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アルベルタという女性


「あなたがセリーヌ・マコーミック嬢かな?」

 古典文学の研究室にまでやって来て、そうセリーヌに聞いてきたのは男装の女性だった。

 貴族の子弟が着るような華やかな衣服を纏い、赤みがかった金髪を後ろで無造作に括っていた。目はエメラルドグリーンで、キラキラ輝いている。

「はい、そうですが……」

 セリーヌは美的感覚が狂っている。だが、彼女は一般的に見ると美しいのだろうな、と思う程度の常識は備わっていた。鍛えた、ともいう。そしてこの女性は一般的に見れば美しいだけではなく、セリーヌの目を自然と引きつけるだけの迫力と魅力を持ち合わせた女性だった。


「失礼、私はアルベルタ。ディーターの姉だ」

 にこっと人なつこく笑う女性は、ディーターの姉というならば王族であるはずなのに、ろくに人もつけずにそこに立っていた。いや、だがディーターとて一人で出入りしているところを見ると、ベルトマーの王族はそうであるのかもしれなかった。恐らく、そうとは見えない場所に護衛なりがいるのだろう。

 そしてセリーヌとてアルベルタという名前の女性が、ベルトマー王の後継者である王太女であるという知識ぐらいはあったのだ。


「まぁ……失礼致しました、殿下」

「ふふふ、殿下はよしてくれ。アルベルタと呼んで欲しい。……アルベルトでもいいが」

 そう魅惑的に笑うアルベルタに、思わずセリーヌはクスクス笑ってしまっていた。

 古典文学が好きなセリーヌではあるが、一般的な恋物語だって嗜んでいる。アルベルタの取る態度は、まるで物語から出てきた王子様のもののようだった。違うのは性別くらいで。




「アルベルタ王太女殿下」

 研究室の戸口に立ったままの二人に、セリーヌの背後から声が掛けられた。

「……やぁ、灰髪君」

 アルベルタは変わらない笑顔を、エルネストにも向けた。エルネストの髪は灰色で、イベール王国では珍しい色だった。だが目は、よくある柔らかい茶色だ。


「エルネスト・ワロキエと申します、殿下。不躾にもお声をかけてしまい、申し訳ございません。ですがそうして立ったまま話されるというのはいかがなものでしょう」

 慇懃にエルネストはそう言った。王族に、自分から声をかけるのは確かに非礼であったが、こうして立ち話を続けるよりはマシなことだと判断したのだろう。そう思うとセリーヌは、温和なこの幼馴染みの気遣いに感謝の目を向けずにはいられなかった。


「はは、私の方が礼を失していたようだ。……どうだろうセリーヌ嬢。今度お茶でもいかがだろうか?」

 そう誘う姿がどこまでも凜々しくサマになっていて、思わずセリーヌは笑顔で頷いていた。

「はい、喜んで。……あ、ですがその、弟を連れて参ってもよろしいでしょうか……?」

 『姉上、知らない人間からお茶を誘われて、どうしても断れなかったら僕を連れて行くことを了承させてください。いいですね?』と、弟から言われたことをセリーヌはちゃんと覚えていた。小さな頃は大きかった2歳という年の差は、最近では逆転しているのではないかと思うセリーヌである。


「もちろん。フェリクス・マコーミックは同じ政治と経営のクラスなのだよ。その灰髪君もね」

 片目を瞑って安心させるように笑うその姿まで、どこまでもアルベルタは”王子様”だった。

「灰髪君、君も来るかい?」

 鷹揚にエルネストを誘うアルベルタに、彼はおっとりと頷いた。


「もしよろしければ、殿下。王族のお茶に招かれたことを、家族に自慢できます」

「ははっ、君は世辞がうまいな」

 にこやかに微笑むエルネストとアルベルタに、セリーヌはお茶会が楽しみになっていた。




 その夜、セリーヌは弟に午後の出来事を話した。

「とっても素敵な方だったの。私が真っ当な感覚を持っていたらそれはもう……きっと恋していたに違いないような、素敵な貴公子ぶりで……」

 フェリクスは興奮する姉の姿を優しく見つめた。

「女性で何よりでした」

「まぁ、ふふふ。本当に女性であるのが惜しいような方だったのよ?」

「それはお目にかかるのが楽しみですね」

「エルネスト様もいらしてくださるそうなの」

「そうですか。……来なくていいのに」

 ぼそっと呟かれた言葉をセリーヌは聞き逃がして首を傾げた。


「楽しそうな会になりそうだと言ったんですよ」

「えぇ、そうね」

 セリーヌは、キラキラ輝いて美しく灯火を反射する弟の顔を眺めながら思った。

(ディーター様の方はちょっと苦手だけれど……仲良くしていただけると嬉しいわね、アルベルタ様と)

 心の中で、殿下ではなくアルベルタと名前を呼んでみて、きゃっと照れるセリーヌは弟と侍女からそれはもう微笑ましく見守られていたのだが、本人は露知らぬことだった。





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