた時、村で大人達に対してそうしていた様に

膝をつきこうべを垂れる


「それは違います」


え?


「この様な時は『お願いします』と言うのです。教えると言われればそう答えるのです」


視線だけこちらに向けて

相変わらず無表情だけど

怒っているわけではない様だ


「さて、先ほども言いましたが、大森林の法において、先住者の権利というものがあります、今すぐでなくても構いません、お前も何かひとつ欲しいものを考えておきなさい。願いでもかまいません」


イヌの願いのおかげで立派な住まいをあてがわれた

何が良いのだろう

多分だけどお金とかはダメだ

お金を貰う代わりに追い出されたりするかもしれない

そうなればあの家に戻る事になるし

お金も叔母さんと叔父さんに取り上げられる


あ、そうだ、叔父さんと叔母さんに連絡を

そう言おうとしてはたと気づく

窓から見える風景の中には今も使用人の方やゴーレムが動き回っている


なら私も


“ここで働かせてください”


「それが先住者としての願いすか?」


“はい”


「聞き入れましょう」


“ありがとうございます!”


「大変結構な事です、先住者である身ながら主人様の下で尽くしたいとは。大変に尊い願いです」


お恵みをくださった方の言葉に初めて感情がこもった


“あの、はい”


「では主人様へご挨拶に向かいます、ついて来なさい」


足早に歩くお恵みを下さった方に付いてお屋敷の裏手に着くと、ゴーレム達が壁を作るように並んでいて、次々と使用人の方々も集まって来た


「主人様です」


扉が開くように二体のゴーレムが道を開け、お恵みを下さった方がその先を指し示し、使用人の方々が道を作るように並ばれる

その先には他のゴーレムよりも細身のゴーレムが日傘を持ち、その下で見たこともない細い細い作りの骨組で出来た、それでいてゆったりとした椅子に深く腰掛け

本を読み

くつろがれている方が一人

身なりは素晴らしいが

正直何処にでもいそうな方だった


「我らが主人にして大森林が長である」


お恵みをくださった方が恭しくそう告げる


「主人様、先ほどお話しいたしました先住の民でございます、この者大変殊勝な事にその身を主人様に捧げ粉骨の努力を持ってお仕えしたいと申し出てまいりました、その心意気感じませば、どうぞ御言葉をお掛けください」


「歓迎する」


主人様は読まれていた本を下ろし私を一瞥しつつそうおっしゃると、日傘を持ち控えるゴーレムに話しかける


「新たな大森林たる此処で働きたいのだな、成体には見えないが大森林の法に触れないか?」


すると、私の横で控えていらっしゃるお恵みを下さった方がそれに答えた


「簡易測定の結果おおよそ12周期の幼体と言う結果でございました。確かに大森林の法で幼体は労務を許されておりませんが、この地ではごくごく一般的で有ると心得ております、これを許すのも共化のひとつかと」


「お前がそう言うのであればそうなのだろう、許そう。共化のための教育も施してやると良い。この地で申し出た最初の一人だ、最初の1人なのだから仕事は私の僕とする、面倒はお前がみておけ」


