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フェリクスの悩み


 ダニエルはおずおずと主に声をかけた。

「あ~、フェリクス様?……どんまい」

 ダニエルは気弱そうな見た目に関わらず、主の地雷を踏むのがうまかった。

「……なにかな、ダニエル。

 なにが言いたいのかなぁ……?!」

 言ったら殺すという目線に怯えもせず、ダニエルはペロッとぶっちゃけた。


「お嬢様にようやく訪れた春を祝福しましょうよ。

 さぁご一緒に。『お幸せに~!』 ほら、さぁフェリクス様も」

「心底黙れ」

 地味なフェリクスが凄みを込めて睨む目線を躱せる人間は、案外多い。

 が、彼の本性を知りつつ躱せるのはダニエルや公爵家の面々、それにエルネストぐらいだった。


「いいじゃありませんか。

 エリック・エルネスト殿下。

 一番理想的なオチじゃありませんか」

 エルネストが必死に守っていた秘密をこれまたペロッと白状するダニエル。

 もちろん、フェリクスの自室であるが故の判断ではあった。




 先ほど、庭園でエルネストと話した後の姉がひどく沈み込んでいたので、エルネストを締め上げ――きつも――理由を問いただした所、王太子との結婚を勧めてみたのに嫌がられた、とひどく落ち込んでいた。

 当然ながらセリーヌはエルネストの正体など知らない。

 ”なぜか”王宮でよく出会う、”父の親友”の息子である幼馴染みとしか認識していない。

 セリーヌが最も避けるべき相手が幼馴染みであることを未だ暴露していないのに、その忌避する相手との結婚を勧められてセリーヌが沈み込む理由は……。


(……まぁ、多少は友情があるんだろう。

 仲の良い友達が嫌な結婚を勧めてきたからショックだった。

 うん。そういうことだ)

 フェリクスは自分に固く言い聞かせているのだが。

「好きな相手に、気の進まない結婚を受けるようになんて言われたら、そりゃショックでしょうねぇ」

 ダニエルが邪魔をしているのだ。


「友情だ!」

 言い張るフェリクスを、ダニエルは生温かい目で見た。

「……さすが姉上のことになると現実が見えない我が君。

 どう考えても失恋したっぽいお顔だったのに」

「失恋とか言うな!殿下とはいえ姉上が誰かに失恋するなんて……っ」

 ギリギリギリ。

 食いしばった歯が削り落ちそうな音が、フェリクスの口元から響いた。

「王太女殿下にしてやられた我が君より、我らが殿下の失点の方が大きいですよねぇ……」


 そもそもエリック王太子がウィニート大学に留学していることは、それほど極秘というわけでもなかった。

 広く知らしめているわけでもなかったが、聞かれれば答えるというスタンスではあったのだ。

 だからアルベルタ王太女が知っていてもなんの不思議もない。

 だが問題は、あのタイミングでセリーヌに教えたということだ。

 ある程度の内情を知っていないと、あのタイミングはない。


「くっ、どうせ僕が最初に根回ししてなかったから……っ」

「いや、問題はそこじゃなくてですね?エリック殿下の方ですよね?

 正体を隠したまま、うっかりすればお嬢様のこと、なぁ~んとも思ってないような説得しちゃった殿下の方がダメダメでしょう?」

「くっ、僕が姉上を一人にしたから……っ」

「いやあの、そろそろ現実見ましょう?」

 なんとしてもセリーヌに芽生えた様子の恋心を否定したいフェリクスに、ダニエルは苦笑した。


「いいじゃないですか。お嬢様ってサンドリーヌ様の代わりなんでしょう?」

 小さい頃からフェリクスを慕っていた女性のことを、これまたダニエルはあっけらかんと口にした。

「……おい。ダニエル。

 お前、言っていいことと悪いことがあるの、きっちり分かっているんだろうね……?」

 ついに、フェリクスがゆらりと立ち上がった。

 従妹の話題は、フェリクスにとって禁忌でもあったのだ。


 もの悲しく尾を引くダニエルの悲鳴を聞き流しながら、フェリクスは脳裏に蘇った面影をかき消そうとしていた。

(……今頃、きっと目が覚めてる。大丈夫だ。

 きっと彼女は僕のことなんて、思い出しもしていない……)

 手放した者への哀惜をどこか感じさせる物憂げな顔をしながらフェリクスは……未来の右腕を締め上げていた。




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