お茶会は冴えない男とご一緒に
今日も姉は可愛らしい。
美しくも可愛らしい姉に羽虫がうろつくのは、薔薇に蜂が集うようなもの。そうは思っても忌々しい。
「フェリクス様、仰っていたように、そろそろでしたね」
ベルトマー王太女がこのウィニート大学にやって来て一月。そろそろ動き始める頃だとは思っていたが。
「で、下僕君その1はなんて?」
「その呼び名、どうにかしてあげましょうよ……」
執事の息子であり、現在はフェリクスの近侍であるダニエルはがっくり項垂れた。だが、毎度のことなのですぐ気を取り直して伝言を告げる。
「え~、”薔薇に虫が寄ってきた”、だそうです」
「そのままじゃないか。……使えない男だな……」
フェリクスは、セリーヌの周辺の男を買収していた。特に稼ぎ口のない貧乏な学生にバイトを呼びかけていたのだ。セリーヌを守り、彼女の周辺の情報を流すように、と。セリーヌの危険も減り、一石二鳥の効果があった、とフェリクスは自画自賛していた。
「その2からは、お茶に誘っていた、とも」
「へぇ。なるほどね」
フェリクスはベルトマー王国の特異な王室を思い浮かべていた。
ベルトマー王国は、一人の王と一人の王妃、それに3人の王妃の夫がいる。
そして王と王妃の間に産まれた子は2人。長女のアルベルタと、下から2番目の王子だ。王妃の子はそれだけではない。3人の夫の子を、それぞれ一人ずつもうけているのだ。彼らは、王妃子、もしくは王妃女と呼ばれ、いずれも王族としての扱いを受けている。ただし、継承権だけは、ない。
ディーターは王妃がアルベルタの次に産んだ、宰相との間の息子だ。
フェリクスは他国の王族を、鼻で笑った。
「全く、馬鹿にしてるよねぇ。姉上を、うちのエリック王子と一緒に共有しようなんて。どうせアレだよね。”美しい私の方がセリーヌ嬢の心を深く得られるはず”とか思ってるんだよね」
そして、重婚王妃となった姉を通じてイベール王国を好きに動かそうとするわけだ。
「……セリーヌお嬢様のご趣味が悪くて良かったですね」
ダニエルの言葉が全てではあったものの、姉の趣味を悪く言われてフェリクスはムッとした。
「姉上の趣味は悪くない。ただちょっと……特徴的なだけで」
フォローしつつも無理があることを悟ったフェリクスは、わざとらしく咳払いしながら呟いた。
「アルベルタ王太女殿下は、果たしてディーターの肩を持つのかな」
「ソレやっちゃったらあからさまに我が国への宣戦布告ですからねぇ……知らないふりして、”成功すればラッキー”ぐらいに思ってらっしゃるのでは?まぁもちろん、ソレに気づかれないほどの方かもしれませんが」
フェリクスは、ダニエルの茶々を聞き流しながら、しばし沈思黙考していた。
そして訪れた茶会の日。
フェリクスは、男装の美女と絶世の美女のあり得ないコラボに、かすむ目を一生懸命瞬かせることになった。
(くっ、美女が二人いると足し算じゃなくてかけ算になるのか……っ)
地味な男にはつらい空間であった。
だが、内心打ちのめされているフェリクスに対し、灰髪のエルネストは平然とお茶を楽しんでいた。
「……いいご身分ですね」
少しムッとしたフェリクスは、同じクラスの同輩をにこやかに睨んだ。
「え?何が?」
本気で暴力的な美の奔流を感知していないらしい男に、フェリクスは危うく舌打ちしそうになった。セリーヌに惚れきっているこの男にとって、セリーヌ以外の女性など美しかろうが醜かろうが大した問題ではないのだ。若干負けた気がするのも致し方ない所ではあった。
一方のセリーヌは、美貌の王太女とキャッキャうふふとお喋りに興じている。姉の笑顔に癒されつつも、王太女の真意を測りかねて自然とフェリクスの眼光は鋭くなる。
「フェリクス君、睨みすぎだよ。女性にはもっと優しい目をしてあげないと」
そう言ってエルネストは眠そうな目で微笑った。
(……このクソ狸……)
フェリクスは完璧な笑顔でエルネストに微笑みかけた。
ニコニコニコ。
冴えない男が二人、笑顔で見つめ合う図。
ほとんど同時にその言葉が二人の青年の頭を過ぎって、二人は同時に目を逸らした。ちょっぴり笑顔がひくついていた。両方とも。
「ま、まぁ、余計な男性がいなくて良かったよね」
少しどもりながらエルネストがそう言った。ディーターのことである。彼はこの、王太女が借り上げた別荘の美しい庭園茶会には参加していない。
「そうですね」
このまま最後までディーターが来なければ、王太女に対して評価を上げてもいいな、そう思ったフェリクスだった。