決意
誘拐されたその夜、アルベルタとセリーヌは、客室らしき部屋に幽閉された。
二人の侍女は、許可がない限り出入りを禁じられていた。
客間は、3階。
活動的なアルベルタならともかく、深窓の令嬢であるセリーヌには脱出不可能な場所にあった。
「……顔色が悪い、セリーヌ」
アルベルタも同様の顔色だった。
セリーヌは、静かにアルベルタの手を取る。
「アルベルタ様……大公は、あなたをどのように……」
セリーヌは尋常ではなかった大公の様子を思い出して身震いをする。
アルベルタは、ごくなんでもないように口を開いた。
「さて……事実はどうあれ、これ以降の私が周りからどう見られるかは確定しているな。
『穢された王太女』というわけだ」
セリーヌは息を飲み、強くアルベルタの手を握りしめる。
「そんなことは……そんなこと……」
アルベルタは宥めるように、握られていない右手でそっとセリーヌの手の甲を撫でる。
「――構わない」
アルベルタは言い切った。
そして、頬に歪んだ微笑みを浮かべる。
その微笑みは高潔なアルベルタらしくなく、けれどもどこか憂いを秘めた微笑に見えた。
「……大公も言っていただろう?
王妃子、と。
セリーヌ、私の父は、ベルトマー国王ではない可能性があるのだよ」
アルベルタは、僅かに眉を顰めて微笑んだ。
眉の下に輝く夏色の海の瞳は、太陽に照らされたような強い光を放っていた。
「王太女殿下。
大公殿下が、ぜひ話し合われたいと仰せです」
ひょろりとした痩せぎすの、顔色の悪い男がアルベルタを夜半に呼びに訪れた時、アルベルタは覚悟の定まった顔で頷いた。
制止しようとするセリーヌを目で抑える。
強い意志の光に、セリーヌは強く唇を噛んだ。
『母である王妃は、国王との新婚の間、その他の三人の夫とも共に過ごしていたのだ。
表向きは長子である私は王の胤とされているが……確証はないのだ。
宰相の娘だと言う者も多い』
セリーヌの脳裏を、自分をか母親をか嘲るような顔のアルベルタが浮かぶ。
『……私が王位を継ぎ、子をもうけたとして……その子に、王家の血が流れている保証はない』
自国・イベールとは異なる常識に、セリーヌは目が眩む思いがした。
『そうなれば、国は乱れる。
弟の……確実に国王の血を引く弟の子供が、乱すだろう。
私は、子をなしてはならないのだ』
そう言いつつ、青ざめた顔でそれでもアルベルタは不遜に笑った。
『これを、好機とする。
犯されて男性恐怖症となった王太女。
そうなれば、閨から男を遠ざける言い訳にできる』
アルベルタは、宙に向けていた強い眼差しを一転して緩め、セリーヌを暖めるように見つめた。
『あなただけは、必ず守る。
こんなことに巻き込んで、すまないと思っている。
ベルトマー王国の王太女として、あなたの名誉は保証してみせよう』
首を振るセリーヌを説き伏せ、今、アルベルタは大公がもたらす暴力に晒されるために、部屋を飛び立った。
「できること……わたくしに、できることは……っ!」
友を助けたい。
どんな正当な理由があろうとも、友を傷つける暴力から友を守りたい。
王国を揺るがす秘密を打ち明けてまで、セリーヌを暴力から遠ざけようと努力してくれたアルベルタの友誼に報いたい。
「何ができる……? わたくしに、何が……?!」
祈るように両手を組み、施錠された扉を凝視しながらセリーヌは、うわごとのように呟き続けた。
未だ、夜明けは遠い。




