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女性の友情


 セリーヌだって、他国の王族であるアルベルタになんの警戒心も抱いていないわけではない。

 ただ、社交界でもそうだったように、どんな思惑があった所で好きになれる人間はいるものだし、好きになれない人間だっている。そのことを、セリーヌは知っているだけだった。だからセリーヌはアルベルタが好きだったし、好きという感情と思惑を警戒するという思考を同時に進めることができるのだ。恐らくは高位貴族の令嬢なら誰でも持ち合わせている程度の芸当でしかないが。


「あなたはディーターが好きではないのかな?アレは女性の扱いがうまいから、少し調子に乗っているのかもしれないな」

 庭園茶会の席でアルベルタにそう問われ、セリーヌは大人しく微笑んだ。

「戸惑っているだけですわ。イベールであのように熱心にわたくしを誘われる方はいらっしゃらなかったものですから」

 それは事実だった。

 ただ、ディーターが好みではないという事実を伝えなかっただけで。


「あぁ、マコーミック公爵が溺愛する令嬢をそうそう気軽には誘えないだろうからね」

 イベール王国の事情を熟知しているようなアルベルタの言にも、セリーヌが揺らぐことはない。王族、それも世継ぎの王族なら知っていても当然の知識と思われるからだ。イベール王国有数の公爵家、それがマコーミック公爵家だ。筆頭といってもいいだろうし実質そうでもあるのだが、父や弟がそう明言することはない。その長女であり、イベール王国王太子妃に最も近いとされるセリーヌのことを、ベルトマー王国王太女のアルベルタが何も知らない方が不自然だった。

 セリーヌが王太子妃になるつもりなどこれっぽっちもないことは、この際置いておいて。


「父は大げさなんですわ」

 セリーヌはころころと笑った。

 実際、父はセリーヌには過保護だった。その父の姿勢は、弟にも如実に受け継がれている。

「それはしょうがないだろうね。これほど美しい令嬢の父ともなれば、ウジ虫の掃除は最優先課題だよ」

 ウジ虫、と顔を僅かに歪めるアルベルタを見て、セリーヌは少し怪訝に思った。

「ウジ虫はお嫌いですの?」

 ウジ虫と男性はほとんど同義だろう。そう思って言外に問いかける。

「嫌いだな」

 鮮やかに笑ってアルベルタはそう言った。


「まぁ」

 セリーヌはそれほど他国の事情に詳しいわけではない。だが、ベルトマー王国の特異な有り様は噂話でも明らかだった。

「――ウジ虫も、ウジ虫に蜜を捧げるふしだらな薔薇も、私は大っ嫌いだよ」

 そう言って強く笑う、アルベルタ。

 返事に困って視線を彷徨わせた先に、美しく微笑み合う弟とエルネストの姿があった。麗しい姿に思わずほぅ、とセリーヌの喉からため息が零れた。

「――薔薇は、棘があってこその薔薇ですものね」

 気づけばそう呟いていた。

 アルベルタは、美しく気高い薔薇だ。

 セリーヌが大好きな、深紅の薔薇なのだ。ならば棘をもって武装する方が、アルベルタらしい気がした。


「ははっ」 

 笑い声に目を戻せば、アルベルタは顔を片手で覆って笑っていた。

「……ひどいですわ、それほどお笑いにならずとも」

 少し拗ねたような口調になったのは、セリーヌがそれほど彼女に気を許し始めているからだろう。

「――っすまない」

 未だに肩を震わせながら、それでもアルベルタは律儀に謝った。

「…………あぁ、私が男だったら、迷わずあなたに求婚するのに」

 顔を覆っていた手を外して顎の下を支え、アルベルタはいたずらっぽく笑った。


「あら、アルベルタ様に求婚されたら断れませんわ」

 セリーヌもまた、いたずらっぽく笑った。

 

 誰かの妻になり、子をなすこと。

 それがセリーヌ達の義務である。そして彼女達はそれを理解しつつも、厭っている。セリーヌは自分と同じ忌避感をアルベルタに感じた。

 人には言えない共通点をアルベルタに感じ、そして恐らくはアルベルタも同じことを感じている。

 二人の美女は顔を見合わせてにこっと微笑んだ。

 恐らくこの時が、彼女達に友情が芽生えた瞬間だった。




 寮に帰って夕食を摂る。その時間に、フェリクスは拗ねたように呟いた。

「とても楽しそうでしたね、姉上」

 そう言われてセリーヌはきょとんとした。

「あら、あなた達だって楽しそうに笑っていたではないの」

 セリーヌからしたら羨ましくなるほど麗しく美しく談笑していたというのに。

「……あ~、楽しかったデスよ?」

「まぁ、それなら良かったわ」

 にこっと微笑むと、弟は綺麗な顔に笑顔を浮かべてくれた。


(どうしてこんなに美しいのに、誰にも分かってもらえないのかしら……)

 母や従妹のサンドリーヌ以外で、こういったことに関しての同意が得られたことはない。長じてからはすっかり同意を得ることは諦めていた。だが、それでも不思議に思う。弟も、父も眩しいぐらいに美しい。それなのにそう思うことは”変”なことで、”異常”なことだと笑われるのだ。

 悲しいと思うことは、もうやめた。

 だが、それでも目に映る世界がこうまで違うことに、セリーヌは驚きを禁じ得ないのだ。


「……あなたは自慢の弟よ、フェリクス」

 心を込めて、そう言う。

「僕も姉上が自慢でなりませんよ」

 美しく微笑んで弟は、そう返してくれた。




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