「畏まりました、その御言葉この者には降りそそぐ幸そのものでしょう。さあ主人様にお礼を申し上げなさい」


お恵みを下さった方はそう言うと、そっと私の背中を押し一歩前へと進ませる

作法も何も分からなく、周りに並ぶ使用人の方々のマネでもしようとして目を疑った

並ばれている使用人の方々が皆同じ顔をされているのだ

表情がとかではなく

皆同じ顔なのだ


片手の指とあと一本の人数。

お恵みを下さる方も入れれば

ええと指が一本増えるから

7人

7人が皆同じ顔をされている

7つ子なのだろうか


「あまり厳しくしなくていい、作法も教えやるといい」


主人様は本に視線を戻し日傘を持つ細身のゴーレムにそう話しかけた


そして今度は我が耳を疑った


「はい、それではさっそくに」


細身のゴーレムがそう答えたのだ

ゴーレムが喋った事も驚いたが、その声がお恵みを下った方のそれそのままなのだ


「こうべを垂れ感謝の言葉を」


は私の耳元でゴーレムと全く同じ声色の声

振り向くとお恵みを下さった方が微笑んでいらっしゃる

見回すと皆、同じように笑ってらっしゃる


「さあ」


そう急かされ、頭を下げ感謝の言葉を主人様に申し上げた


「ああ、期待しているよ。それと」


本を読んだままそう答えてくださっり

なんでもないことを言う口ぶりでこう続けられた


「身なりと匂いをどうにかしてやったほうがいい」


自分の顔が真っ赤になるのがわかる

身なりはまだしも

そんなに臭いのだろうか

思わず恥ずかしさで泣きそうになるなか、主人様が言葉を続けられる


「そうだ、名を聞いてなかった。なんと言う?」


“スズと申します”


「名の意味は?」


“きれいな音です”


「そうか、覚えよう」


主人様は読書にもどられ

私はゴーレムで作られた囲いから連れ出された

使用人の方々も続いて出てくる

主人様の事よりも使用人の方々のことが我慢できなく、見回す様に聞いてしまう


“あの、皆様は御姉妹なのでしょうか?”


7人の使用人の方々が一斉に振り向く

正直怖い


「大森林の者となり共にお仕えするのですから、いいでしょう、答えましょう。私は此処にいる全員が私です、アレもアレも」


そう仰り働くゴーレムを指差す


「私は私で有りますがこの体は本来のものでは有りません。お前に分かる例えをするならこの体もゴーレムで私は遠く大森林に有る我らが主人様のお屋敷に居ます、そしてそこから此処にいるゴーレムを全て操っているのです」


驚いた

全然理解できないけど

つまりこの方は


“ではあなた様は魔法使い様なのですか⁈”


そう、御伽噺に出てくる

無数のゴーレムを操り夜を昼に変えてしまうあの


「私は人間です。私は私こそが人間だと信じています。それが私です、お前達が何代も前から語り継いで来た《暗い森の魔法使い》、それだと思いましたか?」


“はい”


「それは私では有りません。お前達が何代も語り継いだ恐ろしい魔法使いとは主人様の事です」


”え⁈”


「そのうち教えましょう、それよりも、お前はずっとこの私一人がお前の相手をしていたと思っていたようですね」


“は、はい。あなた様はに朝から色々と良くしていただいて”


「朝お前を起こしたのはアレ、朝食と昼食を作ったのがアレで昼食を運んだのはアレです」


周りに居並ぶ方々を次々と指差される


「ですが、まあ全部私です」


なんと言うことか

私は魔法使いの

賢人が万年かけて辿り着くと言われる方と働く事となったのだ


「では、驚かない程度のモノを見せましょう」


そうおっしゃり、私の正面に立つ

私の腰が抜けた

肩からもう一組のが現れたのだ


「使わぬ時は背中にしまってあります、コレで私がゴーレムだと信じましたか?」


4本の腕で私を立たせると腕をしまわれた


“あの、あなた様のことはなんとお呼びすれば”


「シジュウ、大森林の者達は私をそう呼びます」


シジュウ様


“それでは主人様は”


「主人様は大変尊いお方です。大森林において《主人様》とはあのお方のみを指す言葉です。ですので主人様とお呼びするのです」


私が、正確にはイヌ達がもらった《小屋》

シジュウ様は《小屋》とおっしゃった

その小屋に戻る途中


「ところでそれはそう言うものなのですか?」


シジュウ様が私の足元を指差された

片っぽだけの靴

昨日、逃げ回るうちに無くしてしまって、探しに戻れるわけもなくそのままだった


“いえ、コレはその”


なんと伝えればと口ごもってしまう


“実は昨夜たまたまここに逃げ込んで、その時に無くしました”なんて言えるわけもない


「なら両足でかまいませんね」


そうおっしゃると、ちょうど小屋に着いたところだった

小屋に入るように言われ、戸を開けると、中でイヌ達がグッタリとしていた


「次はお前の番です」


小屋の奥にある扉が開くと、ずぶ濡れの仔犬を摘むようにぶら下げたシジュウ様が現れた

後ろからは戸を閉める音と


「さあ、その服を脱ぎなさい。入浴です」


後ろから、まるで逃さぬと言わんばかりに私の肩に手を置くシジュウ様

シジュウ様とシジュウ様に挟まれる


“入浴なら自分でできます”


桶にいただいたお湯で体を拭う

それくらい手伝っていただかなくても

それにイヌ達の只ならぬ様子が不安の予感をかきたてる


「まず、着ているものを脱ぎなさい、それも洗わねば」


後ろのシジュウ様がグイグイと私を押したて


“自分で、自分で洗えます!”


