コレットという侍女
マコーミック公爵令嬢・セリーヌの侍女コレットは、マコーミック公爵家に代々仕える執事の姪だ。正確には、執事であるマクシム・グリューの妻がカロルというのだが、そのカロルがコレットの叔母にあたる。二人の共通点は”つり目”だった。
コレットの毎日は忙しい。
まだ夜が明ける前から身支度を整え、セリーヌの洗面の準備をする。それから食堂に降りていき、一番できの良い料理をセリーヌに持っていくのだ。
「早いねコレットちゃん!」
早朝から食堂に集まるのは、貴族子弟の使用人達だ。みんなそれぞれ自分の主人の食事を取りに来ている。主人に持っていく前に素早く使用人用の食事をかき込むのも、お決まりの光景だ。コレットは母が貴族だったから、素早く食事を摂る仕草もどこか洗練されて美しかった。
「あら、おはようございます」
コレットの主人ほどではないが、コレットもきつめの美人だった。華奢というよりしなやか、可愛いというより綺麗というのが相応しいコレットは、使用人達の中でもなかなかの人気があった。
(またこいつか……忙しいのに邪魔よねぇ)
もちろん、心の声は聞こえない。
温かい朝食をセリーヌの部屋に運び入れ、これからがコレットの最も幸せな時間となる。すなわち、セリーヌの寝顔、寝ぼけた顔、寝起きの顔をがっつり眺められる時間という意味で。
「――。おはようございます、お嬢様」
声をかけるまでの一呼吸でセリーヌの寝顔を愛でたコレットは、主に優しく声をかけた。
ぎゅっと眉を顰めていやいや、というように首を振るセリーヌ。
「――っ。――お嬢様、さ、起きてくださいまし」
心を鬼にして声をかけ続けた。
「……これ、っと……」
ようやく僅かに開かれた目が、蜂蜜のような琥珀のような、得も言われぬとろりとした色合いでコレットを映した。
(――――っっっっっっ!!!)
コレットは、鼻血を吹かなかった己を褒め称えた。
「――お嬢様、そろそろお起きになりませんと。せっかくのスープが冷めてしまいますわ。お嬢様のお好きな、カボチャのスープですよ?」
セリーヌはそれでもぼんやりとした顔でゆっくり頷いた。そして再び、瞼が閉じようとする。
「お嬢様、ダメです、もう朝でございますよ?」
コレットがセリーヌの侍女になったのは、母が死んだ16の年だ。セリーヌは12だった。
……ものすごい美少女だった。しかも、中身も可愛かった。
「お嬢様、ほら、お起きくださいませ」
柔らかく手を握りながら、目だけは軽く血走っているコレットは、ただいま22歳。恋人絶賛募集中であるはずのコレットは、だが仕事が恋人の女だった。
まだどことなく焦点の合わない、無防備な顔のセリーヌがゆったりと朝食を摂る姿を思う存分堪能したコレットは、セリーヌを狼共の巣窟に送り出した後、再び忙しく働き始めた。
狼共の巣窟は、すでに弟君のガサ入れが終わった後なので、心配ながらも送り出せはするのだ。もしセリーヌに指一本でも触れたら……その時、その狼の未来は、ない。短い狼生が終わることを、コレットも魔王も、躾けられた狼たちですら自覚していた。
最終手段として、セリーヌを影ながら守っている護衛の者もいる。ジルという暗殺者上がりの少年で、なんと武装した騎士10人をも相手に出来るという。
もちろんそこには、まず麻痺剤を撒いてその次に目つぶしを投げ、それからゆっくり料理する、というなんともマコーミック公爵家の者らしい戦闘手段によるものだったが。
セリーヌの下着を丁寧に洗い、誰の目にも届かない場所に、丁寧に陰干しをする。
コレットの顔は喜びに輝いていた。
昼食の給仕を済ませると、ようやく使用人達の番になる。
「コレットちゃん、こっちで食べない?」
と声をかけてくる使用人仲間を華麗にさばきながらいつもの場所に腰を下ろす。
長い机がいくつも並べられた使用人専用の食堂。いつもコレットが座る机とは違う机に、その男はいた。浅黒い肌が少し珍しい。日焼けとは明らかに違う、根っからの浅黒い肌。その肌をした男はコレットとは違う机で、だが時々コレットを観察しているような空気を感じる。母が貴族だったコレットよりずっと洗練された仕草で食事をする、ワロキエ伯爵の次男、エルネストの使用人だ。ギーと、呼ばれていた。
「おい、コレットはここにいるか」
尊大な男が使用人の食堂に来て大声を上げた。コレットはため息をついた。
王妃子ディーターの侍従であるその男は、コレットを落とせと主人から命じられでもしているようだった。恐らくはセリーヌを手に入れるために犯罪まがいのことでもコレットにさせるつもりなのだろう。数日前から偉そうな態度で呼び止められ続け、ついにコレットの限界がきた。
「はい、どうなさいました?」
使用人と違って侍従は貴族のことが多い。だから高慢な態度を取る。セリーヌを初めとするマコーミック公爵家の人間みたいに、使用人を適切に扱える貴族があまりにも少ないことを、コレットはここウィニートに来て初めて気がついたものだった。
「いたか。来い」
コレットはこの男の名前すら知らない。使用人に名乗る名前はないのだろう。コレットは、腕を掴まれて引きずるようにその男に連れられていった。
ちらりと、浅黒い肌の男と目が合った。眉をひそめ、目をそらす男達の中でその男だけがコレットを静かに見ていた。
無人の控え室のような所に引きずり込まれ、そして二人が再びその部屋から出てきた時。
「ごめんなさい、コレットさん」
「あら、”さん”?」
「――!!コレット様!!」
服装の乱れもなく、背の高い男を見下すコレットがいた。
「邪魔だから呼び出さないでくださる?」
「はい!!」
「あら、はいだけ?」
「かしこまりました、コレット様!!」
短い時間でろくでなしをちょうきょ――教育したコレットは、再び食堂に戻って優雅に昼食を始めたのだった。
それからセリーヌを出迎え、着替えさせて夕食を給仕し、セリーヌの就寝準備を整えてからコレットの一日は終わる。
「コレット~」
使用人用の控え室でくつろいでいると、元暗殺者でマコーミック公爵シリルの命を狙った挙げ句に捕獲されてちょうきょ――再教育されたジルがやって来た。
「ちょっと、今日はお嬢様、どうなさっていたの?!」
コレットはショタを気取る少年の胸ぐらを掴んだ。デフォルトである。
「きょ、今日も元気だったヨ~!」
「狼共は大人しくしてたでしょうね?!」
「し、してたヨ~!」
「エがつく男とかディがつく男とか……とにかく、フェリクス様以外の誰もお嬢様に近づいてないでしょうね?!!」
「ち、近づいたけど触ってナイヨ~!」
お決まりの尋問は、今夜も絶好調だった。