友との訣別
本人達は知らないことだったが、セリーヌとサンドリーヌという美人の従姉妹達はあっという間に大学内の有名人になっていた。
結果として入学初日にサンドリーヌにいかがわしい企みを持っていた学生達は、何者かに闇討ちされていたのだが、そのことを彼女達が知ることはなかった。
「お姉様、なんだか緊張しますわ」
セリーヌを姉と呼んで慕うサンドリーヌは、今日、ベルトマー王太女のアルベルタとのお茶会に呼ばれていた。
「とても素敵な方だから心配はいらないわ」
セリーヌはソワソワするサンドリーヌに、優しく微笑みかけた。
セリーヌはあの日以来、エルネストと距離を置いていた。
エルネストは以前と同じように親しみ深く彼女に接してくるのだったが、自身の恋心を認めてしまったセリーヌには冷却期間が必要だった。
公爵令嬢であるセリーヌは、感情の隠し方に長けている。
そんな彼女でも、生まれて初めての恋を葬るには、”会わない”という時間が必要だったのだ。
セリーヌは、会わなければ恋情を葬れる、とも思っていた。
「お姉様……なんだかお元気がないみたい」
心許なげなサンドリーヌの声に、セリーヌはふっと我に返った。
今朝、遠目に見たエルネストの横顔を、まるでなぞるように思い描いていた己に気づいた。
「……馬鹿な女……」
口の中だけの呟きは、泡のようにかき消えていった。
その日も、アルベルタは男装だった。
艶やかな深緑の上衣が、彼女の金髪を華やかに飾り立てていた。
「両手に華だな」
心から満足そうなアルベルタの声に、セリーヌは軽やかに笑った。
サンドリーヌも当初の緊張は去り、今は柔らかな笑い声を立てていた。
サンドリーヌは、穏やかな少女だった。
セリーヌが高嶺の花であり、月の女神であるならばサンドリーヌは、花の女神であり花園の百合だった。
アルベルタが二人の少女を並べて満足するのも頷ける景色ではあったものの、残念ながら豪奢なアルベルタもとびきりの美女だったため、彼女自身も華の一つでしかなかった。
母親に似たくはないアルベルタにとっては、無念なことに。
「あなた方のことは、私達のクラスでも有名だよ?
古典文学の受講者も増えているようじゃないか」
からかうようなアルベルタの声に、セリーヌとサンドリーヌは首を傾げた。
「増えた……かしら?」
「元々多かった、のではありませんか?」
女性達に異常を悟らせないために、抽選で出席者が決まっていることを、彼女達は知らなかった。
アルベルタも、黙っているだけの分別はあった。
「麗しい光景ですね」
だが、そんな穏やかな茶会に乱入した男がいた。
「ディーター」
咎める姉の声音をものともせず、どこか荒んだ顔で笑った。
「セリーヌ嬢」
戸惑い、拒絶する空気を気にも止めず、王妃子ディーターは座っているセリーヌの前に跪いた。
セリーヌは咄嗟に立ち上がり、その場を去ろうとした。
決定的な言葉を躱そうと思ったからだが、その決断は遅かった。
逃げるセリーヌの手を強引に掴み、ディーターは宣告にも似た求婚をした。
「セリーヌ・マコーミック嬢。
私の手を取り、妻となってください。
そして共に戦火を払いのけましょう。
無論、愛するあなたとエリック・エルネスト王子の重婚も、認めるつもりでいます」
セリーヌの震える唇が、動いた。
「……戦火……」
かろうじて、エルネストとエリック王子の並んだ名前より、戦火の方がセリーヌの興味を引いた。
「ベルトマー国王陛下も王妃陛下も、貴国との戦争は望んでいません。ですから――」
「ディーター」
アルベルタの声は、重くその場を支配した。
「これは、どういうつもりだ?
わたくしの、王太女の茶会に許可も無く入り込むというだけでも無礼である。
その上、わたくしはそなたの発言を許可していない。
――下がれ」
ディーターは、何かを言いかけようとした。
だが、苛烈とさえいえる姉の眼光に、結局は引き下がった。
二人は仲の良い姉弟でもあった。
だからこそ、踏み越えてはならない一線も分かっていたのだ。
「忘れて欲しい」
聞かなかったことにして欲しい、というアルベルタの言葉に、セリーヌはにわかには頷けなかった。
セリーヌが公爵令嬢だったからだ。
「聞き捨てなりません。
戦火とは、どういうことなのです?」
お互い、不思議なほど平静な顔だった。
公爵令嬢に、王太女。
二人とも、実務経験はほとんどない。
だが、周囲の環境に無関心ではなかった。
じっと眺めているうちに身についたものが、確かに二人にはあったのだ。
「高嶺の花を射止めたい、弟の戯れ言だよ。
大事にしたくはない。
あれの若さに免じて、許してはもらえないだろうか」
「……尋常な様子には見えませんでした。
なんの根拠もない脅しには、とうてい思えませんでしたが?」
アルベルタは、くっと笑った。
「みっともないだろう?
脅しでしか、欲しいものの気を引けない、惨めな男なのだよ。
我が弟ながら哀れなものだ。
あなたに恋した無様な弟を憐れに思うなら、忘れて欲しい」
セリーヌはじっとアルベルタを見つめた。
「……あの方は、わたくしに恋などしてらっしゃらないわ」
からかうような口調で、アルベルタは友の急所を突いた。
「そうかもしれないね。
あの灰髪君があなたを思う狂おしい感情ほど、弟の思いは強くないだろうね」
セリーヌの目が揺れた。
「――アルベルタ様……」
掠れた声で、セリーヌは慈悲を請うた。
アルベルタは哀しい目で、友に止めを刺した。
「……そうだよ。
灰髪君は、エリック王子だよ。
……髪の色で、分からなかったのかい……?」
イベール王妃の母国、アルシェの王家には、灰色の髪を持つ子供が多い。
セリーヌであれば、エルネストの正体にもっと早く気づいていてもおかしくはなかった。
「――戦火とは、どういうことなのです……?」
喉元を駆け上がる叫びを無理に押さえ込みながら、それでもセリーヌは問うた。
ただ、公爵令嬢としての義務を果たすために。
「あなたの気を引きたいだけの、弟の虚言だよ」
アルベルタの顔は、どこまでも穏やかで静謐に満ちていた。
セリーヌにできたことは、狼狽を押さえ込んで辞去の赦しを請うことだけだった。
読んでくださってありがとうございます!
すみません、なかなか更新できなくて。
……これはコメディ、これはコメディ……(自己暗示)