仔犬を下ろした前のシジュウ様が私の服を脱がしにかかる

まるで私の抵抗など無いかのように、前後から肌着も下着も瞬く間に剥ぎ取られてしまい、あまりの仕打ちを受け涙ながらに


“コレはあんまりです!”


私の必死の懇願も気にした様子はなく、シジュウ様は私を赤子のように持ち上げるとそのまま浴室へと向かわれる

扉の向こうは私の知る湯場とは別世界だった

広くは無いが、今まで見たこともない継ぎ目のない、大きな、人一人なら悠々と入れる大きな白い桶

その桶を満たすお湯

これだけの湯を沸かすなど、代官様でもなければとても出来ないことだ


「観念なさい」


私を湯場の壁際に立たせ、逃さぬとばかりにシジュウ様が立ちはだかり、もう一人のシジュウ様は私の服を持って湯場を出ていかれてしまう


“肌着や下着を取り上げるなど、見せしめの罰を受けるモノのされることです。どうかお許しを”


「観念なさい」


シジュウ様は先程と変わらぬ物言いで

湯場の壁際に手を添える


“ひ!”


頭から水がかけられる

水?

暖かい?

怯えながら目を開くと、天井近くにある白い飾りから雨のようにお湯が吹き出し、私を濡らしていた


「観念なさい」


シジュウ様はそれまでの無表情ではなく恐ろしげな微笑みを浮かべていらっしゃった





イヌ達の気持ちがわかる気がする

思わずそんな事を呟いてしまった

あの後、芋の様に隅々まで洗われ、湯の満たされた桶に漬けられたところで足腰が立たなくなってしまい


「お前もですか」


と嘆かれながら、ようやく湯場から解放されると、今度は全身を覆う様な柔らかい布で包まれた


「着替えです」


戸を開け、別のシジュウ様が服を持って来てくださったが、受け取ろうにも足元が覚束なく


「ここに置きます、あり合わせで間に合わせました、それと」


氷が浮いた水差しも


「水を飲んで置きなさい」


もったいないくらい美しいグラスに並々と注ぎ、差し出してくださった

本当に湯場にいらっしゃったシジュウ様とお水を下さるシジュウ様が同じ方なのか


真冬の川の水の様な冷たさのお水をいただきひと息つく

シジュウ様と出会ってから始めて散々な目を見た

そんな事を考えていると


「では着替えを」


いつの間にか湯場にいたシジュウ様と着替えを持って来てくださったシジュウ様にはさまれてしまい


“自分でできます!”


