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救出 ~大活躍のコレット~


 フェリクスは彼の人生において最大の賭に出ていた。

「準備は整ったぞ」

 ノルドストレーム大公の屋敷を取り囲むように配置した軍の、最前線に位置するのはベルトマーの一軍だ。

 王妃子ディーターの私兵である。

 なんでこんな一軍を私兵として準備していたのか、小一時間問いただしたい所ではあるが、フェリクスとて緊急時の自覚ぐらいはある。

 不満を飲み込む術も持ち得ていた。


「こちらも準備は整ったよ。

 ……脱落者は今のところいないけれど……状況次第かな」

 小首を傾げながらおっとりと告げてくるのは、後ろに配備された学生軍を掌握するエリック・エルネスト王子である。

 大軍に見せかけるため、学生達に臨時収入をちらつかせて召集したのだ。

 いざ戦闘が始まったならなんの戦力にもならない連中である。

 そもそも武器や防具もないし。


 ただ、この事態の焦点は、戦闘に持っていかないことにあった。

 大軍に恐れをなして門を開くか、交渉を始めることを念頭に置いている。

 そのため、軍の様子がはっきりとは見て取れない夜間に軍を並べて見せたのだ。


「……事態は急を要しますので。

 では、全軍に松明を灯すように伝令を!」

 暗殺師弟のシルとジルに伝令を命ずる。

 素早く周知された伝令により、瞬く間に松明の火が大公の屋敷を包んだ。

 この威圧が通じなければ、屋敷内に通じる秘密の抜け穴を探すなどの方法を探らねばならないだろう。


 救いがあるとすれば、今のノルドストレーム大公には実戦経験がないことだろうか。

 軍勢を目にして頭に昇った血が下がればこの上ない。

 王太女はともかく、姉にもしものことがあれば……姉を取り戻した後で死んだ方がマシな目に合わせてやろうとフェリクスは固く決めていた。

 

 万が一のことがあったとしてもエリック王子は姉を欲するだろうし、結婚自体に問題はない……と思われる。

 だがもしも望まぬ妊娠や、姉の心に負った傷によって自傷行為に走られたりしたら……。

「あ~……父上がブチ切れそう……」

 ノルドストレーム大公国なんぞ更地になりそうだ。

 ついでに、一生うちにいなさいとか言い出しそうだ。

 そうなったら王家との戦い……いや、父が勝ちそうな気がするが、絶対とも言えない。


 ……それに……サンドリーヌの件もある。

『わたくしが無理にでもついて行けば、身代わりになれましたのに……っ』

 そう泣いていたサンドリーヌのためにも、必ず姉は無事に救い出さなければならないだろう。

 どんな男の妻になるにせよ、サンドリーヌの心に傷をつけるわけにはいかないのだから。


 そういった諸々の事情で、姉の奪取は一刻を争うのだ。

 ついでにベルトマー王太女に恩を売れれば、これ以上はない。

 ……まぁ、実質的に使える軍勢を持っていたのは弟のディーター王妃子なわけだが。

 そこは交渉次第だろうともフェリクスは思っている。


「……動きませんね……」

 こちらの軍容に気づいていないのにか……しかし、大公の屋敷は灯りが灯っているし、使用人の気配もする。

 指示を仰いでいる最中なのか、それとも何があろうとも籠城を決め込んでいるのか……。

「ダニエルはまだ来ないのかい?」

 エリック王子に問いかけられ、フェリクスは首を振った。

「まだですね。

 さすがに今夜中には、間に合わないかもしれません」


 父であるマコーミック公爵に、ノルドストレーム大公に関する情報を請うている。

 とはいえ、イベールとウィニート大学の距離を思えば、そう易々と届く距離でもない。

「私の部隊だけで突破を図る。

 少数とはいえ、屋敷にまで押し寄せているのだ。

 不可能ではないはずだ」

 やる気満々のディーター。


 いざ戦闘になった場合、後続の部隊が張りぼてだと気づかれる可能性は高い。

 とはいえ、確かに先手を取った者が有利であることは間違いない。

 問題は、ディーター率いる部隊が本当に『少数精鋭』かどうかという問題だ。

 口先だけで、いざとなったら門さえ破れないようでは、時間が経つにつれてフェリクス達が不利になる。


 応えを返すまでの一瞬で、事態は動いた。 

 ――ギギギギィィィッッ

 取り囲んでいる、屋敷の正門が、開いた。


「――行けっ!」

 ほとんど条件反射でフェリクスは叫んだ。

 これ罠だろうと、固い屋敷の門が開かれる隙を見過ごすわけにはいかない。

 

