フェリクスという少年
フェリクスの姉は美しい。
美的感覚の狂っている姉は自覚が乏しいらしいが、はっきり言って姉は絶世の美少女と言ってもいいだろうというほど美しい。絶世の美女である母にそっくりだ。美的感覚がおかしい所まで酷似している。
一方、美的感覚の正常なフェリクスは、外見も美的感覚も父にそっくりだった。醜いというわけではない、とフェリクスは信じている。が、華の無さは如何ともしがたかった。平たく言うと、地味な顔立ちだった。
そんなフェリクスを幼い頃から姉は、『可愛い』だの『私の天使』だの言ってちゅっちゅきゃっきゃしながら大きくなってきた。もちろん幼いフェリクスにさえ分かった。
『あ、この人趣味が変なんだな』と。
姉は、現在ではその美的感覚を隠している。
幼い時に痛い目に合ったからだ。詳しいことは両親は話してくれない、が、どうやら王子に関係することで侮辱されたらしい。ある日を境に、姉は『可愛い』とか『美しい』という言葉を忌避するようになった。しかも公の場では、フェリクスや父によそよそしい態度を取るようになった。嫌われたのかと青ざめるフェリクス以上に、そんな態度を取る姉こそが蒼白だった。
自宅に帰ると、罪悪感に満ちた姉が埋め合わせのように甘やかしてくるのを見て、フェリクスは姉の振る舞いを受け入れることにした。
嫌われていなければ、外で多少よそよそしく振る舞われても構わない。
10にもならない少年が、実利を取った瞬間だった。
姉が17になった年、王太子として挙げられたエリック王子の婚約者に、姉が内定しそうになった。
姉は、会ったこともないはずの王太子を嫌って、自国イベールから逃亡することを決意した。
「ウィニート大学に行きたいと言っているんだ」
フェリクスの父であるシリル・マコーミックが困ったように笑った。執事すら遠ざけた公爵邸の自室にフェリクスを呼び、困った顔で笑う父が何も考えていないはずがない。そうフェリクスは確信していた。
「僕も行きます」
「うん、そうなるよね!」
父はハハハ~、とちょっと虚ろな目で笑った。
「でもサンドリーヌはどうするんだい?きっと泣くよ?」
美しい従妹のことを持ち出されても、フェリクスはたじろがなかった。
「サンドリーヌだって、そろそろ自分の趣味が悪いことを自覚した方がいいです。僕なんかより、きっと彼女に似合う男性がいる。僕がいない方が、サンドリーヌのためになります」
サンドリーヌは、母方の従妹だ。そして彼女の美的感覚ももれなくおかしかった。彼女には、フェリクスが絶世の美男子に見えているらしい。時間をおけばそんな病気からも自由になれる、そうフェリクスは考えていた。
「まぁ、お前がついて行ってくれた方が助かるかな。セリーヌの貞操が心配だし」
「絶対に、守り抜きます」
父は、再びハハハ~、と空しく笑った。
その後、父と話し合った国際情勢から見て、やはり警戒すべきはベルトマー王国だという結論になった。
「あそこは、重婚ができるんだよ。うちのエリック王子の婚約者として最有力なセリーヌを抱き込んでしまえば、我が国初の重婚王妃の誕生だ。それどころかエリック王子はほら、ちょっとアレだろう?」
「……いい加減姉上のことは諦めればいいのに……」
「ウン、殺気しまおう?」
セリーヌは”エリック王子”を知らないが、エリック王子はかなり詳しくセリーヌを知っている。むしろ……恋しちゃってる感じである。一方的に。
シリルは少し咳払いをした。
「つまりね、お前にとってはセリーヌの相手を見定めると同時に、あわよくば次代のベルトマーを指導する立場の人間の弱みを握れるチャンスでもあるということだよ。それは私の跡を継ぐ時に、大きな力と自信になってくれると思うよ?」
父の言葉に、フェリクスは少ししょんぼりとため息をついた。
「……はぁ。僕も、父上みたいな腹黒になりたいです……」
「ウン、それ褒め言葉じゃないからね?」
地味で無害そうな顔で誤魔化しながらえげつない外交を繰り広げてきた父は、顔を引きつらせた。
「まぁ、私もフォローはするから。でも、できるだけ頑張ってみなさい」
フェリクスは縋るように父を見た。
「お祖父様みたいに、『命綱は切っといたぞ!うわははは!』とは言ってくださらないのですか……?」
「え~……じゃあ、うん。そんな感じで」
これ以上腹黒になる必要ってあるのかな、そう思ったシリルは自身が正常であることを確信していた。