先程の恐怖心から思わず大きな声を上げてしまった


「そうですか」


シジュウ様達は気にした様子もなく、また来ますと言い残し水差しを置くと出ていかれた


湯場での事を思い出す

不思議な光景だった

私同様、シジュウ様も湯の雨を浴びているのだが、その雨粒すべてがポロポロとシジュウ様のお召し物から弾かれる様に落ちて行き、シジュウ様はまるで濡れないのだ

魔法を使われる様な方々のお召し物はすごいのだな、などと思いつつ渡された着替えにノロノロと手を伸ばす


もう驚き疲れてしまう

まるでパンの粉の様なサラサラとした手触りだ

広げてみればそれは貴族のお姫様が着る様な仕立てで

色は輝く様な白

胸のボタンは選りすぐりの貝殻で作られた逸品のような淡い色をしている

何かの間違いじゃないだろうか

間違えてシジュウ様のお召し物を渡されてしまったのではないか

不安になるがすぐさまそれが打ち消される

シジュウ様のお召し物にしては小さすぎる

私がコレを着ていいのだ

肌着も天の衣のようで

靴もピカピカと黒く輝いていた

とても柔らかい不思議な形のハンカチを眺めふと気付く


下着がない


とりあえず下着は無いが頂いた服を身につけ

貴族様ごっこを少しだけ楽しみ、水の入ったグラスを手に寝床に腰掛ける

足元に仔犬達がじゃれついてくる

それをさも優雅そうに眺め、水を飲みハンカチで口を拭う

ちょっと恥ずかしくなった

誤魔化すように窓の外を眺めると、ゴーレム達がお屋敷の周りの壁を作り直しているのが見えた


壁を壊し

その跡を掘り

新しい壁を差し込み

泥のようなものを流し込む

その繰り返しをすごいスピードで進めて行く

コレならば日が陰るまでもかからないだろう

門扉もいつの間にかとても立派な物になっていた


少し勇気を出してゴーレム達が繰り返す仕事を見に行って見た

仔犬達も付いてくる

近くで見るそれは凄い迫力で、やはり慣れるようなものではなかった

ゴーレムが崩した壁の向こうに人だかりが見えた

ほとんどが貧しい身なりの

私のいた村と大して変わらない

そんな人達

多分このお屋敷の周りは貧民街

逃げ回っている時の事を思い出す

たまらない気持ちになり仔犬達を抱き上げた

ふと視線に気付く

壁の向こうの人達が皆、私のことを見ていた

何人かは貴族様にするように帽子を脱いでこちらを見ている

なぜだかそれがとても怖く

そんな時

ドスドスと一体のゴーレムがこちらにやってくると

その丸太のような腕でを私を庇うように差し出し

そして


「戻りなさい」


シジュウ様の声でそう語りかけられた

わたしは小さな声で“はい”と返事をするとイヌ達と小屋へ足早に戻る

壁の向こうからどよめく様な声が聞こえた気がしたが振り返らなかった

顔を見られたくなかった

あの連中が居るかもしれないから


小屋に戻るとシジュウ様がいらっしゃっていた


「楽になりましたか?」


“はい、ずいぶんと”


「結構、それではこれからの事を簡単に伝えます」


“はい”


緊張してしまう


「明日から3日の後、屋敷の改修が終ります。お前はここを出て屋敷で住み込んでもらいます」


「安心なさいここよりも住みよい部屋を用意します、それまではここで簡単な共化とちょっとした手伝いをしてもらいます。時間は…お前が今まで使っていた時間とは違うので、そうですね。朝から昼食までと午後はそれと同じ時間だけ働いてもらいます、着るものは3日後までに用意します、それまでは今来ているものと同じものをもう一揃え用意しましたのでそれで過ごしなさい、お前の歳と仕事に合わせた給金を大森林の法にしたがって支払われます、支払いは休息日前日、終業後にそれまでの分を支払います、休息日は5日働いた後に1日、これの繰り返しです。4度目の休息日は大森林の法により2日となります、一度に言われても覚えきれないでしょうから、わからなくなったらその都度聞きなさい。それと、謝らなければならないことがあります、お前の着ていた服の洗濯が上手くいきませんでした」


“汚かったからでしょうか”


今来ている服を見ると、少し悲しい気持ちになった


「それもありますが」


そうだ


“あの”


「何でしょう」


“下着をお忘れになられていらっしゃいます”


「何がです?」


“いただいたお召し物に下着が見当たりませんでした”


「アレです」


シジュウ様が指差した先にはハンカチ


“え?”


「アレが下着です」


“え!”


シジュウ様はハンカチかと思ったモノを手に取ると


「ここに足を通してこう」


説明を始められ


「わかりましたか?」


“シジュウ様…”


結局何度かお願いした後に、わたしの言う下着を絵で描いて見せろと言われ、生まれて初めて紙に絵を描いて説明する

まさか生まれて最初に紙に描く絵が下着になるとは


「おおよそ理解しました、コレに近いものを用意しましょう」


一応取っておきなさい

そう言われハンカチの様な下着も渡されてしまった


「ほかに聞きたいことは?」


“あの、お給金がいただけるのですか?”


「大森林の法に従い」


“感謝します、お給金を頂いたら伝書屋の手配を頼めますでしょうか”


「無論、しかし何処へ」


“その、私の世話をしてくれた叔母と叔父へ”


「コレのことですか?」


シジュウ様はイヌを指差す




“いえ、私の生まれた村へです”




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