 ――そうしてたどり着いた門で、フェリクス達は度肝を抜かれた。

「遅いおつきでございますわね、若様」

 なんだろう、あれ……。

 姉の侍女であるコレットが、痩せて背の高い青年の背中を踏みしだいてドヤ顔で立っている。

「――な、な!?」

 ディーターも言葉にならない声を上げている。

 

「――ご苦労だったね、えぇと――」

 そんな中、恋する女性以外はわりとどうでもいいエリック王子が口を開いた。

 その彼に、背後から侍女の名前を囁きかける、浅黒い肌の青年。

「――コレット。

 私のあの人は、どこだい?」


 その言葉に我に返った青年達は、酒で酔いつぶれた門衛達を横目に屋敷内に突入していった。

 護衛達を鬼神の形相で切り結んでいったエリック王子に、密かにフェリクスはドン引きながらも己も剣を振るっていた。

 そのフェリクスにドン引いていたディーターには、フェリクスは気づくことはなかった。


 そうして屋敷をある程度制圧しながら突き進んだその先に、当主の寝室らしき部屋があった。

 そこから転がり出るように走り出てきた、乱れた寝衣を纏った中年の男を目にして……全員の目が据わった。

「――ノルドストレーム大公……」

 護衛は瞬時に無力化され、大公自身もグルグル巻きに縛り上げられた。


「無礼だぞ、何者だ!?」

 いや、今の流れで相手が誰か分からないとか、あり得ないんじゃないかな?

 そう思ったフェリクスだったが、物の分かる人間だったらそもそもマコーミック公爵に喧嘩を売ろうなんて思わないだろうし、ベルトマーの王太女を誘拐などもしないだろう。

 ため息をついたフェリクスは名乗った。


「姉を迎えに参りました。

 フェリクス・マコーミックと言います。

 こちらはアルベルタ王太女殿下の迎えで、ディーター王妃子殿下。

 ……失礼しますよ? ノルドストレーム大公」

 エリック王子はお忍びのため、紹介は控えたフェリクスは、青ざめる大公を尻目に寝室のドアを開けた。


「――っっ!」

 寝室の奥に、あられもない格好をした姉と、アルベルタ王太女が抱き合っていた。

 怯えの混じった目でこちらを見る姉の目が、フェリクスを認識して涙で緩んだ。

 ついでに、乱れた寝台も視界に映った。


 瞬間的に大公を撲殺しようとして、その衝動を必死にこらえていたフェリクスは、だから出遅れた。

「セリーヌ嬢っっ!」

 フェリクスを押しのけて寝室に飛び込んだエリック王子は、違わずセリーヌに駆け寄った。

 そして……セリーヌは、アルベルタから身を離して、エリック王子に泣きながら腕を伸ばした。


 あ~あ。

 そう思ったフェリクスを、再びディーターが押しのけて行った。

 青筋を立てながらディーターを見守ると、彼は姉であるアルベルタを上着で覆い、しっかりと抱きしめた。


 一人ぽつねんと所在なく立ちすくんだフェリクスは、八つ当たりするように部下達――ディーターの部下も混ざっていたが――に、今後の指示を出したのだった。

 待ち望んだ父からの使者が来たのは、その頃だった。

「――届きました!

 なんか抜け穴の地図とかも書いてあって!

 ……って、もう全部終了してる!??」


 嘆く使えない侍従であるダニエルに、フェリクスはため息をついたのだった。

 いや、ダニエルが悪いというより、姉の侍女であるコレットが異常に使えただけだったのであるが。





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