男の友情(?)
別にフェリクスの顔が笑み崩れていたとか、そういうことはない。そもそもフェリクスは顔に感情が出にくいタイプなのだ。
「機嫌が良さそうだねぇ」
だからエルネストにそう言われた時、フェリクスは逆にムッとした感情を露わにした。
「……ものすごく心外なんですが?」
機嫌が良いのは事実だが、それをこの男に指摘されるのは少々どころかかなり不愉快だ。
庭園茶会の翌日、経営学の授業前だった。
フェリクスは避けようとしているのだが、気づくとエルネストはフェリクスの近くの席に座っている。『義弟は大事にしないと』とかいうふざけた言葉は綺麗に記憶の中から葬り去っていた。
「あの方には、複数の縁談が進められているようだよ」
「……そのようですね」
ベルトマーの王太女・アルベルタには、複数の縁談が進行している。普通なら、少し奇妙に感じることだが、ベルトマーのお国柄を思うと答えは一つだろう。王太女に、複数の夫を持たせるつもりなのだ。
「あまり乗り気なようには見受けられないねぇ」
エルネストは眠そうな目でおっとりと笑った。
「お似合いではありそうですが」
あの鮮やかな美女なら、複数の男を侍らした所でなんの違和感も感じない。
「そうかな?どこか潔癖なように感じたけれど」
「そうでしょうか?」
フェリクスは首を傾げた。
「だからね。あの方は、私のあの人と似ていると思うんだよ。縁談から、逃げていらしたんじゃないかな」
フェリクスはものすごくイラッとした。どの口がそれを言うのだと叫んでやりたい心を、素知らぬ顔で鎮める。
「エルネスト殿の言われるその方がどの方かは存じませんが、まぁ王族の結婚は慎重になった方がいいでしょうね。……ましてやお国柄がありますから」
地味で冴えない男の密談など、誰も気にとめてはいない。だが、フェリクスは極限まで声を潜めた。口元を拳で覆うという芸当までしてみせる。具体名は出していないが、聞いていればすぐに分かる内容だったからだ。
アルベルタの婚姻相手を、フェリクスは多少なりとも把握している。それはさすがに父の力を通してだが。
その結婚相手のリストには、母国の王太子の名前まであったのだ。その両親の世代に何があったかを知っていての申し込みだとしたら、とんだ侮辱である。そして恐らく、申し込んだのは無能と謳われるベルトマー王の一派なのだろうとも。
「あぁ、君は知ってるのか。……うん、なかなか勇気があるよねぇ。その上にあの男が――」
チラッとエルネストは、講堂の中央で華やかに談笑しているディーターらにちらっと視線をやった。
「――私のあの人を奪ったとなったら……もう、最終手段しかないとは思わないかい?」
「出来もしないこと仰るのはヤメテください」
最終手段って戦争かよ、とフェリクスは鼻で笑った。
「そんなことになる前に、どうにかするのが僕らの仕事でしょうが」
「うん。私は君のそういう所が好きだなぁ」
フェリクスは鳥肌が立った腕を上品にさすってみせた。
「あ~、なんだか今日は寒いデスね~」
「風邪かなぁ?お義兄様が暖めてあげようか?」
フェリクスはものすごい早口で『いっぺん死んでこい』と罵ってからにっこり笑った。
「どなたの義兄かは存じませんが……ご遠慮します」
エルネストもにっこり笑って、ごく自然にお互いが顔を逸らせた。
2回目ともなれば、二人ともうまくなって当然だった。