ディーターという青年
ディーターは、”何者かになりたい”人間だった。
王妃子であるディーターは、王位継承権がなく、家臣にもなれない中途半端な立場だった。
実父である宰相のように、”何者かになりたい”。
ディーターが願っているのはそういう、”何者かである”人間だった。
ベルトマー王国の舵を握っているのは、王妃であるディーターの母だった。
母が
『飢える民がない国がいいわ』
と言ったから、国王は宰相や内務大臣、将軍といった妻を共有する男達に治世を任せた。
王妃が
『好きな人と結婚できる国がいいわ』
と言ったから、ベルトマーでは重婚が認められるようになった。
そして、母はこう言った。
『国同士で喧嘩するなんて、悲しいわ。
みんな、同じ国になってしまえばいいのに』
と。
国王は、将軍に他国への侵略を命じた。
内務大臣と宰相は、それを止めた。
ディーターは、自分にできることを考え……そうして、”何者かになれる”かもしれない可能性を見出して、驚喜した。
これで何者かになれる。
父の、母の役に立ち、姉の横に並べる。
そのために情報を集め、駒となる女性を味方につけるべく動き始めた。
ディーターにとって、セリーヌは自分が何者かになるための、駒でしかなかった。
だが、大切な駒であったし、大切にするつもりもあった。
だが彼女はディーターの駒になることを拒んでいる。
ディーターと丁重に距離を置こうとしている。
(なぜだ)
良くも悪くも、ディーターは自分自身と己の才覚に奢っていた。
セリーヌが彼を受け入れない理由。
それを、彼は非常に陳腐な理由で見つけ出そうとしていた。
王太女アルベルタは華やかに男装した長い足を組んだ。
「ディーター、そろそろ諦めたらどうかな?」
姉弟水入らずの場で、姉から告げられた言葉を、ディーターは屈辱と共に受け止めた。
「……っ私に、継承権がないから……っ」
ディーターは、王位継承権のないことに引け目を感じていた。
自信家の彼にとって、自身の不足する点と言えばそこしかなかったのだ。
アルベルタはため息をついた。
「セリーヌ嬢は、そんなつまらないことは気にも留めないだろうよ」
ディーターは、その言を侮辱と受け止めた。
「姉上のように、私にも可能性が欲しかった。
陛下の子供である可能性が僅かでもあるならば、私は何にでもなれたのに……!」
アルベルタは、未だ疼く傷を容赦なく抉ってくる弟に、だが優しく笑った。
「それほど良いものでもないぞ?……だがしょうがない。
私しか王位を継げる者がいないのだから」
国王の子供は、アルベルタともう一人。
だが王妃の四番目の子供である王子は、国王に似た無能でもあった。
お人好しで騙されやすく、情に脆い。
市井にあれば好まれるその性質は、王位を継ぐにははなはだ心許ないものだった。
「私も、王宮で生まれたかった。
夏の宮ではなく、姉上のように王宮で……!」
アルベルタを産んでから、王妃は四季の宮を移動することになった。
それぞれの宮で季節を過ごす。
宮に夫は一人だけ。
そうすることで、胤を明らかにする。
だから、アルベルタ以外の父は明白だったのだ。
……アルベルタ以外は。
「私に、継承権さえあれば……」
女性から拒絶されたことのないディーターは、顔を歪めてそう呟いた。
「ディーター。私の治世を支えて欲しい。お前にはその知力がある。
どこぞの令嬢をたぶらかさずともいいではないか」
アルベルタとて、世間知らずの王族でしかない。
年の近い弟の支えは心強いものだ。
だが、誇りを傷つけられたディーターの耳に、アルベルタの言葉は届かない。
「あんな、灰髪の男などに……」
アルベルタは眉を顰めた。
灰髪のエルネスト。
イベール王妃の母国の特徴を、濃くその髪に宿した青年。
アルベルタにエルネストの素性を知らせたのはディーターだった。
見た目は凡庸なその男に、他ならぬセリーヌが惹かれている様子がディーターの心を乱すらしい。
「ディーター。思い詰めるのはお前の悪い癖だよ。
少し落ち着きなさい」
そう言って新しい茶を勧めるものの、ディーターの張り詰めた眼差しを見て彼女は嘆息した。
アルベルタは、王妃を止めるための手駒を集めるために、このウィニート大学にやって来た。
これまではうまく機能していた、王妃という舵。
その力を削ぐための手駒を集めようとしていた。
アルベルタに足りない知略を持つ者。
貴族でなくとも構わない。
おかしな方向に、ベルトマー王国が向かう前に、母たる王妃を止める。
王妃の意向に何らかの形で沿おうとするディーターとは、やはり分かり合えない部分も多かった。
「……明日は、雨になるな」
分かり合えない姉弟が、空に広がる雲を同じく見上げた。
ディーターは雲を通して、ままならない己の願望を見た。
アルベルタは、未来に広がる暗雲を見た。
似ているようで、似ていない。
それでも、彼らは姉弟だった。
読んでくださってありがとうございます!
更新が遅くなって申し訳ありませんでした。
ちょっと体調を崩しておりました。
……え~、真面目回デス(てへ)




